3 ※後書きあり第2回心理学用語解説コーナー『ワンクラップの法則』『初頭効果』
「初めまして。城戸颯太と申します。皆さんには色々とご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します」
黒板にフルネームを書いてから、クラスメイトへと深々とお辞儀をし、目を瞑って思考をする颯太。
『ワンクラップの法則』があるから第一印象は失敗出来ない……悪影響な『初頭効果』なんか起こしたら、今後の学園生活が終わる。
取り敢えず、俺には外見的要素も社会的要素も秀でた所は無い。……となれば、必然的に性格的要素しかないよな~。
そんなことを考えながら颯太が数秒間頭を下げ続けていると、
「城戸、そこまで真面目にやらなくてもいいぞ」
という担任の谷口の声が聞こえてきた。
やべっ……考えすぎてフリーズしてた。
「はい」
返答をすると同時に緊張しているのを悟られまいと、敢えてゆっくりと顔を上げる。
――すると、
「マジメかっ!?」
そんなお笑い芸人がやるようなツッコミにも似た声が、どこからか上がった。
大して面白みの無いツッコミだったが、水瀬からの“喋ってはいけない”という暗黙の了解によって、作り出された静寂に支配された教室内。そんな『カリギュラ効果』のかかった教室内には充分なツッコミだった。
そこかしこから声を押し殺した笑い声が漏れ始め……やがてそれは大きな笑い声の渦となって、教室内を飲み込んでいった。
……あるひとりの生徒を除いて。
なんで今のがウケたのか分からないけど、これはラッキー。
鉄壁の愛想笑いを浮かべたまま颯太が胸を撫で下ろしていると、ひとりの生徒が立ち上がった。
「谷口先生、城戸くんに質問してもよろしいでしょうか?」
その生徒の言葉を契機に教室内は再度静まり返った。
「構わんぞ水瀬」
「はい。それでは早速、城戸くん、あなたは何か特技などはありますか?」
谷口からの許可を得た水瀬が颯太へと向き直り、目を合わせて問いかける。
みなせって目力が半端ないから、面と向かうとなんか威圧されるな……。
「う~ん、特技ですか……そうですね、簡単な占いなら少しできますよ」
「占いですか……私、占いが好きなんです。よろしければ今、私のことを占ってみて下さいませんか?」
「い、今ですか?」
「えぇ。今、お願い致します」
な、なんだ? すげぇ強引だなクラスメイト全員がいる前でやれだなんて……しかも話し始めてから全然目を逸らさねぇし。
通常、あまり親しくない人から故意に目を合わせられると、余程の自信過剰者か目立ちたがり屋でない限り、不快に思ったり、そのプレッシャーから心が落ち着かなくなり、自然と目を逸らしてしまう。
では何故、必要以上に目を合わせるのか。
……それは相手より優位な立場に立ちたいという気持ちによるもので、2人の間で主導権を握りたいと考えているから。相手が目を合わされてひるんでいる隙を利用しようとしていたり、逆らい難い存在として相手の意識に刷り込むために行っていたりする。
……あぁ、そうか。わざとってことか。そんなに俺との間で主導権を取りたいのか? まぁ、そっちがその気なら俺にも考えがある。
そんな水瀬の意図に気が付いた颯太は敢えて、目線を逸らした。
「分かりました。ではあなたのフルネームと血液型を教えて下さい」
「……生年月日はいいのでしょうか?」
水瀬が少し驚いたように瞬きをしながら問いかける。
「えぇ。大丈夫です」
まぁ、みなせなら血液型だけで充分だけど。
「私は水瀬愛理と申します。水瀬は水に瀬戸の瀬。愛理は愛に料理の理と書きます。血液型はA型です」
「水瀬愛理さん、A型っと」
颯太はそう言いながら、鞄から新品のメモ帳とペンを取り出し、書き込み始めた。
書くの面倒だから書いてる振りでいいか。こういうのは雰囲気が大切だからな。それっぽくしておけばいいだろう。
どうせ占いなんかやらないし。
「ちょっと待って下さいね。今占ってるんで」
書き込む振りを続けながら、脳をフル回転させる。
いやぁ~水瀬なら楽だな。軽く『バーナム効果』を使って、後は他のクラスメイトがもう協力者みたいなもんだし『ホット・リーディング』と『コールド・リーディング』になるな。
白紙のページを眺めながら颯太が話し始める。
「水瀬さんは真面目で頭の回転が良く、学業の成績も優秀ですね。リーダーシップもあり、クラスメイトからは絶大な信頼を寄せられていると思います。そして得意なことは料理ですね。特にお菓子作りとか。まぁこんなところです」
颯太が話し終え、メモ帳とペンを鞄に戻したところでざわめき立つ教室内。
「全部当たってるじゃん!」
「血液型占いより凄い!」
「城戸くんて本当に転校生?」
「もしかして水瀬さんの知り合い?」
「水瀬さんの手作りお菓子は神だぜ! マジで!」
「ねぇ! なんでそこまでわかるの?」
「私のことも占って!」
「俺も俺も!」
凄いってなぁ~情報提供者はお前らだぞ? それと血液型占いなんて迷信を勝手に信じ込んでるお前らが、当たってるって思い込んでるだけなんだけどな。
「占っただけですよ。一応中学時代からやっているので。それでどうですか水瀬さん? 当たっていますか」
先程まで颯太のことを穴の空くほど見詰めていた愛理は、一瞬だけさらにその目力を強め、半ば睨みつけるかのような表情をしたが、颯太と目が合うといつもの凛とした表情へと戻っていた。
あぁ? なんか今思いっきりガン付けられてた気がするけど、まぁいいか。ここまでクラスメイトが納得している結果を「間違っている」なんて言えないだろうからな。
「あ……たっています。あなたの占いがこれ程までとは、御見それしました」
そう言って愛理は颯太へと深々とお辞儀をしていた。
そんな愛理の状態に颯太が反応するよりも早く騒ぎ出したのは、クラスメイト達だった。
「転校生スゲェ!」
「何者だよ!?」
「はいはい、そこまでな。体育館に移動する前に学級委員2名を選出する。自薦、他薦受け付けるぞ」
騒ぎがヒートアップする前に谷口によって鎮静される教室内。
その谷口の言葉を受けて、どのクラスメイトもそわそわと落ち着かない様子で他人の出方をみているようだった。
学級委員とか、マジ面倒だろ。まぁ、俺は転校生扱いだから選ばれることは無いな。こればっかりは転校生で良かった……って、それより俺はいつになったら座れるんだ!? そして俺の席はどこだ!?
颯太が内心で安堵の胸を撫で下ろしていると、またしても見覚えのある生徒が立ち上がっていた。
なんだこの既視感は……嫌な予感しかしない。
愛理は立ち上がる際に一度颯太を見やり、目の笑っていない笑みを一瞬だけ、それも颯太にだけ分かるようなタイミングで浮かべた。
――訂正。予感じゃなくて確信した。あいつ絶対になんかやらかすな。俺がなにしたってんだよぉぉぉ!
「谷口先生、私は城戸くんを推薦致します。この学園に慣れていただくためにも、学級委員をするのは最適かと思います」
「それは確かに分からんでもないが……いきなりは城戸も大変だろう?」
「はい。正直そんな大役は自分には無理です。勝手がわかりませんし、それに……」
全力で拒否してやろうかと思ったけど、こうなったらあいつを道連れにしてやる!
「自分ひとりでは……谷口先生、学級委員は2名ですよね?」
「あぁ、そうだが?」
「では、自分も水瀬さんを推薦します」
イヤッホォォォ! ざまぁみろ! 人を呪わば穴二つなんだよボケェェェ!
思わず雄叫びを上げたくなるのをグッと堪え、愛理にしたり顔を向ける颯太。
そんな颯太のしたり顔を確認した愛理は、誰にもわからない程小さく、ごく自然な微笑を浮かべるのだった。
あぶねぇ、つい素の表情になってた。笑顔笑顔っと。
「そうだな。水瀬、それでいいか?」
「はい、問題ありません」
「よし。では賛成なら拍手」
その谷口の言葉を合図に満場一致の拍手がおこり、颯太と愛理は学級委員として選ばれた。
「早速だが、先に講堂に向かって入学式の入場時の段取りを聞いておいてくれ」
「はい。それでは城戸くん、講堂まで案内致します」
「は、はい」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ちょ待てよ! 俺の席どこ!? 俺まだ座ってないんだけど!? 鞄ぐらい置かせてくれよぉぉぉ!
そんな颯太の魂の叫びは当然、誰にも伝わることはなった。
第2回心理学用語解説コーナー『ワンクラップの法則』『初頭効果』
愛理「……ん。ではただ今より第2回心理学用語解説コーナーを始めたいと思います」ペコリ(お辞儀)
愛理「今回は諸事情により城戸くんが参加できない予定なので、私、水瀬愛理がひとりでお送りい――」ガラッ
颯太「おいっ! ちょっと待てーい!」ビシッ
愛理「…………ちっ……鍵を閉め忘れてしまいました」
颯太「何で勝手に始めようとしてんだよ! あと舌打ちすんなよ! エリビアさんの好感度ガタ落ちするぞ」
愛理「……ん。では私、水瀬愛理がひとりでお送り――」しれー
颯太「今の流れまるまる無視ってどんだけ豪胆なんだよ!?」
愛理「……あの、すみませんがスタッフの方は黙っててもらえますか? 今、本番中なので」ギロッ
颯太「あ、すいません……って俺も進行役! MC! 怖いからその目力で睨まないで!」
愛理「仕方ないですね、今回だけの特別出演ですよ? ではゲストの城戸くん、自己紹介をお願いします」
颯太「え!? あ、どうも城戸颯太です。今回はこのコーナーに出させて頂けて……っていい加減シツコイわ! ……んで、今回はなんの解説するんだ?」
愛理「……ん。今回は今城戸くんにしてもらったように、自己紹介、と言うよりも第一印象に関係のある『ワンクラップの法則』と『初頭効果』について解説するのよ」
颯太「あ~、了解」
愛理「では早速、今の城戸くんを初対面で見た方がいたとしたならば、きっとこう思うでしょうね。うざい、と」(チラ見)
颯太「ふざけんな! チラ見しながらなんてこというんだよ! 解説をしろよ、解説を!」
愛理「えっ? 城戸くんのうざさについてですか?」(真顔)
颯太「ちげーわ!! なんで自分からそんな悲しいことの解説を頼むんだよ!」
愛理「……ドMだから?」(真顔)
颯太「そうじゃねぇよ! あーもうなんでもいいから解説してくれ。俺がツッコミしてると終わらなさそうな気がするから」
愛理「あら、やっと理解してくれたのかしら? だから私がひとりでやろうとしていたのよ。……ん。では気を取り直して」
颯太「…………」ピクピク
愛理「今回解説するものは城戸くんのうざさについてです」キリッ
颯太「…………」ピキピキ
愛理「あ、すみません。素で間違えてしまいました……ん。では改めまして、城戸くんの面倒臭さについて懇切丁寧に解説します」キリッ
颯太「うぉい! メンドイのはお前の方じゃねぇか!? いい加減天丼し過ぎだわ!」ビシッ
愛理「さて、城戸くんのうざさを皆さんが感じてくれたと思うので、そろそろ真面目に『ワンクラップの法則』と『初頭効果』の解説に移りたいと思います」
颯太「おのれ! 謀ったな! エリビア!」プルプル
愛理「まず『ワンクラップの法則』についてですけれど、皆さんは初対面の方と会った時、第一印象はどこで決まっていると思いますか? はい、では生徒の城戸くん答えて下さい」ギロッ
颯太「え……いや俺知ってるんだ……わかったわかった! 怖いから睨むなよ! 知らない体でいくからさ~。……え~っと、お互いに初めまして、って挨拶した辺りじゃないのか?」
愛理「いいえ、違います」(どや顔)
颯太「うわぁ~どや顔ムカつくわ~……ひぃ! 怖いから睨むなって! 冗談だから! んで正解はどうなんだ?」
愛理「挨拶するよりも前、初対面の方を文字通り“初めて”見た、その一瞬で第一印象と言うのは決まるのです」
颯太「へぇ~つまりどういうことだ?」
愛理「いかに口が上手かろうが、人当たりが良かろうが、全てはその前に決まってしまうということなの」
颯太「はぁ~、ならどうすればいいんだよ?」
愛理「……ん。見た目が全て」キリッ
颯太「美人とイケメン爆発しろ!」
愛理「落ち着きなさい城戸くん。見た目が全て、というのは顔のことだけではないのよ? まぁ、少なからず顔も関係があることは確かなのだけれど」
颯太「クソがっ!」イライラ
愛理「いいですか? 見た目が全て、というのはそのままの意味であって、例えば初対面の方が、無精ひげが生えてたり、スッピンだったり、歯に青のりが付いていたり、髪に寝癖が付いていたり、着ている服がヨレヨレのシワシワで、履いている靴が砂埃まみれの擦り切れたボロボロの物だったらどう思いますか?」
颯太「……まぁ、嫌だなそれはさすがに」
愛理「……ん。つまりそういうことです。第一印象というのは本当に一瞬の見た目で判断される……この原理を『ワンクラップの法則』と言うの」
颯太「ほ~! なら見た目っていうよりも、身だしなみに気を付けるといいってことか」
愛理「そうですね。ちなみに“人を知りたいのならば、その人の履いている靴を見ろ”や“おしゃれの基本は足元から”なんて言葉もある通り、意外と靴もよく見られていたりするので、そこも注意するといいかもしれませんね」
颯太「よし! 後で靴買いに行ってくるわ!」ビシッ(敬礼)
愛理「……ん。では次に『初頭効果』についての解説ですけれど、これは言葉通り“物事の最初が一番印象に残りやすい”という意味です」
颯太「あ! ってことは!」
愛理「そうです。『ワンクラップの法則』で判断された第一印象が、『初頭効果』によって一番印象に残ってしまうのです」
颯太「もしも良くないイメージが付いたら、それが一番印象に残っちまうってことか」
愛理「えぇ、そしてもし、ネガティブなイメージを持たれてしまったのならば、“第一印象の悪さを覆すには6倍の努力が必要”と言われているの。この言葉からも、第一印象というものがどれだけ重要なことなのか、分かってもらえたかしら?」
颯太「はい! よくわかりましたエリビア先生!」
愛理「……ん。それではまた次回の、このコーナーでお会いしましょう。以上、エリビアがお伝えしました」ペコリ(お辞儀)
颯太「ちょ! 前回といい今回といい、俺もMCなんですけどぉぉぉ!?」