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7 ※後書きあり第7回心理学用語解説コーナー『ツァイガルニク・エフェクト』

 心理学用語解説コーナーあります。



 ※一部飲酒に関する表記がありますが、未成年者の飲酒は法律で禁止されております。

 ※当作品は未成年者の飲酒行為を助長する意図はありません。

「颯太、今日はもう遅いから泊っていくでしょう?」

「お! 泊まってくのか!?」


 歩く度にサラサラと揺れ動く自分の髪に違和感を感じながらリビングに入ると、ラフな部屋着を着た潤さんと和馬さんに話し掛けられた。

 ふたりの格好を見てどう考えても今しがたまで閉店処理をしていたようには到底思えなかったので、隣にいた鈴奈に抗議の視線を向けたところ顔ごと逸らされてしまった。……お主、図ったな!?


「え? いや、でも何にも準備してないですし……」


 いきなり「泊まっていくでしょう?」と言われても今口にした通り何にも準備なんてしてきていないので正直困る。

 仮に泊まるとしても家に連絡ぐらいは入れておかないとまずいだろうし……。


「準備? あらぁ、何か必要な物でもあるのぉ~? ……まさか、こ・こ・ろ・の準備~? うふふ~」


 甘ったるい声風の潤さんの物言いに取り敢えずイラッとした。


「着替えが無いですし、それに今日は平日ですよ?」

「着替えならもう着てるじゃないか? 俺と背格好同じだからピッタリだろ!」

「はぁ……まぁそうですが明日は学校なので」

「そーにぃ今日制服で来てるから問題ないよね?」


 俺の反論に和馬さんと鈴奈が間を置かずに反応してきた。

 なにこの泊める気満々な家族。どんどん外堀を埋められていってる気がするんだが……。


「確かにそうだけど……泊まるな一応家にれんら――」

「「「チェックメイト!」」」

「……え?」


 俺の言葉を遮るようにして「その言葉を待ってました」と言わんばかりの溌剌(はつらつ)とした表情を湛えた3人が何事かを言った。

 なんて言った? チェックメイト? ……なんだ急に?


「そーにぃ……今なんて言ったかな?」

「今? ……泊まるなら一応家に連絡しておかなきゃって言ったけど?」

「あぁ……確かに颯太はそう言ったな」

「は、はい?」

「うふふ~。安心して颯太。もう連絡してあるわよ~。ちなみに兄さんと義姉(ねえ)さんからは、よろしく、って了解も貰ってるから~」


 チェックメイトってそういうことか。

 まぁ、別に断る理由もないし連絡してくれてるんなら何も気にしないで泊まっていけるか……たまにはこういうのもアリだよな。

 俺は両手を上げて降参ポーズをとりながら口を開いた。


「……リザインです。今日はよろしくお願いします」

「やったぁー! そーにぃがお泊りー! 何年振りー? さっきコンビニ行ったついでにTATSUYAで映画借りてきたから一緒に観よー?」

「颯太! (しゅう)さんから聞いてるぞ~! 晩酌に付き合ってるらしいじゃないか? どうだ? 俺の晩酌にも付き合ってくれないか?」

「颯太もまだまだねぇ~」

「お父さん! そーにぃ未成年! ダメ! 鈴奈と一緒に映画観るの!」

「俺だって16から飲んでたの! 大丈夫! 俺と一緒に晩酌するの!」


 降参宣言(リザイン)を聞いた鈴奈は俺の手を取るとテレビ前のソファーへなんとかして連れて行こうと懸命に引っ張った。対して和馬さんは俺をなにがなんでも晩酌に付き合わせようと、腕を掴むとテーブル席へ頑なに留めようとした。

 何してんだこの親子。鈴奈はまぁ分かるけど和馬さんも本気になって言い合いしなくていいだろ? それに「俺だって16から飲んでたの!」って理由になってないし……。んで、地味に痛いからふたりとも引っ張るのやめてくれ!


「晩酌しながら映画観るってのでふたりとも矛を収めてくれませんか?」

「あらぁ、颯太人気者ね…………あ、もしもし兄さん? 今日颯太うちに泊めてくことになったから~」


 ……は!?

 そんな言葉を発した潤さんを見やるとスマホを取り出し、悪びれた様子も無く俺の親父に電話を掛けているようだった。

 この一連の行動がどういうことなのかは考えるまでもなく分かった。だからこそこの人には敵わないと再認識した。

 ……やられた、ブラフか。


「……潤さん、OKは取れましたか?」

「はーい、おやすみ~。…………バッチリよ! 意外と颯太怒らないのね。てっきり“ブラフやめて下さい”とか言ってくるものだと思ってたのよぉ~?」

「口には出さなかっただけです」


 ブラフ……つまりは俺を頷かせるために実際には家に連絡を入れていないのに連絡済とハッタリを言ったのだ。そして俺はそんな虚仮威(こけおど)しにまんまと引っ掛かったという訳である。

 逆にそこまでして俺を泊めたかった潤さんの真意はなんだ? ……無理! 考えたところで全然読めん!


「そんなことしたらそーにぃが集中して映画観れないじゃん!」

「そんなことしたら颯太が真面目に付き合ってくれないだろ!」


 まだ言い合いしてんのかよ……もう俺抜きで決めてくれよ。

 潤さんとのちょっとした腹の探り合いをしていた最中も何かと言い合いを続けていたふたり。

 そんな様子をニコニコと微笑みながら眺めるだけで潤さんはふたりを諌止する気はないようだ。

 どうすんのこの状況……と何故か俺が悩んでいたら急に鈴奈が手を挙げた。


「はいっ!」

「はい、りんちゃんどうぞ」


 潤さんはそう言うと鈴奈と和馬さんを一瞥した。

 なんだ、何が始まるんだ?


「お父さんはまだお風呂に入っていません! ばっちぃです! 不潔です! 鈴奈はそんなお父さん嫌いです!」

「異議あり!」

「はい、かずくんどうぞ」


 勢い良く一息で言い切った鈴奈の発言を聞いた和馬さんは即座に立ち上がると潤さんに向かって手を挙げた。

 何故だか和馬さんが泣きそうな表情をしているように見えるのは俺の思い違いだろうか。


「鈴奈に嫌われるぐらいだったらお風呂に入ってきます!」

「……主文。かずくんをお風呂1時間の刑に処する。……私もかずくんがばっちぃのは嫌なのでそのことを肝に銘じて、しっかりと自分の罪を償って身体を洗ってきて下さい」

「……はい」


 それ異議でもなんでもねぇじゃねぇか!? というツッコミを飲み込んで聞いていたところ、どうやらいつの間にか籠橋家裁判が開廷していたらしい。スムーズな遣り取りや潤さんからの判決宣言後のご丁寧な訓戒まで付けられているところを見ると、この籠橋家裁判は今日が初めてではないようだ。

 力無く立ち上がった和馬さんは背中を丸めとぼとぼと風呂場に向かって歩いて行った。その背中には目視できるような確かな哀愁が漂っていた……。


「そーにぃ映画観よーっ! えいがー♪ えいがー♪ そーにぃとえいがー♪ すずなー♪ すずなー♪ すずなもえいがー♪」


 和馬さんを風呂場に追いやった鈴奈は見るからに上機嫌なようで、即興で考えたであろう映画の歌(仮)を口ずさみながら身体を左右に揺らしていた。

 鈴奈も映画ってなんだよ。

 そんな些細な感想を抱きつつテレビ前のソファーへと腰掛けた。

 TATSUYAと書かれたバッグをどこからか持ってきた鈴奈が隣に座り、ごそごそと中身を漁っていたので何を観るのか聞いてみたところ、


「まだ内緒!」


 と言われてしまった。

 そんなにもったいぶられてもどうせ数秒後には判明するのに何を言ってるのだか……と思っていたら鈴奈が「あれれー?」「う~ん?」「どこいっちゃったのかなー?」と呟きながら、バッグからディスクを取り出さなかった。


「どうした?」

「えっーと……鈴奈が借りたはずの映画が見当たらナッシング! ……お母さーん! 鈴奈が借りた映画どこか知ってるー?」

「あらぁ? 借りてないわよ?」

「えぇーっ!? なんでー!?」

「だってあんなコッテコテのラブコメ見たってつまらないでしょう? 時代はホラーよ! スプラッター物も借りてきたから早く観ましょう!」


 ……鬼がいる。娘が借りようとした物を勝手に変えた挙句スプラッター映画を借りるなんて、冷静に考えたら鬼どころか……悪魔だな。まぁ、スプラッター好きな時点で悪魔すら好きそうな気はするが。


「お母さん! 鈴奈ホラー苦手だって知ってるじゃん! なんでそういうことするのかなーもうっ!」


 ぷりぷりと怒りだした鈴奈は文句を言いながらもいくつかのディスクをバッグから取り出した。

 え~っとなになに【怨念――ザ・ファイナル――】に【サスペイリア】、【ハイテンション】に【デッド・サイレント】か……見事にホラーだけだな。


「そーにぃはどれ観たい?」

「いや、また今度鈴奈が観たいの借りてきた時にしような?」

「……お母さん一番怖くないのどれ?」


 顔に怯えの影を纏った鈴奈が縋るような声音で俺に問いかけた。

 そんな姿を見て、選ぶ段階でこんな状態になるんなら観れないだろ、と当然の結論に至ったので中止を進言したのだがどうやら鈴奈はチャレンジするようだ。

 こんな夜に観て“寝れなくなった”とか言い出しても俺は知らんぞ。


「そうねぇ……【怨念――ザ・ファイナル――】なら邦画だし、りんちゃんも観やすいんじゃない?」


 潤さんはニヤリと黒々しい影をチラつかせた笑みを浮かべ、最新作のシールが貼られたディスクを鈴奈に勧めた。

 観やすいってどんな根拠からきてるんだよ……ホラー苦手な人は何観たってダメだろ?


「……わかった……そーにぃこれ観よー」

「うふふ~。りんちゃん怖かったら颯太に抱き付いて観ればいいのよ?」

「別に苦手なだけで怖くなんかないもん! だって作り物だし! どうせ人だし! 幽霊なんていないし!」


 余りの恐怖からなのか鈴奈はあからさまに楽しんでいる様子の潤さんに気付くことなく、意を決した面持ちでディスクを再生機へ。

 鈴奈さんや、苦手なのは怖いからじゃないのかい? それと俺は知らないぞ~。一応止めたからな?

 実は俺も潤さんと一緒でホラー映画は好きな部類に入るのであまり積極的に止めなかったのはそのためだ。

 何故好きかと問われると怖いもの見たさが半分、もう半分は人を恐怖に陥れるために心理的に考えられて作られているので観ていて参考になるのだ。……参考になったとしても生かされることはないと思うけどな。


「【怨念――ザ・ファイナル――】はじまりはじまり~」

「うぅぅっ!! なんで消すのっ!? 電気点けてよお母さん!」


 TVにおどろおどろしい字体のタイトルが映し出されたのと部屋の電気が消えたのは同時だった。

 ホラーを観るなら部屋は当然暗くするべきである。まぁ、これは別にホラーに限ったことではなく全てのジャンルに共通している。室内が暗いことを前提にして作られている映画だからこそ最大限に楽しむならば暗くするのは当たり前なのだ。


「終わったらね~。そんなに怖いなら颯太にでも抱き付いてなさい」

「だから怖くなんてないもん!」

「なら暗くてもいいじゃない? ほら始まったから静かにしなさい」

「もーっ!」


 電気を点けてもらえないと悟った鈴奈はソファーにちょこんと体育座りをすると顔を膝に埋めた。よく見るとギリギリ目は出ていたので一応映画は観ているようだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 映画も中盤に差し掛かったところでようやくホラー映画の本領を発揮し始めた。

 怨念を抱いたまま非業の死を遂げた親子が怨霊となり、その秘密を探り始めた主人公に対してまずは精神的攻撃が始められた。内容としては一瞬視界に映って自己主張をする、やたらと長い黒髪を目の付く場所にそっと置く、「ア、ア、ア、ア、ア……」と言う独特の奇声を耳元で囁く、といったところだった。どうでもいい話だがこの奇声は発泡スチロールと監督自身の声から作られているらしい。

 そんなシーンが映る度に横から「うぅぅ!」「ひぃぃっ!」「あぁぁっ!」といった小さな戦慄き声が聞こえてくる。

 おい大丈夫かよ。まだこれからだろ?


「そ、そーにぃ……ちょっとそっちいっていい……かな?」


 と思っていたらやはり既に限界だったらしく、助けを求めるようなしおらしい声が俺の耳に届いた。


「いいぞ」

「……ありがと」


 返答を聞いた鈴奈は呟くように礼を口にし体育座りのままジリジリと横に来ると、俺の腕を抱き枕のようにして両手両足で挟み込みゆっくりと控え目に俺の肩に頭を預けた。

 無理して観なけりゃいいのによ……きっと妹がいたらこんな感じなんだろうか? と考えながら極力身体を動かさないようにして映画を観るハメになった。

 ヒィィィ! エコノミークラス症候群になっちゃうよ!

第7回心理学用語解説コーナー『ツァイガルニク・エフェクト』



『ツァイガルニク・エフェクト』について


 別名ゼイガルニク効果と呼ばれているこの心理現象は実は皆さんが多く目にしている、と言うよりかは体験しているものかと思います。

 正式な意味合いは未達成の事柄や中断している事柄程、達成した事柄よりも良く覚えているというものです。


 これを聞いてもイマイチ「なんのこっちゃ?」となるかもしれませんが、この心理現象を多く多用しているのが小説であったり、漫画であったり、ドラマであったりします。


 クライマックスに差し掛かったところで“つづく”、次の場面から大きく話が変わるようなポイントで“次回へつづく”等、これらは全てこの心理によって記憶が保持され「続きが気になる!」といった心理状態になる訳です。

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