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締めに少し熱めのシャワーを浴びて風呂から上がり、心地好く火照った身体を拭いてさっぱりしたところで、とある異変に気が付いた。
……俺のパンツ……どこだ!? 確かにここに置いといたのに……。
真っ裸の状態で自分のパンツを探すというちょっとアレな事態に陥り焦っていると、脱衣所の外から声が掛かった。
「うぉーい! そーにぃ、お風呂でたー?」
「お、おぅ!」
「着てたのは全部洗っちゃってるから洗濯機の上に置いてあるやつ着てね!」
「お、おぅ!」
開けられるかも!? と何故か俺がビクつきながら返事をして鈴奈の言葉に洗濯機の上に視線を移すと、Tシャツと短パンそれと袋に入ったままの新品のボクサーパンツが置かれていた。
お、全部サイズドンピシャじゃん。
Tシャツと短パンは和馬さんの物だろうが、このボクサーパンツはどうやら今し方買ってきたように見える。何故ならばコンビニメーカーが出している物だったからだ。
「あっ! パンツはお父さんのじゃないから安心してね。お母さんと一緒にそーにぃがお風呂入ってる間にコンビニで買ってきたやつだからー」
「了解。ありがとうな」
やはり俺の予想通りだったみたいだ。
わざわざ買ってきてくれたのか……後でお金返そう。
そんなことを考えながら手早くパンツと服を着て脱衣所の扉を開けた。
「どういたし……早っ!? ってそーにぃまだ頭びしょ濡れじゃん! ちゃんと乾かさないとダメだよー!」
すると扉の横に立っていた鈴奈に呆れたような顔を向けられた。
そんな顔をされてもこっちにだって言い分はある。
先ずはいつ開けられるか分からない恐怖。次に自宅ではない緊張感。最後に家主よりも先に入浴したことによる罪悪感だ。
「男は自然乾燥でいいんだよ」
「えー? 髪を乾かすのに性別は関係ないと思うんだけどなー?」
ウグッ。
痛いところを突かれてしまった。
髪を乾かさなくていい正当な理由か……。
「そのあれだ。和馬さんも潤さんもこれから入るんだろ? のんびりしてたら迷惑になる。それにドライヤーの熱で髪が傷むだろ? 俺はまだハゲたくない」
「お父さんとお母さんのこと気にしてるの? それなら大丈夫だよー! まだ閉店処理してるし」
「そうなのか……でも俺は髪を大切にしていきたいんだ」
一度拒否してしまった手前、なんだか意固地になっている自分がいた。まぁ、恥ずかしいだけなのだが……。
「それは理由の言い訳だよね?」
「…………」
ウググッ。
更に痛いところを突かれた。
クソ……年々鈴奈が潤さん化してきてるな。
「それにドライヤーも冷風でやればいいだけだよね? ほら、そーにぃ早くそこ座ってよー」
「あー降参だ! もう好きなだけ乾かしてくれ!」
「はーい! おまかせあれー!」
半ばヤケクソ気味に鈴奈に促されるまま洗面化粧台前のイスに腰を下ろした。
「そーにぃ知ってる? 自然乾燥のがデメリット多いんだよ? これ鈴奈豆知識ね!」
「そうなのか!?」
「そだよー! だって長時間濡れてると蒸れるからね! 雑菌ウヨウヨ~でばっちくなって頭痒くなったり、ニキビ出来たり、最悪皮膚炎になるからね?」
「うぇ……」
マジかよ! 自然乾燥のが髪に優しいイメージだったのに……。すまなかった! 俺の頭皮! 頼むから60代まではハゲないでくれ!
ラックからタオルを取り出している鈴奈を鏡越しに眺めながら、自分の頭皮に全力で謝罪した。
「よしっ! それじゃあ鈴奈が正しい髪の乾かし方教えてあげるねー! まずはしっかりタオルドライから。……こうやって……タオルで髪を覆って……いつも鈴奈にしてくれるみたいに優しくポンポンして水分を取るんだよー。お風呂上りはキューティクルが開いちゃってるから、絶対にゴシゴシ拭くのはダメー!」
「ほぉー。いつもゴシゴシやってたわ」
「それやると髪がパサパサになっちゃうからダメだよ? 後は……頭皮も同じ感じで……ポンポンやって、指のお腹で軽くマッサージしてあげると完璧だよー! どうですかーお客様? どこか痒いところはありませんかー?」
「ハッ! だ、大丈夫。セーフだ」
人に髪を拭いてもらう心地好さにちょっとよだれが垂れそうになった。あ、危なかった。
なんでか美容院でされるよりも気持ち良く感じるのは単純に鈴奈が上手いからなのだろう。
「はーい? ……それで手で触って軽く水分が付くくらいになったら次のステップね。よいしょっ……ぱんぱかぱーん! ここに取り出したるや何の変哲もない洗い流さないタイプのトリートメントです!」
そう言って洗面化粧台の棚から取り出した手のひらサイズのボトルは、鈴奈の部屋着と同じ撫子色をしていた。
そういやシャンプー買いに行くと、トリートメントとかリンスとかコンディショナーとか色々あるな。全部別物なのか?
「なんだそれ? リンスじゃないのか?」
「ちがうよー。トリートメントとリンスは別物だよー。えーっと、トリートメントの説明は細かく言うとめんどっちぃから簡単に。髪に栄養分とか水分補給してくれて、紫外線とか熱から守ってくれるんだよー! これからドライヤーでブローするから髪をガードしてもらうのさー」
「……はぁ」
「男の子だとしないから分かんないかなー? ……そーにぃは鈴奈よりちょっぴり短いからこのくらいかな?」
鈴奈は手のひらに少量のトリートメントを出すと指の腹、先、間と満遍無くのばしてから毛先に手櫛で馴染ませていった。
お! ツヤツヤしてスゲー良い香り。なんか俺の女子力が上がりそう……って上がってどうする!
「……できたーっ! そーにぃが自分でやることは無いと思うけど、トリートメントは頭皮には付けないでいいからね? それで最後にドライヤーブロー」
「やることはないだろうけど覚えておくな」
「ホントかなー? ……ではお客様ドライヤーブローしていきますねー。そーにぃも自分でやる時は後頭部から根元を狙ってやるといいよー」
そう言うと鈴奈は頭皮を片手で軽く擦りながら後頭部からブローを始めていった。
後頭部から流れてくる温風によってより一層トリートメントの香りが広がり、なんだか自分の頭ではないような不思議な感覚に襲われた。女子力向上恐るべし。
あれ? そういや温風なのか? さっき冷風でやるって言ってなかったっけ? と思い出し口を開いた。
「冷風じゃないのか?」
「うんっ! このドライヤー強めのマイナスイオンの“ツヨイー”が出るから大丈夫! それにトリートメントで髪をバッチリガードしてるかねー」
「へぇ~」
トリートメントって物も充分スゴイが、今のドライヤーはマイナスイオンも出るのか……。こりゃバイト代の使い道が出来たな。ネーミングセンスは別として“ツヨイー”が出るドライヤーでも買うか。
「後は左右に振りながらブローして……そういえばそーにぃ学校の時“コレ”付けなくなったんだね。中学の時は付けてたのに」
髪全体をブローしていた鈴奈がふと疑問に思ったのか指を指しながらそう問い掛けてきた。
それか……。それを付けたら伊達メガネを掛ける意味がなくなるから、と言えばいいのだがそれが恥ずかしいので適当なことを呟く。
「まぁ、あんときは中二病全開で、人と違う俺カッコイイ状態だったからな。今は別に学校の時まで付けようとは思わないな」
「そっかー。先生に見られたらめんどっちぃもんね。そーにぃも大人になったね!」
「バカにしてるだろ?」
「してないよー! えへへ……そっかー。学校の人はみんな知らないんだね」
「そうだろうな……ってあっちぃぃぃぃ!」
ふと鏡越しに鈴奈と目が合い、照れくさいのかえくぼを咲かせて小さくはにかむと視線を逸らされてしまった。
確かに今の学校のやつらにはバレてないな。まぁ、ちゃんとバレないように髪のセットを変えたからな。
んで、ぼーっとするのはいいけど手を動かしてくれぇぇぇ! 俺の頭皮が火傷なうぅぅぅぅ!
「あっ! ごめんそーにぃ! ……えーっと……ほとんど乾いたら最後は仕上げに冷風ね。髪に残った余熱でオーバードライしないようにするのと、頭皮とキューティクルを引き締めるんだー」
「冷風助かります」
「だからごめんってばー! ぷっ……愛され……モテヘアーになったんだから許してよー!」
「本当に悪いと思っているなら半笑いをやめろ! 笑いたいなら笑いたいでいっそのこと盛大に笑ってくれ! 中途半端が一番ショックなんだよ!」
こうして鈴奈主催の正しい髪の乾かし方講座のおかげで、俺の髪はツヤッツヤの天使の輪が神々しく光輝く愛されモテヘアーになった。
鈴奈さんや……男で愛されモテヘアーっておかしくないか?




