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「あれ? エリーどうしたの?」
そんな殺人的目線を向けられた花ヶ崎は小首を傾げながら飄々とした様子で水瀬に問いかけた。
す、スゲェ。俺なら「アイェェェェ!? 水瀬さん!? 水瀬さんナンデ!?」となって取り乱していただろう。
「……これ、どういうことかしら?」
ゆっくりと顔、身体の順で花ヶ崎の方へ向くと、どんな配慮なのか小声だが確かに聞き取ることのできる怒気を孕んだ声音で水瀬は呟いた。
なんだ? なにがあった?
俺の丁度眼前には水瀬の手。そしてその中に握られているのは水瀬のスマホだった。
あのーそこに手を出されると非常に邪魔なのですが? とは言えず、俺は巻き込まれない様にイスごと後ろに下がろうとしたのだが……、
「城戸くんも見て」
水瀬の突き刺さるような鋭さを秘めた声が俺の鼓膜を貫き、その場から動けなくなった。
唯一の後退するという回避方法を失い、諦めて言われた通り“覗き込む”ようにしてスマホの画面を見た。
――だがこの“覗き込む”という体勢が悪かった。ちゃんとイスを引いてから立ち上がって見るべきだったのだ……。
「――っ!?」
メールの画面ではない何かのアプリなのだろうか白背景の吹き出しには、花ヶ崎から送られてきたと思われる[城戸くんと映画は何観たのー? 13:23]というメッセージが表示されていた。
なぜ俺に「見て」と言ったのかその意図を全く理解しないで画面を見てしまったので俺は驚きから、水瀬同様にロケットが如く勢い良く立ち上がってしまった。
あっやべ、イス倒れた……アホか俺!?
当然イスは倒れその物音が波紋の様に全方位に広がっていったが、皆はそれには反応しなかった。
「あっはっはっは~! エリーと城戸くん同じ動きしてるー! 笑い過ぎてお腹痛い!」
代わりに目尻に涙を溜めて天真爛漫にころころと笑う花ヶ崎の声に全員が反応していた。
何度目になるか分からない周囲のざわめきに辟易し、どうするべきか考えていると水瀬と目があったのでアイコンタクトを試みる。
「…………」(どうやって誤魔化すよ?)
そんな俺のアイコンタクトに気が付いたのか、水瀬は微かに目を細めると意を決したような神妙な面持ちでコクリと頷いてから口を開いた。
……なんとなく嫌な予感がするんだが、ここは水瀬を信じてみるか。
「……あなたに届け」
「それ映画のタイトルじゃねぇか!?」
やっぱりこうなるのか! それとやっちまった……ツッコミ聞かれたか!?
水瀬の言葉を聞いた瞬間、無意識のうちにツッコミを入れてしまった。……どうやら俺に備わっているツッコミ気質が、水瀬のボケに対して条件反応で起きてしまう一種の『レスポンデント行動』が確立されつつあるようだ。こればかりは気を付けようがないので天然御嬢様にボケないでもらうしか手立てがないな。
――だが俺のそんなツッコミは運良くスピーカーから流れてきた昼休み終了を告げる予鈴に掻き消され、誰にも聞かれることはなかった。
皆慌てた様に席を立ち一斉に返却口へと向かって行った。大混雑の返却口を眺めながら、今行ってもどうせ待つことになるだろうから座ってるか、と考え倒してしまったイスを起こして腰を下ろす。
……さてどうしたものか。
「んむんむ……今話題のラブコメのやつかー。ふたりで映画館行ってラブコメ見るなんて完全にデートだよね? もしかして……」
プリンを一口食べてからスプーンを置くと花ヶ崎はさらりと確信的なことを口にした。
どうせ「付き合ってるの?」とか聞いてくるんだろ。そんなもの予想の範囲内だ……、
「城戸くんてエリーの使用人?」
ちょっと待て! なんで「デートだよね?」の流れから「もしかして使用人?」になるんだよ!? おかしいだろ!
あまりに突拍子もないことを言い出した花ヶ崎にツッコミを封じられている俺が対処できないでいると、水瀬が代わりに口を開いた。
「……ど、どうしてわかったのかしら?」
素なのか迫真の演技なのかは分からないが、大きく目を見開いて驚愕の色を漂わせた表情で花ヶ崎を見つめる水瀬。
ノリノリだな。よし、そのままの調子でどうにか誤魔化してくれ!
「あれー? これだと城戸くんは釣れないのかな?」
「……ん?」
「……は?」
花ヶ崎の言葉に俺と水瀬の疑問符が被った。
どういうことだ? 皆目見当がつかないんだが。
「んむんむ……ごちそうさまでし……今は時間ないし今度詳しく聞かせてもらうからね、カップルのおふたりさん。むっふっふ~」
た! まで言えよ! それとも最後まで言わないのが流行ってるのか!?
そんな言葉を残して返却口に向かってしまった花ヶ崎の背中を眺めつつ対策案を考える。
弱みを握られているのでこっちとしては下手に誤魔化すことはできない。言わずもがな……バラされる恐れがあるからだ。
そうなると俺らが出来る対応って何があるんだ?
「城戸くん食器の返却方法を教えるわ。それと対応策は後でゆっくりと考えましょう」
「了解」
こうして俺の初めての食堂体験は終了し、混雑が解消した返却口に精神的疲労から重くなってしまった足を引きずるようにして向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
食堂以降は花ヶ崎からの接触もなく、恙なく無事に学校生活を終えることができた。
そして放課後にはクラスメイトと連絡先の交換も済ませ、やっとの思いでちょっとしたボッチ状態からも脱出することに成功し、俺は随分と軽くなった足取りでバイト先へ。
「おはようございます」
「おぉ! 颯太おはよう! 今日もよろしく頼むな」
勝手口から入るなり厨房で仕込みをしていた和馬さんに声を掛けられた。
「はい。もうだいぶ慣れてきたんで任せて下さい」と返答してから、客間へと続く廊下を歩く。
なぜ俺がここでバイトをしているのかと言うと、それは和馬さんの奥さんである籠橋潤さんが関係している。
元々はこの自宅兼店舗を夫婦で営んでいたのだが、嬉しい誤算から店は大繁盛となり近隣に潤さんが2号店を開店。これにより人手が足りなくなったので丁度暇を持て余していた俺が本店を、お腹周りのお肉が気になってきたから動きたい、と言い出した俺の母親が2号店を手伝うようになったのである。
客間とは名ばかりの俺の更衣室と化している一室で着替えを済ませ部屋の外に出ると、今日は部活でまだ帰宅していないはずの鈴奈の姿があった。
「あっ! そーにぃ!」
「あれ? 鈴奈今日は部活だったんじゃないのか?」
「なんか先生に用事があるみたいで今日中止になったんだー! ラッキー♪」
顔に喜色が溢れトレードマークの愛嬌を凝縮したようなえくぼがパッと華やいだ。
どうやら中止になったことが相当に嬉しいようだ。
「そうなのか。そんなに喜んでどっか出掛けたりするのか?」
「いえーす! お洋服見てくるー! いつも真面目におうちのお手伝いしてる鈴奈はお小遣いいっぱい貯まってるからねー。……だからデートも割り勘で全然OKな手の掛からない良い子なのです!」
右手でOKサインを、左手で金を表すハンドサインを作りながらはにかむ鈴奈。
なんだろう……ゲスイのか良い子なのかわかんねぇぞ、それじゃあ。
「そうかそうか! だけどそれは俺も同じだから費用はお兄さんに任せなさい」
「えっー!? そ、そーにぃがなんだか気前のいい成金に見えるよ!?」
「フハハハハ! もっと我を褒め称えるがよ…………褒めてねぇじゃねぇか!」
あ、あぶねぇ! なんか鈴奈と接してると再発しそうになるんだよな……。気を付けよう。
「あちゃー! バレちゃったかー」
「はいはい。んじゃ気を付けてな」
「はーい! そーにぃ、今日晩ご飯の時にデートのこと一緒に決めようね!」
「はいよー」
歩く度にステップを踏むような軽快な足取りで玄関に向かって行った鈴奈を眺めながら、よし! 今日も頑張ろう、と小さく気合いを入れた。




