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3 ※後書きあり第5回心理学用語解説コーナー『ホット・リーディング』『コールド・リーディング』

 心理学用語解説コーナーあります

「あー! みぃーつけたっ!」


 その言葉が放たれた瞬間、“誰しも”が硬直した。

 そして数百人規模の人が密集するこの食堂から会話や物音、息遣いさえ消え、訪れたのは耳鳴りのするような無音。


 そんな時が止まったような空間にひとり佇むのは、毛先が柔らかくカールした淑やかで大人しい色合いのピンクブラウンのロングヘアーで、女性なら永遠の憧れであろう華奢ですらりと背が高く、まるで“ファッションモデル”を彷彿とさせるようなスタイルが目を引く楚々とした美女だった。

 均整のとれた顔立ちに意志の強そうな瞳はどこか艶っぽく潤んでいて、目を合わせれば吸い込まれそうな程に妖美な光を灯していた。

 同じ美女の水瀬は近づき難いオーラを身に纏っているが、この“花ヶ崎紗英”という美女は全くもって対照的だった。そこはかとなく感じるのは人を寄せ付ける魅惑の光が怪しく灯る誘蛾灯のような雰囲気。そんな不思議な空気を身に纏った美女だった。


 無音を無反応と捉えたのかこのしじまの支配者は眉をハの字にして、不満を有り体に表して口を開いた。


「あれぇ? おーい! 無視しないでよー!」


 紡がれる言葉に色濃く表れているのは不満。その声音は唯一発せられているテレビから流れてくる“花ヶ崎紗英”の底抜けに明るい声とは、似ても似つかない甘く艶やかな声だった。

 息を呑むとはまさしくこの状態を言うのだろう。

 金縛りの様な硬直は未だに解ける気配を見せず、必死になってその解除方法を探ったがまるで見当がつかなかった。

 え~っと目の前にいるのはモデルで、階段の子(仮)は女の子でモデルの花ヶ崎紗英と同一人ぶ……ダメだ頭が回らん。

 そんな俺の金縛りを解いてくれたのは、隣に腰掛けている天然御嬢様だった。


「……ん。知り合いなの?」


 そう言いながら俺の肩をポンポンと軽く叩く水瀬。

 それが切っ掛けになったのか先程まで硬直していた身体が幻だったかのようにすんなりと動くようになったので、手始めに水瀬の方へ顔を向けてみると……、


「……痛ッ!?」

「……ん。また引っ掛かった」


 不思議そうな表情と無邪気な笑みが入り混じった、何とも言えない顔をした水瀬の爪が俺の頬に突き刺さった。

 いってぇ~な! ったくまた引っ掛かっちまった! 悔しぃぃぃ! ……あ、何かしらんが落ち着いて来たぞ。俺ドMかよ!?

 その痛みによって思考回路の靄が晴れ、本当の意味で金縛りから解放された。

 この天然御嬢様はスゲェな。なんであの空気の中普段通りにしてられるんだよ。まぁ、だからこそ天然御嬢様なんだろうが。


「全然知り合いじゃない」


 まぁ、正確に言うと知り合いではなく顔見知りと言うのだろうが……。


「えー! あんなに……激しく……抱いてくれたのに……あれは遊びだったってこと? グスン」

「誤解を招くような――」

「城戸くん、SHKK」


 花ヶ崎の誤解を狙ったとしか思えない言い回しに、無意識にツッコミを入れそうになったところで水瀬から忠告が入った。

 あぶねぇ~助かった! 後もう少しでツッコミいれるところだったわ!


「ゲホッゴホッ……失礼。花ヶ崎さん、助けてくれた相手を貶めるような発言はどうかと思いますが?」

「ふ~ん。そっかぁ~“ふたりはそんな仲”なんだ。“信頼”されてるねぇ~キミ」

「なにがですか?」

「別にー? さてとっウチもお腹空いちゃったしご飯取ってくるね」


 そう言ってカウンターに向かって歩いて行く花ヶ崎。その後ろ姿はランウェイを歩くモデルそのものだった。

 そして花ヶ崎の姿が見えなくなってから堰を切ったように音が溢れる。


「それで城戸く――」

「はぁぁぁぁ!?」

「今のなに!?」

「夢?」

「激しく抱いたってなんだよ!?」

「スクープ!」

「そ、そういや水瀬さんもなんかやってなかったか?」

「そもそもあの男子誰だよ?」

「1年の外部生らしいぞ!」

「ちょっと城戸っち! 今のどういうこと!?」

「タロくんあれは言葉の綾です」


 水瀬が何か言おうとしていたが爆発的に増えた騒音は喧々囂々(けんけんごうごう)たる様相を呈し、辺りは乱脈を極めていた。

 ふざけんなよアイツ! 言い逃げしやがって!

 内心で盛大に愚痴をこぼしながら駆け寄ってきたタロの対応をする。


「言葉のあや? 何それ?」

「え~っと、あの、要するに誤解ですってことなん――」

「お待たせ~。今日のおっひるは~どんなごは~ん? じゃじゃーん! サンドウィッチ~と、とろふわプリン~♪」


 いや、待ってねぇから! それとどこのネコ型ロボットの真似だよ!? というツッコミを咄嗟に入れなかった自分の理性を褒めたい。

 花ヶ崎は何故か俺と水瀬がいるあの“エリア”のテーブルに当然のようにトレーを置くと、ぺたりとイスに腰を下ろした。

 人によっては両手に花のように映るかもしれないが、其の実片方は自覚の無い超が付くほどのド天然でアホの子、もう片方は爆弾発言を平気でするボンバーウーマン…………どうだ? これでも花といえるか? 苗字だけだろ?


「いただきまー……プリンおいひぃー! んむんむ……あれ? タロロンじゃん? どしたん?」


 す! まで言えよ! 言えよ! それとなんでサンドウィッチじゃなくて、いきなりデザートから食べるんだよ! あれか? 好きな物は先に食べる派なのか? ……グゴゴゴゴ、ツッコミてぇ!


「え……あ、あの花ヶ崎さんがさっき言ってた、城戸っちに……激しく抱いてもらったってのはどういうこと?」

「あー! あれはそのまんまの意味だよーって言いたいところなんだけど、それじゃあ色々と誤解されちゃうから詳しく説明すると……」

「説明すると……」

「そのまんまの意味なのです! ふふふ~!」

「ど、どういう意味なの花ヶ崎さん?」

「……グゴゴゴゴ」


 歯を食いしばり両の手で握り拳を作りながらなんとかツッコミを入れない様に自制している俺を見た花ヶ崎は、意地の悪い笑みを口元に浮かべて随分と楽しそうにしていた。

 今なら……今なら血の涙だって流せそうだ! ウオォォォォォォォン!


「あれれ~? どうしたのかな~キミ?」

「ゴバッ……い、いえなんでもありま――」

「……ん。紗英、その辺にしなさい。それ以上不文律を犯すのであれば“報酬”は無しよ」

「はーい! ごめんね城戸くん。それとタロロンと皆、さっきのはウチが階段から落ちそうになった時に城戸くんに抱きとめて助けてもらったってことだから、誤解しないよーに!」


 今まで静観していた水瀬が口を開き花ヶ崎に対して注意を入れた途端、今までの俺に対する挑発的な振る舞いは鳴りを潜め、あの意地の悪い笑みはまるで幻であったかのように爽やかな笑みを浮かべた。

 その姿がテレビに映る“花ヶ崎紗英”と重なり、やっと目の前にいる花ヶ崎が同一人物であるということに心から納得することができた。

 ……あれ? けど、なんか“報酬”がなんとかって言ってなかったか? う~ん、俺の聞き間違えか? 花ヶ崎も特にそれには反応してないし。


「なんだ、そうだったのか~」

「てっきり~」

「けど花ヶ崎さんを抱きとめたのは事実なんだよな?」

「……グゴゴゴゴ」


 おい! 余計な事に気付かんでいい! それと俺のグゴゴゴゴウィルスに感染してる奴誰だよ!?


「抱きとめてもらわなかったらウチ確実に怪我してたからね~。それに下手したら城戸くんだって怪我するかもしれない状況だったのに、そんなことを顧みないで助けてくれたんだからそういうこと言わない! それでも城戸くんのことが憎いとか、羨ましいってお門違いなことを思って、ウチを抱きしめたいって人がいるならどうぞ抱きしめて下さい。己の欲望だけを満たすためにそんなことをする人は一生軽蔑するけどね」


 捲し立てるようにそう言うと、我ながらいいこと言ったな、と主張したげな感慨深い表情を浮かべて何度もこくこくと頷く花ヶ崎。

 おい、良い事言ったみたいな感じにしてるけど、そもそもコイツがわざと誤解させるような言い方をして場を荒らした張本人だからな、皆誤魔化されるなよ。


「そっか……城戸くんが助けてくれなかったら紗英怪我してたんだもんね」

「城戸くんかっこいいね!」

「イヨッ! 城戸っちさすがナイト!」

「城戸くん男っす!」

「城戸良い奴じゃん! 見直したぜ!」

「己の身を挺してまで花ヶ崎様を助けるなんて……ス、ストーキングしか出来ない拙者の完敗でござる!」

「……グゴゴゴゴ……キド……イイヤツ……オデ……ミナオシタ」


 物の見事に花ヶ崎の良いように全力で踊らされている皆。まぁ、そのおかげで俺へ向かっていた怨嗟が良い感じに解消されたので正直助かったんだが、皆はそんなチョロさで大丈夫なのか?

 んで、ナイトってなんだよ? それとストーカーは捕まれ! 末期症状になってる奴は隔離されろ!


「そんな訳なので、ウチは今からごはんに集中しまーす……んむんむ……はっ! 今日チェダチーサンドじゃんラッキー♪」


 その一言で集まった群集というか野次馬というか……を解散させるとサンドウィッチにパクつく花ヶ崎。

 はぁ~なんかものすごい勢いで色々あって疲れた。もうこれ以上何も起きるなよ……。

 既に食べ終えてしまった(どんぶり)を眺めて手持無沙汰にしていると――突如隣の席の水瀬がロケットよろしく、勢い良く立ち上がる姿が視界の端に映った。

 お前はロケットか!? ……じゃなくて、なにしてんだよ……ったく、そんな勢いで立ち上がったらイスが倒れんだろ。

 倒れていくイスを見て、やっと落ち着くことができたのだから物音を立ててまた注目されるのは勘弁と思い、手で咄嗟に支える。

 あー危なかった。間一髪。

 そっとイスを立て直して何事も無かったかのようにしていると、立ち上がった水瀬が未だに棒立ちしていることに気が付いた。

 お? やっとサラダ食べ終えたのか? よし! 後は下げ方を教わって食堂から退散するだ……、


「……あの、水瀬さん?」


 ふと水瀬を見上げて気が付いたらそう言葉を掛けていた。

 一見普段通りの凛とした表情なのだが、よく見るとそうではなかったからだ。

 静かな怒りを湛え、それを取り澄ましたように覆う涼しい表情。立ち上がったまま正面を向いているはずなのに、横顔だけでもここまで感じ取れるということは余程の何かがあったのだろうか?

 怖っ! マジコワなんですけど!?


「…………」


 俺の声に気が付いたのか無言で顔を正面に向けたまま目線だけをゆっくりとこちらに向けた。その瞳が「私マジギレなう」と言っているのは瞬時に感じ取れた。

 ヒィィィィィィ!? 何その恐怖演出!? やめて! 怖い恐いって! 目力強すぎるから恐怖とか通り越して最早ホラーだよ!?

 だが俺を見たのは1秒にも満たない文字通り一瞬だった。俺は言わば通過点に過ぎなかったようだ。



 そして水瀬の目力だけで射殺せそうな目線は俺の延長線上にいる花ヶ崎に向けられたのだった。

第5回心理学用語解説コーナー『ホット・リーディング』『コールド・リーディング』



 今回はご意見いただきました用語解説のみとしてみます。



『ホット・リーディング』について


 占いやカウンセリングを行う際に“第三者”から事前に得た対象者(シッター)の情報を利用することで、氏名や家族構成、最近の悩みなど、様々なことをその場で言い当てたように装うテクニック。

 第三者とは弟子や協力者、身辺調査を依頼した探偵などのこと。




『コールド・リーディング』について


 ホット・リーディングが事前情報を使って物事を進めていくのに対してコールド・リーディングはその逆で、その場のシッターの外見やこちらからの質問に対する反応を見て考えていることを当てていくテクニック。

 コールド・リーディングには話術に対しての高い技量と経験、シッターの外観を観察しわずかな変化も見逃さない慧眼が必要となるため、素人が一朝一夕にはできない。

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