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この席テレビ見やすいな~。
今の俺の置かれた状況から逃避するようにぼんやりと食堂中央に設置されたテレビを眺める。
別に内容を見ている訳ではなかったので、ただテレビが見やすいな~と言う感想しか出ないのはこのためだった。
基本的に皆の目がこちらに向いているので下手なことができず、結果テレビを眺めながら黙々とガパオ炒め丼を食べるといったところに落ち着いていた。……まぁ、下手なことと言っても特にすることは無いんだけどな。
隣に腰掛ける水瀬も俺と同じようなことを考えているのか、視線を動かさずに横に意識を向けると一言も喋らずにサラダを一口食べては箸を置き、また一口食べては置くという行動をしていた。その行動が暇を持て余しているのか、それとも既に満腹を表しているのかは分からないが、とにかく水瀬は大人しかった。
映画館にいた時のハイテンションで落ち着きのない水瀬と、今俺の隣にいる優艶な淑女はもしかして別人なのだろうか、とそんな考えが思わず頭をもたげた。
ふぅ~さて、人生で初めて食べたガパオ炒め丼の感想を…………あれ?
あまりにもやることが無かったので時間潰しにひとり料理評論家劇場を始めようとした時、スラックスのポケットに入れていたスマホが自己主張するように振動していることに気が付いた。
前にも言ったかもしれないが俺の連絡先を知っているのは身内+水瀬だけなので、こんな時間に一体誰が何の用だ? と内心で首を傾げながらポケットから取り出したスマホを操作する。
【From】水瀬愛理
【Subject】無題
【Body】少し聞きたいことがあるのだけれど?
するといつ操作したのか隣にいる水瀬からメールが届いていた。
他のやつらに不審がられない程度に辺りを見回すふりをして水瀬の方を見やると、前から見られない様にカモフラージュしているのかサラダの入った容器に隠れるようにスマホが置かれていた。万が一斜め横の席の者が振り返って見たとしてもスマホはトレーの中に在るため、水瀬がトレーを突いている様にしか見えないだろう……うん、不審者だわ。
そしてひとつ分かったこととして、どうやら先程から一口食べる度に箸を置いていたのはこのためのようだった。
俺も水瀬に倣ってスマホを同じような位置に配置してから返事を送信する。
【Body】OK。それと俺も聞いておきたいことがあるんだがいいか?
送信完了を確認してからスマホをバイブレーションなしのサイレントモードへと切り替え、返信を待つ。
――程なくして返信を告げる青色のLEDイルミネーションが点滅したので、箸を置きスマホを操作する。
【Body】気になるから城戸くんから先にどうぞ。
どうやら水瀬は自分の質問に対する回答よりも、俺の質問内容の方が気になるようだ。
これは俺に対する質問ってのはある程度水瀬の中で答えが予想できてるってことの裏返しなのではないだろうか? まぁ、俺の考えすぎかもしれないが……。
ふむ、なんだか「お先にどうぞ」ってされると返って気になるんだよな~。
なので軽い気持ちでこんな返信をしてみた。
【Body】いやいや、レディーファーストですよ御嬢様。なので御嬢様からどうぞ。
すると間髪入れずに返信が来た。
はっや! 数秒で返信きやがったし! なんだ? 自動返信プログラムでも組まれてるのか?
【Body】朝チュンばらす。
【添付ファイル:DSC_0051.JPG】
そんな簡潔な脅迫文と共に送られてきた画像は俺の寝顔の写メだった。
寝癖酷いし薄目になってるし、ぶっさ俺! そもそも「朝チュンばらす」って別に何にもしてないだろ! というツッコミを飲み込み事態の収拾を図る。
【Body】俺が悪かった。んでちょっと急なんだが今週の金曜日、学校終わった後って時間あるか?
水瀬の返信待ちの間にガパオ炒め丼を食べていると、俄かに食堂の高等部の出入口付近が騒がしくなっていることに気が付いた。
なんだ? まだなんかあるのか? これ以上勘弁してくれよ。
【Body】大丈夫。映画に行くのでしょう?
【Body】それはまた今度な。んで、なんか俺の歓迎会とやらをクラスの皆が開いてくれるらしくてな、水瀬が来れるか聞いてくれって頼まれたんだよ。
徐々に近づいてくる喧騒の波に妙な胸騒ぎを覚えつつ、テレビを眺めているとお笑い芸人がMCを務めるお昼の情報バラエティ番組が流れていた。
丁度“初夏にオススメ! 流行間違いなしの最新ファッショントレンド”というコーナーが始まったので、流行とトレンドって同じ意味なんじゃ……とか考えながら、それをぼんやりと視界に入れ返信を待つ。
【Body】今度っていつ? 私は今からでも構わないのだけれど。それと歓迎会に私なんかが参加してもいいの?
【Body】おい、朝観たばっかりだろ。むしろ皆は水瀬に参加してもらいたそうにしてたぞ?
【Body】本当?
【Body】あぁ。それで参加ってことで良いんだな?
【Body】うん。城戸くんがシツコイから仕方なくよ。
取り敢えず水瀬の参加が決まった旨をアイコンタクトでクラスの面々に伝えようと、皆が陣取る一角に顔を向けたのだが、全員が高等部の出入り口付近を見ていたため諦めた。
その状況を見るにどうやら騒がしくなっているのは俺の思い過ごしではないようだ。
【Body】それでそっちの聞きたいことってなんだ?
水瀬にメールを送り、ガパオ炒め丼も食べ終えてしまったので消去法でテレビに目を移すと有名なファッションデザイナーが「去年大流行したミモレ丈のスカートやワンピースは勿論のこと、今年の夏はデニム素材の物やホワイトシャツのコーディネイト、それと日本でも人気なボヘミアンスタイルが来ますね~!」と、力説していた。
う~ん、俺には女性のファッショントレンドなんか全然分からないな。
ミモレ丈ってなんだ? ボヘミアンってなんだ? と、考えているとイルミネーションが点滅したのでスマホを操作する。
【Body】たいしたことではないのだけれど、どうして伊達メガネを掛けているのかしら?
そしてメールを見て固まった。
なんでだ!? 一体いつバレた? 俺なんかミスったか? いや、何も言ってもないよな?
内心の焦りを何とか落ち着かせようと顔を上げると、いつの間にか出入口の喧騒はすぐ間近にまで迫っていた。
時折聞こえる「……さきさん、今日も可愛いね」や「それいいな~! どこで売ってるの?」という女子率の高い会話に、誰かが集中的に話し掛けられているのだなと理解し、今度はテレビに目を向ける。
落ち着け俺。なんて返せば自然なんだ?
すると未だにファッションデザイナーが「後はね、個人的にフラワーモチーフのワンピースとレースアップサンダルが絶対に来ると思ってるんですよ! なので今人気急上昇中の読者モデル“花ヶ崎紗英”ちゃんに着てもらいましたー! それではVTR~ドン!」力説を続けていたが、どうやらVTRへと移行したようだ。
花ヶ崎……花ヶ崎ねぇ。珍しい名字だよな~。なんて考えていたら……、
「えぅ? かいだんえぇぇ!?」
無意識に訳の分からないなにかを発していた。
え? いやいやいや! あのテレビ……校内放送? だってあの子……。
ただでさえ水瀬からの「伊達メガネ?」という問いに焦ってテレビに目を向けたのに、その逃避先でも焦るというか最早狼狽するような光景が映し出されていた。
「――をご覧になっている皆様、どうも初めまして。花ヶ崎紗英です!」
うわぁぁぁぁ! やっぱり間違いない! あの子、初日に階段で助けた子じゃん! マジかよ!? どっかで見たことあるな~って思ってたらまさかモデルだったのか!?
テレビを見て俺は茫然としていたが周りの皆は大歓声を上げていた。
「花ヶ崎さんがテレビに出てるぞー」
「うおぉぉぉぉ!」
「紗英ちゃ~ん!」
「かわいい~!」
「テレビで見る花ヶ崎様もまた乙なものだ」
「弄んでくださーい!」
「俺らマジラッキーだよな!」
「あぁ。こんなかわいい子と同じ学校だなんて……」
「「神様ありがとう!」」
「あっ! 丁度紗英、テレビに映ってるよ~」
「変な感じ~! どっちからも紗英の声が聞こえるよ~」
「紗英もこっち来て見れば?」
「あ、うん! ありがとー」
食堂全体が喧騒の波に飲まれたかのような雰囲気に呆気に取られていると、テレビから聞こえる“花ヶ崎紗英”の声と、すぐ近くから階段で助けた時に聞いた階段の子(仮)の声が聞こえてきた。
どっちも同じ声……だと……!?
「あー! みぃーつけたっ!」
そして俺の視界にはテレビに映る眩しい程に爽やかな笑みを浮かべている“花ヶ崎紗英”。
それと何故か俺を指差して「オモチャを見つけた!」と言わんばかりの蠱惑的な笑みを湛えた階段の子(仮)が同時に映った。




