1 ※後書きあり【淡々と】第4回心理学用語解説コーナー『バーナム・エフェクト』
前々から予告してました解説コーナーの再開です。
これでも長い! 用語説明だけでいい!
もっと長く! 濃い解説して!
等のご意見ありましたら、感想に書いて頂けるとありがたいです。
うわぁ……もうやだ……。
水瀬の後に続いて昼休み突入により人でごった返しになっている食堂へとやって来たのだが、既に俺の豆腐メンタルは崩れかけていた。
「城戸くんはどれにするの?」
本日のメニューと書かれたサンプルが並べられている一角で、平然とした様子の水瀬に問いかけられた。
あの、水瀬さん? なんでこんな状況なのに平常運転してるんですか? と思わず言ってやりたいのだが……。
「水瀬さんと……誰アレ?」
「水瀬さんが男子と一緒にいるらしいよ~」
「え? ホントだ! ってかあれ家来かなんかでしょ?」
「違うって! 下僕らしいよ?」
「え~? 私は草履取りって聞いたんだけど?」
「違うだろ! 俺は犬って聞いたぞ? ……う、うらやま……妬ましい!」
うぉぉぉい! 誰が家来で下僕で草履取りで犬だって!? ふざけんじゃねぇせめて人間にしろ! それと最後の奴! 結局欲望ダダ漏れになってんぞ!
サンプルを眺める俺と水瀬の後方に少し距離を開けて、他の生徒達が人だかりを作っていた。
ただでさえ昼休みの食堂ってのは人が集まるのに、そんな場所に人だかりが形成されたら『同調行動・効果』によって釣られて寄ってきた別の生徒達が合流して、更に巨大な集団になっちまうだろうが!
まぁ、要するに物事が人を集めるんじゃなくて、野次馬が人を寄せてしまうってことだな……ってなんで俺も冷静になってんだよ! 現実逃避したってどうしようもないだろ……。
「おい水瀬、後ろが大変なことになってるぞ」
後方の大集団に気付かれない様、小声で隣に立つ水瀬に話し掛ける。
「……ん?」
すると水瀬は短く疑問符で答えると、真剣な表情でサンプルを見つめたまま首を捻っていた。
おい、異常事態だろ! なにそんな顔して飯選んでんだよ! 周りから見たら、どんだけ真剣に飯選んでるんだよコイツ!? って思われるぞ!
「いや、だから後ろに滅茶苦茶人が集まってるんだって」
「……ポップコーンのおかげであまりお腹が減っていないから、ここはやはりサラダだけにするべきなのかしら……けれどのこ……」
ダメだコイツ、マジで真剣に飯選んでるわ! この状況で真剣に飯を選ぶってもしかして……ボケ、なのか!?
水瀬持ち前の天然っぷりが爆発しているのか、まるで後方の異常事態なんて「私には関係ないのだけれど」と、言わんばかりの毅然とした態度でひとりごちながらサラダを凝視していた。
あ~なんかもうコイツ見てると気にしてる俺がバカみたいに思えてきた。もうどうでもいいや!
「サラダだけで足りるのかよ?」
「……ん?」
「いやだから、サラダだけで腹減らないのか? って聞いてるんだが」
「……あっ、そういうことね。城戸くん、私はサラダが食べきれるかどうかを考えていたのだけれど……」
「あぁ、そういうことか」
小食かッ! ポップコーンなんて腹の足しにもならないだろ?
ふ~む、さて俺は何食うかな~。日替わりのガパオ炒め丼ってのが気になるし、食ったこともないからこれにすっか。
ひき肉とパプリカ、ピーマン、トウガラシ、玉ねぎなどが炒められ、その上に半熟の目玉焼きとバジルが添えられた魅惑の丼に決めた頃、丁度水瀬から「それで城戸くんは決まったの?」と声を掛けられたので「決めたぞ! ガパオ炒め丼」と返し、水瀬の後に続いて券売機の前へ。
おい! 後ろの大集団まだついてくるのかよ?
「ガパオ炒め丼は日替わり丼になるから、このボタンね」
「おぉ! ってことは他のやつも全部日替わりなのか!?」
「えぇ、そうよ」
日替わり丼以外に日替わり定食A、B、日替わり麺、日替わり軽食、日替わり小鉢、日替わりサラダ、日替わりデザート、とボタンがあり、そのどれもが俺がコンビニで買う昼飯よりも圧倒的に安く済む価格設定だった。
こんだけ種類があって、しかも全部日替わりだろ? これ毎日ここで食った方が俺の小遣いの節約になるな……。
「後は各カウンターに行って券を出せば注文したものが配膳されるからそれを受け取るだけよ。日替わり丼は……あそこね。私はサラダのカウンターに行くから……そこのウォーターサーバーのところで落ち合いましょう」
「了解」
水瀬の教え通り日替わり丼と書かれたカウンターの列に並んだところでいつの間にか後ろにいた、タロとガタイの良い佐藤に話し掛けられた。
「どう城戸っち? 食堂いいっしょ?」
「大盛りってお願いすれば、大盛りにしてもらえるっすよ」
「はい。日替わりでメニューが変わるのはいいですね。あっ! そうなんですか! 良いこと聞きました……ただ今日は余り食欲がないので、今度来た時に大盛りにしてもらいますね」
「それでそれで城戸っち……水瀬さん誘えた?」
そんなタロの問い掛けに思わずハッとなった。
うん。完全に忘れてたわ、言い出しっぺの癖に……。まぁ、あの大集団に気を取られてたのが原因だな。
「これから誘うつもりだったので、まだ誘っていませんが」
「そっかー……それじゃあ城戸っちはあのエリアに立ち入るのが確定になった訳だ」
「あ! でも今日花ヶ崎さん撮影でまだ学校に来てないって1組の友達が言ってたっす」
「は~ん……なら城戸っちもまだマシな――」
「次の方~食券どうぞ~」
「城戸くん呼ばれてるっすよ!」
「あ……ありがとうございます」
佐藤に促され食券を受け付けに出したところ即座に湯気の立つガパオ炒め丼が出てきた。
あまりに間髪入れずに出てきたのでどう受け取ろうか考えあぐねていると、タロが「そこにあるトレーに乗せていった方がいいよ」と助言をくれた。
「タロくんありがとう。助かります」
「おうおう! んじゃっ城戸っち水瀬さんへの声掛けよろりんこ!」
「城戸くん! 空気に飲まれず衆目に晒されても臆することなく果敢に獅子奮迅して欲しいっす!」
「え~っと、了解? しました」
思わず苦笑しながらタロと佐藤の励ましの言葉? に返答をし、水瀬に指定されたウォーターサーバーへと向かう。
この食堂にはウォーターサーバーが全部で4台設置されていて、その周りにドレッシングや調味料、箸やカトラリーといった物が置かれており、各カウンターから流れてきた生徒によってごった返しになっていた……ただ1台を除いて……。
なんなんだ? 水瀬って人払いの術とか結界でも使えるのか? それか『パーソナルスペース』が『公衆距離』なのか?
遠目から見ると水瀬の立っているウォーターサーバーの周りにだけ、全くと言っていい程に人がいなかった。
その異様で異質で異事な様は、見ようによっては水瀬だけが異彩を放っているようにも見えた。
「……ん。熱湯でよかった?」
人混みを抜け周りの喧騒から隔離されたような静けさに包まれたウォーターサーバーに辿り着くなり、熱湯の入ったコップが水瀬の手により、俺のトレーに乗せられた。
水瀬の言葉から察するにどうやらウォーターサーバーは熱湯もでるらしい……って熱湯ってなんだよ! 熱湯って!
「そうそうそう、やっぱり食事の時は熱湯に限るよな~……って誰が言うか! 火傷するわ!」
「冗談よ。ちゃんとお水だから安心して」
その言葉を聞いて改めてコップを見てみると確かに湯気は出ていなかった。
ったく、いちいちボケをぶっこまないと死ぬ病なのかコイツは?
それと天然の癖にこういう細かい気配りはできるんだよな~。まぁ、彼氏がいるなら当然なのかもしれないが……。
「おぉ、すまねぇ」
「城戸くん……そういう時は、ありがとう、って言うんじゃなかったかしら?」
そう言う水瀬は凛とした表情だったが口調はどこか得意気だった。
そんな調子の水瀬を見て、そういえば俺前にそんなこと言ったな~と思い素直に感謝の言葉を口にする。
「そうだったな。ありがとう水瀬」
「……お箸は……そこだから……ん。早く席に着きましょう」
人が感謝を伝えたというのに水瀬は顔すら合わさずに箸置場を指差してから、歩いて行ってしまった。
おいっ! この場にいるのが嫌なのは俺も同感だが、だからってさっさと歩いて行くのも酷いだろ! なんだ? アレか!? 新手の羞恥プレイなのかコレ?
急ぎ箸だけを取って水瀬の後を追いかけていると、あからさまに特異な雰囲気を放っている“エリア”があることに気付いた。
あれ? カウンターから一番近くて食堂の奥の隅っこなんて普通だったら一番初めに埋まる特等席なんじゃないのか? なのになんで誰も座ってないんだ?
食堂の最奥で隅に位置するその“エリア”には長方形の長テーブルが1脚とイスが3脚。
誰も座ってないどころか誰もいないなんて、まるでどっかの誰かさんみたいに人払い結界でも張られているのだろうか?
そんな適当なことを考えながら改めて冷静に見ると他の席との違いにふと気付いた。
あぁ~内側向いてるから皆座らないのか?
他の窓際の席や隅の席は外の景色を見れるように配慮されているのか外向きにセットされているが、この特異な“エリア”のイスは何故か内向きにセットされていた。
まぁ、あの“エリア”に座ることは一生無いだろうなぁ~っと、ぼんやりと楽観的に考える一方で妙な胸騒ぎがしていた。
……そういえば水瀬のやつ「私の場所」とか言ってここいらへん指差してなかったっけ? ……いや、まさかな……。
「……ん。城戸くんは真ん中でいい?」
その“エリア”に辿り着くなり水瀬はトレーを当然のようにテーブルに置くと俺にそう尋ねた。
はぇぇぇぇええええ!? なんで、なんで自分からフラグ立てまくったんだよ俺! ただのアホじゃねぇか!? 何が、座ることは一生無いだろうな、だよ!? その数秒後には座るハメになってんだよボケェェェエエエ!!
イヤダァァァァ! こんな席座りたくないよぉぉぉ! なんで衆目に晒されながら飯食わなきゃいけないんだよぉぉぉ! ……あれ? ……衆目に晒され? ……衆目に晒され……ハッ!
俺の視界の隅にやたらとゴツイ奴が敬礼をしている姿が写り、脳内に稲妻が走った。
「……城戸くん?」
どこか遠くに聞こえる水瀬の声に意識が呼び戻され、改めて視界の隅に目をやると……、
「(ガッツっす)」(敬礼しながら口パク)
「(きどっちガンバッ)」(ガッツポーズしながら口パク)
「(お前はやればできる男だ)」(サムズアップしながら口パク)
「(死ぬなよ)」(おててのシワとシワを合わせてしあわせ~なぁ~むぅ~しながら口パク)
「(う、うらやま……妬ましい)」(血の涙を流しながら口パク)
「(粗相しないでね)」(祈りながら口パク)
「(誘うの忘れないでね)」(ジト目で口パク)
「(誘うの忘れんなよ)」(白目で口パク)
「(てへぺろ☆)」((・ω<)こんな顔しながら口パク)
クラスの大半の奴らがいた……というか俺と水瀬以外の全員がそこに集合していた。
うおぉぉぉぉい! 佐藤とタロと木崎さんの反応は分かるけどよ! なぁ~むぅ~してる奴と軽くホラーになってる奴とてへぺろ☆してる奴はなんなんだよ!?
うぅぅぅ……パトラッシュ、俺はもう疲れたよ……ツッコミ疲れだよ!
「……あぁ、もう疲れたよ」
「……ん? 疲れたの? ……はい、どうぞご主人様」
心の友パトラッシュにこぼしていた愚痴がいつの間にか口に出ていたらしく、それを聞いた水瀬が心配するような声音で冗談交じりに答えると、真ん中の席のイスを丁寧に後ろに引いてくれた。
滅茶苦茶ありがたいんだけども、今この場で水瀬がそんなことすると……、
「え!?」
「なんで?」
「水瀬さんがイス引いた?」
「あれはペットに対する、ゴーホームの意味だろ」
「「「「「なるほど」」」」」
なんでか都合の良いように解釈してくれたらしく特にこれといった反応は無かった……っておい! 誰だ今ペットって言ったやつ! それと納得したやつらも同罪だからな!
「すまな――」
「……ん。わざと言ってい――」
「ありがとうございました水瀬御嬢様」
俺の言葉を遮った水瀬が何を言いたいのかある程度予想がついたので、更に遮って感謝の言葉を口にした。
「……んむ。よろしい。褒めてつかわす」
「ははー。この身に余るお言葉、恐悦至極に存じ奉りまする」
「……いただきます」
「ス……いただきます」
またコイツスルーしやがったな!
まぁ、今は目の前のガパオ丼が冷めぬ前に食べきることが最優先事項だな。衆目なんて気にしてられっか!
そして俺は湯気の立つガパオ丼をかっくらっい、当然のように火傷した……。
良い子のみんなは熱いものを食べる時は、フーフーしよう! 颯太お兄さんとの約束ダゾ!
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「城戸っちがなんか変なポーズしてるんだけど!」
タロが笑い声を上げながらそう指摘すると周りにいた別の生徒達が反応した。
「あれ忠誠を誓う騎士のポーズじゃね?」
颯太は右膝をつきながら右手の握り拳を心臓の前に、左手を左膝に置くと愛理に対して恭しく頭を垂れていた。
颯太の心情としては、愛理のボケに合わせただけの軽いやりとりをした、程度にしか思っていなかったようだが、どうやら周りの生徒の目には女王様に忠誠を誓う者にしか映らなかったようだ。
「確かに!」
「城戸くんって実はノリ良い感じなのかな?」
「それよりあのふたりってあんなに仲良かったの?」
その言葉に返答は無く、誰もが心の中で「そういえばそうだな」と思うにとどまった。
各々が探るように沈黙していると颯太と愛理に動きがあった。
「あー! 城戸っち水瀬さんにスルーされてる! マジウケる」
「ホントだ!」
「ヤバい、笑い過ぎて腹痛い!」
「皆が見てんのにチャレンジャーだな。さすがナイト」
「男の中の漢だな」
愛理は颯太の突然の行動を凛とした表情で一瞥すると何事も無かったかのようにイスに腰掛け、手を合わせて食事を始めていた。
この出来事から颯太のあだ名が“ナイト”になったのは至極当然な自業自得によるものだった。
【淡々といきます版】第4回心理学用語解説コーナー『バーナム・エフェクト』
長ったらしい解説を読むのは億劫だ! と思う方は一番下の【簡単簡潔解説コーナー】へ。
『バーナム・効果』について
「それでは先ずあなたのことを占うに当たって、お名前、生年月日、血液型、家族構成などをこちらの紙に、お書き下さい。あなたの書いた字の感じや雰囲気、そして私の祈祷と霊視をもとにして占いを進めて参ります」
「……もしかしてあなたには今、悩みがありますね?」
「それは日々の生活の中であなたを苦しめているものでしょう?」
「そんなあなたは人一倍頑張り屋で努力家で周りに気を配って……それ故に傷付きやすくなっていますね」
「あなたが人前で明るく振舞えば振舞うほど、心は傷付いてしまいます。それはあなたにも自覚できない“痛み”です」
今これを読んで下さっているあなたには当てはまりましたか?
「あ……少し当てはまってるかも」と思ってしまった方がいたら要注意です。
それでは解説に移ります。
『バーナム・エフェクト』は別名『フォアラー・効果』とも呼ばれ、あまり心理学に馴染みの無い方でもこの名を聞いたことがあるかもしれない、というくらいには有名な現象。
よく例として挙げられるのが占い師で、その内容は「あなたには今、悩み事がありますね」や「私には分かります。あなたはコンプレックスをお持ちでしょう?」などの、誰しもに思い当たる内容が並列的に述べられているものです。
先ず、物事の大小にかかわらず人は誰しも悩みを抱えているものです。それと同じくして、必ず何かしらに対するコンプレックスを抱いているのです。
悩み事は大きく分けて【健康面】【金銭面】【人間関係】【仕事・学校関係】【将来に対する悩み】など、精々5、6個ほどに大別できます。
これを神秘的な空間であたかも目の前にいる相談者だけに当てはまるように述べるのです。一番初めに名前や生年月日などを意味あり気に聞くのはこのためです。
そしてこれをされた相談者の心理としては「当たってる」と動揺し、自ら「実は最近○○に悩んでて……」と更なる情報を与えてしまうのです。このことからも分かる通り暗示誘導の導入に使う現象です。
最後にこの効果に陥りやすい人は、心理学的には自己肯定感が低く他人に流されやすい、そして自分に自信を持っていない人が多いとされています。「これは本当に当てはまるかも……」と思った方はご用心を……。
【簡単簡潔解説コーナー】
『バーナム・効果』とは、誰にでもあてはまるような抽象的なことを言って、目の前の人に「この人は私のことを分かってくれている!」と錯覚させる心理的な現象です。




