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「ったく、なんで俺の家の住所知ってたんだよ?」
通学路をせかせかと大股で歩く俺とは対照的に、涼しい顔をして横を悠然と歩く水瀬に問いかける。
くそ……なんで俺は大股で歩いてるのにコイツは普通に歩いてやがるんだよ!? べ、別に俺短足じゃねぇし!? 水瀬が足長すぎるだけだし!!
「城戸くんが私の家を知っているのに、私が知らないのはフェアではないでしょう?」
「確かにそうかも……って誤魔化そうとするな!」
「ちっ」
「舌打ちするな!」
「テヘッ☆」
「ぶりっ娘するな!!」
「……あれをするな、これをするな、これが噂に聞く個性の封殺というものなのね」
はぁ~っとため息をつきながらこめかみを抑える水瀬。
ふざけるな! それをしたいのは俺の方だ! しかも「噂に聞く個性の封殺」ってなんだよ! 聞いたこともねぇわ! 大体どれだけ俺がツッコミして……いかんいかん。危うく水瀬のペースに乗せられて本当に誤魔化されるところだった。
「んで、なんで知ってたんだよ」
「……ん。城戸くんと一緒で教えてもらったんですよ」
「あぁ~! 谷口先生に聞いたのか」
まぁ、水瀬なら口は立つだろうし大方「直接お礼が言いたい」とかなんとか言ってうまく聞き出したのだろう。
……それよりもだ。今のこの状態って結構不味くないか? 水瀬と並んで学校に向かってるって他の生徒が見たらどう思うよ? しかもそれが唯一の外部生ときたもんだ……どう考えても良い方向には思われないよな。
「んじゃ俺コンビニ寄って行くから」
水瀬との同伴登校を避けるために、いつも登校前に昼飯を買っているコンビニへと立ち寄ろうとするが……、
「城戸くんは随分と余裕なのね? 今1分、いえ……1秒でも立ち止まることは許されない状況だと思うのだけれど」
「そうだろうな」
まぁ、コンビニで昼飯買って全速力で学校に向かえばどうにか間に合うだろうと考えて、適当に返事をする。
「えぇ。ですからコンビニに立ち寄っている暇なんてないでしょう?」
「かもな~」
だからお前はひとりで先に行け……ここは俺に任せろ!
人生で一度は行ってみたい台詞ベスト10に入る、「ここは俺に任せろ!」を心の中で熱く叫びながら、返事は至ってクールに返す。
フッ……昔の血が騒ぐぜ!
「……ん。城戸くん? 私の話を聞いていますか? 遅刻しますよ、と遠回しに助言してあげていたのですが、どうやら城戸くんのおつむでは理解しきれなかったかしら?」
平時の凛とした表情のまま少しイラついたように高圧的な物言いで、俺への非難を口にする水瀬。
くそっ! 折角格好良く「ここは俺に任せろ!」で締めたのにぃぃぃ! ……はぁ、もういいや。朝飯も食ってないのに走るのとか正直めんどいし、諦めるか。
「よし! 俺1限目サボるわ」
人間開き直りが大事だな! いやぁ~遅刻してもいいやって思えると楽だな。まぁ、皆勤賞だって欠席しなきゃいい訳だしな。……そういやうちの学校に皆勤賞なんてものがあるのか知らないし、あったとしてもどうでもいいけど。
「……ん?」
「いや、だから俺サボるから、水瀬は早く学校行かないとマズイんじゃないか? ……それとも俺と一緒にサボるか?」
水瀬は凛としたいつもの表情から一転して、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたので、つい出来心でそんなことを口にしてみた。
さて、谷口先生に遅れるって電話して優雅にモーニングでも食べてから行くか。あっ……その前にあれだけ買ってくか。
目当ての物を買うために、未だに何も反応しない水瀬を放置してコンビニへと歩みを進め……ぐぇっ、
「ぐぇっ……苦しっ……っておいっ! いきなり何しやがる! なんで無防備な人間の襟を掴んで引っ張るんだよ!? 愛理だけに襟ってか!? やかましいわ!」
水瀬の突然の行動に訳が分からなくなり、いつの間にかひとりノリッコミをしていた。うん、俺ってアホだな。なんだよ愛理だけに襟って、恥ずかしいわ!
「……ずるい」
「は? ずるいってなんだよ?」
「……ん。城戸くんだけがサボるのはフェアではないでしょう?」
「またでた! フェアとかアンフェアとかどうでもいいし、ずるいと思うなら水瀬もサボればいいだろ」
「……サボるって何をすればいいの?」
若干俯き、急にしおらしく上目遣いでそう口にする水瀬。
この反応こそずるいと思う。負けた気がするから絶対に口には出さないけど。
普段からは考えられないほどに落ち着き無く揺れる余裕の無い瞳。これだけでも演技かそうでないかの判断をするのには充分過ぎるんだけどな。
目は口ほどに物を言う、目は心の鏡。古くからあることわざの通り、目を見れば人がどのような心境にあるかは、大体分かるようになっている。
例えば人は興味のある物を見たり、気になる話しをしている時には瞳孔が大きく広がり、逆に何も関心の無い物や、聞きたくもない話しを聞いている時は小さく縮まってしまう。表情ならば取り繕えばどのようにでもなるが、これは無意識的に起こるものなので誤魔化しようがない。故に目は口ほどに物を言うし、深層心理を現す鏡と言われるのだ。
そして水瀬が前々からちょくちょくやる“上目遣い”。まぁ、これにも意味はあるんだがイマイチ納得いかないんだよな~。余りにも水瀬とは正反対だし、キャラに合ってないしなぁ……。
「サボったことないのか?」
そんな俺の問いに水瀬はゆっくりと瞬きをし、小さくこくりと頷くと、
「……ん。だから、その……一緒に連れて行ってほしい」
羞恥心や不安心からなのか言葉に少し詰まり、まるで目を合わせまいと俯いたまま、決まりの悪そうな顔をしていた。
ったく、そんな顔されたら、さっきのは冗談だ、なんて言えなくなるだろうが……。
「あーわかったわかった! さっき、一緒にサボるか、って誘っちまったしな。それに水瀬に俺がサボってるってリークされても困るからな。いっそ共犯者になってくれた方が俺も安心出来るわ」
「……ありがとう」
「おっ! ありがとうって素直に言えるようになったな。ではこの不肖城戸颯太めが、水瀬愛理御嬢様のサボタージュを身命を賭してエスコートさせていただきます」
顔を上げ無垢な笑みを浮かべた水瀬からの素直な言葉に若干恥ずかしくなり、仰々しい、いかにも演技といった態度で頭を垂れ、手を差し出した。
どうせこのままスルーされるか、ボケで返されるかだろう。まぁ、この緩んだ顔が締まるまでの時間稼ぎなので、どちらかになればいいが。
「不束者ですが……どうかよろしくお願い致します」
恥じらうような声音の言葉と共に俺が差し出していた手に、ふわりと水瀬の柔らかな手が重ねられた。
はぁ~もうさぁ、コイツはとことんズレてる……いや、やっぱり天然だな。
「おい、そこは普通スルーか、ボケるところだろ!? あぁもう……とにかく行きましょうか御嬢様」
「……ん?」
おいおい、勘弁してくれよ。俺がひとりでバカみたいじゃねぇか。
何が何だかという素の表情で小首を傾げている天然御嬢様の手を取り、俺はコンビニへと歩みを進めた。
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サボりバレを警戒し最寄駅から電車に乗って数駅のちょっとした繁華街まで足を運び、駅前のカフェで一先ずの作戦会議となった。
店内は平日の午前中ということで閑散としていたが念には念を入れて、窓際を避け奥まった席を確保した。
「ねぇ城戸くん、サボりって他にどんなことをするの?」
名前からして甘ったるそうな、ハニーホイップラテとやらが入ったティーカップから口を離した水瀬が、満足そうな表情を浮かべながら上機嫌そうに率直な疑問を口にした。
「別にサボりだから何かしなきゃならないってことはないからな。むしろ何もしないことこそ真のサボりだろ?」
皆が授業を受けているであろうこの時間帯に、カフェで優雅にモーニングとか最高のサボりだろ。クロックマダムが格段と美味く感じるのは、それを含めてのことなのかもしれないな。
「確かにそれはそうなのかもしれないけれど……でも、それでは建設的ではないわ。後何時間もこのお店にいるつもり?」
「まぁな~どっかのアホが午前中一杯サボるって言いやがったからな。このままここでダラダラと時間潰すのも面白くないか」
俺は1限目をサボると宣言したはずなのに水瀬が何を思ったのか谷口先生に電話した際、体調がまだ優れないので午前中一杯遅れます、と言い放ち、身命を賭してエスコートすると言ってしまった手前付き合わない訳にはいかず、俺も強制的に午前中一杯サボるハメになってしまった。ちなみに俺はその仕返しのため、水瀬にプリントを渡した際に風邪を移された、といったニュアンスで谷口先生に体調不良を訴え、午前中一杯のサボりの権利を勝ち取った。
あぁ、クソっ。「私が先に電話する」とやけに張り切った水瀬が言った時に止めておけばよかった。まぁ、今更悔やんでも後の祭りなのだが……。
「えぇ……ところで、どっかのアホ、って誰のことなのかしら? ……まさか、城戸くん自身?」
「なんでそうなる!?」
「ドMだから?」
「だからちげーわ!」
「えっ……違うの?」
「リアルに心底驚いた顔しながら言うのやめぃ!」
「……ん」
「だからって神妙な面持ちで頷くのもやめえぃ!」
クロックマダムを食べ終え、水瀬と適当なやり取りをしながら考える……さてどうやって時間を潰すかなと。
水瀬が午前中一杯と言ったのはどうせ何か理由があったのだろう。それならば水瀬に丸投げしてみるか? ……いやエスコートするって言ってこれはなしだな。まず何をしたかったのか聞いてみるのが無難か。
「なぁ? 何かしたいことでもあるのか?」
「したいこと……ん?」
ティーカップを両手で持ちながら、小さく眉間にシワを寄せる水瀬。
どうやら相当考え込んでいるのか時折「うぅぅ」と唸ったり「でも……やっぱり」と逡巡するような心の声が漏れ出ていた。
ありゃ? 考えなしに午前中一杯って言ったのか?
水瀬のあまりの熟考に出口がなさそうだったので、取り敢えず助け船を出す。
「例えば、ゲーセン、カラオケ、図書館、本屋、ファーストフードハシゴ、散歩がてらのウィンドウショッピング……あとは時間的に映画も観れるかな」
「……映画……映画館?」
「むしろ映画観るのに映画館以外の選択肢は無いだろ? レンタルでもするか? でも家に帰ったらバレ――」
「映画館! 映画館に行ってみたい!」
俺の言葉をやたらとハイテンションな水瀬が遮った。
えっ? なんなの急に? ビックリして今、ビクッ、ってなっちまったじゃねぇか!? ビッ~クビックビックビックビクってか!? 違うか!
水瀬に釣られて内心で変なテンションになりながらも、今の言葉を反芻してみて何かが引っ掛かった。
行って“みたい”……みたいっておかしくね? それじゃあまるで行ったことないみたいな……あ! もしかして、観たい、ってことか?
まぁ、なんでもいいや。取り敢えず映画館に決まったし行くとするか。
「了解。んじゃ行くか、マスク付け忘れんなよ」
「……ん」
コンビニで買ったちょっとした変装兼体調悪いアピールができる“伊達マスク”をして、俺達はカフェを後にした。




