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 土日は谷口先生に言われた「高校生という自覚を持って過ごすように」を体現したかのように、大人しく過ごした。……まぁ、日曜日のバイト以外に特にやることが無かっただけなのだが。


 そして今日はもう月曜日。

 休日を特に満喫できなかった俺は、始まりの月曜日に抗うために起床時間いっぱいまで惰眠を貪っていた。


「……きて……どくん……ちこく……す」


 すると頬っぺたを指で突かれているような、何とも言えないくすぐったさと、母さんではない女性の声が途切れ途切れに聞こえてきた。

 なのでこれはまだ夢の世界なのだろうと微睡みの中でぼーっと考えながら、逃げるように寝返りを打ったのだが……、


「城戸くん、誠に遺憾ながら朝が来てしまいましたよ。これが俗に言う朝チュンってものなのかしら? スズメの鳴き声は聞こえないけれど」


 優しい声音でそんなことを囁かれ、意識が急激に覚醒していった。今すぐにツッコミを入れねば! と。


「……ちげぇわ!」

「城戸くん起きたの? おはようございますご主人様。私に起こさせるなんて随分な身分ね」


 は? ちょっと待て! なんだこれ!? なんで俺の部屋に水瀬が?

 俺の目の前には、いたずらっ子のような笑みを浮かべ制服姿で立つ水瀬。

 まだ回っていない頭でだらだらと答えを出そうとしたが、結論は考える前から決まっていた。


「……夢か」


 わざわざ頬っぺたをつねって夢であるか確認をするなんてベタな真似はしないが、これは考えるまでもなく夢だ。

 まずなぜ水瀬がここにいる? そもそもなんで俺の家を知ってる? そして今は月曜日の朝だぞ? これが夢じゃないんならなんだ?

 そうだそうだ。考えれば考えるほどにこれは夢……、


「あら? もしかして私にツッコミさせる気? ……ん。コホン。……夢ですよ」


 目を見開いた水瀬は仕切り直すように小さく咳払いをすると、凛とした表情でそう口にした。

 その言葉を聞いた瞬間、ズッコケそうになるのを何とかこらえて言う。


「……それツッコミでもなんでもないただの肯定だろ!?」

「そうですがそれがなにか?」

「なんで開き直ってんだよ!? ったく朝から何ちゅう夢だよ…………って夢な訳あるかボケェ!?」


 結局ひとりでノリッコミをしながら状況整理を試みるが、


「気付いていたのならば、夢か、なんて無駄なボケをするものではないわ。おかげでボケにボケで返したのに私のボケがボケ殺しにならないでボケ――」

「ボケボケうるさいわボケェ! 早口言葉か!? ってそんな話しはどうでもいいんだよ!」

「そうね。私としてはやっぱり城戸くんはツッコミとし――」

「おいやめろ! 話しが進まないだろ! なんで水瀬がここにいるんだよ!?」


 目を爛々と輝かせ嬉々とした表情で話しを掘り返そうとする水瀬を慌てて止めて問う。


「……ワタシ、ニホンゴ、ワカラナイ」

「ならお前が今話したのは何語だよ!? だからなんでここにいんだよ?」

「……ん。城戸くんへの仕返しをしに来たのよ」

「……はぇ?」


 水瀬の回答が余りにも訳が分からなさ過ぎて、自分でも笑いそうになってしまうぐらい間抜けな言葉が出た。

 はぇ、ってなんだよ。恥ずかしすぎるわ!


「だから、私は仕返しに来たのよ」

「……なんの仕返しだよ?」

「……だからその……を見られたから、仕返しに見に来たの」


 俯いた水瀬は珍しくごにょごにょと歯切れの悪い物言いをしながら、スマホをイジっていた。

 なんでスマホイジってんだ?


「今なんて言った?」

「……寝顔って言ったの」

「……はぇ?」


 出ました本日2度目の、はぇ?

 ヒィィィ! 恥ずかしいぃぃ! 俺も言いたくて言ってる訳じゃないんだからね!


「……だから寝顔って言ったの」

「寝顔……つまり、俺に金曜日に寝顔を見られたから、仕返しに俺の寝顔を見に来たってことか?」

「……ん」

「……いやぁ、前々からなんとなく思ってたけど、水瀬って完全に天然だろ?」


 今回の行動は天然というよりも、限りなくアホな気がするが……。


「なにを言っているのかしら? 城戸くんは前にも私を天然呼ばわりしていたけれど、それは徹頭徹尾(てっとうてつび)間違いね。残念ながら私の行動は緻密な計算の上に成り立っているので天然ではないと思うのだけれど。言うなれば、演算、と言ったところかしら?」

「……あのな、今のその反応もそうだけど、そういうのを天然って言うんだぞ」

「……ん?」

「普通そんなズレたこと言わないからな? しかもなんだよ、演算、って。そこは計算って言うんだぞ」

「…………んっ! 捻くれ者が代名詞の城戸くんの主観的な普通の基準が、世間一般での普通と同意であるといつから錯覚しているのかしら? 私はズレてもいないし、天然でもない、ただのチャーミングなJKよ」

「……おいおい、なにそんなに慌てて弁明してるんだ? 捻くれ者の俺の意見なんていちいち気にしなくていいんじゃないか?」


 明らかに慌てた様子で饒舌に捲し立てる水瀬を見て、ふはは……勝った! と心の中で高笑いしていると、


「……城戸くん、謝るのなら今のうちよ?」


 水瀬は落ち着き払った声音でそう言うと、急に意味深な笑みを浮かべ余裕すら感じさせるような動作で、手に持っていたスマホの画面を俺に向けた。


「んぐふぉっ!?」


 先ず飛び出したのは言葉にならない声だった。

 そして咄嗟に水瀬のスマホを取ろうと手を伸ばすが……。


「あら? 城戸くんは手癖が悪いのね」

「ふざけんな! 盗撮してる奴に言われたくねぇわ!」


 俺の動きを予想していたのか、ひらりと躱される始末。ぐぬぬ……。


「あらあらあら? 随分なことを言ってくれますね? 私が今撮った城戸くんの寝顔をついうっかりSNSに拡散させるかもしれませんよ? 城戸くんと朝チュンなうって」

「……すみませんしたッ!」

「……ん。初めからそうしていればいいのよ」


 俺の寝顔が表示されているスマホをまるで印籠のように掲げ「この紋所が目に入らぬか!」と今にも言いそうな勢いで、ひとりこくこくと頷いている水瀬。……やけに満足げな表情なのがイラッとするのは言うまでもない。


「はぁ、んで結局なんでここにおま――」

「城戸くん、そんなことよりも早く着替えないと遅刻するわよ?」

「は? まだ目覚まし鳴ってないだろ」


 水瀬の言葉に内心首を傾げながら枕元に置いてある目覚まし時計を見ると、おかしいかな、何故か時刻は目覚ましの鳴る時間を優に超えて淡々と時を刻んでいた。

 よし、まずは落ち着こう。何故今この事態に陥っているのかを冷静に把握……、


「いきなり鳴るものだから、ビックリして止めちゃいました。テヘッ☆」

「お前かぁぁぁぁぁああああああ!?」


 盛大なツッコミを吐露しながら水瀬を部屋から追い出し、俺は急いで身支度をするハメになった……。

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