2
回想終了。と、まぁこんなことを今現在思い返していたのには訳がある。
今日はこの学園に入学してから初めての金曜日。そして今は全授業が終わって帰りのSHRをやっている。
明日から週末ということで皆俄かにテンションが高まっているのか、ザワザワと落ち着きがなかった。
そんな中、谷口先生が口を開いた。
「明日から休みだが、高校生という自覚を持って過ごすように。それと誰か水瀬の自宅を知っている者はいるか? みんなには今配ったが、月曜日に回収しなくてはならない選択科目のプリントを届けてもらいたいのだが」
そう。俺がボケーっと回想をしていたのは今日水瀬が風邪を引いたとのことで、休んでいるからだ。
水瀬が後ろの席に居なければ、ボーっとしていても、ボロを出しても、なにもつっこまれる心配がない。
谷口先生のそんな問いかけに静まり返る教室内。
俺も水瀬の自宅なんて知らないので、我関せず状態で窓の外を眺めていた。
おっ! 桜トンネルは今日も綺麗だなー。風も弱いからまだ満開状態だなー。
「う~ん。では仕方ないので学級委員城戸、行ってもらえるか?」
花見でもしたら最高だなー。なんか聞こえたけど勘違いだよなー。だって俺水瀬家の場所なんて知らないもんなー。
「お~い城戸、いいか?」
クソが! 人のことお~いお〇みたいに呼びやがって! 行きゃいいんだろ? 行きゃ! ……そもそもなんで誰も水瀬の自宅知らないんだよ……ってそりゃあいつがあんなに壁作ってれば、誰も気軽に話し掛けられないか……。
「あ、はい。了解です」
「では、後で職員室に寄るように。はい、日直号令」
「起立――礼――」
まぁ、いいか。今日はバイトも休みだし。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
職員室に寄って貰ったプリントと水瀬家の住所と地図を頼りに、裏門から学校を出て歩みを進める。
水瀬家が意外と自宅から近いことに驚きながらもまた別のことを考える。
いやぁ~気まずいな、いきなり自宅訪問って……あぁ、そっか連絡しときゃいいのか。
スマホを取り出し電源ボタンを押して思わず噴き出す。
忘れてた、この持ち受け画面。こんなの他の奴に見られたらマジでヤバいことになるよな~。けどなんかロック掛けられてて変えられないし、どうにかしてくんねーかな。……まぁ、行った時に変えてもらうか。
辺りを警戒しながらすぐに電話帳を呼び出す。
メールのがいいのか? いやけど気付かれないと困るしな……けど寝てるかもしれないとこを起こすのもなぁ……まぁ、どうせ起こすんだし電話で良いか。
水瀬愛理と表示された番号の発信ボタンをタッチして応答を待つ。……するとワンコールもしない内に反応があった。
「午後15時59分59秒をお知らせします」
「……あぁ~俺間違えて時報に電話しちゃったか。そっかそっかコレ時報か……ってそんなわけあるか!? どこに090から始まる時報サービスがあるんだよ!? しかも今16時5分だしな!」
「……ん。あら、このウザいノリツッコミは城戸くんじゃない。どうかしましたか?」
「どうかしましたか? じゃねぇよ! 携帯イジってないで寝てろよ? 風邪引いてんだろ?」
「……城戸くんどこからか私のことを覗き見しているのね? きゃーいやん、スケッチ、ワンタッチ」
「おい! 肝心なエッチが抜けてんぞ!」
ここは譲れない。男として生を受けたからには!
「城戸くんて最低ね。女の子になんてことを、言わせようとしているのかしら? マリアナ海溝よりも、深く軽蔑したけれど……私そういうの、嫌いじゃないから言うわ……」
「…………」
「……それで、どうかしましたか? 急に電話、なんかしてきて」
「言わないんかい!? ったくそんなに元気なら大丈夫そうだな」
「……ゴホゴホ……フィンセント・ファン・ゴッホ……あぁ、咳が止まらないし、何故だかひまわりの、幻覚が、見えるのだけれど」
「どんなわざとらしい咳だよ!? そりゃゴッホの代表作だろ? 今から水瀬の家にプリント持ってくんだけどいいか?」
「…………今から? うちに?」
「あぁ。谷口先生から月曜日に回収したい選択科目のプリント渡されて、水瀬にも届けてくれって言われてな」
「……城戸くん、うち知ってるの?」
「知らんから、谷口先生から教えてもらった」
「担任から、住所を聞き出す、なんて……見上げた、ストーカー、根性ね」
コイツ本当に体調悪いのか? さっきっから息切れしてるっぽいけど、聞いてみるか。
「もうそれでいいから。んで、実際体調の方はどうなんだよ?」
「…………つらい……かも」
俺が声のトーンを変えたのを感じ取ったのか、水瀬が急に消え入りそうな声音でそう答えた。
「なら、そんなに無理するなよ」
「……ん。ごめんなさい」
な、なんだよ調子狂うな。まぁ、風邪なら仕方ないか。
「えーっとあれだ……飯食って薬は飲んだのか?」
「うぅん。食欲ないから、食べてない」
「はぁ~なにしてんだよ。それじゃあ治るもんも治らないぞ?」
「……ん」
「それなら先ずは親御さんに飯作ってもらって薬飲むことだな」
「ふたりともお仕事行ってるから、ひとり」
「はぁ~そうか。……水瀬、何なら食べれそう?」
「……ん? ゼリーなら食べれるかも?」
「分かった。んじゃ、俺今から買い物してから行くから横になってろよ」
「……え? なん――」
水瀬が何か言っていたがそれを無視して通話を切り、俺は足早に路地を抜けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「スゴイな……うちの5倍はあるんじゃないか?」
水瀬家の目の前に立ち、ついそんな感想が口から零れ落ちた。
2メートル以上ある屋根付きのロートアイアン門扉に、ベージュを基調としたアンティークレンガのエクステリア。
まだ門構えしか見えていないがその豪壮さに威圧され、俺はインターホンを押したままの状態で立ち竦んでいた。
いやぁ~マジかよ? 場違い感がパナイ。こりゃ気軽に友達が遊びに来れるような雰囲気じゃないな。……あ!? まさか皆それで反応しなかったのか!? よくよく考えれば知らないなんてありえないよな!?
「何しているの? 城戸くん、開けるから、入って」
「えっ!? お、おう」
皆の真意に気付きエクステリアを見つめながら棒立ちしていると、インターホン越しに水瀬からそう促された。
入って、って言われてもどこから入ればいいんだよ? ……まぁ、このドデカイ門からだよな?
と、思っていたら正門の圧倒的存在感に掻き消されていた、門柱の横にあった通用門の鍵が外れる音がした。
自分の勘違いに恥らないながらも俺は心の中で、そっちかい!! と条件反射のようにツッコミをいれていた。




