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登校初日から数日たったが、あの本屋で別れて以降水瀬とのやり取りは朝の挨拶くらいで、俺の学園生活は至って平和だった。
……まぁ、何もなかったと言うと嘘になるので俺の思ったことを素直に述べよう。
あれは登校初日の翌日の出来事。確信は持てないが水瀬が何か仕組んでいたのだろうと思えることは今になって冷静に思い返せば、いくつかあったのだ……。
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「昨日水瀬から提案があってだな、席替をしようと思うんだがみんなはどうだ? 同じ仲間で既に3年間学び舎に通っていることだし、今更五十音順でなくても問題は無いかなと先生は考えているんだが」
朝一の出席点呼を終えショートホームルームから1時限目の各委員などを決めるために設けられたHRに移行する間際に、担任の谷口先生はそんなことを言い放った。
おいおいふざけんなよ! 折角必死こいて俺の周りのやつらの名前憶えたってのに! しかも俺が外部生ってこと忘れてないか? 異議アリだ異議アリ!
そう結論付けて立ち上がろうとした時だった、
「席替ヨッシャー!」
「先生早くやろーよぉ!」
「取るぞ! 水瀬さんの近く!」
「お、俺も!」
周囲、というよりも教室内の全生徒が席替には賛成のようだったらしく、立ち上がろうとした状態で思わず一時停止してしまった。
こんな格好でいたら怪しすぎるだろ……しかも空気椅子状態でキツイ。
多数決と言うのは怖いものだ。絶対的少数派には発言の余地も与えられず数の暴力に押しつぶされる運命なのだ。……今ここに多数決型民主主義の恐ろしさを垣間見た気がした。
と、格好良く言ってみたものの俺ひとりがどうこう言っても覆らないのは明らかだし、大人しく座ろう。
「おぉそうだったそうだった。城戸も賛成で良いか? 一応水瀬からは、城戸もクラスに溶け込んでもらうためには席替をするのが良い、と言われてな。先生もその通りだと思うんだが? どうだ?」
……やられた。あぁ~完全にやられた。この状況で反対なんかしてたら谷口先生を含めた全員を敵にしてたってことか。いやぁ、良かった直ぐに反対しなくて。長い物には巻かれろ主義で助かった。多数決型民主主義万歳! 恐ろしさ? 何それ美味しいの?
「はい。賛成です」
立ち上がってそう言いながら視線を動かさずに水瀬を見やると、いつもの凛とした表情をしたまま視線だけを此方に向けていた。
ったく、いつの間にこんな提案してたんだよ? 一言言ってくれても……って、まさか俺が反対するのを予想して言わなかったのか?
「よし。では1時限目は席替もするから、みんなテキパキと5分休憩しておいてくれ。それと学級委員水瀬と城戸は席替の準備頼むぞ」
「はい」
完全に自分の役目は終わったものだと思っていたので、座ろうとした間際にコレだ。
無情にも周りのクラスメイト達は短い5分休みを謳歌しようと既に駄弁り始めていた。
あの~俺の5分休憩は無しですか? あ、はい、無しですか。……キジ撃ちしちゃうぞこの野郎!
「はい」
水瀬に遅れること数秒、返事をしてからもう一度座ろうとしたら、
「城戸くん、では準備をしましょうか」
いつの間にか俺の席の隣に立っていた水瀬に声を掛けられた。
こわっ!? なんで音も無く忍び寄るんだよ!? あぁ~もう、準備すりゃいいんだろ。
愛想笑いを無理矢理顔面に貼り付けて指示を仰ぐ。
「はい。自分は何をすればいいですか?」
「そうですね……一先ずその気持ち悪い愛想笑いをやめていただけますか? 見ていると目が眩みそうです」
「おっ…………っとそれは大変ですね? ではテキパキと準備をしなくてはなりませんね。それで自分は何をすれば?」
水瀬が周りには聞こえない様に小声で毒づいてきたことに対して、間髪入れずにツッコミをいれそうになったのを何とか誤魔化し、もう一度指示を仰ぐ。もちろん満面の愛想笑いで。
「ちっ……城戸くんは黒板に座席表を書いて下さい。私はくじ引きの方を担当しますので」
「したう…………了解です」
こうして水瀬提案の席替はテキパキと進んでいった。
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マジかよ? こんなことってあるのかよ?
「くそぉー窓際のけつ行きたかったぁー! あ、水瀬さん自分15番っす」
「はい。佐藤くん、15番」
俺はクジを回収した水瀬が読み上げた番号を、黒板に書いた廊下側先頭から1番とあらかじめ番号が割り振られている座席表を確認し、15番の席に佐藤、と記入した。
学級委員ということで俺と水瀬は一番最後にクジを引くということになり、今のやたらと体格の良い佐藤くんとやらが引いて残り3人となった。
……そして残り物には福があるというのは本当なのか、残り3席は、ほぼど真ん中の22番という席と窓際最後尾とその前の席、35番と36番だった。
「よっしゃぁー! 俺がとってやんぜ、窓際最後尾!」
そう意気込んだ男子生徒に対して、
「空気読めよ~タロ!」
「タロはうるさいから22番でいいじゃん!」
「タロは犬小屋っしょ!?」
「マジウケる~!」
男女分け隔てなくほぼ全員のクラスメイトからおちょくられていた。
……タロ……こいつの声どっかで聞いたな……。
そのタロと呼ばれていた生徒は水瀬の前に立ち、
「幸運の女神よ! 俺にキッスを! ……って目の前にヴィーナスが!?」
と、なかなかのオーバーリアクションのギャグを披露しながらクジが入った水瀬持参のお菓子の空き缶に手を入れていた。
……タロ……あいつはできるな! ただ水瀬はヴィーナスじゃなくて、プロセルピナだけどな! と俺が密かに感動していると、
「つまんねぇぞ!」
「さっさと引け!」
「水瀬さんが困るでしょ!?」
「クソ野郎!」
「犬小屋へ帰れ!」
「いや、死ね!」
今度は罵倒が飛んでいた。
……タロ……あいつただのクラスのお調子者キャラか。まぁ、みんなに好かれているのは間違いないな。
「おい! 死ねってどういうこと!? う~ん、あ? クジがひと――」
「た……タロくん、まだ引けませんか? 時間がもうないので」
「えっ? あっ……メンゴメンゴ水瀬さん! もうこれでいいや! 君に決めた!」
タロがゴソゴソとクジの入った空き缶の中で手を動かしながら何かを言おうとしたところ、水瀬がそれを遮って早く引くようにと促していた。
時間ってまだあるだろ? 水瀬が仕切ってるからか、やたらテキパキと進んでるようにしか感じないんだけどな~。
そんなことを考えながら、タロのクジの番号発表を待つ。
「…………トラップカードオープン…………うぎゃぁぁぁぁ!? ……田所、22番です……うわぁぁぁぁ! いやだぁぁぁぁ!!」
「ざまぁみろー! 自分でトラップカードとか言ってる時点でダメだろ!?」
「うわっ! 本当に引いてるし! ウケるんだけど!」
「さすがタロ! 期待を裏切らない男だな!」
「誰か22番の席に犬小屋って書いとけよっ!」
「はい。田所くん、22番」
タロのやたらと長いタメにみんなの視線が自然と集中し、折りたたまれたクジを開けたリアクションを見た時、どっと笑いが起こった。
あぁ~あいつ田所だからタロって呼ばれてるのか! 田所ね、覚えておこう。……お! そういやあいつが22番引いたってことは外れは無くなったってことか!? いやぁ~やっぱり残り物って福があるもんだな!
と、この時はさして深くは考えず、ラッキー程度に思いながらくじ引きは俺の番となった。
ここまで来たらとことん残り物には福がある精神を貫こうと、2枚しかないクジの後の方に触ったものを引こうと思い、空き缶に手を入れて中身を探る。
程なくして1枚目のクジに触りそれをキープしたまま2枚目のクジの在りかを探そうとするが……。
「城戸くん、引けましたか?」
対面に立つ水瀬がクラスメイトから死角になっていることをいいことに、意味深な含み笑いと共にそう声を掛けてきた。
「あ、すみません。今引きます」
どうせどっちも当たりのようなものだし1枚目のクジでいいかと、あっさりと残り物には福がある精神を放棄して1枚目のクジを引いた。
…………そして俺の席は水瀬の前の、35番という席になった。
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改めて考えてみても水瀬が何かを仕組んでいたのは間違いないと思う。
先ず席替を仕組んだのは水瀬。これは谷口先生の発言から紛れもない事実であることが分かる。
そしてここからは俺の揣摩憶測になるが、あの窓際最後尾の35、36番の席が最後まで残っていたのも仕組まれていたのではないかと思う。
水瀬が何の考えもなしに席替を行うとは思えないし、タロのあの言葉の続きがどうしても気になっていたからだ。
タロは確かに「う~ん、あ? クジがひと――」と、言っていた。そしてこの言葉を時間が無いという理由で遮ったのは水瀬。
実際俺の感じていた通りクジ引きはかなり早く終わり、その後の委員決めも時間が余ったほどだった。となると、水瀬の時間が無いという発言は限りなくウソに近いものである。
では何故そんなウソをつく必要があったのか? それはタロの言葉の続きに何か不都合があったとしか考えられない。
タロの言葉の続きがなんなのか? それはタロ本人にしか分からないハズなのにだ……。
まぁ、そもそも水瀬が席替をしようと思った真意が全くもって分からないので、言葉の続きをわざわざタロに聞こうとも思わないが……。




