1 ※後書きあり第1回心理学用語解説コーナー『ハロー・エフェクト』
第1章1~10のみ練習がてらの三人称になっています。(完結したら随時一人称に修正します)
以降は一人称です。
空き教室という名の密室には向かい合ったふたりの男女の姿があった。
……クソッ、やっちまった。初日からなんて大失態だ。
内心で愚痴をこぼした彼は頭を抱えて蹲りたくなる衝動をなんとか抑え込み、平静を装いながら彼女の出方を窺っていた。
「なので、協定を結びませんか?」
そんな彼の胸中を知らない彼女は、静寂に包まれていた空間を打ち破るように鈴を転がすような声で言った。
……どうしてこうなった?
「……協定?」
彼女の言葉を聞いた彼は訝しむような視線と声音で不信感を露わにした。
……あぁ、もう! どうしてこうなった!?
「えぇ。相互に秘密を共有する協定。略して相互秘密共有協定」
凛とした表情のまま滔々と詳細を語る彼女。
彼はそんな彼女を見ながら内心で叫んだのだった。
だから、どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? と。
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新たなる人生の幕開け。高校への進学。
そんな大人へと続く階段の一歩を踏み出そうとした入学式の朝、城戸颯太は自室で発狂していた。
「死ねぇぇぇ! 俺死ねぇぇぇぇ! いや、いっそのこと一思いに殺せぇぇぇ! 誰か殺してくれぇぇぇぇ!」
発狂している颯太の手に握られているのは、クシャクシャになってしまった昨日届いたばかりの中学の卒業文集だった。
今読んでいたページをもう一度開く。
そして静かに閉じたかと思えば、発狂する。この無限とも思えるループを颯太は既に30分は続けていた。
「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! 恥ずかしいぃぃぃ!」
そのページにはこんなことが書かれていた。
『我は人を操って、世界の支配者になる!』 3年2組 城戸 颯太
我は人を操る術を知っている。我から見たら貴様等はマリオネットも同然。笑止千万! 我こそが貴様等マリオネットを操りし世界を支配する者――伝説の操り人形を支配する者である。クックック! 貴様らは我が――。
このようなことがただひたすらに書き綴られていた。
「うわぁぁぁぁ! レジェンド・マリオネット・ルーラーってなんだよ!? そもそも伝説の操り人形って意味不明過ぎんだろ!? 痛すぎんだよぉぉぉ!」
頭を掻き毟りながら、ベッドの上でのたうちまわる颯太。
「ちょっと颯太! 朝から何騒いでるのよ!? 早く朝ご飯食べないと入学式に遅刻するわよ! ほら、早くしなさい」
「もうやだ! 学校なんて行きたくないでござる! 行きたくないでゴザルー!」
「バカ言ってないでさっさと支度しなさい!」
「……はい」
母親からのプレッシャーに耐えかね、のそのそとベッドから這い出る颯太だった。
こうして颯太の新たなる人生の幕開け、高校入学の日は幕を開けたのである。
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中二病。
中学時代、俺は確かにその病にかかっていた。
発症は中学1年生の終わり頃だった。自宅近くの本屋で目的も無く、ぶらぶらと色々な本を立読みしていた時、とある本のタイトルが目に付いた。
『人を思い通りに操る150通りの心理学テクニック』帯には『悪用禁止! 相手の心を知ればあなたの思い通りに人が操れるようになります!』と書かれていた。
特別に興味を惹かれた訳ではなかったが、ただなんとなく手に取り、立読みを始めた。
――そして気が付くと、著者のあとがきすら読み終え、次に捲るページが無いことに気が付いた。
自分でもかなり驚いた。そして時計を見てさらに驚いた。
読み始めてから2時間弱が経過していたからだ。
時計を見たのと同時に店主が迷惑そうに俺のことを見ているのにも気が付いた。
2時間弱も立読みしていれば、店側からしたら迷惑甚だしい限りだろう。
流石に手に持っていた本を棚に戻すという、図太い神経は持ち合わせていなかったので、そのままレジへと向かった。
「ははは。随分と長く立読みしてたね。おじさん何回か注意したんだけど?」
「えっ!? 本当ですか?」
「あぁ。もの凄く集中してたみたいで全然気付いてもらえなかったけどね。1050円になります」
苦笑を浮かべながらも手際良く売上スリップを抜き、本にカバーをかける店主。
「すみません。気が付かなかったです」
「ここまで集中して立読みしているお客さんなんて久しぶりに見たよ。そんなにこの本面白かったかい? 御品物と御釣り、50円になります」
「はい。衝撃を受けました」
「そりゃ良かった」
店主のそんな言葉を背に受けながら店の外に出ると、辺りは既に真っ暗だった。
先程見た時刻を思い出したところで……。
「あ……そういえば、門限1時間も過ぎてる」
言葉にするよりも早く自宅に向けて全速力でダッシュを始めた最中、門限破りによる罰を恐れるよりも、早くこの本をじっくり読みたいという気持ちが強く、そのことを自覚した瞬間、今日一番の驚きが胸の中を駆け巡った。
そしてこの本との出会いを切っ掛けに俺は中二病となっていった。
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そんなことを思い返しているうちに、颯太が今日から3年間は通うであろう私立桜咲高峰学園の校門前に到着していた。
桜咲高峰なんて立派な校名だが、小高い丘の上にある大した特徴のない有り触れた中高一貫校だった。
校門から校舎入り口まで続く満開の桜並木。敢えて特徴を挙げるのならば、この桜トンネルぐらいだろう。
桜トンネルを多くの新入生が歩いて行く中、颯太は鞄からメガネケースを取り出し、銀の逆ナイロールフレームで、レンズは横長スクエア型の伊達メガネを掛けた。
この伊達メガネは別にファッションのために掛けている訳ではないので、一目で伊達メガネと分かるような物ではなく、颯太がメガネショップの店員に「伊達メガネってバレないようなメガネを作って下さい!」と懇願して作ってもらった物だった。
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『後光効果』。颯太はこの心理的効果をおこすために伊達メガネを掛けている。
ハロー・エフェクトについて簡単に説明すると、イケメンや美人――例えば、艶やかな黒髪のロングストレートに顔立ちの整った令嬢がいたとしよう。
その令嬢の性格はどんな性格か、各々イメージしていただきたい。
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イメージ出来ただろうか?
では結論から。
令嬢の性格が良いイメージに傾いた方が大半ではないだろうか?
何故、そのように思ってしまったのか? それは令嬢の外見に先入観がはたらき、本質を見誤っているから。
次に男性を例として挙げよう。
引き締まった体に日焼けしたかのような小麦色の肌、髪型はボウズでイケメンの男性がいたとしよう。
その男性はどんな性格か?
運動が得意そうな爽やかで、快活な性格だと思えないだろうか?
けれど、実はそうではないかもしれない。
小麦色の肌は地黒でボウズにしているのは面倒だから、顔や体格が良いのは親譲り。
そして性格はひねくれた意地悪な性格かもしれない。
お分かり頂けただろうか?
これが外見から来る先入観によるハロー・エフェクトだ。
颯太はこの心理的効果を使って、自分の印象を操作するために伊達メガネを掛けている。
要するに、真面目で勤勉な性格に見せようとしているのだ。
第1回心理学用語解説コーナー『ハロー・エフェクト』
タイトルに解説コーナーがついている場合、後書きで解説を行います。
今回は『ハロー・エフェクト』について解説します……と言っても作中で解説してあるので、今回はこんなコーナーが後書きでありますよ! と言う宣伝だけにしておきます!




