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「城戸くんの目的がどうであれ、私たちは同じ分野の知識を持っていてその上、他人には知られてはならないお互いの素まで知ってしまった」
「あぁ、そうだな」
「なので、協定を結びませんか?」
「……協定?」
訝しむような視線と声音で問いかけてくる彼。
その対応は正直もっともなことだと思う。私も彼の立場だったら同じような対応をしただろう。
「えぇ。相互に秘密を共有する協定。略して相互秘密共有協定」
そう言って私は少しへこんだ。
本当は協力関係を結びたかったのだけれど、言いだせなかったからだ。
だって彼があんなにも怪訝そうな顔をしたのだ。
私だって同じような対応をするかもしれないけれど、言いだせなかったのは己のヘタレさ加減故なのだから。
「わざわざ頭字語にする意味あんのか? まぁ、要するに今ここで見て、聞いたことを他人には漏らすな、ってことか」
「相互秘密共有協定なんて人前で言ったらバレるでしょう? 理解が早くて助かります」
「確かに俺にもお前にもメリットはあるけど……こんな口約束、到底信頼出来ないな」
彼がより猜疑深い表情をすると至極当然な疑問を口にした。
確かに彼の言う通り私がこの口約束を反故にすることだって十二分に考えられる。
まぁ、それに関しては私も同意見なので何か打開策でも考えよう。
……ん。この場合問題なのは彼も言った、口約束、という点だろう。……なにか証拠を残るようにしないと、彼は首を縦に振ってくれることは無いだろう。
さて……どうしましょうか。
協定書のようなものを作ってそれをエビデンスとするのはありかもしれないけれど、今あるのは精々メモ用紙かノートだ……これでは余りにもお粗末過ぎる。
う~ん。口約束……口約…………あっ! 口約束には丁度良いエビデンスの作り方があるじゃないの。
私はブレザーのポケットから携帯を取り出して、ボイスレコーダーを起動させながら彼に言った。
「では、録音をしましょう。録音したデーターはコピーして私と城戸くんとで互いに管理すれば問題ありませんよね?」
「……その条件なら」
不承不承といった様子で彼が了承の意を口にした。
むっ。せっかく私がベストな選択をしたというのに……彼の警戒心は少し強すぎるんじゃないのかしら? まぁ、すんなり乗ってこられてもそれはそれで私が警戒しただろうけれど。……あれ? まさかお互い様?
気付いてはならない深層心理を自覚してしまった私は何食わぬ顔で、話しを続けた。
「それでは私が言い終えた後に同じように言って下さい」
「あいよ」
エビデンスとしては無難に自分と相手の名前それと秘密を共有する、ということを言えば問題ないだろう。後は空き教室外に声が漏れないように配慮するといったところだろうか。
録音開始ボタンを押し、私はあまり深くは考えずに彼のことをぼーっと見詰めながら口を開いた。
「私、水瀬愛理は、城戸颯太の他人に知られてはならない秘密を一切口外せず、相互に共有することをここに誓います」
言い終えてふーっと深く静かに深呼吸をした。
……ん。緊張したけど我ながらそれっぽい言い回しができた。満点ではないけれど充分に及第点は超えたハズ。
少し落ち着いてきたところで今の自分の言葉を反芻して気付く。
……ん? えっ? な、なんか一種の告白めいた感じになってない? あれ? 異常に非常に尋常じゃない程度に恥ずかしくなってきた……うぅぅ……顔が熱い。
鏡を見るまでもなく自分の顔が紅潮しているのが分かってしまったので、それを誤魔化すために未だに口を開かないでいる彼を目で促した。
「私、城戸颯太は、水瀬愛理の他人に知られてはならない秘密を一切口外せず、相互に共有することをここに誓います」
彼は私に目を合わせながら一言一句間違えることなくそう言い終えると、特に動揺することも無く平然とした様子で録音停止を待っているようだった。
……彼には敵わないな。私は素直にそう思ってしまった。
内心で動揺していたとしてもそれを全く表に出さずにいられるのは並大抵なことではないからだ。
だから私は彼に1%の敬意と99%の負け惜しみを込めて言った。
「城戸くんにしてはよくできましたね」
「なんの評価だよ?」
「あら、それ聞くの?」
「……いや、やめとく。嫌な予感しかしないから」
「そう……残念」
彼に断られてほっと安堵の胸を撫で下ろした。
聞かれていたらきっと99%の負け惜しみを5割増し程度の限界突破的な屁理屈で言い返していただろう。……うん、自分でも何を言いたいのかちょぴり分からないのだから聞かれなくて本当に良かったと思う。……もしも、まかり間違って1%の敬意を彼に伝えていたら……私は……。
「残念ってなんだよ!?」
と、思っていたら「残念」の方が彼には気になったようだった。
……う~ん。特に意味なんてないのだけれど……適当にボケでもしてみようかしら? さっきのキリンさんジョークで私のレベルの高さが分かった訳だし。
丁度コピーも終わったので興味本位で軽いボケをしてみた。
「はい、コピー出来ましたよ。両手を上げてそこに跪きながら携帯を出しなさい残念ボーイ」
「あぁ? 両手上げた状態で携帯出せるものなら出してみろや! それと、人を残念呼ばわりすんな! ほら携帯」
……ん? もしかして私のボケは彼にも通用するのかしら? それともただ単に彼のノリが良いだけ?
どちらにせよ、自分のボケが他人に受け入れてもらえるというのはなんだか嬉しかった。
そして少しテンションが上がってしまったので、彼から差し出されたスマホを見てつい、本音が漏れてしまった。
「私のより新しい機種だなんて許せませんね」
「おまえの機種なんて知らねぇよ!? ガラケーから買い替えたばっかりで操作とか全然分からなくて悪戦苦闘中なんだよ」
彼の“デフォルトの待ち受け画面”が表示されているスマホにデーターを移しながら考える。
……ん? 今操作が分からないって言ったかしら?
「あら、操作分からないの?」
「まぁな」
……操作が分からない……ね。
操作が分からないということはもし私が勝手にイジっても、彼には分からないということよね?
それはつまるところ、イタズラし放題ってことになる訳だけれども…………んっ!? まさかこれは彼からのフリ!? 彼がこんなにも無警戒なのはフリだからってこと?
……ん。なんにせよ、このまま返すというのはつまらない。
「ふ~ん。……そう」
そして少し時間稼ぎをしてからイタズラの内容を決めた。
……ふふふ。きっとこれなら彼はびっくりするだろう。後はどんなタイミングで仕掛けるか……出来れば大勢の人がいて、それでいて静かな瞬間がベスト。そうすれば彼の反応が見れるハズ。
それを想像すると自然と上がりそうになる口角を何とか抑え込み、このままではマズイと思い、急いで話題転換をしようと脳をフル回転させた。
「秘密を共有する関係になった訳ですし、この学園に通う先輩として、ひとつ、忠告をしてあげましょう」
「忠告?」
色々と考えたけれど不自然な話題転換は勘の鋭そうな彼に勘ぐられる気がしたので、無難な学園についての話にした。
幸いにも彼は怪しむことなく話題に乗ってきてくれたので、私は先輩風をびゅうびゅうと盛大に吹かすべく意気揚々と話しを続けた。
「えぇ。城戸くんは部活に入ったりする予定はあるのかしら?」
「う~ん……今の所は特にないな」
「でしたら、下校する際は――」
気分良く話そうと何気なく壁に掛けられた時計を見てフリーズしてしまった。……ん? あれ?
それはいつの間にこんなに時間が経っていたのかと首を傾げてしまいたくなる程に、時計の針が進んでいたからだ。
……さすがにもうこれ以上ここにいてはマズイと思い咄嗟に話しを切り上げた。
「あら、もう本格的に時間がありませんね。この話しはまた後でしましょう」
「えっ? ちょ、そこまで言っておいて中断されたら気にな――」
その彼の言葉に私の中の何かが引っ掛かった。
……ん。中断されたら気になると言われると、わざと私がそうしているように思われてる? 中断……ん! もしかして……。
「言っておきますけど、別に『ツァイガルニク・エフェクト』を使ったという訳ではありませんからね!?」
「はいはい」
彼のいかにも適当そうな返事を聞いて私の予想が当たっていたことを実感した。
なんなのあの返事!? あーはいはい俺は分かってますよ~、っていうのが完全に表に出てる! ムキィーッ! こうなったらなんとしても私も冤罪を認める訳にはいかない!
「本当ですからね!?」
「なんだよ、分かったって」
「神に誓って誠心誠意本当ですからね!?」
「どんだけだよ!? もう分かったから」
むうぅ。納得はいかないけど、今はこの辺で許してやる! 続きは放課後のお楽しみだ! ……って私は何と戦っていたんだっけ? お楽しみ? ……ん。これ以上考えるのはやめておこう。
「……ん。それならばいいのです。では、講堂へ向かいましょう」
深みにはまりそうになったので一先ず講堂へ向かおうとしたら、
「あっ、ちょっと待って……鞄、どうすればいいの?」
と、心底困り果てた様な間抜けな表情で彼が鞄を持ち上げて首を傾げていた。
その何とも言えない表情についつい笑いながら、こうなるように仕向けたのは私だった、ということを思い出し彼に貸しを作ることにした。……ん。なんて私は良心的なのだろうか。
「知りませんよそんなの。……まぁ、城戸くんが鞄を持って行動するように仕向けたのは私なのだけれど」
「……そうだ! おまえが案内するって急かすから自分の席も聞けなかったじゃねぇか!」
「仕方ないですね。ひとつ貸しですよ」
「ひでぇ! ハメられた挙句、貸しまで取られるのかよ」
……彼の言葉がチクチクと私の良心を抉ったけれど気にしない。
なんてったって私の良心は海よりも広く、山よりも高く、谷よりも深い慈愛溢れる良心だからね! そんなこと言われたって全然気にしないよ!
そして私は彼の手から半ば強引に鞄を奪うと、掃除用具入れのロッカーへと恨みを込めて放り込んだ。




