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「おまえなぁ! この上なく気持ち悪いって失礼だろ!?」
あの、人の良さそうな覆面は跡形も無く消え去り、代わりに眉を顰め若干呆れた様な表情を浮かべる彼。
口調も今までしていた丁寧なものではなく、普通の男子生徒がするようなありふれたものになっていた。
……ん。これが彼の素ということかしら? 随分と簡単にボロが出たわね。
まぁ、これが演技という可能性だってあるのだし、取り敢えず彼を問い質してみよう。
「あら? やっと素が出ましたね」
「な、なんのこてですか?」
……んっ! 危ない危ない。あまりの反応に噴き出しそうになった。
目に見えて焦っている彼は言葉を噛みながらも、なんとか覆面を被ろうと必死になって引き攣った笑みを浮かべていた。
未だに白を切ろうとする彼を見て、私の中で初めて嗜虐心と言うものが芽生えてしまった。……ん。私、違うのに。
「噛んでますよ。それに先程も散々私にどや顔をみせつけておいて、よくそんな態度が出来ますね」
「……わーったよ! んで? おまえは何がしたいんだ? 確かに俺は何にも書いちゃいねぇよ」
彼をイジ……更に問い質したところ予想していたよりもあっさりと白状した。
なんだか暖簾に腕押しという感じで、肩透かしを食らった気分になった。
……けれどこれで作戦③に必要な弱みも握れたことだし、このまま私の推測は当たっていたのか答え合わせをしてみよう。もし外れていたとしても、それはそれで収穫になるし。
肩透かしを食らってそわそわと彷徨う心を落ち着かせようと、その場を歩き回りながら私は口を開いた。
「随分と素直に認めましたね。私が逐一あなたの行動を見ていたのに破り捨てた紙はどこにしまったのか、でしたり、あなたが本当に書き込みしているのならば発生するであろう、筆記の跡がメモ帳のどのページにも残っていない、などの様々な疑問点から追い詰めようとしていたのですが――」
少し落ち着いたので歩みを止めて彼へと向き直る。
「あなたの素が見れたので良しとしましょう」
「それで話しはそれだけか?」
「いいえ。ここからが本題です」
急かしてくる彼の胸中を推察しながらも、私は答え合せに移る。
「あなたのあれは占いではありませんよね?」
「あぁ、そうだよ。占いじゃない」
またもやあっさりと白状する彼。
……なんだか気負い立っていたのがバカみたいだ。
気勢をそがれた私は軽く放心状態になり、こめかみを押さえながら答え合わせを続行した。
「『バーナム・エフェクト』それに『ホット・リーディング』と『コールド・リーディング』を使いましたよね?」
「……」
軽く俯いた彼はここに来て初めて沈黙した。所謂、黙秘権の行使、というものなのだろうか?
ならば今の沈黙は何を意味するのか?
軽く放心状態だったことと、俯いている彼の表情が見えなかったので、あまり深く考えずに私の都合の良い様に解釈して話しを進めた。
「その無言は肯定ととっていいのでしょうか? 自慢ではありませんが、私は相当に目立っていると思います。生徒達は学園中で私に関しての情報でしたり、噂話をしているのをよく見かけます。その話に聞き耳を立てていれば『ホット・リーディング』に必要な情報は入手出来ていたはずです」
「……ナニソレオイシイノ?」
彼がいきなりロボットのような片言で意味不明なことを言った。
全くもって意味不明だったことと、彼の動揺が余りにも酷かったので、抑えきれずについ素になって笑い泣きをしてしまった。
どこをどう取ったら食べ物の話になるのよ。……笑い泣きをしたのなんて何年振りかしら。
「ちょっと笑わせないで。あなたどれだけ嘘を吐くのが下手なの?」
自分でそう言ってから気付いた。
そしてそれとほぼ同時に動揺から立ち直った彼が言った。
「……それがおまえの素か? さては『ハロー・エフェクト』狙いか? あの口調とすまし顔は」
……んっ! 大失態だ! 私が何年もかけて作り上げた檻を自ら壊してしまっただけではなく、その真意にまで気付かれた。
しかもハロー・エフェクトを知っているということは……やはり彼は私と同じ知識を持っているようだ。
あぁ……もうっ! これでは一番重要な作戦③“彼の弱みを握って私の下僕にする”の遂行は不可能だ……いや、まだ誤魔化せばどうにかなるかもしれない!
今こそ私の演技力が試される時。落ち着いて冷静に何か言わなくては。
そして考えるよりも先にフライングして口が動いてしまっていた。
「な、なんのこてですか?」
はい、私終了。お疲れ様でした。BGMは蛍の光でお送り致しました。
……んっ! だから落ち着きなさいって私。まだ誤魔化せるかもしれないのだから先ず彼の反応を……。
「おいっ! おまえこそ噛んでるぞ!?」
「いえ、これは……」
私しゅーりょー! カンカンカンカーン!
脳内で終了を告げるゴングの音が鳴り響く中、つい咄嗟に出てしまった言葉の続きを考える。それはもう必死になって。
「これは?」
いたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべた彼が先を促してくる。
むうぅ……彼絶対性格悪い。まぁ、私が言えた義理ではないけれど。
考えても誤魔化せるような言い訳が思い浮かばなかったので、取り敢えず口を動かす。
頑張れ私。試合に負けても勝負に勝てばいいのよ! 論理的に破綻している屁理屈でも、貫き通せば誤解を招いて棚牡丹なんてこともあるかもしれないのだし。
「……んっ! 私としたことが、これは先程のあなたの言葉を引用させてもらっただけで、別に噛んでなどいません」
言いながら思いついたベターな言い訳に自分を褒めたくなった。
これならば先に噛んだ彼の所為にできる。
よし、私は悪くないぞー彼が先に噛んだのが悪いんだぞー!
そんな精一杯の駄々をこねる私を見た彼は、
「今絶対に思い出して言っただけだよな!?」
と、冷静かつ的確に指摘をしてくるのだった。
悔しい。まったくもって悔しい。何が悔しいって、私と彼の温度差が悔しい。
私の心情を一言で表すならば「ムキィーッ!」といった感じだ。まぁ、冗談だけれどね……。
悔しかったので私はもっと温度差を広げようと、やや芝居がかった動作をしながら反撃に転じた。
「城戸くん、人の過ちをネチネチと攻撃するしつこい方は嫌われますよ? 主に私から」
「過ち……って! 完全に認めてんじゃねぇか!? そりゃ、おまえから嫌われるのは仕方ないわな!」
自分で言っておいてアレだけど、反撃の程度が低レベル過ぎてただのいちゃもんになってしまった。
……はぁ、私は何をしているのかしらまったく。そもそもなにもかもすべて彼が悪い訳で、目を合わせた時に動揺しないのも、私の渾身のキリンさんジョークを披露したときの彼のあの反応も、私が噛んでしまったのも、素になっているハズの彼が未だに冷静なのも全部引っ括めて彼の責任だ! ムキィーッ!
……ん。ちょっと冷静になろう。テンパり過ぎだ。
肝要だった作戦③“彼の弱みを握って私の下僕にする”の達成が不可能になった今、私はどうするべきなのか。
う~ん。彼と私は素を発露してしまった訳だし、お互いにこのまま何もしないというのはマズイ。
もともと彼のリスクを考えてバッファーを持たせたプランニングだったのだし、何か妥協案を考えて臨機応変に対応しよう。
「城戸くんはネチネチスタイルなのね。ではそんなネチ戸くんに、ひとつ、提案があるのだけれど」
「おまえ、俺のことバカにしてるだろ?」
彼の反論を右から左に聞き流しながら考える。
お互いの素は他人には知られてはならないものだし、こうなったら一層の事さっき考えていたことでも提案してみよう。




