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……何故血液型を聞いたのか?
思考を一時停止してメモ帳から顔を上げたところで、今更ながら教室内がざわついていることに気が付いた。
大概の生徒がざわつきたくなるのも十二分に理解できる。……だって言い当てられた当の本人である私もざわつきたいのを我慢して、メモ帳にそれをぶつけたぐらいなのだから、ただ傍観していた者は余程興味をそそられたことだろう。
ざわつきは徐々に大きくなり、その矛先は彼への質問となって爆発した。
「全部当たってるじゃん!」
「血液型占いより凄い!」
「城戸くんて本当に転校生?」
「もしかして水瀬さんの知り合い?」
「水瀬さんの手作りお菓子は神だぜ! マジで!」
「ねぇ! なんでそこまでわかるの?」
「私のことも占って!」
「俺も俺も!」
口々に放たれる質問の中に私の求めている答えがあり、それを聞いた途端、彼を射るような眼差しで見詰めてしまった。
……なるほどね。彼は私が考えている以上に怜悧狡猾なのかもしれない。
血液型を聞いたのは他の生徒に、あたかも当たっているということが分かり易くなるように配慮した、ということなのだろう。
血液型性格診断などという迷信を信じている者は、オカルト好きな学生には多いハズ。外見判断だけではなく、そのステレオタイプな観念を逆手にとって「真面目」と言ったのだろう。
「占っただけですよ。一応中学時代からやっているので。それでどうですか水瀬さん? 当たっていますか」
彼は余裕綽々たる態度で、尋ねるまでもなく分かりきっていることを私に問う。
そんな私に残された選択肢はただひとつしかなかった。
私以外の全生徒が彼の占いとやらに同意してしまっている今、私に打つ手はない。
……非常に癪だが、どうあがいても彼の方が私より上手の様だ。
そう思うのと同時に、彼に対して俄然興味が湧いてしまった。
とりあえずこの場は私の完敗。潔く負けを認めよう。
「あ……たっています。あなたの占いがこれ程までとは、御見それしました」
私は立ち上がり、彼に倣って深々とお辞儀をしたところで、誰にも見られないという安堵感からか、思わず笑ってしまった。
自分で潔く負けを認めようと思ったハズなのに、口があまりにも正直者だったのでつい言葉に閊えてしまったからだ。
どうやら私の深層心理は相当な負けず嫌いのようだ。
「転校生スゲェ!」
「何者だよ!?」
私が顔を上げるよりも早くそんな言葉が聞こえて来たので、そのまま静かに着席した。
そして考える。どうしても彼に一泡吹かせたい。さて、どうするべきかと。
私はなんて負けず嫌いなのだろうと自覚し、またしても笑いそうになってしまったのを必死に堪える。
笑っているのを誰かに見られたら、せっかくここまで作り上げた私の檻が崩壊してしまう。
……ん。集中集中。
「はいはい、そこまでな。体育館に移動する前に学級委員2名を選出する。自薦、他薦受け付けるぞ」
……学級委員ね。そんな公募をしたところで、どうせ立候補者なんかでないでしょうに。
そんな谷口先生の言葉を聞いてふと気付く。
立候補者がでない原因は突き詰めて言えば、面倒だから。……では、その面倒な役回りをやらなくてはならないとなった時、彼はきっと「一杯食わされた!」と思うのではないか? 況してや彼は転校生である。万にひとつも自分が学級委員に推薦されることなんて、想像さえもしていないだろう。
……ん。よし決めた。彼を推薦してみよう。谷口先生も彼の案内係たる私が、学級委員をやるといえば容認してくれるでしょうし。
立ち上がる前にチラリと彼を見てみる。
するとバッチリと目があった。
自分が推薦されるとも思っていない彼を見て、つい、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべてしまった。
「谷口先生、私は城戸くんを推薦致します。この学園に慣れていただくためにも、学級委員をするのは最適かと思います」
「それは確かに分からんでもないが……いきなりは城戸も大変だろう?」
「はい。正直そんな大役は自分には無理です。勝手がわかりませんし、それに……」
きっと彼にとっては想定外な事態のはずなのに、微塵も焦りを感じさせない調子でしれっと反論してくる。
この反論は私的には想定内のことなので、事も無げに彼を静観する。
「自分ひとりでは……谷口先生、学級委員は2名ですよね?」
「あぁ、そうだが?」
「では、自分も水瀬さんを推薦します」
……んっ。びっくりした。危うく声を出して笑ってしまうところだった。
まさか逆推薦されるなんて万にひとつも予想だにしていなかった私は、茫然とした状態でびっくり発言を放ってきた彼を見やる。
……すると彼は、これでもか! と言わんばかりの、満面のどや顔を私に向けていたが、目が合うと少し慌てた様にあの覆面を被ってしまった。
あぁ、あれが彼の本当の素顔か。
私にバッチリとどや顔を見られているのに、今更覆面を被っても後の祭りである。
そのことが無性におかしくて私も、ふと笑ってしまっていた。
「そうだな。水瀬、それでいいか?」
谷口先生のそんな言葉にはっとなり、急ピッチで檻の再構築に掛かる。
……ん。全く私は何をしているのかしら……。人の振り見て我が振り直せ……正にこの通りだと言うのに。
「はい、問題ありません」
またしても彼に一杯食わされてしまったが、結果的には私の思惑通り…………あれ? 私の思惑って彼に一泡吹かせることだったハズ。
……んっ! け、けっして彼と一緒に学級委員がやりたかったという訳ではない! 彼と私は……そう! 同じ分野の知識を持っている訳で、私達が協力すれば『シナジー効果』によってさらなる効果が……。
…………ん。何を取り乱しているのだ私は。カームダウン、カームダウン。落ち着け私。
「よし。では賛成なら拍手」
満場一致の拍手を聞きながら、さぁどうしたものかと考え込む。
……そう言えばまだひとつ分からないことがあった。
それは彼がメモ帳になにかを記入していた時にした、あの右上に向けられた視線。
果たしてあの視線にはどんな意味があったのだろうか。
取り敢えずあのメモ帳を見れば何か分かるハズなのだけれど、問題はどうやって見るか……。
「早速だが、先に講堂に向かって入学式の入場時の段取りを聞いておいてくれ」
私が悶々と策謀に耽っていると、谷口先生の口からそんな言葉が聞こえてきた。
その瞬間私はこれしかないと思い、即座に作戦実行に移った。
「はい。それでは城戸くん、講堂まで案内致します」
「は、はい」
……ん。焦ってる焦ってる。思わぬところで彼に一泡吹かせることができた。
彼は何故だか自席に着いていなかったので、鞄を持ったままだった。
なのでこの状況で私が間髪を容れずに案内を申し出れば、彼はそのままついてくるのではないか? と、つい出来心で言ってみたのだけれど、まさか本当についてくるなんて。
天も私に味方をしてくれたところで、作戦を実行してみようと思う。
さて、私の考えた作戦はこんな感じ。
①彼とふたりきりになる。
②彼を脅してメモ帳の開示を要求する。
③彼の弱みを握って私の下僕にする。←これ大事。
かなり大雑把な作戦だけれど、そこは臨機応変に対応するには丁度良いハズだ。
なにせ彼は私よりも上手の、人の心を操る人なのだから……。




