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番外編です。時系列としては第1章0の後の話しです。ちょっと中途半端な区切りをしますが全7話予定です。以降は需要があれば書くかもしれません。
作中には一部実在の心理学的表現を使用していますが、作品全般としてはこの物語はフィクションです。
実在又は歴史上の人物、団体、固有名詞、地名、国家、その他全てのものとは名称が同一であっても、一切関係はありません。
又、誤字、脱字を発見していただけましたら、報告していただけるとありがたいです。
学園に着く前から始まる好奇の眼差し。
それを極力避けるためにわざわざ遠回りをし、裏門を通って学園内に入る。
「おはよー水瀬さん」
「お、おはようございます水瀬さん」
早めに登校したことと、ここが裏門ということもあって生徒の数は少なく、挨拶をしてくる者は極僅かだった。
「えぇ、おはようございます」
またこのつまらない3年間が始まるのかと考えながら、私の中の定型文その1朝の挨拶編「えぇ、おはようございます」を機械的に選択して発声する。
自分でも驚くことに、私は何も考えないでこの対応ができるようだ。
わざわざ挨拶をしてくれた名も知れぬ生徒1と2は、私に挨拶を返してもらえたのが余程嬉しかったのか、周りにいた友達であろう生徒に「水瀬さんに挨拶してもらえた」と、無垢な笑顔を浮かべながら話していた。
私にしてみれば、コソコソと吹聴されているような気分にしかならない。
そして、私が挨拶を返すのはそんなに珍しいことではない。――むしろ挨拶を返す率では、私の右に出る者はいないと自負している。
自負してる私かっこいい、などの我ながらどうかと思う取り留めのない思考を暇潰しに割り当てながら、歩みを進めて掲示板の前に立つ。
その最中も随所から掛けられる「水瀬さんおはよう」の挨拶を、定型文その1で自動的に捌きながらクラス割を眺める。
……私は……2組。担任は……谷口先生ね。
それだけを確認して、人の流れに逆らいながら掲示板前を脱出すると、職員室に足を向ける。
私は学年が変わる度に担任へと挨拶をするようにしている。
何故そんなことをしているのかと言われたら、答えは単純明快で、相手に私のことを印象付けるための、一種のアピールとして行っている。要するに根回しというものだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
職員室の扉の前で深呼吸をしてから、2回ほど軽くノックをして入室する。
「失礼致します」
頭を下げる際にパッと視線を動かさないで室内を見渡すと、忙しそうに動き回る者が大半で、その他にはコーヒーブレイクをしている者、朝刊を流し読みしている者がいた。
幸いなことに谷口先生はコーヒーブレイク中だったので、気兼ねなく話し掛けることが出来そうだ。
音をたてない様に扉を閉めてから谷口先生の横へと移動する。
「谷口先生」
「おぉ、水瀬か。どうかしたか?」
年季の入ったマグカップを両手で包み込むようにして持ちながら、コーヒーを飲んでいた谷口先生が、掛けられた声に反応して私の方を見た。
両手持ちして飲むとか女子力の高いことをしているけれど、谷口先生は男性だ。――そして今の反応からするに谷口先生は、私が入室してきたことに気が付かない程度に、何か考え事をしていたようだ。
「いえ、どうかと言う訳ではないのですが、これから1年間谷口先生の教え子として色々とご迷惑をお掛けしてしまうかもしれないと思い、ご挨拶に伺わせていただきました」
「はっはっは、こうやってわざわざ挨拶に来てくれる生徒が迷惑なんて起こす訳ないだろ。……それで、水瀬、ちょっといいか?」
適度に適当な言い回しで挨拶を終えると、谷口先生は笑った後に少し思慮するような表情を浮かべてから、小声で私に問う。
私、何かマズイことをした? という一抹の不安を胸に抱きながら返答を口にする。
「はい」
「……あのだな、まだ内密にしておいてもらいたいんだが、うちのクラスに外部生が来るんだ」
「……外部生ですか」
「あぁ。それで水瀬にその外部生の案内係をやってもらいたいんだ」
私は無意識に太ももをつねっていた。これが夢ではないことを確認するように、痛みと共に今の谷口先生の発言が身体に浸透していき、現実のものであることを実感した。
あまりの喜びに力加減を間違えたのか、ジンジンと感じる痛みに涙目になりながら、私は何をしているのだろうと、思わず心の中で笑ってしまった。
「任せて下さい谷口先生!」
「お、おう。非常に助かる。私も外部生を受け入れるのは初めてだったんでな、どうすればいいのかと少し悩んでいたんだ」
あまりにも力強く返答したためか、谷口先生が若干気圧されたように頷いていた。
落ち着け私。まずは外部生の情報を聞き出す。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、と昔の偉い人も言っていた気がする。
「それで谷口先生、出来ればその外部生のことを少しお教えいただきたいのですが」
「あぁ、そうだな。……え~っと、名前は城戸颯太、男子……う~ん、すまないがこれ以上はプライベートなことになるから……」
「はい、大丈夫です」
澄ました顔で「はい、大丈夫です」と言っておきながら、内心は爆発寸前な私。
性別なんてフルネームから大体察することができるので、実質的に得られたのは、城戸颯太、というフルネームだけだ。
なんて使えない事前情報なの? もう……おこ……激おこ……激おこぷんぷん丸といった心境だ。
「すまないが頼んだぞ水瀬。クラスに戻っても外部生が来るって、言いふらさんでくれよ」
「はい、それでは失礼致します」
具体的な案内係の説明もないまま会話を打ち切られたので、私もそれに合わせる。
谷口先生は余程切羽詰まっていたのか、外部生の面倒を私に丸投げしたところで肩の荷が下りたのだろう。私としては迷惑甚だしい限りだが、委細な説明を受けていないということを逆手に取れば、ある程度は私の裁量でやっていいということなのだろう……いや……やっていいと私は自己判断した。




