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INSTINCT-インスティンクト-  作者: 空のアルカリ単4電池
1.COMENZANDO-コメンサード-
8/15

8.CANE-カーネ-

「本能を抜かれた人間は、本能が宿ってから本能を抜かれるまでの記憶を全て失う」


昨日、和田はそういった。

ようするに柳瀬の本能を抜き取った時、

柳瀬に本能が宿ってからそれまでの記憶を全てなくしてしまうということ。

病室で俺は一人悩んでいた。

どうすればいい?

やはり本能は抜き取るべきだが。


「全部・・・忘れるなんて・・・」


そんなの悲しすぎる。

エアコンのきく涼しい病室の外で、

9月にひぐらしは鳴いていた。


「湊くーん・・・?」


コンコンコンっと3回のノックのあとに、

透き通った綺麗な声が部屋に入ってくる。

病室のドアのほうへ目を向ければ。


「あ、よかったー。病室間違えたらどうしようかと思った」

「柳瀬っ!」


柳瀬やなせ 美沙みさ

今度見舞いにくるとはメールで言ってきたけど、

まさかその次の日にくるとは・・・

学校の帰りだろうか。

制服を着ていた。


「どうしたの?そんなに驚いて」

「いや、別に。急に来たからちょっと驚いただけ」

「あはは、ごめんね。驚かす気はなかったんだけど」


本当にこの子は天使のようだ。

嫌なことを全て忘れてしまう。


「それより事故にあったんだって?どう、具合は」

「んー、よくわかんないな正直。多分良い方だと思う」

「そっか。まだ痛むの?」

「いや、動かないうちは全然」

「よかった」


いやー。

心配してくれてるんだこの子。

やっぱ天使。


「あ、りんご食べる?持ってきたんだけど」


柳瀬は紙袋からりんごとナイフを取り出した。

見舞いにはりんごってお決まりな何かがあるのだろうか。


「ん、食べる」

「ちょっと待っててね」


柳瀬は椅子に座ってりんごの皮を剥き始め、皮は持ってきたビニール袋に入れる。

どっかの科学者と違って準備いいんだからこの天使は。


「ちょっと残念だなー」

「え、何が?」

「テニス。行けなくなっちゃったね」

「あー・・・」


とても申し訳ない気持ちにさせられた。

あんまり好きじゃないなその言い方。

いや、悪いの俺かもしれないけどさ・・・・。


「行こうよ、次の日曜日。空いてる?」

「え?」

「俺すぐ退院するから」

「え、でもそんなすぐには無理でしょ?」


そう言われて俺は自分の腹を強く殴った。


「いっ・・・!」

「ちょ、何やってるの?!」

「大丈夫!」

「えぇ・・?」


柳瀬はりんごを剥く手を止めて立ち上がった。


「これくらいだったら日曜に間に合うよ」

「む、無茶しすぎだよ・・・」

「大丈夫だって、絶対約束。次は絶対」


柳瀬はとても困った顔をしていた。

でも元はと言えばお前の一言が悪いんだからな。

俺をやる気にさせたんだから。


「もう知らないからね」

「あははっ」


その日に柳瀬が剥いてくれたりんごは、

どっかの科学者が剥いたりんごの比にならないくらい美味かった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ホントに退院しちゃうなんて・・・」


日曜日。

俺は柳瀬と隣町のテニスコートにきていた。


「だーから言ったじゃん。日曜に間に合うって」

「そんなこと言われても誰も信用できないよ・・・」


こんなに俺が柳瀬といたら、

柳瀬に宿った本能が目覚めてしまうかもしれない。

そう思ったが、まだ柳瀬に本能が宿っているとは決まったわけじゃない。

柳瀬が動物と会話ができるのは、

ひょっとしたらまた別な能力かもしれないじゃないか。


「ちょっとは手加減してよねー!」

「俺も全然やってないから、柳瀬も手加減しろよー」


コートの向こう側で柳瀬が言う。

しかし久々だなテニスなんて。

高校入ってからまともにやってないな。


「いくよー?」

「あーい」


柳瀬がサーブを打ち、試合形式で始まった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「もう・・・湊君うますぎ・・・絶対高校でやってたでしょ」

「あー・・やってはないけど上手くはなったんだな」


結局俺は本能の力によって莫大にあがった身体能力を生かし、

柳瀬に1セットも取らせずに勝ってしまった。

手加減はするつもりだったのだが、プレイしている内に熱が入ってしまったのだろう。

手を抜いてると気づかれた時には本気でやれと言われてしまった。


「あー、疲れた。ちょっと休憩しよ」

「先に休んでて。俺自販機行ってくる」


俺はラケットをベンチに置き、自販機へ向かう。

ミルクティーとピーチティーを買い、柳瀬のところに戻った。


「はいよ」

「ありがと。あ、ピーチティーじゃん。よく私が好きなのわかったね」

「たまたまじゃん?」


まあ、俺も部活の時見てたし・・・。


「いやー。流石四番手の実力だね」

「まだまだっすよ」

「でも中学の時より上手くなってるよね?やっぱ高校で・・・」

「やってないってマジで。隠す必要ないでしょ」


俺と柳瀬は少し笑った。

こんなに幸せな時は他にあるだろうか。


「湊君は高校で何かやってないの?」

「なーんも。ただボケーっと生活して帰ってゲームするだけ」

「湊君らしいね」

「柳瀬は?高校で部活とかやってんの?」

「私もなーんにも。ボケーっと生活して帰ってゴロゴロするだけ」


真似したのか今?

可愛いなコイツ・・・。

柳瀬はピーチティーを一口飲んだ


「さて、もう一回やろっか」

「え、もうやんの?」

「負けっぱなしじゃ悔しいもん。次は負けないよ」

「別にいいけども。手加減は・・・」

「いりません」

「あっそー。」


それから日が暮れるまで俺は柳瀬とテニスを楽しんだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


帰り道。

柳瀬と出会った噴水のある公園に着いた。


「疲れたねー。ちょっと休まない?」

「もう帰るだけだろ。ここから遠いの?」

「少しねー。」


柳瀬はベンチに腰をかけた。

俺も隣に腰をかける。

静かだった。

日が沈んだあとの公園には、

俺と柳瀬しかいなかった。


「静かだねー」

「そうだな」

「誰もいないねー」

「そうだな」

「ふ、二人っきりだね」

「そうだ・・・え?」


えええ

ドキッとした。

二人っきりだ。確かに。

でもそれを言われるとなんかアレだ。

すごくドキッとする。


「湊君、好きな人とかいるの?」

「は?」


えええ

なんでなんでなんでなんでなんでなんで???

なんでそんなこと聞くん???

わけわからんち

いやマジで。

なんでそんなこと聞くのおおおおおお


「な、なんでそんなこと聞くの・・・?」

「なんとなく気になっただけ。」

「い、いないけどー!」

「そっか。」


な、なんだこれ。

や、柳瀬はあれか・・・

俺のこと好きだったりするのか?

あ、じゃああれだ

俺も聞こう。


「や、柳瀬はどうなの?」

「ん?」

「好きな人・・・・」

「いるよ」


え。


「え、いるの?」

「うん。いるよ」


いんのかよ!!!!

ざっけんな!!

期待させんなよ!!

マジざっけんな!!!

し、しかしどんな人なんだろう。

なんかちょっと気になるな・・・

あー、なんか落ち込んできた・・・


「そ、その人ってどんな人なの?

「ん、えっとね。その人とは中学で出会ったんだけど」


ってことは俺も知ってる人かな。


「その人とは中学の時あまり話はできなかったの」

「柳瀬が?柳瀬だったら誰とでも話せるんじゃないの?」

「私だって緊張するよー。」


そうなんだ。

なんかちょっと意外だな


「そんで?」

「それでね、話しかけてもらおうといろいろしたの」

「例えば?」

「班決めでその人と同じ班になったり、その人の前でハンカチ落としたり」


あの時ハンカチ落としたのってわざとだったんだ。

しかしあの時周りにいたのって女子だよな?


「結局何もないまま卒業式まできちゃったんだけどね。でもその人、靴箱で私に何か言おうとしてたの」


靴箱。

あー俺が告白しようと・・・

え?


「でも私恥ずかしくなっちゃってさ、逃げちゃったんだよね」


それって・・・


「その人とはそれっきりだったんだけどね。でもまた会えた。この公園で」


嘘・・・

嘘だよな。

そんなの嘘だ。

いや、でも・・・

嘘であってほしくない。


「私さっ」


柳瀬はバッと立ち上がり、背中を向けた。

気がつけば俺の心臓はバクバクだ。

どうすればいいんだこの状況。


「ずっと言いたかったことあるんだ」


ずっと言いたかったこと。

俺もあった。


「勇気出せなくてずっと言えなかった」


俺もそうだ。


「でも、今なら言えるよ。だから、言うね」


それは多分、俺も言いたかったこと。


「私、湊君のこと・・・」


その時だ。

柳瀬の体から赤いビジョンが爆発するように浮き出た。


「ーーー!?」


俺は立ち上がった。

どういうことだ・・・

これはもう確実に・・・


「ほん・・・のう・・・」


さっきまで全くなかった本能の匂いが、

赤いビジョンが出た瞬間頭が痛くなるほど感じ取れた。


「柳瀬っ?!」

「え、やだ・・・・なにこれっ!!!」


な、なんだ・・・?

この本能は柳瀬が操っているんじゃないのか?

そのはずなのに柳瀬はこのオーラを初めて見たかのような反応をとっている。


「み、湊君っ・・・!」

「柳瀬ッ!!!」


柳瀬は気を失ったのか、

その場で倒れ込んでしまった。

だが柳瀬から出る赤いビジョンはまだ浮き出ている。

どうなってんだこれは・・・

赤いビジョンは犬のようにもみえた。

赤い犬は左足で腕を回すように殴ってくる。


「くそっ!!」


俺はその攻撃を避け犬から距離をとる。

赤い犬は追いかけてこようとはしていなかった。

そうか。

コイツは柳瀬の本能だから柳瀬本体から離れることができないんだ。

よく考えてみれば俺も犬のビジョンを上半身より先を出すことはできなかった。

しかしどうする。

本能とリンクするとして、柳瀬の本能をどうする。

削りとる?

でもそんなことしたら・・・

グググッ・・・


「な、なんだ・・・?」


奇妙な音が聞こえた時、

柳瀬の体から赤い犬のビジョンの全身が出てくる。

柳瀬の体から犬のビジョンが離れることはなく、

犬のビジョンは背中に柳瀬の体を乗せた。


「ガルルルルルルルゥゥゥゥウウ!!」


赤い犬は牙をむき出しにし、

こちらを睨んでいる。

次の瞬間、赤い犬は俺に飛びかかった来た。


「くっそぉ!!」


俺は犬の本能とリンクした。

そして赤い犬の噛み付くような攻撃を左に避ける。

しかし犬の攻撃は早かった。

俺が避ける先を予測していたのだろうか。

二回目の攻撃は俺が避ける前から来ていた。

やばい。

俺は右手で防御に入る。

しかし赤い犬の攻撃は俺に当たることはなく。

防御のために構えた右手にある本能を削り取っていった。

俺は大きく後ろに飛び、赤い犬から距離をとる。

どうすればいいんだ。

この本能を全て削ってしまえば柳瀬との記憶がなくなってしまう。

俺はそんなことを考えながら赤い犬の攻撃を受け続けた。

もう俺の本能は底を突きそうだった。

くそ。

俺は赤い犬に右手で殴りかかろうとした。

するとこの犬は背中に載せていた柳瀬の体を前に出し、

俺の攻撃の防御に入った。

俺は右手をピタリと止めた。

こんのクソ犬めが・・・

俺が動きを止めた瞬間、

赤い犬は大きな尻尾を使って俺の中にある本能を弾き飛ばした。

本能は宿った人間から離れることはなく、

俺の体も赤い犬が尻尾を振った先に飛ばされた。


「グハッーー!」


俺は地面に体を叩きつけられた。

このままだと俺は必ずやられる。

そうだ。

俺は気付いた。

この状況で、記憶を失うのは確定したことだ。

だた問題は、どちらが記憶を失くすか。

俺か、柳瀬だ。

だったら記憶を失うのは柳瀬のほうがいい。

動物と会話ができるなんて本当は間違っている。

こんな世界にはあってはならない能力は、

柳瀬から引き離すべきだ。

そうだ。俺は柳瀬を助ける。

俺との思い出なんて関係ない。

そんなものより柳瀬を助けることのほうが何よりも大切なんだ。


「うおおおおおおおおッッ!!」


俺は赤い犬の方へ走った。

そしてもう一度右手で殴りにかかる。

赤い犬の防御もさっきと同じ。柳瀬を盾のように構えた。

思った通りだ。

俺は握り締めた右手を開き、柳瀬の右腕を掴んだ。

本能のビジョンは取り付いた人間から離れることはできない。

俺が柳瀬を掴むこの手が離さない限り、この犬はそこから動けない!

俺は右腕から犬のビジョンを出した。

そして柳瀬目掛けて噛み付かせる。

本能は本能意外に触れられるものはない。

よって俺の本能は柳瀬の体をすり抜け、赤い犬に噛み付いた。

そして何発も何発もそのまま噛み付かせる。

赤い犬のビジョンは噛み付かれた部位をなくし、徐々に小さくなっていく。

柳瀬の中の俺との思い出もこんなふうになくなっていくのだろうか。

赤い犬は形をなくし、あと一噛みという状態まできていた。

コイツを噛みちぎれば本当にもう柳瀬は俺との思い出を忘れてしまう。

公園で出会ったことも、

俺の頬を治療したことも、

見舞いにきてりんごを剥いてくれたこも、

一緒にテニスをしたことも、

さっきこの公園で俺に言おうとしたことも。

全て、忘れてしまう。

もう関係ない。俺は柳瀬を助ける。

この憎たらしい能力から柳瀬を引きなしてやるんだ。

俺は最後の一噛みを犬に向かわせる。

あぁ。そういえば言えなかったな。

ずっと言いたかったこと。

俺は柳瀬が好きだって。

でもまたいつか、

出会った時。

この公園でまた出会えたらちゃんと言おう。

さようなら柳瀬。

この約一週間、俺にとっては絶対に忘れることはない思い出になった。


「ありがとう。柳瀬」


最後の柳瀬の本能を噛みとった。

すると柳瀬の体はガクンと震え、

本能によって浮いていた体が重力によって地面に倒れようとする。

俺は掴んでいた腕を離し、柳瀬の体を抱きかかえた。

俺はそのまま移動させ、柳瀬をベンチに寝かせた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


それから数日がたった。

その後俺は和田に電話をし、

柳瀬を和田に任せた。

そして今日、和田から連絡が入り、

柳瀬が入院しているという病室の前にいた。

正直来る気はなかった。

だが和田が絶対に見舞いに来いとうるさいので、

こうして柳瀬の名前が書いてあるドアの前に立っているのだが。

なんて言えばいいんだろう。

公園で出会ってからの思い出は忘れているだろうし、

どんな顔をして中に入ればいいんだろうか・・・・。

俺はとても悩んでいた。


「やあ、来たんだね湊君」


後ろから声をかけてきたのは和田だった。


「和田さん・・・」

「なにやってるんだ。早く中に入ればいいじゃないか」

「つったってなんて言えばいいんです?柳瀬は俺のこと・・・」

「いいから入れって」


和田はドアを開け俺を無理矢理中に押し込んだ。

そして和田は中に入らず、ドアをピシャリと閉めた。


「あ、湊君」


柳瀬の透き通った声が聞こえた。


「よ、よお」

「きてくれたんだ」


なんだろう。割と普通だ。

俺はその場で立ち尽くしていた。


「どうしたのー。座れば?」

「お、おう・・・」


俺は椅子に座った。

なんて言えばいいんだ。

全然わからない。

やっぱり来るべきじゃなかったかもしれない。

早く帰りたくて仕方がなかった。


「ありがとね」

「え?」

「助けてくれて」


ありがとうって言ったんだ今。

助けてくれてって。

なんでだ?

俺は中学で柳瀬を助けたことは一度でもあっただろうか。


「あの犬のお化けから救ってくれたの。湊君でしょ?」


え・・・

どういうことだ・・・

忘れたんじゃ・・・


「お、覚えてるのか・・?」

「覚えてるもなにも。あんなこと忘れられないよ」

「公園で出会ったことは?!」

「ええぇっ?!」

「また公園で待ち合わせたことも、見舞いにきてくれたことも、テニスしたことも!!」

「ええぇ・・・ど、どうしたの。湊君」

「覚えてるのか?!」

「んん・・・お、覚えてるよ?」


なんでだ・・・。

本能と抜き取られた人間は本能を宿してから抜き取られるまでの記憶を全て失うはずじゃ・・・

ガラガラッ・・・

和田が入ってきた。


「和田さん・・・」

「そういうことだ湊君。彼女は記憶を失ってはいない」

「でも・・・なんで・・・」

「それは僕にもわからない。だがいいじゃないか。彼女は君との思い出をちゃんと覚えている。ある意味君が望んでいたことじゃないか?」


うそ・・・

柳瀬は記憶を失ってなんかいない。

俺との約一週間をちゃんと覚えている。


「ちゃんと覚えてるよ。湊君」


柳瀬はそういってくれた。

そっか。ちゃんと覚えているのか・・・


「そ、それじゃあ僕は柳瀬さんが記憶を失っていない理由を調べなくてはいけないからな!そろそろ、行くとしよう」

「わ、和田さん!」


俺は和田の足を止めた。


「ありがとうございます。」

「んー。僕に礼を言われてもね」


和田はニッコリと笑って部屋を出て行った。


「私ね、二匹犬飼ってたんだ。ショコラともう一匹」


柳瀬は和田が出て行ったあと、何かを話し始めた。


「その犬ミントって呼んでたんだけど、死んじゃったんだ。二週間くらい前に」


二週間前っていうと俺と公園で会う一週間前くらいか

ん。それって・・・


「ミントが亡くなってから次の日かな。ショコラの声が聞こえるようになったの」


そうだ。確か二回目に公園で会ったとき言ってたな。

動物と話せるようになったのは一週間前って。


「だから私は、ミントのお化けが私に取り付いたんだと思ってた」


ひょっとしたらそうかもしれない

そのミントって犬の本能が柳瀬に宿った。

確かに柳瀬から浮き出た本能も犬のように見えた。


「別にいいかなって思ってたんだけど、あんな・・・」


柳瀬は落ち込んでいた。

俺はなんて言うか考える前に柳瀬の頭に手を置いた。


「もう大丈夫だよ。まあ、ミントって犬はもういなくなっちゃったけどさ、多分その、天国かどこかでみてるんじゃないか?」


なんて言うか、臭いセリフだった。

でも間違ってないと思う。

俺は柳瀬に言えることは多分、これくらいだ。


「ミントを柳瀬から引き離したのは俺だけど、その・・・そうするしかなかったっていうか、ごめん」

「そ、そんな!なんで謝るの?湊君は私を・・・」

「ひょっとしたら他に方法はあったのかもしれない。元はと言えば俺が柳瀬に近づかなければあの力は目覚めなかった」

「湊君・・・」


なんでだろう。

俺はまた後悔しているのだろうか・・・

なんで俺はいつも・・・

俺は両手を膝に置き、

柳瀬に本能使いの疑惑がかかったときのことを思い出していた。


「私はそんなこと思ってないよ」


柳瀬は俺の手を握って言った。


「私は湊君が助けてくれたって思ってる。きっと私がショコラと話ができるのは本当はダメなことなんだよね?そんなこと私一人じゃどうにもできなかった。だけど湊君が救ってくれたの」


柳瀬は優しい顔でそう言ってくれた。

なんか今にも涙がこぼれそうだった。


「だからね、ありがとう。心」


今、名前で呼ばれた。

普段だったらなんで急に名前なんだろうとか思っていたかもしれない。

でも今は単純にそう呼んでくれたのがすごく嬉しかった。


「うん。ありがとう美沙」


俺も美沙の手を握り返した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


美沙はすぐに退院した。

本能が体から抜けるとしばらく筋肉が弱くなってしまうらしい。

体調が良くなった美沙と朝、待ち合わせをした公園にジョニーと向かっていた。


「ショコラちゃあああああああああああああああああん」


ジョニーはいつものように走っていく。

リードを外すタイミングがなんとなくわかってきた。

ジョニーがこうやって走っていくってことはいるんだろうな。


「あ!心ー!」


やっぱり。

美沙はもう来ていた。

俺と美沙はそれぞれ飲み物を買い、ベンチに座る。


「この公園で助けてくれたんだよね」

「そうだけど、どこまで覚えてるの?」

「私から赤いお化けが出るまで」

「そうだよな。気失ってたし」

「うん」


美沙と静かに話す中、

周りでは犬の鳴き声が飛び交っていた。


「それにしても、心はすごい人だったんだね」

「うーん・・・いろいろあってな」

「私を助けてくれたのが心でよかった」

「え、なんか言った?」

「なんでもないっ」


本当は聞こえていた。

でもあの時の話はあまりしたくなかったんだ。

そんなことを考えていると、

二匹の犬が俺たちの方へ走ってきた。

ジョニーとショコラちゃんだ。

するとショコラちゃんが言った。


「ちゃんと伝えてあげて下さい。」


この声は本能を抜かれた美沙には聞こえていないのだろう。

美沙は俺に問いかけてきた。


「なんて言ってる?」

「んー。



“好きだよ”って」


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