7.CHEVAL-シェヴァル-
「ダメだ!湊君、こっちに来るな!!!」
和田がそう叫んだ時だった。
血生臭い匂いがただよう中、右側に本能使いの匂いを感じる。
そして風を切る音。
刹那、俺は本能とリンクした。
防御の態勢に入るが攻撃には追いつかず、
横腹に激痛が走った。
俺の体は投げ飛ばされ、壁に激突する。
俺はそのまま地面に倒れこんだ。
「あはははははははははははああーーッッ!!!!!」
「湊君?!湊君!!!!」
和田が俺の名前を叫ぶ中、
不気味な笑い声が部屋中に響いた。
「ゲホッゴホッ・・・」
俺は咳をしながら立ち上がる。
「へえぇえー!!俺の攻撃を食らって立ち上がれるのか!!!やるじゃんよぉぉおお!」
「くそったれめ・・・不意打ちかよ」
不気味な声のする方を見ればガタイのいい男が立っている。
コイツだな。和田さんをあんな姿にしたのは。
「しかし一瞬でリンクするとはやるなあお前!!何の本能か見えなかったぜ!!!」
「お前の攻撃が遅すぎるんだよ。まともに食らってりゃマジで死んでた」
よだれをだらだらと口から垂らす男はこっちをずっと見ている。
攻撃してくる様子は今のところないが。
とりあえず和田は無事だった。
そう思い、和田のほうを見た瞬間だった。
「オオッォォォオォオオオ!!!」
「な、!はやッ・・・!」
男は俺の目の前まで距離を詰め、右手の拳を握りしめている。
やばい。
そう感じた時。
俺は腰から地面に滑り、男の股をくぐった。
男の拳は壁に突き刺さり右手は動けない状態になった。
俺はすぐに立ち上がり攻撃を仕掛けるために右手の拳を固く締めた。
とりあえずこのデカイ背中に一発叩き込んでやろう。
そう考えた時だった。
男は空いていた左腕を曲げ、肘を尖らせた。
だがこれは防御ではない。恐らく攻撃だ。
相打ちを狙おうって考えだろうか。
しかしコイツの攻撃をまともに食らうわけには・・・
俺は背中への攻撃をやめ、向かわせた拳を男の肘へと変えた。
嫌な音を立てて俺の右手と男の肘はぶつかる。
「ーーーッ!」
「クッ・・!」
俺の右手と男の肘は弾かれ、俺はバランスを崩してしまう。
足を運び、倒れないようにはできたが、
右手がブッ壊れたみたいに痺れている。
俺は右手を抑え、男を睨む。
男は壁に刺さった右手を引き抜き、左の肘を抑えている。
「ちくしょう・・・いってえな・・・そんなヒョロヒョロした体のどこにそんな力があんだよ」
「てめえはデッカイ体しといて大したことねえんだな」
「おー・・・言うじゃねえかよ」
とは言ったが強がってる余裕なんて正直ない。
左手を右手から離し、右手で拳を作ろうとする。が、
「くっそ・・・」
なかなか力が入らない。
これはマズイな。
利き手が使えないのはこの戦闘に大きく響くぞ。
「湊君!そいつの本能は馬だ!馬の本能を持っている!!!」
和田が叫んだ。
馬?
そうするとコイツのあの突きの威力は馬の足から来ているというわけか。
まさに馬鹿力だな。
「俺の本能を知ったところで何が変わるわけでもねえがあなァァァアアア!!!」
馬の男は飛びかかってきた。
しかも左手を前に。
俺の攻撃はそこまで響いてなかったのか。
「クぅッ!!」
俺は左手の掴んでくるような攻撃を身を下にしてよける。
次に来る攻撃も避け、隙を突いた攻撃を何発か入れるが、
少しひるむだけであまり効いていないように見える。
それをずっと繰り返す。スーパー何とか人の戦いもこんな感じなのだろうか。
そんな動作を馬の男ととっているとやはり疲れがでてきてしまったのか。
俺は両手は男の攻撃に弾かれ、腹部に大きな隙を作ってしまった。
「しまっ・・・!!」
「うへへぇ・・・ッ」
馬の男はニヤリと笑う。
同時に左手の拳を俺の腹に向けた。
抑えなければ。
そうは思ったが弾かれた両腕を戻す頃には、
馬の男の攻撃は俺のみぞおちに入っていた。
「ーーーガハッ!!!」
メリメリッ・・・
馬の男は俺の腹部に突きを入れたところで、ひねりを加える。
男の腕が俺の腹にめり込むにつれ、俺の体内から口へ血が流れ込む。
そして大量の血を口から吐くと同時に俺の体は勢いよく飛ばされ、
壁にある棚に激突し、棚に置いてあるものをバラバラにまき散らしながら俺は下敷きになった。
「み、湊君・・・?湊君!!」
和田が心の名前を呼ぶ。
しかしこの部屋には和田の声だけしか響いてなかった。
「へへへっ、もうダメだなあのガキは」
「くそっ!」
馬の男は本能とのリンクを解いた。
そして和田の方へ歩いていく。
「さあ、喋ってもらうぜ。お前の組織はどこまで広がっている?」
「いや、まだだ。湊君の本能はまだ感じる・・・!」
和田がそう言った瞬間、
心が下敷きになった馬の男の後ろからガシャガシャと大きな音がたつ。
馬の男が振り向いた時、
心は馬の男の目の前まで詰めていた。
「馬鹿なッ!」
「てええりゃああああああッッ!!!」
俺は左手で馬の男の顔面を殴った。
すると馬の男は左側に2m近く飛び、ゴロゴロと転がっていく。
「湊君!」
「はぁ・・・はぁ・・・大丈夫ですか?」
「僕の心配はいい!まだ奴は動ける!」
「わかっています・・・」
俺は馬の男を睨みつける。
馬の男はゆっくりと立ち上がり、顔を見れば鼻血を流している。
「お前もリンクはええな。あと少し遅れていたら首の骨逝ってたんじゃないか?」
「てぇぇぇぇぇんめえええええええ!!!」
馬の男は凄いスピードで突っ込んできた。
なるほど、馬の力か。
馬の男は右手で飛び込むように攻撃してくる。
デカイ体をしたやつの攻撃は意外と避けやすいかもしれない。
俺はその攻撃をしゃがむように避け、
馬の男のみぞおちに左手でアッパーを食らわす。
「グフッ!!」
馬の男は少し空中に浮き、肺に溜まった空気を吐き出す。
よし。効いている。
続けて二発目を食らわそう。
そう考えた時だった。
馬の男は空中で両手を願うように握り締め、小指球と呼ばれる部位で
俺の背中を叩いた。
俺は体を地面にうつ伏せ状態で叩きつけられ、
攻撃に備えようと仰向けになろうとした時、
攻撃はすでに来ていた。
俺は体を右側に転がし何とか攻撃を避ける。
馬の男の右手は地面に雷のように落ち、コンクリートに大きなヒビを作った。
俺は右手を地面についてクルクルと回りながら、
転がった時とは逆の左回転で空中へ体を放り出す。
そして俺は馬の男の背中を捕らえることができた。
回転を利用し、俺は左手で男の横腹を横から殴り入れる
馬の男はそのまま地面に体を打ち付けた。
しかし馬の男はすぐに立ち上がろうとしている。
「ダメだ湊君!君の攻撃じゃあ奴に大きなダメージを与えることはできない!」
「でもどうやって・・・」
「本能だ!本能の攻撃で奴の本能を全て削り取れ!」
本能を削りとる・・・?
高根沢と戦ったときにやったやつか。
だが一発じゃあ全部は削り取れない。
奴の攻撃を避けながら犬のビジョンをコントロールし、
何回かの攻撃に分けて削りとるしかないな。
しかし難しいぞそんなこと・・・。
「くっそがきぃぃいい・・・ぜってええ殺すッ!」
ちくしょうめ。
俺はそんな器用なことできないなきっと。
こうなったらゴリ押しで行くしかないな。
馬の男は左手で拳を作り、肘を曲げて突っ込んでくる。
本当にコイツは馬鹿だ。攻撃がワンパターンするぎる。
俺も左手を握り締め、男に突っ込む。
そして俺と馬の男は締めた左拳を飛ばした。
お互いの拳はぶつかり合い、弾かれた。
二人はバランスを崩し大きくよろめく。
しかし俺は右足を地面に叩きつけバランスを立て直さず、
馬の男のほうへ体を倒した。
そして、犬の顎並の握力で馬の男の太い首を右手で掴む。
右手に痛みが走った。
だが力はもう入る。
俺は右腕から犬のビションの上半身を出した。
「うオォォォォォォォォォオオらああああああああああああああ!!!」
俺の右腕に全神経を集中させた。
腕からでた犬のビジョンを何回も何回も馬の男に噛み付かせる。
次第に、馬の男から本能の匂いは薄くなっていく。
もう少し、もう少しでコイツの本能を全て削り取れる。
その時だ。馬の男は本能の力を右足に集中させ、
俺の左脇腹に回し蹴りを入れてきた。
俺は右手を男の首から離してしまい、地面に倒れこむ。
犬のビジョンはうっすらと消えていった。
「湊君!!!」
「しねえぇぇ!!くそがきぃぃぃいい!!!」
馬の男は右足に溜め込んだ本能の力をそのままにし、
俺の腹目掛けて踏み潰すような攻撃をしてきた。
やばい。防御できない。
コイツの残った本能がこの右足にすべて溜まっているとしたら、
俺は確実に死ぬ。
そう思った時、俺は気づいた。
そうか、コイツの本能は今この右足に溜まっているんだ。
だったら話は早いッ!
俺は腹から犬のビジョンを出す。
そして落ちてきた右足を噛み付かせた。
その瞬間、馬の男の体がガクンと力が抜け、
威力を急激に落とした右足は俺の腹に落ちた。
「ぐっ・・・!!」
威力は落ちたとは言え、
ガタイのいい男の太い足が入ると普通に痛い。
しかも俺は馬の足並の突きをモロに食らっている。
もう意識がぶっ飛びそうだった。
馬の男は体を重力に任せ、頭から地面に倒れた。
なんとかコイツから本能を全て削り取れたようだ。
「み、湊君!!」
和田さんが俺の名前を叫んだ。
この人さっきからこれしか言ってないな。
待ってて下さい。今・・・
あれ?
声が出ない・・・
あ、やばい・・・
意識が・・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
目が覚めれば真っ白な空間にいた。
ここはどこだろう。
頭がボーっとする。
「心!心ってば!」
・・・蘭?
「心!起きてよ!!おぉぉきろぉぉおお!!!」
俺の腹部に激痛が走った。
「いってえええええ!!!」
俺は飛び起きた。
「やっと起きた」
「やっと起きたじゃねえよ!!いってえだろうが!!」
「だって目空いてるのにずっと返事しないんだもん」
「だからって・・・・」
俺は蘭に叩き起されたらしい。
ここは・・・病院?
「病院?なんで俺病院にいんの?」
「あーやっぱ覚えてないんだ。無理もないかー頭強く打ったって言ってたし」
蘭はなにを言ってるんだろう。
頭を打ったって何だ?
「蘭、俺どうなったんだ?」
「車に跳ね飛ばされたって聞いたよ」
「車に・・・?」
「ありゃりゃーこれは重傷だね。とりあえず目が覚めたってお母さんに連絡いれるね」
そういって蘭は病室をでていった。
てかアイツ、俺が病人ってわかってて叩き起したのか。
なんて奴だ。きっと柳瀬だったら優しく・・・
そうだ!柳瀬・・・!
俺は今の時間を確認するためにケータイを探した。
そして隣の棚にケータイを見つけ、画面を開いた。
日時は前の馬の男と戦ってから二日たっていた。
ってことは・・・
その次の日に柳瀬と約束していたテニスをばっくれたことになる。
これはマズすぎる。
すぐにメールしないと。
そう思ってメールボックスを開くと二件のメールが届いていた。
誰だろう。
俺は受信履歴を開いた。
するとそこには柳瀬の名前があった。
内容は怒ってるようには見えない。
むしろ心配してくれているようだ。
どこまで天使なんだ。
どっかの馬鹿妹とは大違いだ。
しかしなんて送ろう。
馬と喧嘩して入院してるなんて言えないしな・・・
あーいいや。
なんか俺交通事故にあったっぽいし。
そう送っとこ。
「やあ」
すると頭に包帯を巻いた和田が紙袋を持って入ってきた。
「和田さん」
「どうだい?怪我の具合は」
「どうだって聞かれても・・今起きたばかりですし」
「そうかそうか・・・」
和田は椅子に腰をかけ、
紙袋からりんごとナイフを取り出し、りんごをむき始める。
「てか、俺交通事故にあったことになってるんですか?」
「一応そういうことにしておいた。本能がどうなんて言えないからね」
「そういうことにしたって、どうやったんです?」
「まあ細かいことは気にするな」
和田はりんごの皮を捨てようとゴミ箱を探していた。
「それより、あのあとどうしたんです?俺気失ったみたいですけど」
「あー、あのあとすぐに僕の部下が助けにきてくれたよ」
「部下?!」
「うん。部下」
「和田さん部下なんているんですか?」
「一応ね。部下って言っても昔の仕事のだけど」
和田はゴミ箱を見つけ、足で移動させながら椅子に戻る。
なんだかこの人も謎だ。
「そんなことより、君には本当に感謝している」
そういって和田はりんごとナイフを片手に紙袋をガサゴソし始めた。
「君が来なければ僕はどうなっていたことか・・・」
「てか、なんであんな目にあってたんです?和田さんの部屋にいったら血まみれだったし、びっくりしましたよ」
「んーそうだな・・・本能使いには知りたいことがたくさんあるんだろう。僕はそれを調べまくったからなあ・・・」
だからってあそこまで手荒に聞き出そうとするだろうか。
部屋を血まみれにし、椅子に縛り付けてまで聞きたいことってなんだ?
「君にもいずれ分かることだよ。今はわからなくても大丈夫だ」
和田は紙袋から皿を取り出し、切り分けたりんごを乗せて差し出してきた。
「しかし本当にお手柄だった。よくやったよ君は」
「あ、そのことなんですけど。あの馬の男はどうなったんです?」
俺は気になることを聞いた。
ずっと気になっていたことだ。
本能使いが本能を抜かれたらどうなるのか。
記憶がなくなるとは聞いていたがそれ以外にもなにかあるかもしれない。
これは今後、柳瀬の本能が目覚めた時にも役立つ情報かもしれない。
「ああ、さっきその男のところに行ってきたよ。彼も君のように入院している」
「それで、症状のほうは・・・?」
「それなんだが、僕のことを覚えていないらしい」
「え・・・?」
「それどころか、自分がなんで病院にいるのかもわかっていない」
入院している理由がわからない?
しかも和田さんのことを覚えていないってどういうことだ。
それってもう・・・
「本能を抜き取られた人間は、本能に関する記憶をなくすって言ったが、間違っていた」
そして俺は、思わず絶句してしまうようなことを耳にする。
「本能を抜かれた人間は、本能が宿ってから本能を抜かれるまでの記憶を全て失う」
「って、ことは・・・」
その時、俺のケータイのバイブレーション機能が動いた。
メールを受け取ったらしい。
開いてみれば柳瀬からだった。
そうだ。
もし柳瀬の本能が目覚めたとしたらそれを抜き取らなければならない。
しかし本能を抜き取られた人間は本能が宿ってから本能を抜き取られるまでの記憶を失う。
俺が柳瀬の本能を抜き取った時には・・・。
「全部・・・忘れる・・・」
俺とあの時公園で再開できたことも。
ハンカチで傷の治療をしてくれたことも。
テニスをしようと約束したことも全て。
柳瀬からのメールは今度見舞いにくるとのことだった。