6.AMOR-アモル-
初恋の相手に特別な能力が宿っているかもしれない。
しかしその能力は世界にはあってはならないもので、
その子を能力を自分の手で処理しなければいけない。
湊 心は今、そんな状況下に置かれていた。
だが考えれば簡単なことだ。
ただ少し話をして理解してもらえればいいだけだ。
別に彼女の能力を処理するといって彼女を傷つけるわけではない。
むしろ彼女を救うことになる。
ちゃんと話せば大丈夫なはずだ。
だが和田は言っていた。
「インスティンクトはインスティンクトに会うことで急激に成長を早める」
もし俺が彼女に近づいて彼女の本能が目覚めてしまったらどうなるだろう。
彼女は俺に襲いかかるだろうか。
だが俺は彼女を信じることにした。
きっと話せば大丈夫だ。
柳瀬 美沙はきっと理解してれる。
そして決心した。
二度と同じような後悔はしないと。
「おい心。何そんな真剣な顔で考えてるんだ」
俺は柳瀬と待ち合わせた公園に向かう。
飼い犬のジョニーと。
「すまん。ちょっとボーっとしてたわ」
「そりゃあそうだよ。いつもより30分も早いもん。俺も少し眠いぜー」
俺は夜なかなか寝付けず、
起きたのはいつもより30分早い時間だった。
そして目が覚めてしまい、二度寝は無理そうだったのでそのまま散歩に行くことにした。
というより、柳瀬より先に公園に着いてしまおうと考えた。
「てかなんで今日はいつもより早いんだー?こんな早く行ってもショコラちゃんいねえよ」
「たまにはあっちより先に行って待つってのもいいじゃないか?」
「それもそうか。ショコラちゃん何時に来るんだろうなー」
そんなことを話していたら公園までの距離はあまりなかった。
すると急にジョニーが立ち止まった。
「くん、くんくん・・・ハッ!この匂いは・・・!!!」
ジョニーは何かの匂いを感じ取ったようだ。
すると急にリードを持つ腕がグンッと引っ張られた。
「ショコラちゃああああああああああああああん」
「おいおい痛えよ!!止まれ馬鹿犬ぅぅう!!」
ジョニーが急に走り出した。
犬ってのはこんなに力が強かったのか。
腕がちぎれそうだ。
ジョニーが走り出してからあっという間に公園の入口に着き、
俺は入口に立つポールにぶつかりその場で顔面から転んでしまう。
その時にリードを離してしまい、ジョニーは公園の中へ走っていってしまった。
「い、いってえ・・・くっそ今日はジャーキーお預けだなこれは・・・」
「み、湊君?!大丈夫・・・?」
こ、この声は・・・
頭を上げてみれば、
や、柳瀬ぇぇええぇぇぇぇえええ!!!
誰もいない公園の中、一人そこに立っていたのは柳瀬だった。
なんてこった!こんな恥ずかしい姿をみられてしまったぁぁぁあ!!
「すごい勢いで転んだね・・・怪我はない?」
「だ、大丈夫・・・ちょっとぶつかっただけ、あはは」
俺はスッと立ち上がり、服についた砂埃を払う。
「し、しかし早いなー柳瀬!まだ5時ちょいくらいじゃないかー?」
「うん。昨日まで日直でなかなかショコラの散歩できなかったから」
「そ、そっかー・・・」
なんて飼い犬想いな女の子なんだこの子は。
まるで天使だ天使。
「でも湊君も早いよね!やっぱりジョニー君のために早起きしたの?」
「も、もっちろんさー!お、俺は愛犬家だからなー!!」
どっかのハンバーガーショップのキャラクターもビックリするような返事をした。
しかし言えないな。柳瀬に会うのが楽しみで寝れなかったなんて。
いやいや何を考えているんだ俺は。今日は柳瀬を助けるために来たんじゃないか!
「とりあえず座ろっか。私ジュース買ってくるね」
「お、おう・・・」
うわーやばい。
今の俺は口がちゃんと回らない。
落ち着け、緊張するな。
俺はこの子を助けなきゃいけないんだぞ・・・。
そんなことを考えながら俺はベンチに座る。
「はい。ミルクティーでいい?」
「お、おう」
柳瀬は俺の好きなミルクティーを持ってきてくれた。
よく俺の好きな飲み物がわかったな。
いや偶然か。
柳瀬は俺の左側に座った。
俺は柳瀬から渡されたミルクティーを一口飲む。
「湊君は昔からミルクティー好きだよね」
ブーーーーッ!!
思わず吹き出してしまった。
なんで知っているんだこの天使は・・・
天使だからか?
「だ、大丈夫?!私何か変なこと言ったかな?」
「い、いやそんなことない。てか何で知ってるの?俺がミルクティー好きって」
「だって部活の時ずっと飲んでたじゃん」
「そ、そっか・・・」
そっか。柳瀬もテニス部だったっけ。
俺もチラチラと見てはいたけど・・・
柳瀬も俺のことたまには見てくれてたんだな。
やっぱ天使だこの天使。
「でも惜しかったねー最後の大会」
「あ、ああ・・・」
天使は中学の時の引退試合の話をし始めた。
「湊君、補欠で出てたよね?」
マジかよ。
そんなところまで見てたのか・・・。
確かに俺は団体戦に出た。
だが俺は正式な団体戦メンバーではなく、
準決勝戦で3番手がプレイ中に肉離れを起こしてしまい、
補欠メンバーに入っていた俺が出ることになった。
しかし結果は・・・
「勝てたかもしれなかったのにね」
「うん・・・」
流れは持っていき、
ゲームカウントはファイナルまで持ち込めたものの、
惜しくも県大会進出を逃してしまい、
ベスト4で止まってしまった。
「俺がちゃんと拾っていれば・・・」
「湊君のせいじゃないよ!それに湊君がコートに入ってから結構いい流れだったじゃん!」
「でも・・・」
落ち込んでしまった。
今まで忘れていたが思い出せば痛い試合だったな・・・。
俺は忘れているだけでやり直したいことは山ほどあるのかもしれない。
「そうだ!」
柳瀬は急に立ち上がった。
俺は横目で柳瀬を見る。
「今度やろうよ!テニス!」
「え・・・?」
「隣町のテニスコート借りてさ!確か安かったよね!」
「あぁ・・・別にいいけど・・・」
「じゃあ決まりね!あ、明日でもいい?湊君がいいなら!」
まじかまじかまじかまじか!
どこまで天使なんだこの子は!
こんなお誘いを断る理由なんてない。
予定が入ってても速キャンセルだ。
「いいよ。でも、できるかなー。もう全然やってないし」
「それは私も一緒だから大丈夫!」
「わかった。明日な」
「約束!」
俺はちゃんと柳瀬に顔を向けて答えた。
気がつけばちゃんと話せるようになっている。
心臓の音もそこまで大きくない。
「あ、血・・・」
「ん?」
柳瀬はそう言って水道まで走って行った。
どうしたんだろう。
水道で何かを濡らして柳瀬はすぐに走って戻ってくる。
すると柳瀬は俺の右側に片膝をベンチに乗せて濡れたハンカチを顔に近づけてくる。
「え、どうしたの?」
「動いちゃだめ」
右の頬に冷たい感覚と少し痛みが走る。
「いてっ」
「ごめんね、多分さっき転んだ時かな。怪我してるよ」
エンジェェェェェェェェェエェェルッッッッ!!!
あ、あれあれ・・・
心臓がまた興奮してきたぞ。
ちょ、ちょいちょい、
落ち着け、止まれ心臓。
もう二度と動くな心臓。
「これでよしっと」
「あ、ありがと」
「どういたしましてっ」
この子可愛すぎまじで。
俺の心にクリーンヒットやでまじで。
「あ、ハンカチ洗って返すよ」
「別にいいよこのくらい。ジョニー君にはいつもお世話になってるし」
あ、そうだ。
すっかり忘れていた。
柳瀬が本能使いか確かめるんだった。
しかし本能の匂いは全く・・・
「あ、あのさ柳瀬」
「んー?」
「うちの犬の名前、なんで知ってるの?教えたっけ、俺」
俺は恐る恐る聞いた。
「あーそれなんだけどね。えへへ、絶対笑わないって約束して?」
「え、なんで?」
「だって、普通笑うもん」
柳瀬はベンチに置いていた膝をまっすぐにし、
俺の前まで来て両手を後ろにした。
「笑わない。絶対」
「絶対だよ?」
「うん。絶対」
「んー。実はねー私、動物の言葉がわかるの」
やっぱりか。
いやここまではわかっていたことだ。
問題はこのあと・・・
「へー。いつから?」
「驚かいないの?」
「驚かないよ。だって俺もだし」
「えー。嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ。うーん、どうすっかな・・・ジョニー」
俺はジョニーを呼んだ。
気がつけば他にも散歩にきた人がいる。
何匹か走り回る犬の中に二匹の犬がこちらに走ってきた。
「なんだよ。もう帰るのか?今日休みなんだからもうちょっといいだろ」
「今コイツは『なんだよ。もう帰るのか?今日休みなんだからもうちょっといいだろ』って言ったんじゃないか?」
「え、すごい!ホントにわかるんだ!」
「だから嘘じゃないって言っただろ?」
こんなことはどうでもいいんだ。
とりあえずいつから動物の言葉がわかるようになったのかを聞かなくては。
「俺も最初びっくりしたよ。柳瀬はいつからなの?動物の言葉がわかるようになったのは」
そう聞くと柳瀬は少し黙った。
答えてくれるか?
少し焦ったが、柳瀬は口を開いた。
「ちょうど一週間前かな」
一週間。
だいたい俺と同じくらいだ。
俺は他の本能使いと接触したため成長は早いだけだが、
柳瀬の本能も成長しきっていてもおかしくはない。
「なあ柳瀬。俺になんかこう、他の人とは違うような感覚はないか?」
「え?他の人と違う感覚って?」
「なんかこう、もわもわってしたような・・・」
「あはは、湊君って面白い」
「いや、そうじゃなくてさ・・・」
とぼけているのだろうか。
だとしたら参ったな。
柳瀬がどこまで成長しているのかわからない。
「湊君は湊君だよ。他の人だってそうだし、確かに人それぞれ感じることは違うけど」
そうじゃないんだ。
そういうことを聞いているんじゃない。
しかしこれが本当に思ってることだとしたら、
恐らく成長はそこまでだ。
でもこれじゃあ本能が宿っているのかハッキリしない。
どうすればいいんだ。
「でも私たちすごいよね、動物の言葉がわかっちゃうなんて。きっと私たちだけだよ」
そうだ。
俺たちにしかできないこと。
柳瀬に本能が宿っているか調べるための、
もう一つの手段。
「柳瀬!」
「えぇっ?!」
俺は立ち上がった。
そして力を込めた。
あの犬のビジョンを出すために。
猿のヤンキーがやっていたことだ。
ちょっと真似させてもらうぞ。
「き、急にどうしたの・・・?」
あれ・・・
犬のビジョンはちゃんと出ている。
だが柳瀬は普通の反応をとった。
演技とも思えない。
ビジョンが見えていない・・・?
しかしこのビジョンは全く成長していない俺でも見ることができた。
なのに何故だ・・・
やはり柳瀬に本能は宿っていないのか・・・?
「湊君・・・?」
「あぁ、いや・・・なんでもない」
どういうことだ。
柳瀬に本能は宿っていない。
確かに柳瀬に本能の匂いは感じ取れないが、
だとしたらどうやって柳瀬は犬と会話をしているんだ。
「び、びっくりさせないでよ・・・心臓止まるかと思ったよ」
「うん・・ごめん・・・」
「あ、私そろそろ行くね。用事入ってるから」
「そうか・・・ごめんな」
「ううん、気にしないで。あ、連絡先交換しとこっか」
「うん。わかった」
俺は柳瀬とアドレスを交換し、その場で別れた。
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俺は電車に乗り、向かっていた場所があった。
和田の所だ。
柳瀬との連絡先を交換できたことは、
普段なら飛んで喜んでいるところだが、
今はそれどころではない。
和田に今日の朝あったことを話す。
そうすれば何か少しでも分かることがあるかもしれない。
「6051っと・・・」
俺は四桁の番号を入力し、ドアを開けた。
中に入ればいつものようにいくつかのモニターがつけっぱなしだった。
「和田さーん?」
俺は和田を呼びながら中に入っていく。
しかし和田からの返事はない。
どこかに出かけているのだろうか。
すると嗅ぎなれない匂いを感じ取った。
鉄・・・?
いや、しかしこの生臭い感覚は。
「血?!」
俺はいつも和田が出てくる扉を勢いよく開けた。
「和田さ・・・!?」
俺の目に映ったのは、
ゴチャゴチャに散らかり、大量の血で真っ赤になった部屋。
見慣れない光景と血の匂いで頭がどうかしそうだった。
「和田さん!和田さん!!」
中は普通の家のようになっていた。
俺は鼻をつまみながらキッチンからリビングまで探す。
和田の名前を叫ぶが、部屋に響くのは俺の声だけだった。
くそ、どこに行ったんだ。
恐らく何者かに連れて行かれたのではないだろうか。
そう思った時、この倉庫の裏口にあたるドアだろうか。
血で引きずられていったような跡が残っていた。
俺はそのドアを開け、外に出てみると血のあとは途中で綺麗になくなっていた。
しかしそこにはタイヤの跡がある。
車だ。
やはり和田はどこかに連れて行かれたのだろう。
せめて何かの跡でも残っていれば・・・。
そう考えたときひらめいた。
俺は倉庫の中に戻り、和田がガサゴソしていた引き出しをあさる。
「あった・・・!」
お目当てのものは見つかった。
鼻スプレーだ。
それを持って裏口から出る。
そして鼻スプレーを二つの鼻の穴に使った。
すると思ったとおりだ。
この血の匂いは道に沿って続いている。
俺は血の匂いを辿って走った。
5キロほど走ったろうか。
どうやら鼻スプレーの効果はそこまで続かないらしい。
血の匂いは感じ取れなくなっていた。
もう一度使おうと思い鼻スプレーを鼻に近づけた時、
奇妙な感覚を感じた。
この感覚は・・・
「インスティンクト・・・!」
この感覚は高根沢でも和田でもない。
他の本能使いだ。
俺は奇妙な感覚のするほうに顔を向け、大きく目を開いた。
するとそこには何かの工場のような建物があった。
俺は工場の門をくぐり、中に入る。
どうやらこの工場はもう使われていないそうだ。
そしてあの奇妙な感覚のほうへ進んでみれば、
何もない広い部屋に出た。
しかしこの部屋も血の匂いが酷い。
そして近くに本能使いもいる。
俺は鼻でそう感じ取った。
その時だ。
「み、湊君!?」
和田の声が聞こえた。
「和田さん?!」
声の聞こえる方を見れば椅子に縛られ、頭から血を流した和田がいた。
俺は和田の方に走っていく。
「ダメだ!湊君、こっちに来るな!!!」
横腹に激痛が走った。
そして俺の体は投げ飛ばされ、壁に激突する。
俺はそのまま地面に倒れこんだ。
「あはははははははははははああーーッッ!!!!!」
「湊君?!湊君!!!!」
和田が俺の名前を叫ぶ中、
不気味な笑い声が部屋中に響いた。