2.HABICHT-ハビヒト-
セットした目覚まし時計で目が覚める。
ヤンキーと超常的な喧嘩をしてから数日後の朝、腕の傷はすっかり治っていた。
時刻は5時半。湊 心がいつもより30分早く起きるようになったのはちゃんとした理由がある。
犬の散歩だ。
「よお」
「おぉ来たか。早くいくぞ」
俺は犬とこんな会話ができるようになっていた。
会話というよりは気持ちを読み合ってると言う感じだろうか。
口は開いていない。なんとなく思ったことで犬と通じ合うことができた。
もちろん最初は驚いた。
俺だけではなく、犬も驚いていた。
だが人間も犬も慣れというものは恐ろしく、こんなことは当たり前になってしまっていた。
「今日はちょっと遠いとこ行くか。時間あるし」
「ホントか!やったやったぜ!ジャーキー持ってきたか?」
「あるよ。財布も持ってきたから牛乳も買ってやれる」
「最高だぜー!ん、じゃああそこ行こうぜ!噴水のある公園!」
「あそこ行ったことあるのか。ベンチもあるしのんびりできそうだ」
「よっしゃああー!今日はとびっきり可愛いのをナンパするぜぇえー!」
表情を変えずに犬は喜んでいる。
話しながら10分近く歩いて目的地に到着した。
どうやらここは犬や飼い主に人気があるらしく、
朝早いというのに声やら鳴き声やらで賑わっていた。
「なあ!早くリード外せ!走り回りたくて仕方がねえ!」
犬に急かさせる。
そんなことしていいのかと疑問に思ったが、
周りを見れば首輪すらしていない犬もいた。
はいはいと適当な返事をし、リードを外してやる。
その瞬間に犬は走って可愛らしい犬の方へ走っていってしまった。
自販機でミルクティーを買い、ベンチに腰を下ろす。
こういうところで飲む飲み物は格別だった。
するとついさっき離したばかりの犬が落ち込みながら戻ってくる。
俺の足元までくると、おすわりをしながらしょぼくれていた。
どうやらナンパは失敗に終わったようだ。
「ジャーキー食うか?」
「いや、いい。・・・お前が食ってくれ」
「これ犬用だよ。お前が食え」
そういって下げた頭の下にジャーキーを投げてやる。
犬はペロペロと舐めながら徐々に食べ始める。
俺も二口目を勧めた時、犬は言った。
「こういうときでも、ジャーキーってのはうまいんだな」
少し笑いそうになったが堪えた。
犬に気を使うのは多分初めてだ。
「ほら。あっちにも可愛いのがいるぞ」
「どうせ振られるのがオチだ」
そうとう落ち込んでいるようだ。
「お前メンタル弱すぎだろ。ダメ元で行ってみろよ。成功したら今日の夕飯ジャーキーで皿を盛ってやるから」
「がんばる・・・」
犬はとことこと歩いてナンパに向かう。
ミルクティーをちょうど飲み干したところで犬は戻ってきた。
しかし一匹ではなかった。
ナンパ対象の可愛らしい犬も一緒にいるではないか。
少し驚いてしまった。
「なあなな心!この子ショコラちゃんって言うんだ!可愛いだろ!」
「飼い主様ですか?初めまして、ショコラと申します」
なんとシュールな光景だろう。
二匹の犬に話しかけられている。
「俺この子と付き合うことになったから!よろしく頼むぜ!」
「これからお世話になります。ご迷惑をかけることもあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「は、はい・・・ショコラちゃんね」
ショコラちゃんと別れたあとの帰り道。
ふと気になったことを犬に聞いてみる。
「なあお前。親父にはなんて呼ばれてるんだ?」
「わんこ」
どうやらちゃんとした名前がついていないようだ。
「名前いるか?適当でいいならつけてやるぞ」
「本当か?!そういや俺も名前っていうちゃんとした名前なかったなー」
本人、いや本犬も今まで気にしていなかったようだがパッと浮かんだ名前を言ってみる。
「ポチ」
「ありきたりすぎる」
「五郎」
「だったら太郎がいい」
「じゃあ太郎」
「ポチのほうがマシだな」
「ハイエナ」
「俺は犬だ」
「リューク」
「厨二病みたいだな」
「トム」
「そんなネズミを追っかけることしか脳のない猫みたいな名前は絶対嫌だ」
割と贅沢だなこいつ。
「ジョニー」
「おお!それいい!」
じょ、ジョニーだとぉ?
「ジョニーでいいのか・・・?」
「おお!ジョニー!いいね気に入った!こう、ビシッとした感じがいい!」
「そ、そうか・・・」
犬の名前はジョニーになった。
どっちかと言ったらジョンのほうがいいんじゃないかと提案したがそれも断られてしまった。
帰宅後、餌を盛り一本のジャーキーをやる。
長い道を歩いたからか、ジョニーはドッグフードをいつもの倍うまそうに食べていた。
「じゃあな。俺はいくぞ」
「おう!今日はありがとな心!また明日!」
犬に礼を言われた。
ちょっぴり嬉しかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そういえば最近鼻がよくきくようになった。
いつものように原付で駅に向かい、
電車の中で女子高生が使う香水が鼻をつく。
車内で揺れながらヤンキーとの喧嘩のことを思い出した。
あのビジョン。そしてみなぎった闘志はなんだったのだろう。
いろいろ試したいことがあった。
あのビジョンは他の人間には見えるのか。
もし見えないとしてそのビジョンで物体に触れることはできるのか。
そんなことができたら目の前に座っているオッサンのズレたカツラでも直してやろう。
だが、俺からあの青い犬のようなビジョンがでることはなかった。
学校につき、授業を受ける。
二時限目の体育の時間。今日はバレーをやるようだ。
俺は壁に寄っかかりながら地面に座り、友人と話していた。
すると突き指でもしたのか、一人コートから離れ体育館を出て行ってしまった。
コートに残った五人の内一人に声をかけられる。
「おい、そこで座ってるの。一人足りないから入れ」
「だってさ、心。呼んでるぞ」
「俺だけじゃないだろ。お前のことも呼んでるみたいだぞ」
友人と穴埋めの譲り合いをしていると、
足りなくなったチームの相手チームの一人から痛いことを言われた。
「こいよ湊。厨二病も治ったみたいだしさ」
ヤンキーとの喧嘩の時、俺は両腕に大きな傷を作ってしまったので、
二日間両腕を包帯ぐるぐる巻きにしていた。
いつもより傷の治りは何倍にも早く、三日目で包帯を外せたのはいいものの、
その二日間で厨二病などとチラホラ声が聞こえてはいた。
「どうするのー心。言われっぱなしでいいのかなー?」
「ああもストレートに厨二病って言われるとはな」
「やり返してやろうぜー心。調子に乗られっぱなしじゃあ悔しいだろ」
「いやあいつバレー部だし。行っても返り討ちにあうのがオチだ」
すると厨二病といってきたバレー部は言った。
「あれれーやっぱ厨二病はキモイカッコつけ方しかできないのかー。こういう場じゃあ怖気付いて腰を抜かしてやがるぜー」
大いに腹がたった。
だがここは放っておくほうが一番だろう。
負けて恥をかくよりはここで座っていた方がマシだ。
「なー心。言われっぱなしでいいのかよ」
「知らねーあんなの。放っておけ」
「勝ったらジュース奢ってやるからさ。一回いってみろよ」
「うるせ。黙っとけ」
そんな会話をしている時、俺の耳元で風を切る音が聞こる。
時間差はなく、壁にボールがぶつかる音が体育館に大きく響く。
バレー部は俺と友人の間にボールを投げてきた。
「うっわ。あぶねえー・・・当たったらどうすんだあいつ」
友人が冷や汗を流しながら言う中、バレー部はケラケラと笑ってる。
俺の中でプツンと何かが切れる音が聞こえた。
「なあ、勝ったらジュース一本だよな」
そういって俺は立ち上がった。
バレー部を睨みつけながらコートの前衛に入る。
「あ、あれ・・・行っちゃうの?負けてもしらねーぞー?」
友人に声をかけられたが気にしなかった。
相手チームがサーブを打ち、試合再開。
味方がボールをとり、ボールは宙に浮く。
だが、ボールが描いた放物線は相手コートに戻っていくものだった。
相手チームはそれを楽に拾い、ボールが向かう先は、
バレー部が高く飛んだ先だった。
この時わかるのはスパイクがくるということだろう。
コイツの性格に限ってフェイクは多分ない。
俺は考えをまとめブロックに入る。
バレー部が振り下ろした右手はボールに命中し、
スピードを纏ったボールがネットを越えた時、
体育館内の人間がポカンと口を開けて見入ってしまうことが起こった。
飛んでくるボールは速かった。
しかし、俺にはそのボールがまるでスローモーションのように見えた。
俺は手を挙げていた。ブロックのためではなく、
打ち返すために。
振り下ろした手は見事にボールの中心を叩いた。
ベチンと大きな音を立て、俺が打ち返したボールは正面を向いた鏡が光を反射するようにバレー部の顔面に飛んでいった。
ベチン。この音は二回続いた。
二回目は言うまでもなく、バレー部の顔面から出ていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お前運動神経よかったんだな」
財布を覗きながら友人が言う。
「おー。よかったんだな俺」
「お前そんなに運動神経いいなら運動部入ればいじゃん」
「いややめとく。てか今の時期運動部入れないだろ」
友人が財布から出した100円で買ったいちごオレを飲みながら、
友人の提案を断った。
「お前なんで高校で運動部入らなかったんだよ。中学までやってたテニスは限界感じたとか言ってたけどやっていけただろ」
「いや多分運動神経が良くなったのは三日前だな」
「ああ?どういうことだそれ」
友人に質問を受けながらも考え事をしていた。
恐らく俺の身体能力が大きく高くなったのは三日前だ。
よく考えれば最近鼻がきくようになったのも、
犬と心を通じ合えるようになったのも、
ヤンキーが言っていた本能というものが関係しているのではないだろうか。
そう考えるとこの本能というものはとても便利だと思った。
ぶびぃー。
「あ、悪い屁がでた」
友人が謝ってきた。
「きたねえな。便所で・・・・」
屁はとてつもなく臭かった。
これも本能によって鼻がきくようになったらなのか。
本能というものはいいことばかりではなさそうだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
しかし本能で身体能力が上がるというのはどういうことだろう。
学校からの帰り道。少し疑問に思っていた。
本能というのは、犬に例えるなら主人を守る。
猫だったら餌に寄るとかそういうのもじゃないのだろうか。
だが俺には守ろうと思う感情はあれから起きていない。
守ろうと思う対象の人物がいないから。だったりするのか。
それとも、そもそも俺の本能というのもは犬なのだろうか。
しかしあの時見えたのは確かに犬のように見えていた。
そしてもう一つ。
本能で何故身体能力が上がるのかということ。
本能というのはその時についとってしまう行動や
生まれつき身に付いた性質などを指すのではないのか。
それともヤンキーがただ本能と呼んでいただけなのか。
疑問はどんどん大きくなっていく。
そんな中俺は足を運んだ場所は、
ヤンキーと喧嘩をし、あのビジョンが見えた線路を跨いだ道路の下。
鉄を擦らせる電車が大きな音をたてていた。
「君か。あの猿をやったのは」
電車が過ぎ去った後に声が聞こえた。
振り向けば優等生校の制服を着た身長180はあるであろう男が立っていた。
「ようするにお前も本能使いか。何しに来た」
頭が高い位置にある恐らく知能も高いであろう優等生に問いかけた。
「本能使い。か・・・悪くないな。その呼び方」
俺はもう一度聞いた
「何しに来たって聞いてるんだ。質問に答えろ」
「先に質問したのはこっちだ。君が先に答えるべきじゃないのか」
俺はコイツに口論では勝てないようだ。
少し焦った俺は質問に答えた。
「猿をやったかって質問だったな。そうだな、確かに俺はあいつを殴り倒した」
「なるほどね」
「だったらなんだって言うんだ。お前も、あの猿みたいに飛びかかってくるのか?だとしたら腰抜けもいいところだ。あの猿じゃなく、本能を使い慣れてない俺を狙ってくるんだから」
「口の数は猿に劣っていないな」
やはり口論では勝てない。
それ以前にコイツは冷静すぎた。
両手の拳をキツく締めている俺に対し、
優等生は両手をポケットに。だた吹いている風を涼しそうに感じているようだった。
「いつもは放課後さっさと家に帰る猿があの日だけ駅で待ち伏せていたからなんだと思ったらあんなことが起きるんだもんな」
優等生は口を動かし続けた。
「猿は他に本能使いが現れないかずっと待っていたよ。恐らく力試しがしたかったんだろう。そんな中君を見つけたんだろうな。多分君を見つけたのは朝だ。そして放課後駅で待ち伏せ、声をかけた」
「口の数ならお前も負けてねえじゃんかよ」
一本とってやった。
だがこの発言はまずかったかもしれない。
優等生の口を止めてしまった。
続きが気になる。
しかし聞くことは少し難しくなってしまった。
仕方ない。そう思い俺は別な質問をした。
「ようするにお前らは一度戦ったことがあるってことだよな」
「いや」
意外な答えが返ってきた。
猿のヤンキーは力試しがしたくて他の本能使いを探していた。
そしてこの優等生も本能使いだ。
しかも優等生は猿のヤンキーが本能使いだと知ってる。
なら猿のヤンキーもコイツが本能使いということを知ってるわけじゃないのか。
なのに何故、ヤンキーと優等生は一度も戦ったことがないんだ。
理解ができない。
頭の中を整理しようとした時、優等生は言った。
「本能使いを見分けるポイントを教えてやろう」
そういって優等生は緑色のビジョンを浮かせた。
凄まじい迫力だった。
優等生の迫力は大きな風を起こした。
風によって閉じかけていた目を開くと、
そこには鳥のようなビジョンが見えた。
風が止むころ、優等生は口を開いた。
「こいつが見える。それが本能使いの印だ」
優等生が言った本能使いを見分けるポイント。
それは呆れるほど簡単だった。
「見えてるってことはそういうことだろ」
猿のヤンキーが言っていた言葉を思い出した。
だがこれだけでは本能使いを見分ける機会は限りなく少ない。
ようするにこのビジョンを出さない限りは本能使いと知ることはできないからだ。
「見分けるポイントはもう一つあるが、今の君に教えても意味がない」
「じゃあお前がいうもう一つのポイントってやつで猿を本能使いだって見分けることができたってことか」
「いや違う。今君に教えたポイントで見分けた」
「どうやってだ。どちらかがそれを出さない限りは絶対わからないだろう」
「あの猿は奴の本能をむき出しにして出歩いていた」
ようするに猿のヤンキーはあのビジョンを出して歩いていた。
それを優等生がみたから猿のヤンキーを本能使いと見分けることができたということか。
しかし何故猿のヤンキーはビジョンを出して歩いたのだろう。
疑問に思ったとき、優等生はそれに答えるように言った。
「猿は本能使いを探していたんだ。ようするに奴の本能が見えた奴、例えば奴の姿を見て驚いたり焦ったような素振りを見せたやつが本能使いだ」
「むちゃくちゃだな・・・」
「さすが猿ってところだな」
俺と優等生は少し笑った。
だがお互いに警戒心を解いたわけじゃない。
いや、優等生は元々警戒なんてしてないようにも見えた。
それとは正反対の俺は頬から汗が流れ落ちる。
「ちなみに猿が君を本能使いと判断したのは二つ目のポイントだ。さっきも言ったように教えても意味がないがな」
「一応聞かせろよ。そこまで成長したら納得がいくだろう」
ため息をついた後、優等生は口を開いた。
「そうだな。僕から言わせてもらえば、本能使いを見るだけでそいつが本能使いだということがわかる」
「何?」
それでは一つ目のポイントはもはや必要ないじゃないか。
しかし一応納得はいく。
確かに猿のヤンキーはビジョンを出していない俺を本能使いと見分けることはできていた。
そして俺自信、奴の猿のビジョンをみたのは戦った時初めてだ。
「だから僕はあの猿が本能を身につけたとわかった瞬間距離をとった。本能使いとバレると面倒だからな。そして奴を観察した。今後どういう行動をとるのか少し興味があったからね」
観察か。
どうやったのか聞いてみたい。
「猿のヤンキーに気付かれないように観察したってことか。一体どうやったんだ?」
「鷹ってのは目がいいんだ。覚えておいても得はないけどね」
ようするにコイツの本能は鷹だ。
その鷹の本能を生かし猿の目の届かない場所で観察したってことか。
気味が悪いぜコイツは。
「んー、まあそんなところだ。君に話すことはもうないかな」
「ちょっと待てよ」
「ん?」
「話すことがなくなったところで話題ふるぜ。お前、何しにきた」
「ふっ、その質問か。そういうえば答えてなかったね」
間が空いた。
この時優等生は何を考えていたのだろう。
風で髪を揺らしながら少し笑っていた。
「そうだな。君に忠告しにきた」
「忠告?」
「そうだ。もし君が見るだけで見分けられるまで成長した時への忠告だ。僕は猿がいなくなったのを機に普通の生活に戻る。その時君と接触し猿と同じような行動をとられるのは目障りだからね」
思わず歯ぎしりをした。
コイツは俺をとことん下にみている。
俺はそれを許すことはできなかった。
「本当にそれを目障りと思っているならお前がこうして俺の目の前に現れたのは馬鹿でしかないな。俺に殴られるのを少し早くしただけだ」
「まさか今君は僕と戦おうとでも考えているのか?それこそ馬鹿だ。君はまだ成長しきっていない。そんな段階でまず勝てるわけはないだろ」
「んなもんやってみなきゃわかんねえ。試してみようぜ」
俺は犬のビジョンを出した。
出せた。今この瞬間、このビジョンの出し方をしっかりとマスターした。
ビジョンを噛み付かせる。
ドクン、ドクン
あの時の感覚を思い出す。
目の前にいるやつを殴り倒してやろうと思う闘志が蘇った。
「はぁ・・・」
ため息が聞こえた。恐らく優等生だろう。
俺が顔をあげた刹那、
優等生はまっすぐに向かってくる右手の突きは俺の胸部に向かっていた。
「リンクするのが遅いね。やはり僕には勝てない!」
「お前のパンチもタラタラじゃんかよ!」
俺は優等生の突きを治りたての両腕で抑える。
しかし、俺の防御は弾かれ、
体は3m先に飛ばされるがバランスを整え両手両足を使って地面に起つ。
攻撃は続いた。
二発目に飛んでくる突き。次は掴んで握り潰してやる。
そう思って掴みにかかった右手はパシィッと音を当て、またしても弾かれてしまった。
二発目の攻撃によって大きくバランスを崩す。
このままだと背中を地面に打ち付けてしまう。
俺は右足を引き、地面への強打を避ける。
優等生を視界に入れなおした時、既に三発目がきていた。
三発目も突き。機動を読む限り向かっているのは俺の顔面だ。
よろけながらも俺は顔を左にずらした。
優等生の突きはビュンッと音を立て、俺の顔の右側を過ぎていった。
優等生の腕が伸びきったところで両手で止まった腕を抑えた。
「この力、ありえねえだろ・・・鷹のどこにこんな力があんだよ!」
「腕さ!つまり羽!鷹ってのは羽を使って飛び続ける!ようするに飛んでいる間体をバランスを保ちながら支えているのは羽なんだよ!そしてこれが・・・」
優等生は叫ぶように言った。
この突きは鷹の腕力だと。
しかし人間で言うなら足と同じだ。
ここまでの力があるとは思えない。
そんなことを考えている内に俺の右の頬にパックリと傷が入った。
「嘴の貫通力・・・!」
抑えていた腕は俺からみて左側に振られた。
その動作によって見えた優等生の手は見入ってしまうほど鋭く、剣のようだった。
俺が作った隙を優等生は見逃さない。がら空きの腹に蹴りを入れられ、
俺はコンクリートの壁に背中を打った。
「鷹の腕力と嘴の貫通力を合わせるとどうなるか理解できるよなあ?!」
優等生が振った腕は形をくの字に変わり、
四発、いや五発目の攻撃は紛れもなく突きだった。
そう、本当の“突き”
またしても顔面に飛んできた突きを左手で受けながら顔を右にずらす。
風を切りながら飛んでくる突きは俺の顔の左側を進み、
コンクリートに突き刺さった。
ボロボロとコンクリートの一部が砕かれ、崩れ落ちる音が聞こえる。
次の攻撃に入ろうとしているのか、優等生は不気味な笑みで俺をみていた。
「くそぉ!」
俺は歯を食いしばった。
俺が一発目に食らわせた攻撃は頭突きだった。
優等生の腕はコンクリートから離れた時。
ヨロヨロとバランスを取り直そうとした優等生の顔面に右手でパンチを入れてやる。
飛ばした拳に障害物になるような防御はなかった。
本能の力を生かし、優等生の顔面を叩く。
はずだった。
優等生の体から鷹のビジョンがでてきた。
鷹は嘴で俺の右腕を突いた。
痛みはなく、俺はそのまま優等生の顔面を殴った。
しかし優等生は本当に殴られただけ。
俺は優等生が2~3m飛んでいくのを予想したが、体はそのまま。
ただ優等生の顔が殴られた方向を向いただけだった。
「ど、どういうことだ・・・」
「君の本能を削り取った」
本能を削りとる。
優等生は確かにそういった。
「削り取るって・・・どうやって」
「知らないようだから教えてやるよ本能を」
優等生は言い続けた。
「本能ってのは本能使い以外には見えない。これはさっき言ったがそれだけじゃないんだ。本能は物体に触れることはできない」
試そうとしたことは実行することなく結果がわかった。
「ようするに本能ってのは日常生活じゃあ全く役に立たない。身体能力を高めるってこと以外はな」
俺が気になっていたことは減っていった。
「だが本能が触れることはできるものがひとつだけある」
俺は思ってもいないことを耳にした。
本能が触れられるものがある。
それは一体何か。答えはすぐにわかった。
「本能が触れられるもの。それは・・・」
それは意外なものだが納得がいくものだった