13.CAMARADA-カマラダ-
「心ー。またボーっとしてるよー」
「おわわ…」
朝のジョニーの散歩。
俺はいつものように公園のベンチで美沙と二人で座っていた。
「まだ何かに悩んでるの?」
「いや、悩んでるっていうか…本当にこれでよかったのかなっていうか…まあ悩んでるか」
俺は昨日、インスティンクトの協力者と言う立場から降りた。
本当なら今、美沙とこうやって話すことはできていないだろう。
インスティンクトに協力しない本能使いは本能を抜かれ、
それに関する記憶を抹消される。
本能が宿ってからの記憶を抜かれれば美沙との思い出もなくなっている。
だが少しの期間だけ俺は記憶を失わずに生活をする許可をもらうことができた。
「後悔してるってこと?ふふっ。心はいろんなことに後悔してるよねー」
「笑い事じゃないよ全く。本気で悩んでんだ俺は…」
「早く解消できるといいねっ」
「ん」
ふと、疑問に思ったことがあった。
「美沙ってあれだよな。人が悩んでるのがわかる割には何を悩んでるのーとか聞いてこないよな」
「え?んーそうかも」
「ひょっとして何に悩んでるかもわかるとか…?」
「あははっ。そういうのいいね」
「だよなー。なんで聞かないの?」
俺がそう聞くと美沙は膝の上の手に持ったピーチティーを見つめて言った。
「聞かれたくないような悩みだったら聞いたら悪いなーと思って。」
「聞かれたくない悩みの話だったら話題にしないぞ普通」
「じゃあ聞いて欲しい悩みなの?」
「いやそういうわけじゃないけど…」
「冗談っ。じゃあ聞いていい?」
「んー…」
そうくるかー
でもいつまでも隠してるのもな…
記憶が関係すると話さなきゃいけない話かもしれないし。
「いや、だめかな」
「そっか…」
美沙は残念そうに笑った。
多分この笑顔は作られたものだ。
でも美沙は誤解しているんだろうな
まあ俺がそういう言い方をしたからなんだけど。
「俺から言いたい。だから、聞いてくれないかな。俺の悩み」
美沙は顔を上げ、目を大きくして俺の顔を見た。
するとすぐにまん丸の目を閉じて嬉しそうに笑顔で言った。
「うんっ」
この笑顔は作られたものじゃない。
自然にできたものだ。
なんでわかるかって、なんていうんだろ
美沙が嬉しそうにしてると俺も嬉しくなるんだ…うん。
「あ、でも明日な。話すと長くなるから。学校に遅れないように」
「わかった。」
俺は明日の時間が縛られない土曜日に約束事を作った。
ついでにどこかに行こうかな。二人でちょっと遠いところにでも…
ーギュッ
急に俺の左腕に締め付けられるような感覚が走った。
…え
「なにやってるの…?」
「嬉しくなっちゃって」
俺の左側に座っている美沙は
俺の左腕を抱きしめていた。
「ああー、あの、こういうのって…」
「迷惑かな…?」
「全然」
即答した。
左肩に乗った美沙の頭からシャンプーのいい香りがする。
気が付けば俺の左手は美沙の手と貝殻のように繋いでいた。
もう、いつまでもこうしていたい。
「明日、どっかいくか」
「うん。楽しい思い出作ろう」
思い出、か。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この思い出も記憶を消されればなくなってしまうのだろうか。
俺は登校の途中、電車の中で揺れながら朝の出来事を思い出していた。
美沙が思い出と口にしてから考え出したことがある。
俺が記憶を消させるのは絶対に免れない。
恐らく美沙もだ。
それなら思い出なんて作らず、もう関わらないほうがいいんじゃないか。
明日俺が悩んでいることを言う必要もない。
最初はなーんてな。なんて言うように、
冗談で考え出したことだが、本気で考え出してしまっていた。
これ以上思い出を作ってしまえば、
記憶を消す時にただでさえ抑えるのに難しい
抵抗したいという気持ちが大きくなってしまう。
そうなれば和田さんたちに迷惑もかけることになる。
そう思うと、記憶を消されるまでの美沙との関わりを考えてしまう。
過去に美沙に宿った本能が暴走した時を思い出すと尚更そう思う。
関わっていなければ最初から記憶のことでこんなに悩んでいない。
んー。なんか俺最低だな…
でも俺はそんなことを考えてしまうほど、この記憶に悩まされていた。
せめて美沙の本能が抜けた時にちゃんと美沙の記憶も失くなっていればな…
あの時はちゃんと覚悟して美沙の記憶を消すつもりで本能を抜いたし、
また似たような気持ちにならなきゃいけないなんて
ていうか、それって和田さんが記憶を消さなかったってことだよな。
なんてことしてくれるんだよ和田さん。
ありがた迷惑ってやつだよこれは
藤原が言っていた優しいけど残酷と言っていたのを改めて納得した。
しかし美沙の記憶を消さなかったとこに何か目的でもあったとしたら。
あるとしたら何だろう。
人質…?
というのは美沙の命ではなく美沙の記憶というほうで。
まさか…な。
でも藤原は本能使いの本能抜きのためなら
手段を選ばないみたいな言い方していた。
ひょっとしたら有り得るかもしれない。
しかしそうだとしたらどのタイミングで人質を口に出すだろう。
俺だったら協力者をやめると言ったタイミングで…
いや、考えすぎだな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
昼休み。
本田の話を退屈に聞いていた。
コイツは女の話ばっかなんだよな。
つまんないわけじゃないけど何回も聞いてると飽きるわ。
「おい心。何考えてんだよ?」
「ああ?お前もわかるのか?」
「何をだよ?」
「ごめんミスった」
「だから何をだよ」
てっきり本田まで俺が悩んでいることに気付いたのかと思った。
「お前最近変だぞ?」
「お前も変だよ」
「性格とかそういう話じゃねえって」
「そこまでは言ってないぞ俺は」
本田が言ったことを適当に流し、
俺は立ち上がって教室を出ようとした。
「おいー。どこいくんだよ心ー」
「飲み物買ってくる」
自販機の前に立ち、100円玉を入れる。
俺はいつものようにいちごオレを買う。
学校の自販機で買う時はパックの飲み物と決めていた。
何故なら100円玉からお釣りがでるからだ。
俺は自然とお釣りを取ろうとする。
あれ…
俺の手にコインを掴むような感覚はない。
中を覗いても、ない。
俺は困った時のレバーをガシャガシャさせるが、
何も起きない…
え、え、…どういうことだよ?
俺はふといちごオレの値段をみてみると…
「はあああああああああああああ???」
いちごオレのボタンの上にある数字は3桁になっていた。
俺は気分を悪くしながらストローを
口にくわえて廊下を歩いていた。
何が気分を悪くしたかって、
言うまでもなく値上げのことだ。
あのお釣りを掴む感覚がないまま自販機をあとにするのは
なんというか落ち着かないというか…
それだけじゃない。
こんな小さなことで声を上げ、
廊下にいた生徒の視線を集めてしまったことだ。
本当にちっちゃい男だ俺は…
「湊君」
後ろから俺の名前が聞こえた。
呼ばれたほうを振り向いてみれば、
高根沢 沙由梨が立っている。
あーしまった!!
高根沢弟のほうに聞かなきゃいけないことあったんだっけか!
すっかり忘れていた。
「すまん!実はまだ聞いてないんだ。次会ったら絶対に…」
「しらない?」
「え、」
「京、知らない?」
「知らないって…え」
俺はストローをくわえた口をポカンと開け、
大きく目を開く。驚いて。
俺の目の前にいる高根沢は泣いている。
ちゃんと顔をみるまで泣いていることに気づかなかった。
眉を曲げながら閉じている瞳からは
押しつぶされたスポンジのように涙が溢れていたんだ。
「ど、どうした…?何かあった…」
「京を知らないかって聞いてるのよ!!」
廊下のにいる人間の視線が集まった。
注目の的になるのは本日二度目だ。
「京が…京…」
「お、落ち着け!!とりあえず…」
俺は高根沢を屋上に連れ出した。
前に俺が引っ張られてボタンが取れた場所。
「どうしたんだよ?」
「京が帰ってこないのよ」
「帰ってこない?昨日?」
「そう」
えええー。
それだけかよ。
思わず声に出すところだった。
「別に大したことじゃないんじゃないか…?友達の家にでも泊まったとかさ」
「初めてよ」
「何が?」
「京が何も言わないで帰ってこなかったのは」
「普段は帰ってこない時は必ず連絡してたのか?」
「そう」
「そんなに心配することなのか?」
「だって今までそんなことなかったのよ?何かあったのかな…」
うっわなんかすごい気分。
あの高根沢が泣きじゃくって人の心配してるのか。
意外すぎる一面だよ。
しかしここはちょっと心を鬼にする感じで。
「でも最近アイツはお前のこと避けてたんだろ?連絡しないことぐらい別に気になんないけどなー…」
「連絡は私じゃなくて親にするものでしょ?私を避けてることなんて関係ないわよ」
「あー…確かにそうだけども」
「ほんとにどうしたんだろ…連絡もつかないし」
「電話繋がらないのか?」
「繋がってたらこんなに心配してないかもね」
「あー、はい。」
連絡もつかないのか。
まあ、最初から予想していたけど
多分インスティンクト関係だな。
「とりあえず家に帰ってからだな。普通に学校から帰ってくるだろ」
「なんで昼休みのタイミングでアンタに話したと思う?」
「え、んー…なんで?」
「さっき親に電話したのよ。京から連絡あったかどうか」
筋金入りの心配性だなこれは。
前になんかあったのか…?
「聞いたら連絡がないどころか学校にも来てないって担任から連絡があったって」
「ん…」
学校に行ってない…?
担任から連絡がくるってことは高根沢弟から連絡してないってことか
連絡もできない状況ってことなのか。
まあ家に連絡してないならおかしくはないか。
ただ俺が考えていたのは、
連絡する必要がないから連絡をしなかったということで、
連絡ができないから連絡をしなかったではない。
学校に連絡しなければ学校から家に連絡がいくのは当たり前だろう。
そんなの余計心配されるに決まってる。
高根沢弟ならそんなことをわからないわけがないと思うのだが…
多分連絡ができない状況ってことで間違いないだろうな。
…今回の相手はそんなに手強いってことか。
でも連絡くらいはできるよな。
何かあったのか。高根沢に…
「ねえ湊君、私どうすればいい?」
「んー、どうすればって…」
と言ってももう俺には関係ないことだ。
もうアイツらとは縁を切ったようなもの。
協力し合ってた仲間とじゃなくてもう他人だ。
仲間…か。
いってしまえば最初から仲間だったかどうかも疑わしいことだけど。
「一応聞きたいことがもうひとつあるんだけどいい?」
「なんだよ…」
「京の手のこと、何か知ってる?」
「手…?」
手ってなんだ?
なんのことだよ。
「知らないならいいんだけど。京、手に包帯巻いてたのよ…聞いても何も教えてくれないし」
思い出した。
三日前に和田さんの部屋に行く時だ。
アイツ確か左手に包帯グルグル巻いてたな…
大丈夫なのか?
そんな状態で本能使いの相手なんて…
いや、俺にはもう関係ないんだってば
そんなこと心配したって…
「もう私どうすればいいのかわかんなくなっちゃって…」
仲間じゃないんだから。
もう、仲間じゃない。
「決めた!私、早退するわ!心当たりのある場所にいってみる」
仲間じゃ…
「ちょっと先生のところに…」
「とりあえずこっちこい」
「え…?」
俺は高根沢の手を引っ張って屋上を出る。
階段を降りて向かったのは保健室。
ドアと開けて中を覗いてみると、先生はいないようだ。
俺はそのまま高根沢の手を引き、
ベッドに座らせた。
高根沢は不思議そうに俺の顔をみている。
「とりあえず休んで落ち着け。そんなんじゃ次の授業でれないだろ」
「落ち着けないわよ!京が心配だって…」
「心配すんな!!」
俺は少し大きな声で言った。
高根沢はビクッとして瞳から一滴の涙をこぼす。
「もう心配しなくていい」
保健室の入口まで歩き、ドアに手をかけた時。
「ねえ、まって。まさか…」
「お前が探しに行かなくてもいいよ。だから寝てろ」
「湊君…」
俺は保健室のドアを閉めた。
同時に、昼休みが終わる五分前を知らせる
チャイムが学校中に響いた。
俺は歩きながらポケットに入れといたケータイを取り出す。
電話帳を開き、和田の名前をタップした。
何回かコールして出るのを待ったが、和田の声を聞くことはできなかった。
高根沢の話を聞いてからいろいろ考えたが、
嫌な予感しかしないんだ。
和田も電話にでないし尚更。
しかしどうすればいい…
どこにいるのかわからないんじゃあどうしようも…
ーキンコンカンコン
授業始まりのチャイムだ。
マジかよ。いろいろ考えてると五分なんて
あっという間だな…
俺は廊下を走り、自分の教室を目指した。
廊下には俺の足音だけが響く。
階段を上がって三年の教室が並んだ廊下へ。
そこから俺の教室まで歩いて向かい、ドアに手をかける。
開けづらい。
俺は大きく息を吸い、吐くと当時に
スライド式のドアを動かした。
ーバッ
あー…
本日三回目。
教室にいる生徒は先生を含め、
全く同じタイミングで俺を視界の中心に入れた。
俺は気にしないフリをして自分の席まで歩く。
すると教卓の前に立つ先生が口を開いた。
「湊。何か先生に言うことはないのか?」
ああ、ある。
言ってやるよ。
俺は机にかかった俺のバッグを手に持った。
そしてもう一度、大きく息を吸い…
「早退しまァァァァァァアアアアアアアアす!!!!」
同時に教室の出口にダッシュした。
「は?お、おい!こらああああ!!!」
廊下に出て走って階段まで向かう。
すると正面に頭の光った先生がこちらに向かって歩いていた。
多分他のクラスの授業に遅れてきたんだな。
この先生よく遅れてくるし。ありがたいけど。
そんなことを考えているとさっき俺が出た教室から先生が飛び出し、
大きな声で叫ぶように言った。
「湊ォォオ!あ!!せんせーーい!!そいつ捕まえてくださぁぁああい!!!」
その声を聞き、俺の正面を歩く先生は
頭を光らせながら手に持った荷物を廊下に置き、
サッカーのゴールキーパーのように両手広げた。
眩しい。
「湊君。ここまでのようだね」
めんどくせえし眩しい。
まあこれくらい本能の宿った俺にとっては…
ーガシィ
あれ…
俺は軽々と頭の光った先生に捕まってしまった。
「ぬっはっは。長年アメフトを極め続けた私にかかれば。残念だったね湊君」
アメフト部の顧問かコイツぅぅぅぅうううう!!
前にアメフト部の高橋って奴が
『アメフト部の“閃光の壁”がやばい』とか言ってた気がするけど
コイツのことかよ!!眩しすぎるぜ!!!
「さあ、湊君。教室に戻って…」
「うるっせえんだよ!ハゲてる場合じゃねえんだ!!悩み無用にでも電話かけてろ!!」
「えぇ…」
俺がそう言うと閃光は力を緩めた。
俺は閃光の体をすり抜け、階段をジャンプするように降りる。
「許さねえぞォォォオオオ!!指導だぁああ!!!指導にいれてやるうううう!!!!」
ええええーマジかよ…
言いすぎたかな…
しかし今は気にしてる場合じゃない。
最初からわかってたじゃないか。
アイツらはちゃんとした仲間だ。
和田さんが美沙の記憶を消さなかったのだって
人質とかそんな理由なんかじゃない。
俺のためにインスティンクトのルールを破ってくれたんだ。
俺たちの思い出を守ってくれたんだ。
ホントに馬鹿だ俺は…
早くいかなきゃ。
“仲間”のところに…!
俺は靴を履き、校門を抜けた。




