12.DECISION-デシシオン-
「湊 心君だね?」
由佳を連れ去ろうとしている白衣の男は
こちらに歩きながらそう言った。
何故俺の名前を知っているんだ。
思わず一歩、後ろに下がってしまった。
嫌な汗が頬を流れていく。
白衣の男はポケットに突っ込んでいた手を出した時、
俺は本能を出し、リンクへの準備をした。
「やっぱり!その本能は湊君だ!和田から聞いてるよー!」
「え…?」
白衣の男は高笑いしながら言った。
思わず眉を歪めてしまう。
「だ、誰だ…?なんで俺と和田さんを知ってる…」
「そりゃあ和田のことはもういいってほど知っている!君のことは、これからだけどね!」
白衣の男は大きな声で言った。
「誰だって聞いてんだ!!近づくな!!」
俺がそう叫ぶと白衣の男は驚いたような顔で
足をピタッと止めた。
「ご、ごめん!そういうつもりは全く…。自己紹介だよね!ちゃんとするから本能しまってくれ!!」
白衣の男は叫んだ俺の声に劣らず
大きな声で言う。
「俺は藤原!和田と同僚の人間だ!!」
「証拠は?!」
「証拠!?」
白衣の男は慌てて体中のポケットをガサゴソとしている。
少しするとハッとひらめいたような表情で
「湊君!君ここまで鼻スプレーを使ってきたんじゃないか?!」
確かに。
だがそれだけでは…
「あのスプレーは俺が作ったんだ!鼻で感知するタイプの本能使いが味方につくと聞いてすぐに用意した!」
白衣の男は腕を組み、考えながら言う
「そうだ!和田の部屋に鍵がついているんじゃないか?!暗証番号をあてよう!う~ん。あいつのことだからなー…」
俺は白衣の男を睨んだまま次の言葉を待つ。
「あっははー!実は奴の部屋に入ったことなくてさー!多分なんだけど、6051じゃないか?」
正解だ。
俺は少し驚いてしまった。
「お!どうやら当たったようだね!!これで俺も正真正銘のインスティンクトって信じてくれるかな!」
“インスティンクト”
この男はインスティンクトについて何か知っている。
聞き出せるか?
しかしこいつらの匂い、どこかで…
「あれー!まだ信じてくれてないのかな?そうだなー、和田の本能はカメレオンで匂い探知されないように香水を使ってて…」
うーん、多分敵ではないだろう。
なんとなくそう思ってきた。
「和田は下の名前にコンプレックスをもってたな!その名前はー…」
「あの、」
この男を信じるわけではない。
ただ今はどうしても知りたいことがあった。
「なんでしょ!」
「インスティンクトについて、聞かせてもらえますか?」
白衣の男は両手をポケットに入れ、
安心したような顔で言った
「いいよ。立ち話もあれだし、乗りなよ」
車に乗る必要はあるのか。
俺の中に迷いが生まれた。
乗るべきか、乗らないべきなのか。
車のほうへ目を向けると
スーツを着た男が由佳を後ろの席に丁寧に寝かせ始めた。
どうすればいいんだ。
ープルルルッ
ケータイの着信音が聞こえた。
俺ではない。
白衣の男はポケットに突っ込んだ手を引き抜き、
着信音のなったケータイを取り出した。
「失礼」と一言言ったあと誰かと通話をし始めた。
「どうした?…あー、ごめん。見つかっちった!…おう、おう、…まあ仕方ないさ!…それに彼、もう何か知ってるみたいだぞ!…」
白衣の男はいちいち声が大きかった。
癖なのだろうか…。
「…んじゃ!任せて!!…ついでに送ってくから!…それじゃ!!」
ケータイをポケットに戻し白衣の男は言った
「いやー!すまない!和田からだった!まだ疑ってるなら履歴みせようか?!」
「いえ大丈夫です」
もう疑いようがない。
とりあえずこの人は敵ではない。
なんとなく、俺はそう信じることができた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
車の中には運転席にもう一人、スーツを着た男が乗っていた。
俺は走る車の中で、
白衣の男、藤原にインスティンクトについて聞き出した。
「で、君はインスティンクトの何が知りたいんだ?」
「全部です」
「全部…?」
さっきまで大音量だった藤原の声は
車の中に入ると安定していた。
「全部っていうと、うーん…」
「それじゃあ。んと、インスティンクトって何なんですか?」
「そうだなー…一言で言えば本能使いをこの世から消し去るための組織ってとこかな?」
なんだろう。そこまで驚かなかった
そんな…というよりは、
何故かやっぱりか。に近い感情だ。
多分、この人が敵じゃないと思った時から
なんとなく俺は由佳が言っていたことが本当なんじゃないかと
思っていたんだと自覚していた。
「和田からは聞いてなかったの?」
「何も」
「そうかー。まああいつはそういう奴だからなー」
「…」
「でもこれくらいは聞いていたんじゃないか?世界がおかしな方へ進まないために動いている。って」
「あー…言ってましたね」
「それは本当だ。我々は世界平和を望んでいる。こんなおかしな能力が世界中に広がってしまえば大変なことになる」
「あの、なにか証明になるものはないんですか?なんというか、信じたくない気持ちもあって、その…」
俺がそういうと藤原はポケットから
藤原の顔写真がのった一枚のカードを渡してきた。
カードには“INSTINCT”と書かれている。
「私の身分証明書だ。インスティンクトって書いてあるだろ?それが何よりの証明だな」
「藤原…なんて読むんです?」
「あー俺の名前か!言いたくないなー…ん、それでアンデって読むんだ」
「あんで…?」
証明書には藤原 杏照と書かれていた。
杏照と書いてアンデと読むらしい。
しかしこれは紛れもない事実だ。
インスティンクトは組織だった。
信じるしかない。
俺は後ろで寝ている由佳見て言った
「本当だったんですね」
「その子から聞いたのか」
俺は少しため息をついた。
「そう落ち込むなよ。和田だって別に君を利用してやろうって気でいたんじゃないと思うぞ」
「…」
「あいつは優しいんだよ。でもバカだから残酷なんだよな」
「どういうことですか?」
「本能を持つ人間は無条件で我々に狙われる。だがインスティンクトにいるものは対象外だ」
「ようするに俺をインスティンクトの仲間にして本能を抜かれないように助けたって言いたいんですか?それって優しいとは…」
「そうだけどちょっと誤解している。インスティンクトは矛盾している。自分も本能を持っているのに本能使いを世界から消し去ろうとしているんだ。相手からすれば理不尽な話だ」
「確かに…」
「我々はそういう残酷な行為をやり続ける。本能を持たない人間に本能の存在をしられないために」
藤原は続けて言った
「和田はそんな世界に君を巻き込みたくなかったんだろう。だから組織には入れず、何も言わなかったんだろうな」
「え、俺インスティンクトに入ってないんですか?」
「当たり前さ。インスティンクトに入るには本人の了承ももちろん、組織側から確認しなきゃいけないことがある。黙っていちゃ組織に入ることはできない」
「それじゃあ俺ってどういう扱いになってるんですか…?」
「うーん。協力者ってところだな」
「それっていずれはインスティンクトに入ることにはならないんですかね?いつまでも協力者でいることってできるんですか?」
「そこなんだよ!」
藤原は出会ったときの大きな声で言った。
少しビックリしてしまった。
後ろに座っているスーツを着た男も驚いていた。
「あいつは後先考えてないのかなー。そうだ。君はいずれ組織に入るか本能を抜かれるかのどっちかに絞られる」
「あぁ、やっぱりですか」
話の流れからしてなんとなく予想していた。
いやーしかしまいったな…
「本能を抜かれるって記憶が失くなるってことでるよね?本能だけならいいんですけど記憶は…」
「んー?別に必ずしも記憶がなくなるわけじゃないんだぞ?」
「え?」
「本能を抜かれても記憶がなくなりはしない。だた本能に関する記憶が残っては困るからそういう能力をもった本能使いが記憶を消しているんだ」
「えええ?でも和田さんは本能の抜かれた人間は記憶を失くすって言ってましたけど?」
「それはおかしいなー…でも君が引き返してきた理由ってこの子の記憶のことが心配だったからじゃないのか?」
「あ、そうか…」
美沙っていう例外が存在していたことを思い出して来たんだ。
由佳もその一人だったらと思って。
「んーとあれか。君は今まで本能を抜かれた人間は記憶を失くすと和田から聞いていたが、何らかの理由で本能を抜かれても記憶を失わないかもしれないということを知ったんだな?」
「はい」
「全く学習しない奴だなー…」
「え…?」
「いや、君じゃなくて和田のことだ!なんでって記憶を消す能力を持っているのは和田なんだから!」
藤原は笑いながら言った。
笑い事じゃないぞそれは
俺にとっては大変なことだ。
「多分なんだけど、君が戦闘中にちょっとの気の緩みさえ作らないようにするためだな」
「どういうことです?」
「敵の本能使いと戦って負けそうになって死ぬことの恐怖以外に記憶を失くすっていう二つ目の恐怖を作るためだ。それだけで勝率はあがる」
「和田さんってそんなこと考えるんですか…」
「奴が君の前でどんなキャラを作っているかは知らないが!まあそんなとこだろう!」
「それだけの理由でわざわざ隠すんですか…?別に気を抜く気なんてないし、わざわざ嘘なんかつかなくても…」
「湊君、我々はそれほど本気なんだ」
藤原はトーンを大きく下げ、
急に真面目な顔で言った。
「我々は必ず本能を消し去らなければいけない。絶対に。失敗したら、わかるね?」
「それは、そうですけど…そもそもなんで俺なんです?」
「簡単に言えば人手不足だ。それと本能使いには決まって、若いほど本能が強い」
若いほど本能が強い?
ようするに歳を食えば弱くなるってことか
そういえば前に戦った馬の男は本能というより
自分自身の力で戦っていた気もする。
よく考えれば馬の力で殴られて骨を折らないわけないもんな。
「我々に君達みたいな若い本能使いはあまりいない。そんななかで若い本能使いを相手にするのは難しかったんだ」
俺は黙って藤原の話を聞いた
「それに君は優秀だ。本能の成長も早いし、それ以前に特別な能力をもっている。そんな君を見つけて見逃すわけにはいかなかったんだろう」
「特別な能力ですか…?」
「そうだ。しかし君はまだ若い。これからの将来のこともあるし、和田が君を組織の相談をせず協力者っていう立場に置かせたのはそういう理由だと俺は思う」
「…」
「しかし、本能を持ってしまった以上いずれは組織に入るか本能を抜かれるかのどっちかなんだ。まあ本能を抜かれる場合は君の言った通り恐らく記憶も消されるだろう」
「ちなみに記憶を消す理由はなんですか?」
「世の中には知らなくていいことがたくさんある。それに記憶だけでも世界に害をもたらす場合だって考えられるんだ」
スーツの男は車を止め、サイドブレーキを引いた。
どうやら目的地についたようだ。
「この話をしたことを和田に言っておくよ。もう一度話し合ったほうがいい」
ワゴン車を運転していたスーツの男は車を降り、
俺が乗った席にから一番近いスライド式のドアを開けた。
「着いたよ。この子は記憶を消さなきゃいけないから俺が預かるよ」
「わかりました」
俺は横目で由佳を見ながら車を降りた。
周りを見てみれば地元の駅だった。
「あの、俺どうするべきなんですかね…やっぱり手伝ったほうが…」
「それは君が和田と話し合ってから決めることだ。俺に聞くことじゃない」
「そうですよね…」
「まあ結果的には和田は君を利用していたことになる」
「…そうですよね」
俺は究極に迷った。
続けるか、やめるべきなのか。
どちらにしても損はあるかもしれないが、
自分にとって利益は全くない。
だがこれは損とか得とかそういう問題じゃないような気がする。
「湊君、俺は君にどうして欲しいとはハッキリ言わないが忘れないでほしいことがある」
「?」
「君の本能は特別なんだ。君が思っているよりも遥かに。君がその優秀な能力をどう使うかは勝手だが、使い方をどうか間違えないでほしい」
「そんなこと言われても自覚がないんです。急に特別とか言われても俺の中にあるコイツが何なのかもハッキリわからないし」
「それなら尚更だ。間違った道を選んで後から後悔しちゃあ遅い。そうだ!これをやろう!」
藤原はポケットから鼻スプレーを取り出し、俺に渡した。
「新しい鼻スプレーですか?」
「そうだ。前の鼻スプレーとは効果が少しだけ違う。それを使う時がくるかはわからないけどな!」
俺は礼を言わずに黙って藤原にもらった
鼻スプレーをポケットにしまった
「君はどんどん強くなれる。ひょっとしたら世界を左右するような人材になるかもしれない。」
「それは嬉しいんですけど、何を根拠に言ってるんですか…」
「俺の本能がそう言ってるんだ!これだけは信用してくれ!」
藤原はニッコリと笑い、車のドアを閉めた。
由佳を乗せたワゴン車は走り出し、
俺は夜の暗闇で見えなくなるまでワゴン車を目で追った。
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翌日。俺はこれからのことを考えて散歩していた。
インスティンクトの協力者のままでいるか、
そんなものはやめてしまい、平凡な高校生として過ごすか。
「ショコラちゃああああああああああああああああああああああああああああああん」
朝の散歩でジョニーが叫ぶ。
あ、リード外すのわすれて…
「たあああああああああああああああああ!!待て待て止まれアホジョゲフッッ!!!!」
俺は公園の入口にあるポールに激突した。
ポールが当たった場所はいわゆるみぞおち。
俺はリードを手放し、うずくまって腹をおさえた。
「心!またやったの?もー…。大丈夫?」
「い、痛い…」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺はベンチに座り美沙が自販機から帰ってくるのを待っていた。
まだ腹がズキズキする。
犬は主人を守るっていう本能があるんじゃないのかよ。
あのアホが犬であることを疑うくらいだ。
…本能、か。
そこからまた考え出してしまった。
早く決めなきゃいけないっていうのに
いつまでたってもどうしようか決まらない。
俺ってこんなに優柔不断だったのか。
「心?心ってば!」
「んん!」
気が付けば美沙に名前を呼ばれていた。
全然気づけなかった。思わずビックリしてしまった。
「何回も名前呼んだよ?はい、ミルクティー。」
「う、うん。ごめん。ありがと」
俺は美沙からミルクティーを受け取った。
「何か悩んでるの?」
「え?」
俺はミルクティーの蓋を開ける手を止めた
「なんでそう思ったの?」
「わかるんだもん」
「そ、そうか…」
「何悩んでるの?」
「そういえば前も俺が悩んでるってわかったよなー!美沙ってすげえよ!」
「そうやって誤魔化して…」
笑いながら誤魔化そうとしたがダメだった。
作った笑顔も苦笑いに変わり、
ふと美沙の顔を覗いてみれば涙目になっているように見えた。
えええええなんでさ!
ど、どうしよ…
「あ、あの美沙!今度どっか行こ!どこがいいかな!ええと、動物園とかどう?!」
「どうして?」
「え、別に動物園じゃなくてもいいぞ?映画でも遊園地でも、美沙が行きたいとこに…」
「そうじゃなくて、どうして急にお出かけの話をしたの?」
「え、それは…その」
言っていいのか?
美沙を励まそうとして。なんて
でも励ましになってなかったような気もするし…
「ええと…じゃあ、その…なんで泣いてるの?」
「え?」
美沙は少し驚いていた。
そのあと何かを思い出したように、
「あ、実は昨日テスト勉強してて夜あまり寝てないんだ。」
「え、あぁ…そういうこと…」
俺はなんとなく安心し、ため息をついてしまった。
「ふふっ。なんだと思ったの?」
「なんでもないよ!全くもう…」
「あはは、やっぱり心は優しいよねっ」
「ええ?なんでそうなんの??」
「秘密」
「だからなんでだよ!!」
わけがわからん。
何考えてんだ美沙は
そう思った時、小声で美沙の声が聞こえた気がした
「心配かけないようにしてるのわかってるんだから」
「え?」
「なんでもない!」
誤魔化された。
それからしばらく美沙と話し、
俺は学校に向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
放課後。俺はある場所に向かっていた。
何度か降りたことのある駅に降り、
西口を出て5分ほど歩く。
倉庫のような建物のドアの前に立ち、
横についたダイヤルのようにならんだいくつかのボタンに
6051と入力する。
するとドアはガチャッと鍵が開く音をたてた。
俺は手際よく、ドアを開ける。
「きた、か」
和田だ。
奥には高根沢もいた。
「どうも」
「まあ座ってくれ」
俺はいつも座っている椅子に腰をかける。
いつもなら紅茶を作り始める和田だが、
今日は何もせず、その場に立ったままだった。
「藤原から聞いたそうだね。僕も伝えられたよ」
「はい…」
高根沢は何も言わない。
もしかして高根沢はもう知っていたのだろうか。
そう思った時だった。
「ごめん!本当にすまなかった!!」
「えええ!?」
和田は急に土下座した。
思わず立ち上がってしまった。
すごく予想外だ。
謝られるのは予想していたが、
まさかここまで…
「あ、あの!頭をあげてください…」
「いや!できない!!僕は君を…」
「いいですから!ちゃんと話しましょう!」
すると無言だった高根沢が口を開いた。
「和田さん。湊もそう言ってますし、頭をあげましょう。湊が言った通りそれじゃあまともに話ができませんよ」
高根沢がそういうと
和田はゆっくりと顔を上げ、立ち上がった。
「すまない…」
「もう大丈夫です。そんなに気にしてませんから」
気持ちはすごく伝わってきた。
そして和田は申し訳なさそうに、口を開く。
「そ、それで…その…」
和田はなかなか次の言葉が言えないようだ。
まあ、なんとなくなんて言おうとしているのかわかっているんだが
「どうするんだ?この先。協力するのか、しないのか」
高根沢が和田の代わりに言った。
高根沢がそういうと、
和田は下げていた頭をゆっくり上げて、
そっと俺の顔を伺ってきた。
「あぁ…えっと…」
やはり高根沢は知っていたのか
恐らく高根沢は協力するんだろうな。
もしかしたら既にインスティンクトに入っていたのかもしれない。
「昨日からずっと悩みました。まだちょっと迷いますけど、答えは決まってます」
和田と高根沢は表情を変えずに俺の顔をじっと見ている。
そんな中、俺は答えなければならない。
こういう状況に慣れてないが、俺は決まった答えを出した。
「すみません。俺、やめさせていただきます」




