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11.INHUMANITY-インフマニティ-

闘志が…みなぎる。

コイツは言った。

インスティンクトは本能使いを片っ端から潰している

人に恨みを買うような理不尽な組織だと。

そんなわけあるか。

和田さんはいい人だ。

コイツが言ってることが本当なら俺や高根沢は利用されてるだけじゃないか。

そんな話があるわけがない。

でも俺はうっすらと疑っていたんだ。

コイツが言っていることが本当で、

和田さんは俺たちに隠していることがある。

くっそムシャクシャする。

俺の中の本能が目の前の奴を倒せと、

コイツが二度とそのシュルシュルと忌々しい蛇の本能を

俺に見せられないようにブッ潰せと言っている。

俺の本当の意思と本能の意思が交わっていた。


「行くぞ…」

「いいえ、私から行くわよ!!」


蛇の女はこちらにダッシュしてきた。

考えるのはあとだ。

早く潰して和田さんに聞けばいい話なんだから。

蛇の女は爪を立て、両手で掴むように突っ込んできた。

さっきよりも速い。

俺は高くジャンプしその攻撃を躱す。

蛇の女は攻撃を避けられたのに気付き上に目を向ける。

見上げた顔に蹴りを入れてやろうと俺は

右足に少しの本能パワーを送り、振り下ろす。

ブォンと風を切る音をたてて俺の右足は

女の顔面に当たらず、俺は大きく空振った。

自分の右足の影になり蛇の女の姿が見えないことに気付いた時。


「空中じゃあそういう本能を持ってない限りまともに動けないのはわからない?」


蛇の女は宙に浮いている俺の背後にいた。

攻撃の防御に入りたいがコイツの言ったとおり、

俺の体は攻撃を凌ぐための動きをとることができない。

コイツにまた抱かれたりしたら今後こそ本当に死ぬ。

地面までの距離はまだある。

このほんの5秒にもならない滞空時間が

俺には数十秒に感じた。


「がッ…!」


女の手は俺の頸椎(けいつい)を勢いよく掴んだ。

衝撃が頭を揺らす。

刹那、

俺は蛇の女が掴んだ首から本能を出し、

そのまま手から肘までガブリと噛み付かせる。

無意識の攻撃だった。

蛇の女の腕に溜まった本能パワーは削り取られ、

俺は右手で女の手首をグッと握った。

力が抜けた女の手は俺の首を離し、

俺は女の手を勢いよく前に引っ張った。

女の手を左手に持ち替え、背中から蛇の女を正面に投げ出す。

技名をつけるなら“空中一本背負い”

俺は蛇の女を背中から地面に叩きつけ、

身動きがとれないよう左手でしっかりと手首をおさえ、

右腕を女の腹部に押し付ける。

しかし蛇の女は目を閉じたまま抵抗する様子はないようにみえた。

少しやりすぎたか…

いや、息はちゃんとしているし、

これは本能をすべて削りとるのに絶好のチャンスだ。

そう思い、俺は左肩から犬の本能を出し、

女に噛み付かせようとした。

その瞬間。


「まって…」


女がそう言った時、

俺は本能の動きをピタッと止めてしまった。

何やってんだ俺は。

コイツは強い。というか怖い。

ちょっとでも気を抜けば本当に殺される。

最初和田さんが俺にコイツの本能を抜けと言った時は

なんで高根沢じゃなくて俺なんだとか考えたが、

今になってわかった。

和田さんは決して俺をなめて見ていたわけじゃなかったんだ。

俺は一度動きを止めた本能を再び女に向かわせる。


「抱いて…」

「え」


甘い声で言われた。

思わず攻撃に向かわせた本能を消してしまった。

なんて言ったんだ今。

『抱いて』って言ったんだよな。

聞き間違えだとしたらなんだ。

『炊いて』とか?腹減ったのか?

混乱してきた。

やっぱ『抱いて』だよな。

どうやって抱こうか…


「ふがアァッ!!!」


俺は3メートル近く飛ばされた。

蛇の女は腰をくの字にさせ、

がら空きになっていた両足で俺の顔面を蹴った。

女はそのまま両手をつき、格好良く立ち上がった。


「どうしたの?別な本能もむき出しなんですけど」


くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

こんの女ああァァァ!!

俺は涙と鼻血を流しながらムクッと立ち上がった。


「潰す!!ぜってえにブッ潰す!!!」

「ひょっとしてあなたって童て…」

「うるっせええええええ!!!もう手加減しねえかんな!!」


俺は涙と鼻血を撒き散らし、

両手両足で地面を蹴った。

どんなレーサーも驚くようなスタートダッシュに、

蛇の女も俺に反応することができなかったようだ。

俺は右手で蛇の女の胸ぐらをガシッと掴み再び地面に押し倒した。

ちょっと柔らかい感触があった。

だが決めた。二度と力を緩めねえ!

本気でブッ潰すんだ。

俺は右肩から本能を出す。

何度目だろうか、俺は蛇の女に本能で攻撃する。

一発、二発。

だんだん蛇の女の本能が薄く、抵抗する力も弱くなる。

次で最後の攻撃だろうか。

そう予想してもう一噛みさせようとした時だ。


「待って!お願い!!」

「うるせえよ!!!俺お前のこと嫌いだよォォォ!!」


犬の本能が女の顔面まであと3センチほど。


「お願いだから待って…!!」


俺は攻撃を止めてしまった。

何故って、多分誰でもそうしてしまうと思う。

透けて見える犬の本能の先に見える蛇の女の顔。

ギュッと閉じた目からは涙が流れている。

俺の本能の動きを止めた声も震えていた。

固く閉じた目はゆっくりと開き、

潤いすぎた瞳と、困ったような表情で俺を見る。


「え、あの…何?」

「本当に待ってくれるの…?」

「待てって言ったのお前じゃんかよ…」

「あなた本当にインスティンクト?」


またか。

俺はため息をついた。


「あのさぁ、お前がインスティンクトって言うとわけわかんなくなるんだよね」

「なんで?」

「わかんねえよ。なんでわかんねえのかもわかんなくてホントにわかんねえんだよ」

「何言ってるのかよくわからないんだけど」

「俺もわかんねえよ」

「ふふっ…」


蛇の女は少し笑った。


「手、離してくれない?」

「はあ?ダメだよもうお前にとどめさすんだから」

「私に残った本能じゃ何もできないわ。いつでも終わしていいから。お願い」


確かに。

コイツに残った本能じゃあ

まともに俺と戦うことはできないだろうし、

逃げたとしても恐らく人が普通に走る程度の速さだろう。

俺は女から手を離し、尻をついて地面に座る。

女もムクッと体を起こし世に言う女の子座りをした。


「ねえ、なんでインスティンクトっていうとわかんなくなるの?」

「わかんねえって言ってんだろさっきから。わかったら苦労してねえよ…」

「口悪…」

「…ご、ごめん」

「ふふっ、別にいいけど。あなた名前なんていうの?」

「湊 心。ココロって書いてシンね」

「ふーん。いい名前…」


それからしばらく沈黙が続いた。

何か言うべきだったのかな。

でも俺は敵のコイツに何を話そうにも

話題が全く思いつかなかった。

だた、なんとなくコイツと

“インスティンクト”の話はしたくなかったんだ。


「さてと、もういいわよ」

「え、何が?」

「とどめ。残りの本能もとっていいって言ってるの。」

「ええ?!いいの?」

「いいって言ってるでしょ。それとも見逃してくれるの?」

「いやそれは…」

「無理でしょ?じゃあさっさとやっちゃえば?」

「う、うん…」


なんだろう。

すごい嫌な気持ちだ。

さっきの沈黙でコイツは何を考えたのかは知らないが

本能を抜かれる覚悟ができたようだ。

まあコイツの本能を抜かないと終わらないことだし、

余計なこと考えないでさっさと抜き取っちゃうか。

俺は右腕から本能を出した。

だが行動に移すのに少しためらい…


「そういや何考えてたの?」

「秘密。いいから早く終わしなさいよ」

「んん…あ、お前は名前なんていうのさ」

「私?そんなの聞いてどうするのよ」

「別になんとなくだよ。嫌ならいいけど」

永塚(ながつか) 由佳(ゆか)よ」

「永塚ね。覚えておくわ」

「由佳でいいわ。私も、忘れない」


残酷だ。

でもやるしかない。

感情を殺し、ゆっくりと本能を動かした。

犬の本能が由佳の頭に噛み付く寸前、

空耳だろうか、聞こえた気がした。


「ありがとう。心」


俺は立ち上がった。

由佳は地面にぐったりと倒れている。

帰ろう。和田さんに聞くことがあるんだ。

俺は一度降りた駅に向かう時、由佳が言っていたことを思い出していた。

確かインスティンクトを『本能使いを片っ端から潰してる組織』と言っていたな。

やってることは確かに同じだ。

だが俺たちがそれを実行したのはついさっき、

つまり由佳がターゲットの本能使い第一号のはず。

なのに何故その計画を知っているのか。

さすがに情報が流れるのは早すぎると思うのだが…

由佳が言っている“インスティンクト”という組織。

俺たち、いや和田が呼んでいる“インスティンクト”。

どちらが真でどちらが偽なのだろう。

由佳が言っていることが本当なら、

何故和田は俺たちに組織の存在を言わなかったのか。

和田が何も隠していないとしたら

組織と計画までも知っているのは何故か。

高根沢と会ったことがあるみたいだが、高根沢が吹き込んだのだろうか。

何故だ。そうすることに何の意味があったんだ。

どちらも疑問を作る。


「あ…」


思わず声を出し、足を止めてしまった。

そういえば由佳の本能を抜き取ったあと、

そのまま放置してしまった。

後処理は和田がするだろうが、ここまで来るのに時間がかかるだろう。

さすがにこんな時間に女の子を夜道に寝かせておくのは危険すぎる。

本能を抜き取ったあとは連絡するようにと、

和田に言われていたのを今思い出した。

仕方ない、戻るか。

俺はUターンをして由佳と戦った場所に戻る。

少し話をしてしまったせいか、

俺は由佳の心配をしていた。

本当はとどめを刺すのも嫌だった…

でも仕方なかったんだ。なんていうんだろ、

世界のためだよな。うん

しかしなんで最後「ありがとう」なんて言ったんだろ。

そう聞こえたような気がしたのだがやはり空耳だったのか。

「忘れない」とも言っていたがきっと俺の名前のことだろうな。

無理に決まってるのにな。

本能を抜かれれば記憶は…

そう思った時、俺はまた足を止めた。

そういえば美沙の記憶って消えてないよな…?

俺は確かに美沙から本能を抜き取った。

まだ美沙に本能が残っているってことはないと思う。

でも和田は確かに本能を抜かれれば、

本能が宿ってからの記憶はなくなると言っていたぞ。

馬の本能を使った男の本能を抜き取った時はちゃんと記憶は消えたと聞いたが。

この違いはなんだ…?

いや、考えるのはあとにしよう。

今は由佳に記憶が残っているかどうかが問題だ。

ちゃんと消えてれば問題ないのだが、

もし記憶が残っていてもう由佳が目を覚ましていたとして、

逃げられたらどうする。

記憶が残ったまま逃がしてしまえば恐らく失敗に終わってしまう。

本能は消えているからもう一度戦うことはないだろうが、

それこそ問題だ。

戦う以前にそもそも会うことができないかもしれない。

なぜなら由佳には本能がもう残っていないため俺たちに探し用がない。

俺たちは本能の能力で本能使いを見つけ出すことができていたが、

本能使いでなくなってしまった由佳を探すことは不可能だ。

気が付けば俺は息を切らしながら走っていた。

もうすぐだ。

この路地を曲がったところが…


「はあ…はあ……くそ。」


そこに由佳の姿は見えなかった。

逃げられたか。いやまだ。

和田がもう来ていたのかもしれない。

そうだとしたらここに由佳の姿がなくても問題はないはずだ。

俺はそう信じ込んだ。

念のため電話をしてみよう。

俺はケータイの電話帳の中の和田をタップし、

発信をかけた。


「やあお疲れ。どうかしたかい?」

「あの、和田さん今何やってます?」

「何って、まだ待機してるけど…」


やられた。


「すみません。逃がしました…」

「な、なんだって?!それじゃあすぐに追いかけて…」

「ごめんなさい。無理です」

「え、どういうこと?」

「本能は抜き取ったんです。ただ記憶のほうが心配になって戻ってきたんですけどいなくなってて」

「そうか…じゃあ追うことは…」

「ごめんなさい」


どう責任をとればいいんだろう。

考えつかない。

情けない…。

ケータイの向こうから和田が何かを話している中

俺は無意識にズボンをギュッと握り締める。

その時、手に何かの違和感を感じた。

ポケットに何か入っている。

このポケットに何か入れた覚えはないんだけどな。

俺はポケットから違和感の原因を取り出し、

和田に叫ぶように言った。


「探せます!多分…多分行けます!!探してみます!!」

「湊君、ちょっと話を聞い…」


俺は和田との通話を切った。

ケータイをポケットに戻し、もう片方の手に握っていたもの。

和田にもらった鼻スプレーだ。

こいつを使えばなんとか追えるかもしれない。

由佳の匂いをハッキリ覚えているわけじゃないが、

やってみる価値は十分にある。

希望を持った俺は鼻スプレーを二回プッシュした。

そして鼻から大きく酸素を吸い込むと…

由佳の匂いだ。

俺との戦闘で濃く残っていた由佳の匂いを感じ取ることができた。

だが別の匂いも混じっている。

他に誰かここに来たのか。

匂いの濃さからして俺がこの場を去ったあとだな。

まさか連れ去られたのか…?

嫌な予想をしながら由佳の匂いが続く方へ走った。

別の匂いも同じ方へ続いている。

やはり連れ去られたとしか思えない。

匂いがだんだん濃くなっていく。

近づいていくと、なんとなくもう一つの匂いが

どこかで嗅いだことがある匂いの気がした。

曲がり角を勢いよく飛び出し、目に映ったのは

二人の男がワゴン車に乗り込もうとしていた。

一人は白衣を羽織り、もう一人はスーツを来て何かを背負っていた。


「おい!!」


俺がそう叫ぶと二人はワゴン車のドアを開ける手を止めた。

二人の男はこちらに目を向ける。

やっぱり。

背負われているのは由佳だ。


「何してんだ。その子どうする気だよ…」


二人は顔を見合わせコクっと頷いた。

すると白衣の男はゆっくりとこちらに歩いてくる。


「湊 心君だね?」

「?!」


歩きながら白衣の男は言った。

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