春はティッシュと花粉症
晴れてT県立市伊豆高校に入学してから、二週間が経とうとしていた。
緊張感のあった教室も、時の流れとともに徐々に賑わってきた。
これは、そんな桜の舞い散る『春』の物語。
小桜春太。
佐々波夏乃。
鈴柿秋。
そして˝わたし˝こと、積雪冬未。
わたしたちが、ただのアレに苦しむことになるなんて―――。
…まあ、実質苦しんでるのは春太だけなんだけどねっ☆
❀❀❀
「はっ…くしゅん!」
放課後。
部活動に向かうクラスメイトたちによって、だんだん人気を失っていく教室に、春太の大きなくしゃみが鳴り響いた。
「おい、ハル。大丈夫か?」
「お、おうよぉ…。こんなの全然平気だって…くしゅん!」
「駄目だな」
春太を気づかって声をかけた夏乃ちゃんも呆れ気味だ。
「ちょ、夏乃ちゃん!春太くん大変そうなんだから、もっと優しい言葉かけてあげてよ!」
「と言われてもな、シュウ」
「まぁ、夏乃ちゃんの口調は元々なんだから。夏乃ちゃんが気づかいの言葉をかけても、少し固く聞こえちゃうのはいつものことじゃない?秋」
「うーん…確かにそれもそうかもね」
「…フユ。その言葉は褒め言葉として受け取ってもいいのか?」
「あはh…くっしゅん!」
わたしたちの会話にリアクションをしようとして、またくしゃみをする春太。これは本当に大丈夫じゃなさそうだな……。
❀❀❀
今わたしたちは、あることに頭を悩ませている。
「はっくしょん!」
…コレだ。
中学ではサッカー部でした系男子(わたし的印象)春太は、現在異常な花粉症に苦しんでいる。
どのくらい異常かというと、
「はじめまして!曙中から来ました、小桜……くっしゅん!」
入学して初日の自己紹介で、くしゃみをするくらいである。
…え?それはウケ狙いかもしれないじゃないかって?
ならば、これならどうでしょう?
「俺たくしゅって出っ席番くしゅ連はっくしくしゅんくしゅん?さらくしゅ俺たちの下はっくしょんを並べるっくしょん春っ秋っくっしゅんの!これはっくしゅんじゃね!?ってことではっくしえきしになろう!いやはぁぁっくしょん!!」
お分かりいただけただろうか……。
因みに今のは、春太が初対面の夏乃ちゃん、秋、わたしに対して言ったセリフで、本当は
「俺たちって出席番号連続で続いてるじゃん?んでんで!さらに俺たちの下の名前を並べると春夏秋冬になってんの!これって運命じゃね!?ってことで俺たち友達になろう!いやなりましょう!!」
と言おうとしていたらしい。でも、これはくしゃみなしでも「何言ってるの?」って言っただろうな、わたし。
❀❀❀
そんな春太の花粉症、実はまだまだ現在進行形で悪化しているのだ。
その酷さから、春太は所属しているサッカー部から強制休部させられてしまった。
大丈夫なのか?次期エース候補。
とにかく、皆が春太の゛花粉症゛に頭を悩ませているということには変わりはないのだ。
以上!
❀❀❀
「春太くんの花粉症をなんとかしよう!」
「俺、もう耳鼻科に行かなくちゃ…くしゅん!」と言い残し、春太が帰るのを見送った後、秋がそう切り出した。
「へえ、シュウから言うなんて珍しいな」
「いや、だってこれは非常事態だよ!?今こそ、団結すべきなんだよ!」
「え…?秋、それは大げさじゃない?…でも、確かにこのままだと春太が可哀そうよね」
そんな訳で、私たちは「春太の花粉症対策委員会」を立ち上げることになった。
委員長・秋
書記・夏乃ちゃん
その他・私
あれ?私の役割…おかしくない?
❀❀❀
春太は最近、毎日耳鼻科に通っているようだ。
にも関わらず、彼の花粉症は日に日に悪化していくばかり。毎年こんな調子だったのかと思うとさすがに可哀想だ。
今日もわたしたちに「くしゅかえっくしょん!(先帰るわ)」と告げて春太が帰った後、「早速だが」と夏乃ちゃん書記がレポート用紙を机に広げた。そこには夏乃ちゃんの外見イメージ通りの可愛らしい文字でこう書いてあった。
ハルの花粉症の現状
―症状―
・時、場所構わずに鼻水を伴うくしゃみ。
・目のかゆみ。(よく充血してしまっている)
どちらも花粉症による症状だと思われる。
―我々に求められる行動―
・ハルの花粉症の緩和及び治癒?
・学校での出来る限りの援助。
―結論―
身近にいる我々だからこそ出来ることをして行くべき。
「わあ!凄いね夏乃ちゃん。じゃあ早速これを使って話し合おうか。今日は僕も週一で学ぶ暗器同好会に行かなくちゃいけないし、夏乃ちゃんも陸上を超える陸上部の活動があるでしょう?」
それからわたしたちは春太の花粉症を如何にして緩和させるか…否、治癒させるか策を練った。
そして、もうすぐ夏になりそうな五月中旬。
いざ、作戦決行!
❀❀❀
「おはくしゅっ!……あれ?」
いつものようにSHR直前に登校してきた春太。教室に入る前こそ、ずっとくしゃみをしていたようだが今は落ち着いてたようだ。
いつもは感じるはずの花粉を感じなくて、不思議そうな顔をした春太を、わたしたちはガッツポーズをしながら見てみた。
――何故花粉を感じなかったって?
それもそのはず!なぜなら今この教室に空気清浄機(×4)を設置しているからだ!!!
花粉除去効果のある空気清浄機を、わざわざ秋家から持ってきたかいがあったもんだね!
「きっと何でだろうとか思っているんだろうなー♪」
「冬未ちゃんニヤケてるよー」
「フユ、顔の筋肉緩んでる」
二人からの生暖かい視線を感じた気がするけど気のせいよねっ!
さあ、まだまだ続くよっ!
❀❀❀
生徒達に一時の休息を与える昼休み。
しかし、わたしたちの戦いはまだ終わらない…!
「よーし!そんじゃ…くしゅっ、昼飯食べようぜ!はっくし!」
くしゃみが少し軽くなったせいか、今までで一番調子が良い春太が、三段弁当の蓋を開けた。
瞬間。
「…!!!」
わたしたちは戦慄した。
嘘でしょう…?こんなことって…!!でも、わたしたちはここで引き下がるわけにはいかないのよ!
「よっしゃ!そんじゃ食べるか、くっしょん!」
春太がお弁当に箸をのばす!いけない、ここは……!!
「「「ちょっと待った!」」」
「…え?」
わたし達みんな同じことを考えていたのだろう。思わずハモってしまった。
いけないいけない、とわたしは軽く咳払いをして、
「ねぇ、春太。その…たまにはみんなでお、おかず交換とかしてみたくないかな!?」
「………」
あ、やば…尋ね方不自然だったかな…?
「…ひっく」
え?
「う、う゛ぅ…っ、ぞんなの、してみだい゛んに、決まっ、でるよぉぉ゛ぉ゛!!!!」
ボロ、ボロボロ。
大粒の涙が春太の頬をつたう。
それは、けしてキレイなものではなかったけれど、何故かわたしたちの心に深く響くものがあって……。
……って。
「この物語にそんなしんみりな場面なんて必要ないわよぉぉぉ!!!」
「……冬未ちゃん?急に独り言しちゃって、どう…したの?」
あ、しまった。つい作者の気持ちを叫んでしまった。不思議そうな顔をしている秋に慌てて
「あ、ううん!全然大丈夫だから、気にしないで!何にも関係ないから!ね?」
と言い訳をした。
そうよ、関係ない関係ない。
「それよりほら!春太、お弁当のおかず教えてよ!」
「ぐすっ、お…おう!はっくし、それじゃあまずは焼きナス…」
溢れる涙をようやく止めて、おかずの説明を始めた春太に秋が早速ツッコむ。
「は、春太くん!ナスにはね、ヒスタミンっていう鼻炎症状を引き起こす化学物質が含まれているんだよ!だからはい、僕の焼き芋と交換しよっ?お芋には抗ヒスタミン、抗酸化成分があるから花粉症に良いんだよ!」
よし、しっかり覚えてくれていたみたいだ。流石、暗記同好会所属の秋だ。そして春太の焼きナスは焼き芋へ変わる。
「へ、へぇ。ありがとうな。くしゅん、じゃあ次はプチトマト、ほうれん草とハムの炒めもの…」
急な展開に軽く戸惑いながらも、説明を続ける春太にわたしもすかさず、
「春太っ!トマトやほうれん草にも、ヒスタミンは含まれているの!それにハムとか…後ソーセージとかには直接症状を起こす原因にはならないけど、亜硝酸塩みたいな過敏性を高める刺激物質も花粉症に悪影響を及ぼすかもしれないの!てな訳でほい、わたしの鯖の味噌煮とさっき購買で買ってきたしめ鯖!!鯖みたいな青魚に沢山含まれてるDNAとかEPAには、ロイコトリエンってまあ、ヒスタミンと同じ鼻炎症状を引き起こす化学物質なんだけど、とにかくそれを抑えてくれるから!!」
説明を終えたところで、わたしの鯖の味噌煮としめ鯖を春太のもとへ。くう、鯖好きなのに…!!
「そ…そうなのか。てか冬未って鯖好きだったんだな。(後しめ鯖って購買で売ってるものなのか…?)そんじゃ、後は筍ご飯とデザートのパイナップルだな」
何だか別のことに疑問を抱いていていそうな春太に夏乃ちゃんも、
「ハル。筍にもヒスタミンは含まれているし、パイナップルにもセロトニンと呼ばれる…これもヒスタミンとロイコトリエンと同じ性質の化学物質が含まれているんだ。ま、ヒスタミンもセロトニンも水に溶かしたり、加熱調理すれば大抵は崩れるがな。それと、セロトニンはバナナやキウイにも含まれているから気をつけろよ。それでは、それらと私の玄米ご飯とみかんヨーグルトを交換だ。柑橘系は生でなら抗ヒスタミンや抗酸化成分を得られるし、ヨーグルト等の乳酸菌は整腸作用や腸粘膜の免疫力があがるんだ。粘膜の免疫系は共通しているらしいから、充分効果は期待されるぞ」
と、長ったるい説明を噛みもせずに言い終えた夏乃ちゃんがご飯の容器とデザートをそれぞれ入れ替えた。
「そっか…もうよく分からないけど分かったよ。……って、俺の弁当のおかず全部変わっちゃってんだけど!?」
ふふふ…見たか!そう、それこそがわたしたちのもう一つの対策。「食生活改造」!!
対策委員会の中で、唯一することすることが無かったわたしは、ネットで花粉症について調べていた。
そんなときに発見したのが食から花粉症を予防することだ。
案の定春太の弁当の食材はALL花粉症にNGだったので、おかず交換という手段を使ってちょっと強引に実行致しました!
その事情を春太に話したら、
「そっか…そうなのか…くしゅん。みんな、俺の為に…?うう嬉しいよぉぉ!!!」
と、くしゃみまじりにまた号泣した。
春太って意外と涙もろいな…。
❀❀❀
それからわたしたちは、春太の花粉症の為に日々奮闘した。
最初は全てが順調に見えたが実はそうでもなく、移動教室の時は空気清浄機が無いので(当たり前)、春太の花粉症は復活してしまう。だから、わたしたちはポケットティッシュ(勿論春太用。鼻に優しいタイプ)を手放せなかったし、しかもその空気清浄機も故障(という名の大破)をするというハプニングも起こった。
けれどわたしたちは負けなかった。春太の花粉症を治す為に。
みんなで何の不自由もなく笑い合う為に。
…だって、まだ春太とくしゃみが混じらない会話をしたことがないんだもん。
❀❀❀
そんなこんなで、対策を実行してみてから二週間が経った。
クラスでは、衣替えのせいか爽やかな夏服を着てくるクラスメイトが増えてきた。
しかしそんな中、わたしは疲労困憊だった。
いや、わたしだけではない。夏乃ちゃんも秋もやつれていた。
それもそのはず。毎日大量のポケットティッシュを鞄の隙間を埋めるように入れ、弁当も春太がまたいつでもNG食材を持ってきても良いように準備し、休み時間や放課後も、故障(というか大破)した空気清浄機を修理することだけに費やした。しかも夏乃ちゃんと秋は+部活動もあったから、わたしよりもっと忙しかったに違いない。
そんな生活を繰り返していたら、誰でも疲れるはずだ…。
わたしなんて最近、今日が何月何日なのかよく分からなくなってきた程だ。
ガラッ
いつも通りの時間に教室のドアが開いた。
今日も、春太がくしゃみをしながらやってくる―――。
かと思っていたら。
「おはよー!みんなっ!本当、今日もいい天気だなー。いいことありそうな気がするな!」
…………え?
静まり返る教室。
きっと、この場にいるクラスメイトは全員、こう思っただろう…「あの爽やか男子は誰だ?」と。
でも、ちょっと待って、あれってもしかして…春太?
そんな教室の変な空気にも構わず、
「ちょっとちょっと!どうしたんだみんな?鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして」
と、春太はキラキラと爽やかオーラをかもし出しながら問いかけてきた。
そんなおかしな状況に、わたしはついに耐え切れず叫んだ。
「そりゃあくらうわよ!もう直撃よ!?てかあんたどうしたの?何か昨日より何百倍も爽やかなんだが!え?何?もしかして実は春太じゃなくて花々月くん!?」
「え、ちょ、冬未?いつもとテンション高くないか?それと何で俺が花々月なんだよー?」
もう訳が分からない。目の前のコイツは本当に春太なの…?とうんうん悩んでいたら、遠くから「積雪ー何でオレが小桜なんだー?」と花々月くん(現在クラス内爽やかランキング一位)の声がした。
ということは、本当に春太…?
夏乃ちゃんと秋の様子を見ると、二人揃って唖然としていた。
それじゃあ、つい昨日までわたしたちがあんだけ悩んでいた、春太の花粉症はどこに行ったの……?
❀❀❀
「俺の花粉症はなんていうか……いわゆる、春期限定なんだよ」
その日の放課後、部活に復帰しようとした春太を追い詰め(この時、秋が大活躍した。彼が音もなく春太の背後に回った時は、思わず寒気がした)、「全て話してもらおうか?うん?」と問い詰めたわたしたちに対して、春太はそう答えた。
「は?ハル、それは一体どういうことだ?菓子じゃあるまいし」
「いや、夏乃。それに関してはこうとしか表現できないんだよ。春が始まる三月から急に花粉症が酷くなって、春が終わる五月を過ぎると、何事もなかったように治るんだ」
成程、だから゛春期゛限定なのね。え、でも待って!もしそうだとしたら…!
「ねえ春太、今って五月じゃない?そうしたら、まだ春だよねっ?」
そうよ!今がまだ春で、春太の花粉症が春期限定なら!!それってつまり、わたしたちの対策が効いたってことよね!?
「…冬未?もしかして、『今がまだ春で(略)対策が効いた』とか考えてた?」
「えっ!?なんでわたしが思ったこと分かったの!?すごいね!でも、わたしたちもすごいでしょう?」
「――今日、六月一日なんだけど」
「でしょでしょ!頑張ったんだから…って、え?」
そんなはずはないと、慌てて携帯電話を開いて日付を確認する。が。
「―――本当だ…」
六月…季節としてはもう夏だ。今までの疲労で日付感覚が狂ってたせいで、勘違いしてしまったのか…。
「もしかして冬未ちゃん、日付忘れてたの?」
「そうなのか?相変わらず、大事なところで失態をおかすよな、フユは」
「あははは!!」
「わ、悪かったな――!!」
❀❀❀
こうして、春太の花粉症騒動は幕を閉じた。
まあ、高校に入学して初っ端こんなことが起こるとは…というのが正直な感想だ。
でも、みんなで協力し合って行動したことは――楽しかった。
もしかして、これが俗にいう゛青春゛とか゛華の高校生活゛とかいうものなのかな?…いや、ないか。
因みに、太陽照りつける今日、サッカー部・春太の記念すべき初試合が行われる。
「この前のお礼!みんな絶対に来てくれよな!俺、ハットトリック決めてやるよ!」と、春太がチケットをくれたので、「勿論!」と夏乃ちゃんと秋との三人で観戦しに来た。。
「わたし、サッカーの試合見るの初めて!楽しみだね~!」
「そういえば、ハルが言ってた゛はっととりっく゛って何なんだ?帽子を取り換えることか?ふむ、興味深い」
「夏乃ちゃん…。僕が説明してあげるから、その妙な想像はやめてあげて…?春太くんの為にも、ね?」
わたし達の青春溢れる、華の高校生活はまだ始まったばかり!
Spring story is end !
はじめまして。はな豆です。
この度は「春はティッシュと花粉症」を読んでいただき、ありがとうございます!
この作品は、文研に所属している友人に誘われて、部誌の有志として書かせていただきました。
食生活からの花粉症予防について調べるのが楽しかったです(笑)花粉症にお悩みの方の参考に少しでもなれたら…。
このお話を読んだ方の中には「今はもう夏だというのに、春の話って空気読めてないなw」と思われた方もいらっしゃることでしょう。大丈夫です、私もそう思っていますから(笑)
そして、この作品には少し謎を残してあります。たとえば…秋は結局どんな同好会に所属しているのか?…とかですかね。
これからの作品でそれらの謎も明らかになる…かも?(意味深)
初めての作品なので、拙い点も沢山あると思います。
良い点も悪い点も、気軽に教えていただけたら嬉しいです。
あとがきまで長ったるくてすみません。
それでは、こんな花粉まみれなお話を読んでくださった全ての方に、感謝の気持ちをこめて。