第二話・2
「落ち着いたか?」
「…ああ、ありがとう…」
彼の魔力は、どうやら身体の不調だけでなく心の不調も癒してくれるようだ。
魔力という、戦争で攻撃の手段として用いてきたそれにこうして助けられるのはどうもまだ慣れない。
慣れないが、それでもコルドから感じる気遣いに僕はゆっくりと微笑む。
「兄ちゃんは気を張りすぎっていうかさ…そうして笑ってた方が似合うよ。…そうだ、兄ちゃんの歓迎会もやらないとな!」
思いついた、とばかりにジャガイモの葉っぱに埋もれていたコルドが勢いよく立ちあがり、にかっと笑う。
歓迎会…。
「別にそんなもの…」
「遠慮すんなって!マザーは新しい子供が入るのが嬉しくて仕方なくて、だから新入りが来たら必ず歓迎会するんだ。兄ちゃんの場合は最初がちょっと特殊だったけど、今日珍しく鹿獲ってきたのもたぶんその歓迎会で食うためじゃないのか?」
死ぬ僕にはいらない、とも言えず口ごもれば、それを遠慮と取ったコルドが思いもよらないことを話してくれる。
孤児院は割と潤っているとはいったが、肉類がそうそう食卓に上がることはない。
せいぜいが数ヶ月前に獲ったらしい鳥の干し肉か、もしくは魚か。
それでもこの畑で大量にとれる野菜や山の幸で、食物の量だけは補っている。
マザーが罠を仕掛けて獲物を獲ってくるのは日常のことだろうと勝手に思っていたが、そうでもなかったのか。
「じゃあ俺は戻るぜ。兄ちゃん、ちゃんとジャガイモ掘ってこいよ!」
身体をぱんぱんと払って、コルドは孤児院の玄関の方に走って行った。
残された僕は、止まっていた手を動かして再び土を掘り返し始める。
無言で土の下から見えてくるジャガイモをとりながらも、考えるのは先程のコルドの言葉。
歓迎会だなんて。
僕には勿体の無い話だ。
幸いにも、ここの子どもたちは王族なんて顔どころか名前すらしらない、という。
マザーの教育のおかげで彼らの文字や立ち居振る舞いなんかの一般教養は十分すぎるくらい整っているが、必要のない知識は教える気が無いらしい。
だがそれでいい、それで助かった。
彼らを疑うわけではないが、死んだはずの僕が生きているという話を知っている人間が多くいては困る。
そして、そんな打算的な考えで彼らを見る僕に、歓迎会など必要ない。
「苦しんでいるね、ルシアン。」
僕が名乗ってから、坊やと呼ぶことが無くなったマザーが背後に立っていた。
今回は歩いて現れた様で、事前に気配を感じていた僕は驚くことはなかった、が。
後ろを振り返れば、めずらしくほっかむりをしていない彼女が何かを振り払うようにまとめられた長い銀髪を振る。
「あたしの子供を苦しませる要因はなんだい?」
つ、と視線を流され、僕は一瞬言葉に詰まった。
僕の驚きの原因はこれだ。
彼女のにやにや笑いではない、こんな真剣な…いや、怒っているとでも言えそうな表情は初めて見る。
というか子供と言うのは僕のことか。
なんというか…年齢的には別段おかしいことではないとわかっていても、すごく居心地が悪い。
「…別に、何も…」
「嘘をお言い。お前は苦しんでいるだろう。…あたしの子供になったからには、その憂いはどんなものであろうと必ずあたしが払う。」
どんなものでも、と言い切る彼女が、例えようもなくおかしくて僕はつい泣きそうに笑ってしまった。
なぜ、どうして彼女はこんなに優しい。
「…ルシアン?」
顔をゆがめた僕に、マザーは戸惑ったように瞳を揺らして名を呼んだ。
躊躇いがちに一歩こちらに近づき、そして
「――悲しむのはお止し。お前が悲しむのは、あたしも悲しい。」
ぎゅう、と僕の背中に腕をまわし、彼女は僕を抱きしめた。
それはまるで癒すように、母のように――僕は実母に抱きしめられたことはないが――何か、安心できる大きなものに包まれる様で。
ああ、案外彼女は背が高いのだな、とか、彼女からは緑の匂いがする、とか。
どうでもいいことを考えながら、僕は抱きしめられるままに呟く。
「…僕は死ぬためにここにいるんだろう。…歓迎会なんて…やってもらう資格が無い。」
彼女の温かさを感じながら瞳を伏せると、まわされた腕がゆっくりと背をさする。
「お前は孤児院に入った時点であたしの子供だ。子供の望みを叶えるのが親だろう。死を望む子供は初めてだが…それでも、子供には変わりない。」
人は必ず死ぬものだ、と耳元で聞こえた声は寂しそうだった。
「だからお前は、遠慮なんて親不孝せずに目一杯甘えればいいんだ。お前が間違っていたらあたしや他の子供たちが止めるだろう。だから精一杯甘えればいい。」
最後にくしゃりと髪を撫で、間近で僕の顔を覗き込んだマザーはそっと微笑んで身体を離す。
今更ながら彼女に抱きしめられていた実感がわいて、ほんの少しくすぐったい。
思えば王族の僕にこんな風に家族として接してくれる人なんて…
…弟くらいしか、いなかった。
死ねるようになるその時まで、それまではこのひとに甘えてもいいのだろうか。
「…憂いは、払えたかい?」
「……ああ。ありがとう、マザー。」
僕は、彼女の言葉に感謝を込めて微笑んだ。
*****
夕の食卓で、ここ数日稀に見る豪勢な食事に子供たちは歓声をあげていた。
鹿肉のソテーの隣には、僕が掘りすぎたジャガイモを蒸かしたものがいささか場所をとりすぎながらも盛りつけてある。
いつもの量…行軍途中、兵たちの食事で使う量を目安に掘っていたのだが、やはり食べざかりの子供とは言え大の男たちの胃袋と比べれば可愛いものらしい。
そんなちょっとした失敗で笑い、そしてマザーの年齢を勘違いしていたことで笑われ。
こんなに大勢でにぎやかに食事するのはいつぶりだろうか。
いや、これは正確ではない…正しくは、こんなに家族同然に暖かな食卓を囲むのは、だ。
部下とともにとる食事は、確かに暖かかった。
それはしかし、あくまで同じ戦に挑む同志として。
こんなふうに緩んだ、緊張感のない空気に放り出されたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
僕は王族として生まれたから当然といえば当然なのだが、この暖かさは僕には毒だった。
優しいのだ。
そしてそれゆえ、心に入り込んでこようとするのだ。
思わず逃げそうになる僕の瞳に、楽しげに笑う彼女の姿が写り込む。
――マザー。
“精一杯甘えればいい”
その言葉が、僕の背中を押す。
甘えても。
ほんの短い間だけだから、甘えても。
「ルシアン兄ちゃんは何歳なの?」
きょとり、と尋ねてきたのは僕の隣に座っていたオルター。
彼は6歳だそうで、その年齢の子供相応に好奇心が旺盛だ。
「そういえばそうね、ルシアンはいくつなの?」
向かいに座っていたリーダも…じゃない、彼女は年相応の好奇心とかじゃない。
15歳なんだな、と少し遠い目になりながらも、僕は
「今年で22になる。」
そう、おかしなことは何もない、ただ簡潔に答えた。
のに。
がたたん、とあちこちで椅子が床を蹴る音が起こる。
何事かと周りを見回せば、僕はなぜかほぼ全員の視線を一身に受けていた。
むしろ凝視と言っていいほどの視線に、僕は居心地悪く身じろぐ。
「…何、か?」
しんと静まった空気に僕の困惑した声が響いた、と思えば。
「嘘だッ!」
「22になるって…21にも見えないわよ!」
「詐欺だ!」
口々に飛び出す暴言(そう取ってもおかしくないはず)に、僕はつい眉根を寄せる。
なるほど、そういうことか。
僕自身はよくわからないが、どうも僕は実際よりも年若く見えてしまうそうで。
それは戦場で指揮を執る身としてはいささか嬉しくないものだったから、戦争ではいつも厳つい兜を被っていたものだ。
「嘘じゃない。私は21だ。……一体幾つだと思ってたんだ。」
憮然として言いながらも、ちょっと気になって尋ねてみれば。
「10代後半…むしろ17くらいの、私ともそう変わらないと思ってた…」
皆が口をつぐむ中、リーダが呆然と答える。
リーダに言われると余計なにか傷付く。
いや、でもリーダも年齢を間違えられそうな外見をしているわけで…けれど女性は若く見られることが嬉しいんじゃないのか?
リーダの場合は喜べても、僕は男で、若く見られることは侮辱以外の何物でもない。
顔をしかめる僕に、はっとした子供たちはわたわたと言い訳を述べてくる。
まあ別にそこまで怒っているわけではないが…と。
ふふ、と楽しげに笑う声が聞こえ、僕がそちらを向けば皆もならったようにそちらを――マザーを見る。
「あたしから見れば全員まだまだ子供さ。歳なんて勝手に取っていくものだ…嫌でもね。」
だから子供は歳なんて気にするものじゃないよ、と一番年上のマザーから言われてしまえば、皆黙るしかない。
なんとはなしに隣のオルターに視線を流すと、年相応ではない苦笑が返ってくる。
ああ、なんとなくだが。
この孤児院は全体的に女性が強いのだろうと、わかった瞬間である。
結局妙な沈黙はすぐに何事もなかったように笑い声に隠され、僕の歓迎会は幕を閉じた。
まだ戸惑いが無いわけでも、心にしこりが無くなったわけでもない。
けれど…少しだけ。
少しだけ、この孤児院に甘えてもいいかと…思う自分が、いた。
〈了〉
まったく、なんでこの男はこんなに主人公向きじゃない性格しているんでしょうね。(お前が作ったんだろ)
動かしにくい彼なので、次回ではもしかしたら語り視点が変わるかもしれません。