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銀の孤児院  作者: 桃皐
2/6

第一話

ここから彼の一人称小説になります。


 二度と光を再び見ることはかなわぬと、事実そうなるはず、だったのに。


「ねえマザー、起きないねこの人。」


「そうだねえ…。まあきっと、今日あたり目覚めるだろ。もう時が癒せる時期は過ぎた。」


聞こえていいはずの無い耳が、二つの異なる声を拾う。

ひとつはかわいらしい少女のもの、もう一つは女性にしては低い、けれどどこか優美な雰囲気を持つもの。

存外近い位置で語られているらしいそれから久しく触れていない温かさを感じて、僕はまどろみの中でふと微笑む。


「あ、笑った。」


「意識が戻ったようだね。笑えるならもう心配はいらないだろ、あたしは畑仕事に行ってくるよ。」


「はーい。がんばってねマザー。」


閉じた視界では確かなことはわからないが、どうやら低い声の方が離れていく気配を感じる。

が、それに意識を向ける前に僕のまぶたが強制的にぐいっと持ち上げられた。


「…っ…」


「意識があるなら目くらい開けようよお兄ちゃん。」


いきなり飛び込んできたのは、栗色の巻き毛を頭の横でふたつくくりにした少女の顔。

声も出せないくらい驚いた、というか声自体が出ない僕は、目を白黒させながら彼女の顔を見返すばかり。


「私はリーダ。お兄ちゃん、喉乾いてない?」


僕が自分で瞼を持ち上げていられることを確認したのか、彼女は…いや、リーダと名乗る少女は僕の両瞼から指を離すとにっこりと笑った。

喉が乾いているか…?


「…ぅ、」


意識すれば喉が渇いたなんてものじゃなくて、からからに干からびたように痛む。

乾いている、と答えようにも声が出なくて、動きの鈍い首を必死で2,3回頷かせれば、少女は枕元の台においてあったらしい水差しを慣れた手つきで僕に差し出してくる。


無我夢中で差し出された水を甘受し、丸々1杯分を飲みほして一息ついた僕に、リーダは笑顔のままで尋ねてきた。


「お兄ちゃん、名前は?というか記憶、ある?」


こて、と小首をかしげる彼女は見た目に8,9歳だろうに、何故か大人びた印象を受ける。

そんな感想を持ちながらも、僕は質問の答えを自分の中に捜し、


「……!!」


がばりと身体を起こしたかったが、鉛でも詰め込まれたような身体は指一本すら動かすことが叶わなかった。


「ああ、うん。覚えてるんだね。じゃあお兄ちゃん、お兄ちゃんが考えているだろう質問に答えるよ。」


ばくばくと脈打つ心臓が、嘘だ、と叫びたがる頭も心も否定してくる。

何故僕はこんなにも息をしている。

何故僕は思考している。


何故僕は生きている。


「お兄ちゃんは1週間前…ちょうど死んだ時だね。その時、魔力が開花したんだよ。お兄ちゃんの魔力はちょうどいいことに回復の方向に長けていて、心臓を貫かれたにも関わらずその傷を治して、かつ生き返らせた。魔力が人には考えられない現象を起こすことは知ってるよね?」


頭は吐き気がするほどに混乱している。

それなのにリーダのよく通る声は僕の意識に沁み渡り、それが事実なのだと、魔力と言う名の奇跡なのだと、知らせてくる。


「信じたくなくても受け入れてね。私たちはそうやって生きてきたから。」


リーダはそう言って、目を見開く僕の目の前で自身の指先から水を生み出して水差しに注いだ。

透き通ったそれがなみなみと注がれ、そして彼女はじゃあ何か食べられるもの持ってくるね、と言い置いて部屋を出て行く。


後に残された僕は、呆然と水差しを眺め、全てを否定したがる頭のままこの水は飲めるのだろうかと考えていた。



*****



魔術師、魔導師、または魔法使いと呼ばれる人々がいる。

彼らは皆一様に魔力を持ち、それぞれ方向性は違うものの人の手では起こせない奇跡を起こすことが出来る。

それゆえに彼らは恐れられ、そして重用されているのだ。

一国に10人いればそれだけで世界でも名のある大国になれると言われるほどの彼らだが、まともに力が使えるようになるものは稀である。

それは、魔力を使えても系統が違って使い方を教えられないからだったり、魔力の開花と同時に暴走してしまったり。

爆弾のようなものだ、と誰かが例えていたけれど、それは正しい。


扱いを間違えればこちらに被害を被り、しかし正しく使えば強力な武力に。

だからこそ、彼らを見つけ出しても使えるほどに成長するのは――

殺されずに生かされているものは、少ない。


そういう認識で、正しいはずだった。


「お兄ちゃん、これ右からコルド、ルル、エリコット、シャトー、オルター、クインリーね。」


しばらく僕が呆然自失としていると、先程出て行ったリーダがぞろぞろと少年少女たちを連れてきて紹介してくれたのだが。


「全員、お兄ちゃんと同じ魔力持ちだよ。お兄ちゃんと似た系統なのはコルドだろう、ってマザーが言ってた。」


「よろしくな、兄ちゃん!」


まさに“にかっ”という効果音が似合うだろう笑顔を見せる彼は、リーダよりすこし大きいだろうか、12,3歳に見える。

というか、全員が魔力持ち…?

冗談だろう、と思いたいが、彼女の声にも顔にも嘘は見受けられない。


「信じられないよな。わかるぜ、うん。」


したり顔でうんうんと頷くコルドという男の子が、ぽん、と僕の方に手を置く。

慰めているつもりか、と思えば、触れられたところから暖かさが広がり、気付けば僕の身体をがんじがらめに縛っていた重さは悉く消え去っていた。


「…な、わかるだろ?俺は回復系が得意なんだ。まあ兄ちゃんは回復って言うか、自己補助系の魔力なんだろうけどさ。」


って、マザーが言ってたんだ。と得意げに話す彼に、びっくりさせられっぱなしの僕は半分以上麻痺していた頭でマザー、という、彼らの口に何度も登る人物のことを考えていた。

初めて、僕が意識を戻したときにリーダと話していた、落ち着いた声の持ち主のことだろうか。

おそらく――マザーと呼ばれていることからも――女性なのだろうと思うけれど、どうやらそのひとが魔力を扱えるこの子らを育てているようだが…聞くに限れば、ずいぶん魔力や魔術、魔法についての造詣が深い様である。


「ほら、身体動く様になったら今度は飯食おうぜ。エリコットがパン粥を作ってくれたんだ。」


コルドの声に促され、恐らくこの中では一番年上だろうと思われる少女――15、6だろうか――がはにかんだ笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。

その手には盆が載っており、そういえば甘い湯気がそこから立ち上っているのに気付き…そして、突然に鳴きだした腹の虫にぱちぱちと僕は目を瞬かせた。


リーダの説明を信じるなら、1週間前に僕は…死んだ、らしい。

そこから何も食べてない…いや、戦場から休みも取らず帰ってきたはずだから、10日ほどか。

それだけ食べていなければ腹もすくはずだ――


「……ッ…」


「…えっ」


短い驚嘆は誰のものだろうか。


動かせるようになった手足を使って、ベッドから跳ね起きる。

目を見開いた子供らに気を使う暇もなく、僕は翻るカーテンのかかった窓に、青天の元に飛びだした。



*****

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