序章・ある国の悲劇
スタジオジ〇リのような雰囲気を目指して書きたかったけれど明らかに道を踏み外しました。
実は恋愛ものに仕立てる予定ですので、苦手・嫌い・作者が嫌いなどの方、どうぞお戻りください。
重厚な空気のなか、その人物はしっかりとした足取りでその赤い道を進む。
ふわふわとした毛足の長いカーペットは彼の、ともすれば崩れ落ちてしまいそうな身体を歓喜と郷愁で奮い立たせた。
この道を歩くのは何度目になるだろう。
この道に帰り着くのはあと幾度だろう。
彼は、そして見据えた目線の先にたった一人の肉親の姿を映す。
がっしりとした玉座に腰を据える、優美な雰囲気を醸し出すその男性は、彼の弟であり――この国の、王であった。
やがて臣下のあるべき位置まで進んだ彼は、跪いて頭を垂れる。
「――ただいま戻りました、わが君よ。」
声を出すだけで臓腑が痛む。
それはそうだ、彼は戦場から帰ってきたばかりなのだから。
常勝を代名詞にする彼にしても、今回の戦は困難を極めた。
大体にして、敵との戦力差が開き過ぎていた。
それでも彼は――帰った。
国を取れと、王が命じるままに。
―――その意味を、わかっていながらも。
「よくぞ帰った、将軍。」
気だるげな、それでいて品を失わない王の声が玉座の間に響く。
普段ならそれを聞いて陶酔するだろう臣下たちは、今はいない。
ただ二人、彼と、そして王が居るのみである。
「これで何度目になるか、将軍の勝ち戦は」
「は…大きなもので9度目になりましょうか。ひとえに、我が君がためと力を尽くした兵たちの働きによるものです。」
微笑みを浮かべた王の瞳にほんの少しの陰りを見つけて、彼はつい歪みそうになる顔を必死で引き締めた。
これが最後だ、と王は出立前に言ったのだ。
これが最後だ、と。
「……それは僥倖だ。」
一瞬の間の後、王は立ち上がりながらそう言う。
彼は身を固くする。
いつだったろうか、最後に王と――弟と、こんなに近くで顔を合わせたのは。
伏せた視界に、この優しげな風貌の王に似合わぬ、武骨な軍靴が現れる。
懐かしい、花の様な王の纏う香りが鼻をくすぐる。
彼は、唇を噛みしめた。
「将軍、これが最後だと、私は言ったな。」
「はい、我が君。」
震えそうになる声帯を叱咤して、彼は唇を開く。
たまらず唇を舐めれば、うっすらと滲んだ血の味がした。
「その意味を、理解しない将軍ではあるまい。…なぜ、帰った。」
王の声が凍る。
音が身体を貫いて、彼は戦いで受けた傷より何倍も痛むそれに身を震わせた。
「私は我が君の命を全うしたまでです。」
あくまで臣下の礼を取り続ける彼に、王は氷色の瞳を細める。
「……英雄として死なせてやれる、最後の機会だと言ったのだ。解るだろう…聡明な貴方なら。」
そっと彼の肩に手を触れて、王は彼を上向かせる。
弾けるように顔をあげた彼は、しかしすぐに目を伏せて王と視線を合わせることを拒否した。
「兄上、貴方は解っていたはずだ。ここに帰れば命は無いと。なぜ、戦場で死ななかった。何故…私に剣を取らせる。」
きん、と耳慣れた鍔鳴りが彼の耳を打つ。
そっと、羽が触れるように彼の首に示されたそれは、まさしく王が身に帯びる王剣・シルフであった。
銀の刃面に覗く弟の目は苦渋に満ちていて、彼はそれだけで観念した。
「国のため…そしてお前のためだよ、ルーディ。安心してくれ、私は今回の戦で死傷と言われても仕方ない程には傷を負ってきた。例え王の腕のなかで死のうとも…誰もお前を疑いはしないさ。」
「……ッ」
彼と王は兄弟であった。
共に先王の息子として生まれ、共に国を背負うものとして育てられた。
彼らはそれぞれにおいて聡明さを見せ、そしてそれゆえ、彼らは要らぬ争いの種になった。
唇を、血が滴るほどに噛み締めた王は、そっと彼の喉から剣を引く。
それは一時将軍に希望を与えたが、彼の視界に白刃が音もなく表れた時希望は崩れ去る。
「さようなら、兄上。」
はっと上げた彼の目に、泣きだしそうな弟の顔が映る。
刹那に襲った胸の焼けるような痛みは、瞬く間に彼の心臓を止めた。
さようなら、と答えようとした彼の唇から洩れたのは、ごぼりと湧き上がる血泡の音だけ。
そして彼の瞳は、永遠に閉ざされた。
しょっぱなこそ三人称書きですが次から一人称書きになります。
また、このシリアス(?)な雰囲気は粉々に崩れ去ります。