ただ一万円を落としただけなのに、、、マユちゃんは嬉しそうにしています。無敵なマユちゃんは今日もハッピーです。
楽しくお読みいただけましたら幸いです。
これは、私の後輩のお話です。
あの日は風が強く肌寒かったそうです。
「マユ先輩。何をしてるんですか?」
「何にもしてないわよ」
「でも、何かコソコソ話してましたよね?」
「気のせいよ」
「そうですか?」
危ないところでした。
後輩のマユちゃんにバレるところでした。
私は今、ネタの構想を練っているところだったので、それが声に出ていたみたいです。
「マユちゃん、おはよう。マユさんもおはよう」
「あっ、課長、おはようございます」
後輩のマユちゃんは、元気にあいさつをします。
それはそれは、可愛い笑顔で。
そんなに愛想を振り撒かなくてもよいのではと思うほど、可愛い笑顔です。
そんなマユちゃんだから、他の社員達から大人気です。
可愛い。
お人形さんみたいだと。
そして私はマユちゃんの先輩のマユです。
マユちゃんと同じ名前ということで仲良くなりました。
「課長、おはようございます」
「今日のお昼は?」
課長は私の耳元で言います。
マユちゃんは他の社員さんからの挨拶に返事をしていて私と課長のことは気付いていません。
「今日は、冷蔵庫の一番上に置いています」
「うん。ありがとう」
私と課長は付き合っています。
誰にも言えない秘密の関係です。
課長のためにお弁当を作り、会社に設置してある、大きな冷蔵庫の一番上に置いています。
「マユ先輩」
「なっ、さっきからマユちゃん、いきなり登場し過ぎなのよ。びっくりするじゃない」
「私、悩みがあるんです」
「またなの? お昼休憩の時でいいの?」
「はい。マユ先輩のアドバイスが欲しいです」
私はマユちゃんの相談役です。
マユちゃんは毎日のように悩みを抱えます。
私の一言で納得して忘れていくマユちゃんは心が強いのか弱いのかよく分かりません。
「マユ先輩。今日の朝、ガムを踏んじゃったんです」
「えっ、そのガムは取ったの?」
「それがまだ、取れてなくて」
「どうして? 取らなきゃ気持ち悪いでしょう?」
「はい。なので、マユ先輩、、、」
「嫌よ」
「マユ先輩。お願いです」
マユちゃんが言わなくても分かります。
私に、そのガムを取らせようとしています。
私はマユちゃんの先輩だよ?
先輩にそんなことさせる?
「私に言わないで、男性社員に言ったら喜んでするわよ」
「そんな、頼めないです」
「私には頼むのに?」
「えっ、マユ先輩は私のお姉さんなので」
「それならマユちゃんのお兄さんを探しなさい」
「それなら課長ですかね?」
何で課長になるのよ。
それはイケメンで、頼りになって、優しくて、まだまだ色々あるけど、それでも課長は違うでしょう?
「他の社員に頼めないなら、ずっとガムがついてるままね」
「そんなぁ~。私、最近良いことしかないのでマユ先輩も手伝ってくれると思ったのに」
良いことばかり?
朝からガムを踏んじゃうことの何処が良いことなの?
「良いことしかないの?」
「はい。やっぱり一万落としちゃったからだと思うんです」
一万落とした?
えっと、一万円だよ?
そんなに笑って言える話なの?
私だったら、落ち込んで一週間は負のオーラが漂ってると思うんだけど?
「マユちゃん? 一万円を落としたの?」
「はい。昨日、どこで落としたのか覚えてないんですけど、バッグの中に入れていた一万円が失くなってたんです」
「なぜ財布の中に入れないの?」
「ん~何故ですかね?」
「そんなお金をちゃんと扱わないから、落としたりするのよ」
「でも、一万円を落としてから良いことがいっぱいなんです」
嬉しそうに話すマユちゃんは、一万円という価値が分かっていないのでしょうか?
「昨日、電車に乗り遅れると思っていたら、遅延していてちゃんと乗れました。今日の運勢は第一位ですし、そしてなんとこれが当たったんです」
マユちゃんはスマホの画面を見せます。
「これ、私の推しのライブが当たったんです」
マユちゃんのスマホ画面を良く見ると、入場料五千円、握手と写真撮影五千円と書いてあります。
それって、マイナスなのでは?
「一万円落としただけなのに、こんなに良いことがあるならまた落としても良いかもです」
マユちゃん。
あなたには勝てないわ。
一万円の価値が私とは違い過ぎるわ。
「マユ先輩、知ってます?」
「何を?」
定時になり、みんなが帰る支度をしている時、マユちゃんが私に訊いてきました。
「もうすぐで最低賃金が上がるんですよね。給料が増えますね。一万円落としただけなのに、、、♪」
ニコニコと嬉しそうに笑うマユちゃんには、私達のお給料は月給なので変わらないよと言うのはやめておきます。
「あっ、そう言えば、マユちゃん」
「はい?」
「ガムは取ったの?」
「お兄さんに取ってもらいました」
お兄さん?
誰のことを言っているのかしら?
マユちゃんはルンルンとスキップしながら帰っていきました。
「あの子、俺達のこと知ってるよ」
私の後ろから小さな声で囁く声に私は振り向きます。
そこには苦笑いの課長がいます。
「あの子、お兄さんにガムを取って貰えとお姉さんに言われたって言って、俺の所に来たよ」
「えっ、マユちゃんが?」
「そして言われたよ。マユ先輩を幸せにしなかったら、このガムを課長の机の中いっぱいに詰めますからって」
「マユちゃんらしい」
「あの子が俺達の仲良くなるきっかけを作ったのも偶然じゃなかったかもな」
「でも、あれは、マユちゃんが転けそうになって課長にお茶をかけちゃって、私が謝りながらハンカチで拭いて、、、」
課長と手が重なって、それからお互いを意識しだして。
そっか、マユちゃんには分かっていたのかな?
私と課長の気持ちが。
可愛い後輩のマユちゃん。
私の大好きな妹のようなマユちゃん。
今度、一万円分は無理だけど、好きなケーキをたくさん買ってあげるね。
ネタもたくさん提供してもらってるし。
お読みいただき、誠にありがとうございます。
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