生水の飲み過ぎはあなたの健康を損なう恐れがあります
「楽チンだべー」
翌日、彼は早速雑巾モップを作った。フローリングワイパーみたいな形で、シートの代わりに雑巾を挟むものを。
巨体を屈めなくて良くなったメグはご機嫌でモップを掛けている。
さらに追加でせっけんも作り直してもらった。
最初にもらったせっけんは、使ってみたらお肌がピリピリしたので即クレームを入れたのだった。
「ちょっと、どういうこと? 変な物でも入っているんじゃないの!」
「え、あれを人体に使ったの?」
何でも余計なものが入っていない純粋せっけんで入浴用には強すぎるそうだ。本人は掃除や洗濯、皿洗い用のつもりだったらしい。だったらそう言ってよ。
新しいせっけんはフォームタイプで、何とかいう保湿成分が含まれているおかげでお肌もしっとりすべすべだ。ミントの香りまでつけてあるの。うふふ。やればできるんじゃない。
それと歯ブラシも作ってもらった。馬のたてがみを植え込んだそうだ。見た目はちょっと黒いけど前世の歯ブラシとそっくりだ。
「馬のたてがみは腰が強くてブラシにぴったりなんだ」
「へー」
ちょうどいいのでついでに服用のブラシも作ってもらった。これで埃を払えるわ。
生活環境は順調に改善が進んでいる。私の目指すところにはまだまだ遠いけど、一歩ずつでも前進しないとね。
「その調子で、これも何とかならない?」
私は厨房の流しに流れ続ける水を指さした。
私の家には水道が引かれている──と言っても、前世の塩素で消毒された水が出てくる水道とは違う。ただの山水だ。
この村に建っている家はすべて山際にある。何故かというと水を山から引いているからだ。
水の豊富なこの村では山の中のあちこちから水が湧き出して沢を作っている。そうした水源地から木の樋で水を引き込んでいるのだ。
都でも自領でも実家では井戸を使っていた。比べると湧き水のここの方がずっと水量が多い。その上仕組みが仕組みだけに、前世の水道と違って水が止められない。二十四時間流しっぱなしだ。
ただ、樋に蓋をしただけなので、取水口から木の葉やら何やらが入り込む。私の水道も時々カエルがこんにちはと顔を出す。雨の時にはひどく濁る。
そういう水だから、沸かさないと飲めない。
「せめて濁らない水が欲しいんだけど」
「と言っても次亜塩素酸ナトリウムなんてないし、ろ過装置でも作ろうか。──これ、どこで手に入れたの?」
彼が指さしたのはかまどの横の壷だった。木の燃えさしを入れておくやつだ。
ここは田舎村だけど、細々と窯業もやっている。焼き物だけじゃやっていけなくて兼業農家だけど。
「ああ、村の焼き物屋さん。ベンの家が窯元よ。行きたいの?」
「うん」
「メグ、案内してあげて」
「へえ」
「お金を貸してくれないか?」
「何が欲しいの?」
「タンク。この壷より少し大きいものが欲しい」
「それなら貸すんじゃなくてあげるわ。私のためのものだし。じゃあこれね」
私は彼に小麦粉の入った壷を渡した。彼は壷と私の顔を何度も見返した。
「……これは?」
「小麦粉。この村ってお金の使い道があまりないから、こっちの方が喜ばれるのよ」
お金は月に一度来るか来ないかの行商人くらいにしか使うことがない。私も村人から物を買う時に最初はお金をあげていたんだけど、今ではほとんどこれだ。そのために仕送りの半分は小麦粉と布で送ってもらっている。
「物々交換なのか……」
彼はブツブツ呟きながら出かけて行った。
ちなみにこの国のお金は金銀銅の三貨制だ。と言っても、私の実家はこの世界の基準で言えばものすごい大金持ちだったから、逆にお金を使ったことがない。
こちらがお店に出向くことなんてなくて、出入りの業者が何でも運んできた。そしてすべて掛け売りだった。前世の記憶がなかったらお金の使い方がわからなかったと思う。
「ちょうどいいのがあったよ」
彼は大きな壷を手に入れてきた。素焼きで、太いところの直径は四十センチほどもある。
彼は壷をひっくり返して、壷の裏に砂をまいて、真ん中に直径三センチほどの短い棒を立てた。
で、棒に紐を巻き付けた。一回、二回。
「ちょっと手伝ってくれないかな?」
「いいけど」
私は彼の言う通りに棒の上を石で押さえて固定した。そして彼とメグは左右から紐を交互に引っ張って棒を回転させた。
勢いよく紐を引っ張る彼に聞いてみた。
「これって何をしているの?」
「砂で削って、穴を開けて、いるんだ。古代エジプトでは、こうやって岩を、くり抜いていた、そうだよ」
「ふーん。変なことを知っているのね」
ギコギコ、ギコギコ。
しばらく頑張ったら棒が壷を貫通して、底に穴が開いた。
……そこからが長かった。
彼は壷を洗って、底に布を敷いた。
それから今度は川に降りて小石をたくさん拾ってきた。穴より大きいものを。それをゴシゴシ洗って、大鍋でグツグツ煮沸消毒して、壷の底に敷き詰めた。
次に小石より小さな砂利を拾ってきて、これもジャラジャラ洗ってから煮沸消毒。これを小石の上にジャラッと乗せた。
その次は炭を細かく割って、また洗って煮て、砂利の上に厚く敷いた。
そのまた次は砂。水が濁らなくなるまで洗って、やっぱり煮沸消毒して、炭の上に敷いた。
これでようやくろ過装置のできあがりだそうだ。彼は樋と水道の間にこの壷を設置した。
壷の中にしみ入った水が、やがて水道から流れ出してきた。
「どうかな?」
「……すごい、透明な水が出てきた」
「一応沸かして飲んでね」
「わかったわ」
「そうすると、こっちの管も直したいな」
彼は水を引っ張っている木の樋を見た。