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悪役令嬢は告らせたい

「そんで、どうすんだべ」


 朝のルーティンを終えてお茶を飲んでいたら、向かいに腰かけたメグがやはりお茶を飲みながらそんなことを言った。

 アレクは隣村に行っちゃったしジャック君は訓練中だし、家の中には私たちだけだ。気楽なものね。だから私も気軽に答えた。


「なんのこと?」

「アレクさだべ。ようやく好いとるって自覚したんだべな?」

「ブッ」


 私はまたお茶を吹きそうになって、慌てて飲み込もうとして、むせた。


「ゲホッ……。な、なんでそんな……」

「見ればわかるべ。アレクさを追っかける目つきが昨日までと全然違うでねえか」

「はうっ」


 私は湯呑みを置いてアタフタそっぽを向いてやっぱりメグを見つめてギクシャク身振りで否定しようとした。

 何をいきなりそんなことをぶしつけに言い出すのよこの田舎メイドは私に限ってそんなこと──


 ……今さら否定しても仕方がない。私は渋々認めた。


「……私、そんなにわかりやすかった?」

「一目瞭然だべ。よく言えば恋する乙女の目だべな」

「悪く言ったら?」

「サカリのついた雌猫だべ」

「いくらなんでもそこまでひどくないと思うの」

「まあアレクさはちいと鈍いから気づいとらんだろうけんどもな。ジャックさは早晩気づくべな。そしたらまああの性格だあ、アレクさにストレートに伝えちまうべ」

「ひゅっ」

「いつまでも今のまんまじゃおられねえべ。そんで、ご主人はどうするつもりだべ?」

「その……できれば、このまま秘かな思いに浸っていたいとか思ってみたりみなかったり?」

「……」

「いや、あのね? その、いつか時間が解決してくれると思うから……」


 ものすごく冷たい目で見下すように私を見ていたメグは、やがて特大のため息を漏らした。何それ、嫌味?


「また悠長な……。あんなあご主人、アレクさもいつまでもここにおるとはかぎらねえんだべ?」

「……え?」

「そら最初は家出したドラ息子が──だな、温泉に入りてえとか甘めえたことぬかして住み着いとったんだどもな。今じゃ立派に社会復帰しとるんだべ」

「あ……」

「ガラス工場は順調だべな。馬車工場ももうすぐできるべ。今の調子で仕事が大きくなった暁にゃあ、いずれ一旗揚げてえと思い出すんが男だべ。いやアレクさが望まねえでも周りがほっとかねえべ。そしたらいつまでもこんな山ん中におるわけにはいかねえ、いずれは出てっちまうんだべ」

「う……」

「おらは早ええこと勝負をかけるべきだと思うべ。股で咥え込んで引き止めとくんだべ」

「もう少し言い方を考えましょうよ」

「やることは変わんねえべ」


 そんなことを言われても……。

 な、なんてことなの……私のためのガラス工場が私を追い詰めることになるなんて!




 私は部屋に閉じこもってメイクにチャレンジしていた。せっかく鏡があるし。


 ……こんなことを淑女が言うのははしたないんだけど、私って今日に至るまで手を出されていないの。もう数か月もひとつ屋根の下に住んでいるというのに。

 それはアレクが紳士だからなのか、それとも私に魅力がないのか……。どちらかというと後者のような気がした私は、こうして魅力アップに励んでいるというわけだ。


 でも、ね……。


 ここまでずっとメイクの話をしなかったのは、それがないからではない。私が、というか若い娘はしないからだ。

 この世界はまだコスメもメイクの技術もとっても未成熟だ。メイクと言えば、おしろいみたいなものはあるのでそれで真っ白に塗りたくって、眉毛を剃り落して描いて、真っ赤な口紅で唇を強調する。それしかない。

 色のパターンなんて全然ない。みんな同じ顔になる。そのくせ高いのでお金持ちしかしない。


 この世界ではメイクは年を取ってシワやシミが隠せなくなってからやるものだ。ご家庭の奥様がメイクをするようになったら旦那様は「お前も老けたなあ」なんて思ってしまうし、それをうっかり口にでも出そうものならその日から家庭不和待ったなしだ。

 女の子も思春期になると一度や二度は試してみるんだけど、鏡の中のバカ殿さまみたいな自分に閉口して、やめてしまう。


 そういうわけで若い娘はお化粧をしないことになっている。パーティーなんかでたまに唇を真っ赤に塗り潰してくる子がいるけど、あれは同性に向けた威嚇の装束だ。男性の受けはすこぶる悪い。


「……よし、できた」


 眉は落とさなかったけど。私はアレクに見せる前にメグの感想を聞いてみた。


「どう?」

「大道芸人の真似事だべか?」

「……」


 鏡の中の私はやっぱりピエロみたいだった。

 私はメイクを諦めた。


 お風呂に行って洗ったけど、なかなか落ちない。洗っても洗っても落ちない。ちゃんとしたメイク落としがないのよ、この世界。やめておけばよかった……。


 聖女とかエリザとか、特に何もしなくても美少女なんだからすごいわ……。


 後で一応聞いてみた。

「男性の意見を聞きたいんだけど。リップってどう思う?」

 アレクは首を傾けながら答えた。

「唇?」

「口紅」

「え……? そんな縁のないことを聞かれても……。君の兄上は『グロテスクだし色が移りそうで嫌だ』と言っていたよ」

「兄のそんな話、聞きたくないんだけど」

「それを喜ぶのはうちの兄くらいなものだね」


 アレクの二番目のお兄様は遊び人で有名だ。リップの色移りなんて勲章みたいなものだろう。


「それにしても男の人ってメイク嫌いよね。何で?」

「何でだろうね」

 アレクは今度は首をひねった。

「多分だけど、どこまで行っても結局は嘘でしかないからじゃないかな」

「貴方の顔でそれを言うの?」

「男は顔じゃない、中身だ」

「貴方の顔でそれを言うの?」

「豪華なプレゼントの包装を開けて中身はキャラメル一個だったら、女性だってがっかりするだろう?」

「中身がショボいなら、せめて外側くらい綺麗にラッピングした方が良くない?」

「見解の相違だね」

「男女の相違だわ」


 これでは仮にメイクが上手く行っても、何の効果もないどころか逆効果だろう。メイク作戦は始まる前から失敗に終わった。




「お仕事お疲れ様。たくさん食べてね」


 私は得意分野で攻めることにした。ごちそう攻め作戦だ。テーブルの上には腕によりを掛けた料理が所狭しと並んでいる。

 アレクは感嘆の表情で言った。


「いつもすごいね。いつもありがとう」

「どういたしまして。さあ、食べて食べて」

「うん、ではいただきます。うん、いつも通りおいしいね。本当にいつもありがとう」

「ふふ」


 そうね、やってることがいつもと同じじゃない! ジャック君の方が良く食べていたし! 近頃では訓練に慣れて来て、食欲がすごいの。




「ねえアレク、ちょっと相談があるんだけど」

「何かな?」

「あのね、次に男爵様のところに行くときの服装の相談なんだけど。いつも乗馬服っていうのも味気ないじゃない? どれがいいか、ちょっと見てほしいんだけど」

「僕でよければ」


 私は次の勝負に打って出た。ファッションショー作戦だ。いつもと違う私を見せて、魅了してみせる。


「これはどうかしら? 少し派手? ──こっちはどう? この季節には合わないかな? ──あ、これお気に入りなの! いい布地を頂いたから、自分で縫ってみたの!」


 次から次へと衣装を引っ張り出して、着替えてはアレクの前に姿を見せる。

 くるっと回って後ろを見せて、また次の服に着替えてくる。

 着替えた服を次から次へとベッドの上に広げていたら、何だか楽しくなってきた!


「一ついいかな?」

 アレクが手を挙げた。私は微笑んで答えた。

「なにかしら?」

「ごめん、違いがわからない」

「……」


 そりゃ私は衣装持ちではあるけれど、しょせんはこの世界の服。ちょっと色柄が違うだけで形は全部同じなの……。露出度も低いし。というか冬だし。庶民でも厚着だ。まして良家のお嬢様が足の見えるような服を持っているはずもない。

 だったらアレクの好きなアップスタイルにしてみようかとも思ったんだけど、今はジャック君がいるし。淑女が首筋を露出していたら正気を疑われてしまう。


 私はすごすご自室に退散した。




「アレク!」

「何?」

「ちょっとこっち見て」


 腹をくくった私は真正面から行った。

 正面から見つめ合ってみた。

 え、そうじゃないって? うるさいわね。


「?」


 まっすぐな瞳が私を見つめた。青い瞳が透き通って、吸い込まれるようだった。

 ……あ、駄目。見てられない。恥ずかしい。私は先に目をそらした。


「何だったの?」

「……目をそらしたら負けゲーム」

「よくわからないけど、僕の勝ちでいいのかな?」

「私の負けです……」




「今日も無駄な努力に精が出とるな」


 作戦は連戦連敗、打ちひしがれる私に注がれるメグの声は冷たかった。もう少し優しくしてくれてもいいじゃない。


「種も蒔いてねえ畑に水やるような空しい行為だべ」

「ほっといてよ……」

「実際何しとるんだべな?」

「……アレクの方から好きって言わせたいの」

「何ぬかしとるんだべ……。ウジウジしとらんでさっさと自分から行くんだべ」

「だって、女の方から愛を告げるのって、負けたみたいで嫌じゃない?」

「……何を言っとるんだべ、こんご主人は」


 メグは海の底で奇怪な進化を遂げた生き物を見る時のような、理解のできないものを見る目で私を見ていた。


「だって、だって」

「愛を勝ち負けで考えとる時点でズレとるんだべ」

「でも、恥ずかしいし……」

「デモデモダッテは嫌われるべ。なあご主人、現代は男女同権の時代だべ。もう令和も8年になったんだべ、意識をアップデートして行くべえや」

「貴女、未来に生きすぎでしょう」

「異世界ジョークはともかくだな、まあ悪いこたあ言わねえからとりあえず一発ハメとくんだべ。やることやれば愛情は後からついてくるべ」

「貴女、どうしてそう即物的なの……」

「スキンシップってのは馬鹿にしたもんでねえべ」




 そうは言われても、私がメグのようにできるはずもない。私にもできるやり方で何とかならないか……と思案した結果、いいアイデアが浮かんできた。


 音楽を教えてもらおう。


 勉強は今更もうどうしようもないけど、楽器なら今からでも何とかなるはずだ。ジャック君だって結構弾けるようになってきたわけだし。

 そして距離を縮めよう、物理的に。家庭教師と令嬢の禁断の恋なんて、この世界でもよく聞く話だし。


 私は兄に楽器が欲しい旨の手紙を書いて、メグの兄にお願いして持って行ってもらった。ちょうどガラスを追加で買いたいと王宮から注文が入っていたからね。ついでに届けてもらおう。


「お届け物だべ」

「あら、早かったわね。ありがとう」


 メグの兄は帰りの便で大きな布包みを届けてくれた。ウキウキしながら開けてみたんだけど……。

 あれ? 何だか形が違うわ?

 リュートって言ったらイチジクを縦に割ったような形だけど、これは食パンを横から押さえたような形をしている。それに棒に紐を張ったようなものが付属しているし。どちらかというとバイオリンに近いような……。


「ああ、これはフィドルだね」


 楽器を見せたらアレクは軽くそう言って、紐のついた棒を取り上げた。


「これは弓」

「フィドル……? って、なに?」

「バイオリンの祖先かな」

「へー……」


 お、お兄様……そりゃ確かにこれも弦楽器ではあるけど、楽器違いだわお兄様!

 ちょっと意気消沈してしまった。私はうなだれつつそのフィドルとかいう楽器を手に取って、バイオリンみたいに構えて弓で引いてみた。フィドルはギーと悲鳴のような音を立てた。


「うまく鳴らないわ……」

「教えてあげようか?」

「え、これも弾けるの?」

「貸して」


 フィドルを受け取ったアレクが軽やかに弓を引くと流麗な音が鳴った。本当に変なところで器用よね。

 そしてアレクは春の目覚めと喜びを表現した曲を華やかに弾いた。何だかレストランで流れていそうな曲だ。

 くっ、技術の差を見せつけられているわ……。


「すごいわ……。ねえ、私にも音楽を教えてよ。今の曲を弾けるように」

「いや、これは難しいかな」


 そう呟いたアレクはまた違う曲を弾き出した。今度の曲は柔らかな──愛情に満ちた優しい旋律だった。


「あ、聞いたことある。前世で」

「有名な曲だからね。エルガーという作曲家の……ピアノの生徒への贈り物だったんだ」

「へー。ちょうどいいわね」

「この曲を弾けるようになることを目標としよう」

「頑張るわ!」


 さて、リュートは二つあったけどフィドルは一つしかない。なので受け取ったり渡したりしながら弓の動かし方を教えてもらっていたんだけど、これって効率が悪いわ。

 私は苦情を言った。


「ねえ、もうちょっとなんとかならない?」

「と言われてもね」

「実際に私の手を持って動かしてみてよ」

「え……。難しいな」

「後ろからならなんとかなるでしょ」

「え? いや、それはさすがに……」

「いいから。許可をあげるから。ほら、やってよ」

「……では、失礼」


 アレクは私の後ろに回った。

 近いところから呼吸が聞こえてきて、ど、ドキドキしちゃう……。

 そして後ろから伸びた大きな手のひらが、私の手に覆いかぶさった。


 ──あ、ス、スキンシップだ、これ! 見なさいメグ、私にだってできるんだから!


「ね、ねえ、も、もう少し近寄って。これじゃ、うまく、動かせないから」

「え、あ、うん。あ、はい」


 声が震えちゃう。アレクの声もためらいながら、背中に熱が触れた。

 ひゃぁぁ……いえ、いいわ、いいわ、この距離──物理的に近い!

 ビバ、スキンシップ! サンクス、フィドル!


 リュートじゃなくてこっちが届いて良かった!


 私はアレクのリードに従って弓を操った。というか操られるに任せていた。

 何だかボーっとして、これじゃ覚えられそうにないけど。


 そうやってしばらくの間、近い距離感を楽しんでいたんだけど……。ふと、メグが白けた目で私を見ているのに気づいた。

 いい年をして子供のようなことを言っている人を見る目をしていた。


 ほっといてよ、これが私の速度なの!

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