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中世的異世界のファッション事情

 私の家には塀と門がついている。一応は貴族だからね。

 そしてその門の内側に小さな建物が付属している。本来なら守衛のための宿舎になるはずだった空き家だ。

 彼にはそこに入ってもらうことにした。


「住むところとご飯は用意してあげるから、門番の代わりでもしてよ」

「風呂もいいかな?」

「私の後でね。ちゃんと掃除してよ?」

「もちろんだとも」


 この世界の庶民の家はまだ土間が一般的だ。家の中に入っても床は土のままなので、そのまま靴を履いている。靴は貴族は革靴、庶民は布の靴だ。

 守衛のための宿舎も同じで、イステーブルやベッドはあるけれど、床は土間。

 これが貴族の家だと一階のフロアは石か木、二階以上は木の床で、やはり土足で入る。


 私の家は貴族の家なので木の床だ。ただし! 私は土足は受け入れ難かったので、日本式に玄関で靴を脱ぐ形にしてもらった。家の中ではスリッパだ。

 来客用のスリッパを一足、彼専用にした。


 それから──


「それ、何とかならない?」

 私は彼の服を示した。


 昼食を食べながら気になっていた。最初に着ていた襤褸(ぼろ)と比べたらまだマシだけど、すっかり汚れてあちこちほつれている。元の生地は良さそうなのに。

 彼は首元を引っ張って眺めながら気まずそうな顔をした。

「駄目かな? 家を出るときに着ていた一張羅なんだけど……」

「最初に着ていたのは?」

「あれは庶民の古着だよ。なかなかサイズが合うのがなくて、同じのをずっと着ていたんだ」

「それでボロボロだったのね」


 私の家に入るからには服もきちんとしてもらいたい。


「服を作りましょう」


 村人の服は普通は行商人が売りに来る古着だけど、次にいつ来るかはわからない。来たところで本人も言う通り背丈が合うのがないだろう。作るしかない。

 最初は彼のフォーマルをリフォームしようと思ったんだけど、さすがに限界だった。うーん……手持ちの布で何とかなるかな?


 さて、貴族の男は普通パンツスタイルだ。何故かというと馬に乗るからだ。

 トラウザーズというのは元々は庶民でも農民や狩人みたいな肉体労働者の着るものだった。野良仕事の時に足元が草むらでも平気で、便利らしい。

 その利便性から格上げされて、今では貴族も履くようになった。


 トップスは、昔はワンピースみたいな丈の長いシャツだった。町の庶民は今でもそういうのを着ているけど、貴族の服は時代の移り変わりと共に段々短くなってきた。代わりに襟が高くなって首まで覆っている。

 そして前世の紳士服のシャツのように前でボタンで留める形に変化した。何故貴族のシャツが前開きになったかというと、ボタンが高級品だからだ。


 この世界にはプラスチックなんてものはないので、ボタンというのは職人が一個一個丹精込めて作る。象牙や、動物の角や、厚い貝殻といった素材からすべてが手作業で削り出されるもので、相当な高級品だ。自然の素材じゃなければ金銀ね。

 庶民にはおいそれと使えるようなものではなくて、ほとんどが貴族のためのものだ。要するにある種裕福さの象徴のようになっているので、貴族は自分の富を誇示するためにボタンを使ったシャツを着るようになったのだ。なので同じ貴族でもお金持ちになるほど服のボタンの数が増える。

 あとは靴下を履いて、靴はブーツ。最後にアウターでもないけどマントを羽織って紳士の装いのできあがりだ。


 ちなみに町の庶民は昔ながらのワンピースを着て、腰のあたりで紐で締めている。

 庶民でもお金持ちになるとこれが二重になる。まずインナーとして足首まである白のワンピースを着る。裾のドレープがおしゃれのポイントらしい。その上に膝丈のワンピースを重ね着する。こちらは染色されている。これをベルトで締める。

 ただし、いかにお金持ちでも庶民の布はまずは麻、次いで木綿。冬にはウールもありだけど。でも、貴族みたいに亜麻を着ることは許されない。

 多分糸が太いせいで布地はゴワゴワしている。染色技術も低いので、全体に地味だ。

 農民や漁民は股下くらいのシャツにトラウザーズね。ただし庶民のトラウザーズは前で紐で結ぶ形。貴族のそれはベルトで留める。


 このように所属する階層で服装が全然違うので、その人がどういう身分の人なのか大抵は一目でわかる。

 ま、ここに住む分にはそんなことは気にしなくていいでしょ。適当に作っちゃいましょう。


 ──と、その前に。

 ボタンが欲しい。紐で結ぶパンツってどうしてもカッコ悪いのよね……。

 今着ているシャツのボタンは回収するつもりだけど、小さくて使えそうにない。


「えーっと、上手く説明できないんだけど、何と言うかこういい感じで硬くてそれでいて弾力性があって、加工しやすくて割れにくい材料が欲しいんだけど──」

 相談したらメグの兄は森に入って鹿の角を拾ってきてくれた。ちょうど生え変わる時期みたい。

 すごい、要求通りだわ。このお兄さん、メグより使えるわね。


 そうしたらアレクは大工道具を持ちだして、角を薄く切って、削って、穴を開けて、ボタンを五個作った。

 ……あれ、何だか簡単に作っちゃったんだけど。これって専門の技術がいるんじゃなかったの? 妙に器用ね、この人。


 あ、でも、仮に専門の職人が一日に十個ボタンを作れるとして、日給が一万円だとするとボタン一個を千円で売らないといけないのか……。

 それにこれは無料で拾った鹿の角だけど、高級品は象牙みたいなものから作ってるのよね。そりゃ庶民には使えないわ。


 採寸して……足長っ。節約のためにパンツは麻にしましょう。あれが一番安いから。

 さて、それじゃ作りましょうか!


「メーグー、手伝って」

「しょうがねえべなあ」


 二人して針仕事だ。ミシンなんてないからチクチクチクチク手縫いでね。丸一日と半分かかったわ。

 あー、肩がこった。


「ほら、着替えてみてよ」

「うん──」


 それではモデルをご覧ください。


 まずインナーはクルーネックの長袖シャツにした。素材は木綿。


 トラウザーズは生成りの麻布だ。

 当たり前だけどファスナーなんてものはまだ発明されていない。だからパンツの前開きのところをどうするかちょっと迷ったんだけど、結局ボタンフライにした。ジーンズでたまに見るアレよ、ボタンで留めるやつ。そのためにボタンを作ってもらったのだ。


 アウターはマントの代わりに近代的なジャケットを作った。布地は濃紺に染めたウールね。

 シルエットはツーボタンだけど、ボタンはつけなかったからノーボタンだ。当然ボタンホールも開けていない。ポケットもなしね。近代的というか未来的になっちゃった。


 靴はどうにもならなかったので村の靴屋に連れて行った。


「どうかな?」

「似合ってる似合ってる。ま、私が作ったんだから当然よね」


 馬子にも衣裳とは言うけれど、馬子どころか貴公子だし。この人って見た目だけはいいから、二十一世紀に連れて行っても本当にモデルで食べていけそう。

 まあ、私の近くに侍るからには着るものくらいは綺麗にしてもらわないと。この調子でおいおい増やしていきましょう。




 ついでだから女の服についても説明しておこうかな。


 私が着ているのはまずおそろいのブラとショーツ。素材は木綿。

 その上に長袖シャツ。これも木綿。色は白……かった。形は体型に沿っていて、首元まですぼまっている。襟元に短いスリットが入っていて、紐で結ぶようになっている。布の伸縮性が今一つだから、こういう形じゃないと頭が通らない。紐はボタンの代わりね。自己顕示欲ごっこには興味がないのでボタンは使っていない。

 その上に襟ぐりの大きな袖なしロングワンピース。これは麻。今日のは赤系の色で染められている。全体に露出度は低めだ。

 ソックスは三つ折りにしている。ゴムがないので留まらないの。

 靴はすっごくシンプルな革靴。何しろこの田舎村の道はどこも舗装なんてされてない。土がむき出しなので、ちょっと歩くとすぐ汚れる。装飾が多い靴なんて履いていられない。

 あとは、もう少し暑くなってきたら帽子が必要ね。


 隠居の身なので、いずれも庶民のものと大差ない服装に留めている。ただし町の庶民のものなので、この田舎町を散歩していると都会のお嬢様が避暑地にやって来ている感じがしないでもない。

 本音を言えば、ドレスよりこっちの方が楽なのよ。夜はネグリジェを愛用している。


 農家の女たちは上は長袖の裾の長いシャツで、下はスカート。プリーツなんて入ってない、筒みたいなすごくシンプルなスカートだ。ホックもないのでやっぱり紐で結んで留めている。


 庶民の服は普通は古着だ。服屋とはつまり古着屋のことだ。

 貴族の服ほど体にぴったりしていて、庶民の服はダボダボだ。貴族の服がオーダーメイドなのに対して、庶民の服は不特定多数が着ることを考えて作られているからだ。

 ただメグにはビクトリアンスタイルのクラシカルなメイド服を着せている。私がデザインして、メグに縫わせたものだから、サイズはピッタリだ。


 庶民でもたまには新しい服を作ることもある。そういう場合はその家の女が縫う。仕立屋というものはまだない。

 当然下着も女が作るし、貴族の家では侍女たちが縫う。私の家でもそうだったけど、私は自分の下着は自分で縫っていた。メイドにサイズを測られるのが嫌だったし、サイズを測っているくせに出来上がってくるものは微妙に合っていなかった。おまけに野暮ったいし。

 この世界の下着ってかぼちゃパンツみたいなの。よくてショートパンツね。ショーツは腰のところに紐が通してあって前で結ぶようになっている。この世界にはゴムがないから、こうしないとストンと落ちる。


 それにブラジャーというものがまだ発明されていなくて、中年以降はみんな垂れている。

 私はそんなのご免こうむりたかったので、思春期の頃から自分でブラジャーを縫って着用している。ホックがないのでこっちも紐で結ぶ形だけど。水着かな? いずれは世界中に広めたいものだ。


「ほらメグ、貴女なんか大きいんだからつけてないと将来悲惨よ?」

 この村に引っ越してすぐの頃、手始めに身近なメイドにブラジャーを作ってあげた。量感たっぷりな乳房に沿ったものを。


 何しろこのメグ、何もかもがすごく大きい。

 正確なところはわからないんだけど感覚的に、この国の女性の平均身長って貴族でも160センチを下回るし、庶民なんて150センチそこそこしかない。栄養状態のせいなのかな?

 ところがメグと来たら身長は170センチオーバー、お尻も大きい。胸もとっても大きい。メロンでもぶら下げてるみたいだ。こんなの、放っておいたら絶対垂れる。


「なんか窮屈だべ」

 メグはむずかって最初は嫌がっていたけど、胸を支えてくれる下着の良さがわかったみたいで、そのうち文句を言わなくなった


 ……ところで私の布のストックには亜麻布も多少ある。生成りの、まさに亜麻色の亜麻布が。たしかこれ、前世だと下着に使っていたはずよね?

 以前からこの世界の下着にはちょっと疑問を持っていたところだ。いい機会だから改良してみよう。


 まずはショーツ。形はまだしも、前で紐を結ぶからショートパンツにしか見えないのよ。左右で結ぶようにすればいいの。

 前世のショーツのように股から大きく切れ上がる形で、脇のところをぐっと細くして、同じ広さの紐をリボンみたいにして結ぶようにした。うん、カワイイ。

 ブラジャーも前を大きく開いて、寄せて上げて谷間を見せつける感じで。紐も前で結ぶタイプにしよう。リボンみたいなカワイイ紐で。縁にはレースのフリルなんかつけちゃったりして……。


「できちゃった……」

 勢いでセクシーな(※この世界比)ランジェリーを作ってしまった。誰に見せる予定もないのに……。

 ベッドの上に並べて見つめていたらメグがうろんな目つきで私を見た。ランジェリーの意図と用途を敏感に察したようだ。


「ご主人……むっつりドスケベだったんだべ」

「ち、違っ……」

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