表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/64

田舎娘はこれだから

 ガラス工場の建築が始まって、アレクは毎日隣村へと通っている。工場の外郭はともかく、ガラスの製造設備はアレクじゃないとどうにもならないものね。

 大工の手が足りなさ過ぎて、お隣のサルカン村の大工も呼んでの大工事だ。あの村にしてはの大工事、という意味だけど。


 工場完成と同時にガラスを作り出せるように、先に集積所だけ作って珪石の運搬も始まっている。今のところ馬に積んで往復しているそうだ。

「可能なら将来的には線路を引きたいね」

 とアレクは言っていた。


 これが終わったら次は馬車工場の建築が始まる。鍛冶屋のロンが工場長の馬車部品工場と、馬車製造工場が隣接して建てられる。

 ただ、ガラス運搬用の馬車の製造だけは始まっている。工場と同じ大工が作っているので大忙しだ。


 私はパンを焼くため日が昇る前に起き出した。

 私の柔らかいパンは傷みやすいのが唯一の弱点だけど、この時期なら三日はもつから一度に焼いてしまおう。


 私は木綿の長いスカーフを首に巻いた。毛糸のマフラーで火を扱うなんて、危なっかしくてやっていられないわ。

 ランプの灯をともして、昨夜こねておいた生地を壷から出す。ランプの小さな灯の下で私はそれをちぎってパンの形にした。


 それだけの作業をして外に出たけどまだ暗い。すっかり日の出が遅くなったわね。はー、寒い。首のスカーフをずり上げて鼻まで覆う。そろそろ雪ね。

 火を(おこ)して薪を放り込むとやがてパン窯は赤々と燃え始めた。私は窯の炎で暖を取った。


「ふゎぁ……」


 空の端が白みかかる頃、ギィッと空気を軋ませて警備室の扉が開いた。あくびをしながら出てきたのはジャック君だ。

「あら、おはよう」

 声を掛けたらジャック君は体をビクンと跳ねさせた。私に気づいていなかったようだ。


「ファフッ……お、おはようございます。お早いですね……。いったいいつからそこに?」

「パンが焼けるくらい前からかな」

 私は窯の扉を開けてパンを引き出した。


「さーて、今日のお弁当は……と言っても選択肢がないのよね……」

 アレクのためにお弁当を作っているんだけど、毎回サンドイッチだ。

 ゴムパッチンのついたタッパーなんてない、お弁当箱はつる性の植物で編んだバスケットだ。汁物、煮物は入れられない。汁気はなるべく飛ばして、焼いたものか揚げたもの。あちらで出汁っけのないスープだけは作ってくれるそうなので、何かおなかに溜まるものを──というわけで毎回サンドイッチになる。


 でもいつも同じじゃ芸がないし、せめて挟むものでバリエーションをつけたい。

 今日の具材は鶏むね肉にした。これも昨夜仕込んでおいた。

 鶏むね肉をフォークや竹串(この世界に竹串はないけどね)でブスブス刺して中まで火が通りやすくする。小鍋に鶏むね肉と、肉がつかる程度の水を入れる。玉ねぎ、セロリ、ニンジンを細切りにして一緒に小鍋に入れて、塩を小さじ一杯加えて加熱する。ひと煮立ちしたらすぐ火から下ろして、大きな布で鍋ごとグルグルくるんで小一時間保温する。布から出して、鶏むね肉は別の皿に取って冷暗所で一晩置く。

 鶏を煮たスープは漉して味を調えて、朝食に食べよう。たまごスープなんかいいかも。


 さて、一晩経ったものがこちらにあります。これを軽くソテーして焼き色を付けて、薄切りにする。丸いパンを横に切って、切り口にブルギニヨンバターをたっぷり塗り付ける。

 え、何それ、ですって? これはバターにパセリとエシャロット(なければ玉ねぎ)とニンニクのみじん切りを混ぜ込んだものよ。使うとすべての料理がフレンチになる魔法がかかっているの。

 パンに鶏とチーズと野菜を挟む。でも、この世界ってろくな冬野菜がないのよね……。今は前世で言えば十二月、この時期は野菜が貧弱で、安定して手に入るのはカブとキャベツくらいしかない。そのキャベツも前世のと違って結球していないし、ちょっと硬い。

 仕方ないのでキャベツを千切りにしてレタス代わりに挟んだ。

 バスケットにサンドイッチを詰めて、つけあわせにフライドポテトと唐揚げを添えてお弁当のできあがり。


「はい、これお弁当。できたら温め直して」

「ありがとう」

「他に何か食べたいものある? 今日は鶏肉があるわ。もしかしたら鴨を持ってきてもらえるかも」

「そうだね、鶏ならいつかのローストチキンがいいな。鍋ごと焼くやつ」

「じゃあ今夜はそれね」

「期待してるよ」


 馬に跨ったアレクは手を振って出かけて行った。

 見送る私を後ろからジャック君がじーっと見つめていた。その目は何よ。


「何?」

「いえ……」

「何か言いたいことでも?」

「……ロードのために早起きして、パンを焼いて、朝食どころか昼食まで用意して、その上夕食のリクエストまで聞いて……」

「このくらい当然でしょう? 私のガラスのために頑張ってくれているんだから」

「そうでしょうか? どこの貴族の奥方だってそんなことはしないと思いますが」


 ジャック君の目は疑いの目だった。


「これで何もないとか誰も信じませんよ」

「メグ」

「へえ」


 ジャック君の後ろからメグがぬっと顔を出した。


「うわ、びっくりした。どこにいたの?」

「お父さんを呼んできて。ミスター・ジャックの修業の時間よ」

「へえ」

「ちょっ……! それはないですよ! 下ろせぇぇ……」


 メグの肩に担がれたジャック君の抗議の声が遠ざかって行った。

 まったく、レディに疑いの目を向けるとは紳士の風上にも置けないお子様だ。




 掃除やらなんやら、ルーチンワークを一通りこなした私は自分のために煎茶を淹れて、飲んだ。

 ふう、落ち着くわ。ローストチキンの仕込みもやっちゃったし、小休止だ。優雅なひと時ね。


「あの、ご主人」

「なぁに?」

 メグに声を掛けられた。澄まして答えた私はもう一口、お茶を含んだ。


「ご主人はアレクさと××××しねえんだべか?」


 ブ──ッ!

 私はお茶を噴いた。何を突然四文字ワードを口にしてるのよこの変態田舎娘は……。


「……っ! な、な、なにを……?」

「いやシーツが汚れてねえもんだから」

「……す、するわけないでしょう!」

「何でだべ? 一緒に住んどるのに」

「いや、だって……私たちはそんな関係じゃ……」


 まっすぐ見つめられずに目をそらしてそう答えるとメグは途端に呆れた者を見る目で、もっと言えば蔑みの目で私を見た。ご主人様を何て目で見るのこの子。


「なーにぬかしとるんだべこのおぼこは……。そっだらぬるいこと言っとるうちに他の女に取られちまうべ!」

「取られるもなにも、別にアレクは私のものじゃないし……」

「かーっ! なに言っとんだべこんグズは!」

「グズって貴女、雇い主に向かって何て言葉を……」

「グズがダメならノロマだべ。なにしろアレクさったら水のしたたるような色男で、ふいんきもあるべな。この村の女たちはご主人のだと思っとるから手ぇ出さねえんだどもな、隣村の女たちはそんだらこと知ったこってねえんだ!」

「雰囲気って……見た目だけじゃない」

「見た目だけで充分だべ。おらの姉さがカルカンに嫁さ行っとるんだどもな? とんでもねえ色男が来たと、そらもう村中噂んなっとるそうだべ」

「そんな……でも、中身があれじゃ、誘惑したって無駄じゃない?」

「……ええか、おぼこいご主人に教えたげるとな、男なんざ×××に頭がくっついとる生きもんだべ! やらせる女がおったらイチコロだべや!」

「……!」


 メグの言葉には説得力があった。つい最近そういう話を聞いたばかりだし。

 エレアノールさんのことだけじゃなくて、私が都にいた頃にもあちこちの令嬢やその婚約者に新しい恋人ができて、婚約破棄だの追放だのと大騒ぎしていたものだ。……ん? これは前世の記憶だっけ?


「仮にも公爵家のお姫様が……だべ? 婚約破棄なんざされるってなあ、どうなんだべか。もったいぶってやらせねえから格下の男爵令嬢なんぞに寝取られるんでねえべか?」

「メグ、ステイ」


 それ以上はいけない。

 メグはヤリ……おっと、なかなかの交際家だ。そのメグから見たら私やエレアノールさんなんて何も知らない小娘もいいところだろう。


「まあええからさっさと一発かまして既成事実作っとくんだべ。取っとかないと取られちまうべ」

「そんなことを言われても……。私はそんな……」

「はぁー……」


 メグは聞こえよがしに大きなため息をついた。何それ、嫌味?


「ご主人……やりたくねえんだべか?」

「いえ、あのね? 私はその、独身主義者でね?」

「ええ男がおったらやりてえと思うんが自然でねえべか? ご主人はそう思わねえんだべ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
本能には逆らわない女、メグ……… いや、そうは言ってもねw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ