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妖怪が田舎の村を闊歩している

「ごめんくだせえー」


 ジャック君の訓練(前の体力づくり)を眺めていたら村の若い娘が三人、籠を提げてやってきた。中身はジャガイモだ。何のつもりだろう。

 ……もしかして、おみやげ?


「おぜう様、ちぃとお尋ねしてもええべか?」

「いいけど。なに?」

「お若けえお貴族様がいらっさると耳にしたんだべが、どこだべ?」

「あ、こいつは食ってくだせえ」

 彼女たちはそんなことを言いながら籠を押し付けてきた。やはりおみやげだったようだ。……何故?


「ええ、お隣のご領主のご子息を預かっているの。──あ」

「ぜひぃ……ぜひぃ……」

 そこへちょうどジャック君が戻ってきた。息も絶え絶え、真っ赤な顔でフラフラして、目の焦点が合っていなかった。

 私はジャック君を捕まえて紹介した。

「この子よ。よろしくしてあげてね」

「ほぉー……」


 彼女たちはそろってジャック君の顔を覗き込んだ。

「な、何だ?」

 ねぶるような視線を一身に受けてジャック君はたじろいだ。

「ちぃと細えんだども、おきれいな顔だべな」

「お貴族様の顔しとるべ」

「おいくつだべか?」

「え、これ答えないといけないの? 十五だ」

「ほほぉー……」


 彼女たちはそろって感嘆の声を上げ、唇の端をチロリと舐めた。

 野獣のような目つきをしていた。


『村の女たちの遊び場になっちまうべ』


 ……メグのセリフを思い出した。あれ、本気で言ってたのね。

 この肉食獣がうろつく村で一人暮らしって、もう飢えた獣の檻に小動物を放つようなものよね……。


 その後やってきたメグの父に追い払われて娘たちは逃げて行った。ジャック君は午前中いっぱい走り続けていた。


 ジャック君がいよいよ限界ということで今日の訓練は終わり、みんなでお昼を食べた。と言ってもアレクは男爵のところだし、メグの兄も護衛で一緒に行っている。山越えで熊でも出たら困るしね。代わりにメグの父と妹を招いた。

 椅子にぐてっと体を預けたジャック君は見るからに疲労困憊だ。食べられるかしら。


「たくさん食べなさい。育ち盛りなんだから」

「はい……」


 返事をしつつも案の定箸が進まない。私とメグの父はジャック君を再度うながした。


「食わねえと大ぎぐなれねえべ」

「早く食べないとなくなるわよ」


 メグの兄妹はみんなよく食べるからね、特にメグは。温め直した昨夜の残り物が溶けるように消えていく。

「おめが我先に食っとるんでねえべ!」

「ぎぇーっ!」

 メグは父親にゲンコツを落とされていた。


 私はできたてのラーメンをジャック君の前にススッと滑らせた。

 ジャック君は戸惑いつつもラーメンをすすった。そして感心したように、言った。


「昨夜も思ったのですが、このラーメンというのは何とも食欲をそそりますね。味も香りも蠱惑的だ」

「彼女が作ったの」

 紹介するとメグの妹はラーメンをすすりながらコクコクうなずいた。

「えっ、この子供が?」

「わが家お抱えのシェフよ」

 私がそう言うと、メグの妹は顔を真っ赤にして恥じらうように目を伏せた。


 食後、ジャック君は自分の部屋に引っ込んだ。食べたら眠くなってしまったようだ。


「ただいま」


 そこへアレクが帰ってきた。

 アレクはコートを脱いでフックに掛けた。ああ、そうだった。ハンガーも作らないと。

 私はアレクにお湯のコップを渡した。


「お帰りなさい。どうだった?」

 アレクはお湯を飲んでひと息ついて答えた。

「工場の用地を選定したよ。例の鉛鉱山のふもとのところだ」

「あの寒々しい林のところ?」

「そう。最初はもっと珪石の採取地に近いところで考えていたんだけど、道が細くてガラスの運搬が難しそうなんだ」

「畑の中のあぜ道みたいな感じだったものね」

「鉛公害のこともあるしね。なるべくなら汚染地は広げたくない」

「本当に気を付けてよね」

「うん。ああ、それで、ガラスの運搬について一つ提案があるんだけど」

「なあに?」

「もしガラスが出来て売り出すとしたらまずは都だ。でも今の荷馬車じゃ途中で割れてしまいそうでね」

「田舎のガタガタ道だものね……」

「男爵には道の整備をお願いしたんだけどね。と言ってもすぐに直るわけもないし、予算もない。だから並行して荷馬車の工場も作りたいんだよ。サスペンションとベアリングを組み込んだ、揺れと荷重に強い馬車を作るための」

「あら、いいじゃない。そっちも売れそうね。自分で使うだけじゃなくて」

「それでお願いなんだけど、ロンを貸してくれないだろうか。鍛冶屋の息子の。彼は以前一緒にそれらを作ったから僕のやり方に慣れてる」

「いいわよ。それじゃ、鍛冶屋に行きましょうか」

「今から?」

「早い方がいいでしょ?」

「まあね」


「──というわけで息子さんを貸してくれないかしら?」

「へ、へへぇーっ!」

「誠心誠意務めさせていただきますだ!」

 鍛冶屋でお願いすると両親は腰を90度曲げて頭を下げた。工場長に任命されたロンは地べたに平伏して拝命した。そこまで大げさな話じゃないんだけど……。


「ふぁぁ……」

 帰ってきたらちょうど起き出したジャック君が彼の小屋から出てきたところだった。大きく伸びをして、凝り固まった体をほぐそうとしている。

 ジャック君はアレクの顔を見て頭を下げた。


「あ、お帰りなさいロード。工場はどうでしたか?」

「何とかなりそうだよ。君のお父上のご協力のおかげでね。剣術の修業はどうかな?」

「死にそうです」

「それじゃ今度は僕の番かな。おいで、音楽を始めよう」

「よろしくお願いします!」


 アレクは自分の部屋から楽器を二つ持ってきて、一つをジャック君に渡した。

「この前都に行ったときに買ってきた。君のリュートだ」

「ありがとうございます」

「弾いてみよう。ゆっくりでいいからやってみよう。こういう順番で押さえるんだよ」

 アレクは一度自分で曲を弾いてみせて、運指を教えて、弾いてみるように促した。

 ジャック君はしばらく悪戦苦闘していたけど、とうとう諦めてうなだれた。

「……くっ。弾けません……」

「弾き方がわかってないから当然だよ。誰だっていきなりできるようにはならない。僕だってこうなるまでには何年も練習した。楽器は基本が大切なんだ」

「はい……」

「まずはチューニングから教えよう」


 それから二人はずっと楽器の練習をしていた。

 隣り合って座って、アレクは親身になって弦の押さえ方を教えていて、ジャック君は教わったことをひたすら忠実に繰り返している。

 ロケットストーブの燃える音に混じって、綺麗な音と調子はずれの変な音が響く。

 なんだか兄弟みたいね。背の高い青年と華奢な少年が同じ楽器を抱えて並ぶ姿は家族の肖像のようだった。




 二人は食後もまた楽器の練習を始めたので、先にお風呂に入らせてもらった。

 お風呂から上がっても二人はまだ楽器を鳴らしていた。ずいぶんと熱心ね。

「暗くなる前に入っちゃいなさい」

 私は二人をお風呂へ追いやった。


「風呂というのはいいものですね。体が温まるし、休まります」

 お風呂上がりのホカホカジャック君は、額の汗を拭いながらそんなことを言った。

 ほほう、お風呂の良さがわかるとは、この子見どころがあるわね。


「貴方の村にも湧いていたわよ」

「そうなんですか?」

「泉源を見つけたわ」

「そうなんですか。利用できないかな……」


 ブツブツと将来の検討をしているジャック君を見ていたら、ある心配事を思い出した。

 教えておいた方がいいのかしら……? そうね、預かっている子だしね。

 私はジャック君に声を掛けた。


「ミスター・ジャック」

「はい」

「眠る前に一つ忠告します」

「何でしょうか」

「この谷では夜になると魔物がさまよっているので、ドアを開けてはいけません」

「……何を言っているんですか?」

「ドアを叩く音や呼び声は魔物のものよ。開けたら最後貴方なんか食べられちゃうんだから」


 ジャック君は胡散臭げに私を見た。頭のおかしな人を見る目をしていた。


「そんなもの、いるわけないでしょう」

「いるの」

「昨夜は出ませんでしたよ」

「今日見つかっちゃったの。とにかく、朝になるまで絶対にドアを開けちゃ駄目よ!」


 ──さて翌朝。ジャック君はひどく憔悴した顔で姿を現した。目の下に隈が浮かんでいるわ。


「本当に出ました……」

「本当に出たんだ……」


 私自身半信半疑だったんだけど。昨夜の恐怖体験でいっぱいいっぱいのジャック君は、そんな私の気持ちには気づかない様子で恐ろしそうに言った。


「最初はノックでした。それから小さな呼び声……。開けて、と言っているようでした。でも貴女の忠告を受けていたので無視していたら、音は段々大きくなって……。ノックはドアを殴りつけるようだし、『開けろ!』という叫び声は聞こえてくるしで、ろくに眠れませんでした……」

「災難だったわね……」

「どうしたらいいんでしょうか? ここで暮らしていく自信がなくなりました……」

「ああ、うん。一応魔除けをしておくわ」


 私は毛糸でナイトキャップを編んであげた。耳まで覆うタイプのものだ。エアコンと違ってロケットストーブは危なくてつけっぱなしにできない。夜は火を落としてしまっていて、寒いものね。


「はい、これ。後は耳に綿を詰め込んでおきなさい。それで声は聞こえないから」

「ありがとうございます」

「それと村の大人たちに魔物を退治するように言っておいたから。今夜は安心して眠りなさい」

「すみません、何から何まで」


 一応お触れも出した。

『他所様からお預かりしている子供に手を出してはいけません。やめないと増税よ』

 ──というものを。

 若い娘たちは「横暴だべー!」と抗議の声を上げていたようだけど、親たちにゲンコツを落とされて涙目で引き下がった、らしい。

 いたいけな少年は貴女たちの好奇心を満足させるための道具じゃないの。この世界のこの時代だと男女平等人類平等とはとても言い難いものだから庶民の女たちは逆にやりたい放題だけど、前世だったら事案よ、事案。

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