ジャック
「失礼いたします」
私は席を立って出迎えた。袖をつまんでちょんちょんと引いたらアレクも立った。
入ってきたのは華奢な少年だった。
男爵のお子様だけあって端正な顔つきだ。ただ、年齢の割に若干小柄で細身ね。弟よりもずいぶんと線が細い。いえうちの家族の体格がいいんだけどね? ちゃんとご飯を食べているんだろうか。他人事ながら心配になってしまった。
その少年は折り目正しく礼を取った。こちらも私の弟とは比べ物にならない。逆の意味で。
「初めましてレディ、ジョー・タナーの一子ジャックです。どうぞよろしくお願いします」
「セシリア・マドリガルですわ。お見知りおきあそばせ」
「アレク・トレントだ。よろしく」
私たちが答礼するとそのジャック君はふっと表情を消してアレクを見た。
「……貴方は、確か公爵家を出奔されたはずの方では?」
「色々と事情があってね。今は彼女の家に寄寓している」
「……」
アレクがそう答えるとジャック君はじっと押し黙った。何も言わないまま私を見て、アレクを見て、そのまま数度見比べた。何よ、失礼な子ね。
そして何だか得心したようにうなずいて、自分の父親を見た。
「ああ、なるほど。そういうことですか」
「うむ。そういうことのようだ」
「あら、どういうことですの?」
「いえ、実は侯爵家で息子をお預かりいただこうかと、そう考えていたのですが……。行儀見習いで……。しかし……」
男爵はなんだか歯切れが悪かった。
するとジャック君は男爵へとたしなめるように言った。
「父上、企みごとをして隠したままにするというのでは、貴族として道に悖るというものです」
「うむ。そうだな……」
「あの、お二人で何のご相談ですの?」
「ええ……。まず、恥を承知で申し上げますと、当家は大変に困窮しているのです」
男爵は伏し目がちに答えた。
うん、まあ、何となく知っていた。
何しろ男爵領と言ったら私の谷と同等の僻地だ。昔の銀鉱山の跡地で細々と鉛を取っている他には特に産業もなく、山間にへばりつくような畑で取れるジャガイモは税にならず、他に売れるものと言っても薪と炭くらいだ。都に向けて売り出してはいるということだけど、何しろ遠いからねえ……。あまり儲かってはいないようだ。
仮に知らなかったとしても、建物のたたずまい、調度、飲み物に至るまで、誰が見たって裕福とは思わないだろう。
「それで?」
重ねて尋ねると替わってジャック君が答えた。
「それで父は、子息を侯爵家へと預けることから仲を深めて、あわよくば結婚させようと画策していたというわけなのです」
「まあ。どなたとどなたを、ですの?」
「僕と貴女を」
「……まあ!」
思わず絶句してしまった。そんなことを考えていたなんて! お金持ちの侯爵家と姻戚関係になれば状況が好転するだろう、という目論見だったようだ。
よくあることだけど、なかなかに失礼な企てだ。
都に行くときといい今回といい、道理で歓迎してくれるはずだわ。
でもねえ……この子、ふたつも下じゃない。そもそも私には結婚する気がないんだけど、仮にあったとしても対象年齢からは外れている。
「僕は元々無理筋だと思っていたのですが、父は一縷の望みをかけていたわけです。しかしお二人のご様子を見て諦めがついたようです」
「あら、どういうことですの?」
「どういうこともこういうこともないでしょう。見た通りです」
「ですから、何のことですの? お話が見えませんわ」
「何をおっしゃっているのですか? 貴女方はどう見てもできているというかできあがっているじゃないですか」
「……なっ」
「今からここに割って入れというのは豚に空を飛べというようなものです」
「うむ……」
ジャック君が得心したように言うと男爵も消沈した顔でうなずいた。
……どうやら誤解があるようだ。断固抗議しなければ。
「まあ、わたくしたちはそのような関係ではございませんわ」
「その距離で?」
「え?」
私はアレクを見上げた。アレクもこっちを見ていた。
アレクは私の隣にいる。うん、まあ、お隣よね。肩が触れる程度には。と言っても別に腕を組んでいるわけじゃなし。こんなものじゃない?
……もしかして、近かったかしら。私はアレクから一歩離れた。
「お二人とも、想像力が豊かでいらっしゃるようですわね」
私がそう言うとジャック君は無言でアレクを見た。アレクが無言で首を振るとジャック君は無言で肩をすくめた。何を通じ合っているのよ。
……ムカつくわ、久しぶりに頭に来たわ。この生意気なお子様に鉄槌を下さなければならない。
私の脳みそは高まった熱のままに高速で回転して、すぐに一つの答えをはじき出した。
私はにこやかなほほ笑みを作った。
「──男爵様、貴方のはかりごとは聞かなかったことに致します。代わりと言ってはなんですが、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか」
「……ええ、何でしょうか」
「この村に工場を作らせていただきたいのです」
「えっ」
びっくりしたアレクが横から私をまじまじと見つめた。「何言ってるの?」という顔で。
「聞いてないんだけど」
「今思いついたんだもの」
だって、最初は私のお風呂に窓ができればいいと思っていただけだったし。そんな大掛かりなことは考えていなかった。
でもアレクによれば大量に作れるみたいだし。せっかくだからたくさん作って全国に売り出したらいいんじゃないかと思ったのだ。
いつまでも実家のお世話になっているわけにもいかないしね。そろそろ自分で収入の手段を見つけないと。
「工場……ですか?」
男爵も意図をつかみかねているようだ。私は軽くうなずいた。
「ええ。ガラスの製造工場ですわ。アレク様の新技術による板ガラスは、これはもう他所では絶対に真似ができません。もし工場を始めたなら独占的な産業となります」
「ほう」
男爵は目を見開いた。
「工場となれば職人が必要となりますわね。もちろん、すべてこちらの村民を雇わせていただきます」
「ほほう」
男爵の目はまんまるになった。
別に私の村でやったっていいんだけどね? でも珪石やら鉛やらを担いで私の村に持ってくるなんて、とっても大変そうだもの。ここで作った方がいいわ。
それに私の家の近くに汚染物質を垂れ流すような施設は来てほしくないし。いわゆるNIMBYってやつ?
私のお風呂を飾るにはもっと大きなガラスが必要で、そのガラスを作るにはあの焼き物窯の隣のるつぼなんかよりももっと大きな施設が必要だ。
その施設は必要だけど私はどこか遠くでやって欲しい、男爵はお金が欲しい、双方の利害が一致したわ。Win-Winってものよ。
「つまりは産業と雇用の創出となるのです。ですから男爵様、どうか土地をお貸しくださいませ。もちろん借地料もお支払いいたします」
「それは……正直に言って助かります」
「そして工場を建てる許可をくださいませ。アレク様のお作りになる新しいガラスは、きっとこの国を席捲いたしますわ。わたくしどもだけではなく、この村にも必ずや利益をもたらしてくれるものと、そう信じております」
「願ってもない話です」
「それから、ご子息ですけれど」
私はとってつけたように提案した。実はこっちが本題なんだけど、それを悟られないように。
男爵は虚を突かれたという顔をしていた。
「愚息が何か?」
「よろしければ、やはり我が家でお預かりいたしましょうか?」
「ほう、侯爵家でご教育くださると」
「礼法については心配しておりませんけれど」
実際のところ、男爵の礼儀作法は完璧だ。そっちの教育は男爵当人がしていることだろう。アレクこそレディの前での振る舞い方を教わってきたらいい。
「彼には剣術と音楽の師をおつけいたしましょう。わたくしの家には一流の師範がおりますの」
メグの兄とアレクなんだけどね。男爵は感心することしきりだった。
「ほほう!」
「どこに出しても恥ずかしくない、一人前の貴族にして差し上げます」
「それはそれは」
「そして修業が終わった暁には、わたくしのコネクションを駆使して素敵なお嬢様を紹介いたしますわ」
「なんと……! それは是非、よろしくお願いいたします!」
「えぇー……」
男爵はすっかり乗り気で、前のめりに話に食いついている。
本人は嫌そうな顔をしていたけどね。
「あ、ガラス工場のこともお願いいたしますわね」
「もちろんですとも」




