冬支度
窓の外からカン、カンと薪割りの音が響く。アレクとメグの兄が二人がかりで木を割っている。
もうすっかり寒くなってしまって毎日火を焚いている。薪はいくらでも必要だけど雪が降り出すと作業ができなくなってしまうから、その前にもっとたくさん作っておかなければならない。
ところでヨーロッパって言ったら暖炉のイメージがあるじゃない? でも私の知る限りこの世界には暖炉がない。
アレクによれば前世でも暖炉が発明されたのはこの世界の文明水準より後のことなんだそうだ。
それにわが家は木造だから、仮に暖炉がある世界だったとしても設置するには向いていない。
ならどうやって暖を取っているのかというと、火鉢というか縦に長い囲炉裏というか、据え付け式のレンガ造りの炉があって、ここで火を燃やす。平屋造りで天井が高ければ薪を、二階建てなら炭を。夏は蓋をして置台になっている。
でもこれって効率が悪くて、部屋の中が全然暖かくならないの。
そこでアレクは焼き物屋のベンを呼んで、粘土とレンガ、陶板でロケットストーブというものを作った。
なんというかこう、L字型のブロックというか、カクカクしたブーツのような形で、爪先のところに穴が開いている。穴の中は陶板の仕切りで上下に分けられていて、上の段に薪を入れて火を燃やす。
そうすると上の吹き出し口から勢いよく熱風が吹き出てきて、部屋の中が一気に暖かくなる。
「わ、すごいわね、これ」
褒めたらアレクは得意げな顔で言った。
「このロケットストーブはこれまでの暖房器具と比べて燃焼効率がいいからね」
「暖炉より?」
「暖炉はむしろ効率が悪い方の暖房器具だよ」
「そうなの?」
「それにロケットストーブは暖炉と比べると部屋の中が汚れにくい。ただし、太い薪が使えないから細く割らないといけないのが欠点かな」
──というわけで二人は薪を細かく割っているのだった。
私はそのロケットストーブで暖められたダイニングでぬくぬくと針仕事をしていた。
女の冬支度は縫い物から始まる。
服から布団に至るまで、新しいものを作ったり、古いものをバラして洗って綿を打ち直したり、やることはいくらでもある。
こういうことは本当はもっと早くにやるんだけどね? 何故ってこの世界にはろくな照明がないから、針仕事というのは窓を開けっぱなしにして光を取り入れるか、あるいは外に椅子を出してやる。この時期なんてもう寒いわ指がかじかむわでやってられない。
でも私たちは結婚式のために都に行っていたからその暇がなくて、今さらこんなことをしているというわけだ。ストーブとランプの光がなかったらとてもじゃないけどできなかった。
まずは服だ。まあ私は衣装持ちなので何とでもなるんだけど、アレクはね。
今は私の作った前世風の服を着ているけど、ここに来た時のアレクは庶民でもなかなか着ないような襤褸を身に纏っていた。
「去年はどうしていたの?」
「震えていたよ」
尋ねてみたら悲しい答えが返ってきた。
「野宿用のマントひとつが僕の友だった」
「仮にも公爵家のご令息が……」
家を出るって辛いことね。
私はアレクのためにセーターを編んだ。毛糸の種類もないし私に技術もないから、模様も何もない単色の、飾り気のないセーターになっちゃったけど。毛糸が細くて薄手のニットみたいだ。
ちなみに自分のものは基本的にインナーにしている。何故って毛糸はものすごく火が付きやすいんだもの。ガスレンジならともかくパチパチと火の爆ぜるかまどの前でニットを着るなんて、焼身自殺の半歩前だ。
それと厚手のウールでチェスターコートっぽいカジュアルなアウターも作った。いつまでも春秋用のジャケットじゃあね。ああ、手袋もいるわね。
メグは私の隣で布団を縫っている。私は去年も使った厚手の敷布団と羽毛布団があるから大丈夫。庶民にはまず手が出ないけど、私は貴族だから。でもアレクのゲストルームにはあいにくその用意がない。
私たちは布の端切れを集めた。それを何枚も重ね縫いして繋げていく。この国の庶民の伝統的な縫物で、前世で言う刺し子みたいなものだ。これは敷布団の下に敷くパッドにした。これで下からの冷気をかなり防げるはずだ。
さらに残った端切れを縫い合わせて綿を詰めて、キルトの掛布団も作った。夏掛けと毛布と重ねて使えば冬の寒さもしのげると思う。
それから靴屋にレザーコートを作ってもらった。だって私には革を縫う技術がないし。革は布用の縫い針だと刺さらなくて専用の縫い針がいるし力も足りない。
私はデザインだけして縫製はプロに任せることにした。
「トム、いる?」
靴屋の暗がりに声を掛けたら奥からトムが顔をのぞかせた。ここは布の靴だけじゃなくて革靴も作っているから、この村では革物の取り扱いは靴屋の領分だ(普通の町では専門の職人がいる)。と言ってもそれだけでは食べて行けなくて兼業農家だけど。
トムはペコペコと頭を下げながら挨拶してきた。
「これはおぜう様、今日はこんなところまでお越しいただきますて、ありがとうごぜえますだ」
「お久しぶりね。アンはお元気?」
「へえ、おかげさまで、無事嫁入りいたすますて。半年もしたら子供が産まれる予定ですだ」
「あら、それはおめでとう。今度お祝いを持ってくるわね」
「ひえっ! お、お気持ちだけで……」
それはともかくとして、今日はアレクのコートを注文するために来たのだと言った。作業台の上に革を広げさせて、寸法を見ながら直接線を引いていく。型紙なんてない世界だから、こうするしかない。
それで依頼しておいたら一週間後にようやくできあがってきた。初めての作業で手間取ったようだ。
「いかがでごぜえますでしょうか……」
トムは何だかオドオドしながら、脱いだ帽子を両手で握りしめていた。
「どう?」
「うん、いい感じだね」
トムに作ってもらったのは乗馬用のレインコートだ。アレクの一張羅の野宿用マントは処分しちゃったからね。あまりにもボロボロだったから。それに最近は馬に乗ることも多いし。レインコートなら馬に乗っていないときでも着回しがきくし。
たっぷり長くて裾まで覆っているからマントよりも暖かいはずだ。それでいてセンターベントを深く取ってあるから動きを妨げることもないだろう。
袖を通したアレクはくるりと回ってみせた。スタイルがいいから何を着ても似合うわね。トムもほっとした様子だった。
「ふぅ……」
一仕事終えた私はお風呂でくつろいでいた。一人でゆっくりとね。
都にいた時にはメイドと一緒にお風呂に入らないといけなかったからメグが一緒だった。帰ってすぐの頃はついそのノリで背中を流してもらったりしていたけど、どうかしていた。
さて、他に冬の準備があったかな? 肩までお湯につかりながら、頭の中でやることリストをチェックしていく。
暖房と服と布団はめどが立ったから、次は保存食をもう少し増やしておこう。
先日わが家の一の家臣が山から下りてきたイノシシをサクッと仕留めた。もも肉はメグの家でハムにした。私はバラ肉を半分ベーコンに、半分はパンチェッタにしてみた。初めての挑戦だけど、上手くできているといいな。
鶏の餌の雑穀も用意してある。ただこれ以上増やす余裕はないから、冬の間は積極的に卵を食べてしまおう。鴨や雁が獲れたらその脂でコンフィを作ってもいい。
だからお肉はまあいいんだけど、海産物はさっぱりない。あれだけあった乾物は先日のラーメンで使い切ってしまった。雪が降る前にメグの兄に買いに行ってもらおう。
あ、そうだ。隙間を紙で目張りしよう。私の家は木造建築だから、あちこちから隙間風が吹き付けている。厨房のような塗り壁のところはいいんだけれどね。あれを塞ぐだけでもかなり違うはずだ。
「あ」
……唐突に思い出した。そうだった、兄に、というかエリザに青磁の器を贈らないと。忘れていた……。うん、おまけでティーポットもつけておこう。『これを用意していたので遅れました』とか言って。
ここには郵便制度なんてないから次の使者を待つことになる。あと一か月先かー……。でも戻り次第用意するって言っちゃったし……。うん、これもメグの兄に届けてもらおう。
それと冬支度とは関係ないことだけど、思い出したついでに。
旅行から帰ってきたアレクは何故かお酒の研究を始めた。飲まないのに。
といってもワインの仕込みはもう始まっていたので、今さら何かできることはなかった。そうしたらアレクは作りかけのワインを一樽もらってきて、そこにワインの蒸留酒を入れるという荒業に出た。
「何をしているの?」
「酒精強化ワインを作っているんだよ」
「何それ」
「発酵途中のワインに蒸留酒を添加して発酵を止めるんだ」
「へー。みりんみたいね」
「みりんは知らないけど、そうすることで口当たりがよく、腐らないワインができる。前世で言えばシェリー酒やポートワインがそうだね」
「へー、そうなんだ。でも何でまた急にそんなことを始めたの?」
「僕にも男の意地というものがあってね」
アレクは何だかキリッとしてよくわからないことを言っていた。
これはそれから4か月も後のことだけど、アレクは倉庫(元メイド部屋)で眠っていた樽を開けた。
一口味見させてもらったら中身は上品な甘口のワインになっていた。
「あら、これは女性受けが良さそうね」
「男にもね」
アレクはそのワインをガラス瓶に詰めてエド王子と弟宛てに贈った。
そうしたらしばらく経って二人から敗北した旨を書いた手紙が届いた。『負けを認めるからもう一本よこせ』との追記付きで。
ところで、この新しいお酒は上流階級を中心として話題になり、以後この村で長く作り続けられることとなった。
初めは単にワインと呼ばれていたのだけど、これまでのワインとは一線を画すからということでそのうち彼の名前を冠してアレク酒(この国の発音だとアレキュール)と呼ばれるようになった。
そして千年も未来の世界ではこのアレキュールは訛って伝えられて、蒸留酒のことをアルコール、果実を漬け込んだ蒸留酒をリキュールと呼ぶようになったそうだけど、それはまた別の話。
「ふう……」
太陽はそろそろ傾きかけている。ずいぶんと長いことお湯に浸かってしまった。
え? いつまで入っているのかって?
ふふ、何故でしょう。
私は浴槽の湖側の縁にあごを乗せた。肩から下はお湯に沈めたままで。
夕日を反射した湖面がキラキラ輝いていた。
そう、私のお風呂からは外の景色が良く見える。開放式の半露天風呂だから、景色はいいし採光性もいい。
そして当然のことながら、光のついでに寒風もまた吹き込んでくる。
もうおわかりでしょうけど、私はお風呂から出られなくなっていた。
寒い。
「……えーいっ!」
私は覚悟を決めて浴槽を抜け出した。さ、寒い! 風が冷たい!
急いで脱衣場に駆け込んで体を拭く。うう、せっかく温まった体が凍えてしまう。逆ヒートショックになりそう。
去年もそうだったけど、冬はやはり壁が必要だわ……。
でもね、この世界にLEDライトなんてないし。小さな手燭の明かりでは心もとないし。壁を作ったら暗くてお風呂に入れなくなってしまうじゃない! 外だって見たいし。
というわけで──
「アレク、ガラスを作って!」
「え?」
「ガラス窓よ! お風呂にガラスを嵌めて!」
私はいつもの通りアレクに解決してもらうことにした。




