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ラーメン狂騒曲

 翌日、アレクはメグの兄と一緒に男爵のところへ馬を返しに行った。


 その間に私は約束通りラーメンの仕込みをした。前に作ったのと同じ鶏とんこつ魚醤ラーメンだ。

 スープを作るだけじゃなくてタレも作らないとだし、チャーシューも仕込まないといけないし、麺も打たなければならない。

 ラーメンを作るのも楽じゃないわ。


「ただいま……相変わらず凄い臭いだね」

 昼下がりに帰ってきたアレクはそう言って顔をしかめた。アレクのことだから他意はないんだろうけど。

「作っているこっちはもっと臭いんだけど?」

「ごめんごめん。臭いけど、味の方はまた期待できそうだ」

「楽しみにしておいて」


 というわけで本日の夕食はラーメンだ。ダイニングには既にお客様たちがスタンバイしている。アレクとメグの兄だけじゃなくて、妹の方もいる。

 メグは五人兄妹で一番下の妹がこのベスだ。確か十一歳だったはずだ。

 私が留守にしている間、ずっと家の周りを掃除してくれていたので、ご褒美というかお礼のために招待した。


「今日はおま、おまねき、くだせえますて、あ、あり、あり……」

 メグの妹はカチコチになって緊張していた。そんなにかしこまらなくてもいいのに。

 私は勝手に座っていたメグを引っ張って立たせた。

「メグ、貴女は手伝って」

「まったく、人使いの荒えご主人だべ」


 さて、私は炒飯をチャッチャと炒めて、メグにラーメンを用意させる。

 タレをスープで割って、麺を茹でてトッピングして、鶏油を浮かべたらできあがり!

「はい、半チャンラーメンよ。さあどうぞ、おなかいっぱい召し上がれ」

「それでは、いただきます」

 アレクたちは一斉にラーメンに箸をつけた。


「うん、相変わらずおいしいね」

「何だか前のよりうまくなっとるべ」

「前回の反省点を踏まえて改善したからね」


 アレクとメグは和気あいあいと、兄と妹の方は無言でラーメンをすすっている。お兄さんの方は慣れたけど、妹も同じタイプなのかしら。

 私は妹ちゃんに感想を聞いてみた。

「どう、おいしい?」

「う、うんめえですだ……」

 メグの妹は顔中真っ赤に染めて夢中で食べ続けていた。


 翌朝のことだ。いつもの通りに出勤してきたメグの後ろに、こちらは初めて妹がくっついてきた。

 何やら言いたそうにしているんだけど、もじもじしているだけで一向に口を開こうとしない。チラリチラリと上目づかいで私を見て、指先をこねくり回している。見つめ返したらサッと目をそらして、もじもじしたままうつむいてしまった。


「ほれ、自分で言うんだべ」

 メグが促したんだけどそれでもやっぱり躊躇して、再度促されてようやく声を張り上げた。


「お、おらにらぁめんの作り方を教えて欲しいんだべ!」


 うわ、すごい声。さすがこの姉の妹ね。

「あんなにうめえもんを食ったのは初めてなんだべ……。おら、あれを自分でも作ってみてえんだぁ」


 あら、殊勝な心掛けね。みんな食べることばかりで、こういうことを言われたのは初めてだわ。

 私はメグの妹の肩にそっと手を添えて、言った。


「ラーメンって一種類じゃないのよ? 私も全部知っているわけじゃないわ」

「へえ……」

「だから一緒に勉強しましょう」

「……へえっ! よ、よろしくおねがいするんだ……しますべ!」


 それから私はメグの妹とラーメンの研究にいそしんだ。


 メグの妹には私の鶏の世話を任せているから、まずは鶏ガラ塩や鶏白湯(ぱいたん)

 それから鶏ガラベースに貝柱と煮干しを加えた魚介系ダブルスープ。

 もちろん鶏とんこつ魚醤ラーメンもね。

 趣向を変えてとんこつラーメンににんにくを焦がして作った黒マー油を浮かべてみたり。

 魚醤ダレのまぜそばは、トッピング次第でいろんなアレンジができそう。

 ラーメンばかりでは飽きるから、餃子や炒飯も作ってみた。餃子は皮からよ?

 私たち、ラーメン屋だって開けそうね。


「ふふ」

「へへ」

 ほほ笑んだらメグの妹ははにかむような笑顔を見せた。

 何だか楽しいわ。私、同じ趣味を持つ仲間が欲しかったのかも。


 他には何ができるかな? 手に入るものが限られているから、なかなか前世のようにはいかない。

 醤油は難しいかもしれないけど、味噌は作ってみたいわね。麹菌ってこの世界にもいるのかしら。

 夏になったらそら豆とトウガラシで豆板醬的な発酵調味料を作ってみましょう。

 そうしたら担々麵ができるかも!


 調子に乗った私たちは究極のラーメンにチャレンジすることにした。メグの妹が小首をかしげた。

「究極のらーめん?」

「佛跳牆ラーメンよ」


 そう、あのなんだか有名なスープ。一度食べて見たかったんだけど、残念ながら前世では果たせなかった。

 でも今の私には資金がある。やる気のある助手もいる。そしてニートの私には無限の時間がある。

 時間と労力とお金を湯水のように使って、今回はあれをラーメン仕立てにしてみたいと思う。

 今こそリベンジ!


 ……と言ってもこの世界には中華の素材がないから全然別物になっちゃうんだけどね。この世界風アレンジだ。


「さて、それじゃ素材だけど……。この辺りには牛がいないのよねー」

 と言っていたらメグの兄が鹿を獲ってきてくれた。さすが、できる男は違うわね。


「はい、それではスープを作っていきたいと思います」

「わー」

 パチパチパチ。メグの妹が拍手した。


 では、まず基本のスープ──鹿の骨、猪の骨、丸鶏で清湯(ちんたん)を作る。既にオリジナルとは別物ね。

 沸騰したお湯で骨を軽く湯がいてアクと油を落として、今度は水からじっくり煮る。煮立たせないようにじっくりと、4時間は茹でる。

 このスープでさらにスープを作る。鍋の中に鹿肉のミンチ、猪の赤身のミンチ、鶏むね肉のミンチ、香味野菜のみじん切りを入れて、卵白を加えて練る。

 これにさっきのスープを加えて、静かにかき混ぜながら静かに煮る。ミンチがバラバラになるように、ただし静かに。2時間くらい煮たら漉して、さらに煮詰める。

 この時点でもう相当強烈なスープになっているんだけど、ここへさらに乾物を入れて蒸す。

 壷の中にスープを入れて、そこへ水で戻した乾物を入れる。貝柱、干しアワビ、干しエビ、干しイカ、干した鶏の足、乾燥ポルチーニ茸、干し玉ねぎ、ドライフルーツ……。家にある物を全部入れちゃいましょう。

 このスープはタレではなく直接に、味はイノシシの塩漬け肉の塩気と魚醤で決める。

 壷の口を紙で封をして蓋代わりにお皿を置いて、壷ごと大きな寸胴鍋に入れて蒸しあげる。

 たっぷり8時間蒸したらできあがり。


「そろそろいいかな?」

「楽しみだべー」


 私たちは鍋から壷を取り出した。口の封を解くと、ふわぁ……と湯気が立ち昇った。芳醇な香りを含んだ湯気が。

 家中に馥郁(ふくいく)としてふくよかで食欲を無限にそそる、えも言えない香りが漂っている。

 ああ、もう匂いだけで陶酔しちゃうわ。


 これはチャーシューも玉ねぎもスープの邪魔ね。トッピングなしの光麺でいきましょう。

 私とメグの妹はラーメンを運んだ。ダイニングで待つお客様たちは身を乗り出すようにしてお盆の上の丼を見つめている。

 丼を配膳して、私たちも席について──


「できたわ。さあどうぞ、召し上がれ」

「いただきまーす」


 さてそれでは一口。あーん……。


 ……。


 …………?


 ~~~~ッ!


 ♪ ♪ ♪


 ……。


 ふわわ……?


 ……?


 はっ、あれ……?


 私、どうなって……?


 気がつくと私はテーブルに突っ伏していた。どうやら無意識に丼を押しやって、そこに倒れ込んだようだ。

 何だったのかしら……。


 体を起こした私は丼を引っ張って、もう一口食べた。


 …………。


 ……?


 ──!


 ……あー。

 今、一瞬だけど意識が飛んでいたわ……。


 食べた瞬間クラッとした。旨味が強すぎた。


 自分で作っておいて何だけど、表現のしようがない味だわ……。

 おいしいかどうかで言えば、間違いなくおいしい。下手をすると今この瞬間この世界で一番おいしいかもしれないほどおいしい。

 でも、味が表現できない。複雑というか広大というか……。


 私は味の正体を確かめるべくゆっくりと、レンゲに少しのスープを口に含んだ。

 というかね……おいしすぎて一気に食べちゃうことってあるじゃない? あれと逆の現象が起きているの。旨味が強すぎてゆっくりとしか食べられない。


 そこで私はようやく周りの異様な様子に気がついた。


「名状しがたい味だ……」

 アレクは何やらブツブツ呟きながら食べていた。

「狂おしく、冒涜的で、それでいて慄然たる……」


 メグの兄は麺をすする、食べる、スープを味わう、また麺をすする──という動作を繰り返すだけの機械みたいになっている。

 その隣で妹も──

「……はっ、駄目よベス、子供がこんなものを食べたら馬鹿になるわ!」

 でもメグの妹には聞こえていないみたいで、丼を抱え込んでひたすら食べ続けている。焦点の合っていない瞳はラーメンではなく彼岸を見つめているようだった。


「これは生命のるつぼだべ……」

 メグはいつも以上に様子がおかしかった。

「宇宙の無限の広がりを感じるんだべ……その暗がりは目に見えない無数の命で満たされているんだべ。おらは今、生命の爆発の中心にいるんだべ……」


 ……これはラーメンとしては失敗ね。スープが凄すぎてもはや麺が邪魔とすら感じるもの。

 それに、手間もお金もかかるけど、それ以上に危険だわ。禁断の味よ。

 私はこのラーメンを封印することにした。


「いやあ、一口ごとにSAN値チェックが必要なラーメンを食べたのは初めてだよ」

 食後のアレクはよくわからない感想を述べた。

「セシリア様……おら、もう何を食べても味がしねえんじゃねえかと思うんだぁ……」

 メグの妹は深刻な顔でそんなことを言って、隣の兄もうんうんと頷いていた。

 メグはボリボリ頭を掻きながら言った。

「ご主人……こいつはうめえことはうめえんだども、取っ散らかりすぎててどこ見たらええんだかわかんねえ味に仕上がっとるべ。もう少しこう、味の幅を狭めて、食べさせてえ味を強調した方がええんでねえか?」

「そうね……」


 私たちは後で乾物を入れて蒸す手間を省いた簡略版を作った。

 ……うん、このくらいでいいの。これでもちょっとやりすぎている感じはあるけど。特別な日の特別なラーメンね。




 ところで、このメグの妹がすっかり大きくなってからのことだけど。

 彼女はラーメンも餃子も作れるようになったし鶏も上手に飼えるようになったので、私は商売を任せた。

 最初は侯爵領の、私の実家がある町の近郊に土地を買って養鶏場を作らせた。町の中にお店を作って卵を売らせたし、町の肉屋に鶏肉を卸させたし、鶏糞も肥料にして売った。

 それから本当にラーメン屋を作った。売り物にならない鶏ガラを出汁に使うってわけ。

 ラーメンはあっという間に大人気になった。各種ラーメンに加えて餃子や炒飯とのセットメニューも充実、開店前から町の住人たちが行列を作って並んで、閉店までお客の途切れることがない。私の両親もこっそり食べに行ったらしい。

 侯爵領で成功を収めた私たちは全国にチェーン展開した。お隣の伯爵領、子爵領を経由してエレアノールさんの公爵領へ。それから満を持して都へと。

 都でもすぐに大評判となったラーメン屋は繁盛しただけでは終わらなかった。なんと、評判を耳にした王宮に呼び出されて、メグの妹は晩餐会にラーメンを出すという栄誉にあずかったのだ。

 晴れて王室御用達のお墨付きを頂いたラーメン屋が町にやってくるというのは都会地として認められた証みたいになって、町の近くに養鶏場ができると拍手喝采で迎えられた。

 やがてラーメンはこの国の国民食になった。

 そして養鶏王にして世界初のラーメンチェーンの経営者となったメグの妹はわが家の家計を大いに助けてくれることになるんだけど、それはまた別の話。

 ご無沙汰いたしております。

 仕事が繁忙期に入り、案の定時間が取れなくなりました。

 いえ、気力と体力が続かないというべきでしょうか……。

 ひとえに私の体力がないせいなのですが、一文字も書けない日も多く、ついに十月は更新することができませんでした。

 大変申し訳ございません。

 十一月も引き続き更新は遅れ気味です。

 安定して執筆できるかはわからないのですが、ひとまずは週一回程度の更新を目標に再開しようと思います。

 このような状況ではございますが、なにとぞお付き合いくださいませ。

 よろしくお願い申し上げます。

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