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結婚式

 今日はいよいよ聖女の結婚式だ。

 私は早起きして、お風呂で念入りに肌を磨いた。よし、これでスキンケアは万全、と。

 それから選んでおいたドレスに着替えて、髪をアレンジした。


 この世界の髪型はバリエーションが少ない。正確には貴族の女性の髪形は選択肢が少ない。

 というのも前にも言ったような気がするけど、今の時代貴族の服はトップスの裾が短くなった分襟が高くなって、正式なドレスだと首をほとんど覆ってしまうのが流行の型だ。首筋を見せるのははしたないというのが『現代的な』感覚なので、髪をアップにすることがない。

 髪の長さはロングかセミロングで、髪型はそのまま垂らすか首より下でまとめるか。後はヘアアクセで差をつけるしかない。その辺は庶民の方が自由度が高くて、羨ましい。


 今日の私は首の形が見えないようにルーズハーフアップにセットした。私の立場ってご隠居さんなので、あまりキッチリした髪型にするのも、派手なジュエリーを飾るのもまた変なのよね。

 ハーフアップは首を隠した上で高いところで結ぶというのが斬新で、流行ってもいいんじゃないかと思う。


 ……あの、花嫁より目立とうとかそういうつもりじゃないの。だって私は聖女の義姉だから、きっと二人で対面するタイミングがある。でもあの子ってすごい美少女じゃない? 並んで立ったら招待客にはアビシニアンの隣にブルテリアを置いたようなインパクトを与えてしまうだろう。

 私にも多少はその、なけなしのプライドのようなものがあるわけで、少しはマシに見えるようにしておきたいの。


「どう? メグ、歪んでない?」

「馬子にも衣裳だべな」

 見てもらったらメグはご主人様に失礼なことを言いながら後ろを直した。


 大神殿で結婚式をして、それから一同で慌てて王宮へと移動した。披露宴の会場だ。

 王宮に到着した招待客たちは控室に入ることなく順次会場へと案内された。きっと時間が押しているのね。


 この国の正式な宴会だとテーブルが島状に設置されるということはなくて、大抵はコの字型になる。今回も一番真ん中の奥に王子様と聖女がいて、私たちは向かって左の列の一番上に席が用意されていた。

 披露宴の会場に設定されているのは王宮で一番広いホールだけど、それでも入りきらなくてほとんどの貴族が夫婦単位でしか招かれていない。家族で出席しているのは私たちのような親族だけだ。コラール公爵家とかね。

 向かいの列の正面にご一家が座っていらっしゃった。私とエレアノールさんは目礼を交わした。隣のお母様は貫禄たっぷりで、その隣のご主人は何だか肩身が狭そうだった。噂のお兄様は姿が見えなかった。

 そのまたお隣にはトレント公爵家のご夫妻、アレクのご両親もご出席だ。ただし子供たちは誰の姿も見えず、ご夫妻だけ。そしてこう申し上げては何だけど、仲はよろしくなさそうだ。椅子を離してお互いそっぽを向いて、一言も会話がない。


 コの字の真ん中のテーブルに料理がズラッと並べられている。大きなお皿の上に野鳥の丸焼きやら豚肉の煮込んだのやらが所狭しと。

 宴会では通常だとホスト役が料理を取り分けて配るんだけど、披露宴では新郎新婦はお客の挨拶を受けるのに徹していて、その役は親が請け負う。つまり今回は国王陛下と王妃様、そして私の両親だ。四人が笑顔を作りながら必死で盛り付けたお皿を使用人たちが招待客に配っている。

 それにしても宴会のたびに思うんだけど、これってどうなのかしら……? いくら伝統とは言ってももうちょっとやり方を考えた方がいいと思うんだけど。


 配膳がひとまず落ち着いて、上座から順番に立ってお祝いする時間になった。兄、エリザ、私、弟の順に連れだって新郎新婦のところに向かう。

 王子様はこの世界比で絢爛豪華な服に身を包んでいた。聖女はやっぱりこの世界比で可憐なドレスで、頭には小さな銀のティアラを乗せていた。


「おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 私が祝福すると王子様は何とも言えない微妙な表情を作った。聖女の方は花がほころぶような笑顔だ。

「ありがとうございます。それから、あの、贈り物を頂戴いたしまして……そちらもその、ありがとうございます」

「ああ。よろしければお使いくださいませ」

「え、ええ……」

 聖女は曖昧な笑みを浮かべた。それから気を取り直したように私の頭を見て、言った。


「素敵な髪型ですね」

「そうかしら?」

 髪を触ってみた。形が崩れてないといいけど。

「ええ、そういう髪型は初めて見ました」

 聖女は羨ましそうな顔で私の頭を見ている。あれ、もしかして社交辞令じゃなくて本気なの? ……うっ、プレッシャーがすごい!


「……殿下、少しお借りいたしますわね」

「どうぞ」


 私は聖女を衝立(ついたて)の陰に引っ張り込んで背後に回った。今日の聖女はキラキラ輝く金色の髪を丹念に櫛でとかしたストレートロングだ。

 その髪の耳の上のところを取ってネジネジねじってキュッときっちり──あー、紐がない。仕方ないから自分の袖を留めていたリボンを一つ取って結わえた。


 ……ほらね、思った通り。この子が同じ髪型をしたら可愛さ十割増し、百点満点で二百点だ。

 連れて帰ったら王子様にじろじろ見比べられちゃってるし。招待客の視線も集まっている。何だか花瓶の花を引き立てるための背景の鉢植えの気分だわ。

 まあ、お揃いの髪型で仲良し姉妹アピールをしたと思おう……。




 聖女の結婚式から一夜明けて、今度はエリザの結婚式だ。

 流れとしては昨日と同じでまずは大神殿で挙式する。侯爵領にも神殿はあるけど、お客様にそこまで移動してもらうのは大変だからね。今回兄とエリザはこちらを貸してもらうことになっていた。

 昨日は新婦側にいた私たちは今日は新郎側の席にいて、反対側にはエリザの実家の伯爵家のご家族がいた。

 それと、今回の司祭役はなんと聖女が引き受けてくれた。これまでにしたことはないだろうし、これから先公務が忙しくなったらそんなことをしている暇はないだろう。もしかしたらこれが最初で最後かもしれない。


 跪く二人に聖女が祝福を与えた。

 聖女の振る舞いは堂々たるものだった。挙措は落ち着いて、声は朗々と聖堂の隅まで通った。


「──かくしてロード・セオドールとレディ・エリザの婚姻は成立しました。二人に神の祝福のあらんことを……」


 その時奇跡が起きた。比喩じゃなくて本当に奇跡が。

 天井から……いや、きっと空の上から降りてきた無数の光の粒が天井を通り抜けて、エリザたちの上へとシャワーのように降り注いだ。

 二人の姿が光の中に覆い隠されている間、聞いた事のない透明な音まで鳴り響いていた。

 招待客は一斉にざわめいた。


 これが本当の『祝福』なの? 初めて見たわ……。


 やがて光が収まった。二人は立ち上がって、招待客を向いてお辞儀した。

 誰から始まったともわからない拍手が、ごく自然に沸き上がっていた。


 私たちは侯爵邸へと移動した。今日の披露宴の会場だ。

 準備は万端、怠け者のメイドたちも俯き加減にこの屋敷での最後の仕事をこなしている。

 結局あれから母が助け舟を出して、彼女たちは本宅の方で働かせることになった。実家で相談したときに母は「そういうことならこちらで引き取るわ」と言っていたからね。お母様ったらお優しいこと。

 まあ今から再就職も厳しいだろうし、母も実家から連れてきた責任感があるのだろう。母の監視の下で性根を入れ直すといいわ。


「──えー、貴い身分の皆様方、本日はマドリガル侯爵家へとお越し頂きました事、心より感謝申し上げる次第でございます。只今より当家ご後嗣セオドール様、マールベリ伯爵家ご令嬢エリザ様のご結婚披露宴を開催させて頂きます」


 執事もまた最後の仕事ということで張り切って司会をしている。まあ、ちゃんと聞いているお客様は少なかったんだけど。

 何しろ今日の主賓は新婚ほやほやの王太子夫妻ということで出席者たちは恐れ入ってしまっている。司祭役も聖女がこなしたし、こんな格の高い結婚式も珍しい。

 ところで聖女ったら今日もハーフアップなんだけど、それ気に入ったの?


 食事の最後にケーキが配られることになった。私が贈ったバウムクーヘンだ。

「このケーキは新郎新婦のお二方にお切り頂きます」

 執事の司会に合わせて、それまで料理を取り分けていた私の両親とエリザの両親に代わってエリザと兄が進み出た。

 演出は私の指導だ。と言っても実は私、前世では結婚式って出たことないんだけど……。十五歳で死んだし。確かこんなのあったよね?

 執事の司会に合わせてエリザと兄は同じナイフを二人で握った。


「ケーキ、入刀。お二人の初めての共同作業でいらっしゃいます。ご参列の皆様方、どうかお見守りくださいませ」

 サクッ、サクッと二人はバウムクーヘンを切っていった。数があるから大変だ。お皿の上に分けられたバウムクーヘンが参列者に配られる。

 私の前にもお皿が来た。懐かしい、輪切りのお菓子がそこにあった。


 バウムクーヘンの配膳が終わると兄は参列者にお礼の言葉を述べて、次の言葉で締めた。

「──この菓子の年輪のように、夫婦で齢を重ねて参りたいと存じます。とはいえまだ若輩の身でございます。ご参列の皆様、お引き立てのほど何卒よろしくお願い申し上げます」

 そう宣言しつつ二人が頭を下げると万雷の拍手が会場を満たした。


 ところでこの演出が大変に受けて、この後バウムクーヘンは結婚式で出される定番のデザートとなった。この国だけじゃなくてお隣の国でも。そのお隣の国ではエド王子が何故か焼き方を知っていたので大変に不思議がられたということだけど、それはまた別の話。




 料理が一段落して恒例の挨拶タイムが始まって、出席者たちはバラバラに動き始めた。

 当然だけどエリザのところは人が多い。私は親族だから順番は後だ。代わりに友達を探した。

 えーっと、みんなはどこかなー?


「セシリア様」

 後ろから声を掛けられた。年下の、小柄な、花のような笑顔の友人がそこにいた。

「エマさん。またお会いできましたわね」

 私たちはぎゅっと抱き合った。


「セシリア様、お久しぶりです」

「お変わりないようで何よりですわ」

「貴女たちも、お元気そうですわね。結婚生活はいかがかしら?」

「おかげさまで順調ですわ」

「わたくし、もう子供がおりますのよ」

「──まあ! それはおめでとうございます! 何か贈り物をしないといけませんわね」

 私の紹介で結婚した子たちも来た。いわゆるまともな方の子たちだ。聖女の結婚式はどこも当主夫妻しか招かれていなかったから彼女たちには会えなかった。

 私たちは和気あいあいと旧交を温めた。


 私がエリザのところに行ったのは最後の方だった。

 エリザは私を見るとほとんど同時に頭を下げた。

「セシリア様、あんな素晴らしいケーキをくださいまして、本当にありがとうございました」

「『様』はおやめくださいませ、エリザ様」


 以前の私たちは第一王子の婚約者と伯爵令嬢という関係だった。でも今は将来の侯爵夫人と隠居の令嬢、もうエリザの方が立場が上だ。

 しかしエリザは首を横に振って、もう一度同じことを言った。


「セシリア様、本当に素晴らしい贈り物をありがとうございました」

「私たちは姉妹になったのですから、何でもおっしゃってくださいませ」

「それでしたら、あの紙というものをもう少しお分けいただけませんでしょうか。あれは非常に使い道があるように思います」


 エリザの声は弾んでいた。今のエリザは聖女以上に幸せに見えた。


「本当に、セシリア様も、それから聖女様も、皆様に思いがけないご好意を頂いて感激しています。……セオドール様も先日から急にお優しくて」

「え?」

「お二人になると、その……」

「ああ……。良かったですわね」

「私、こんなに幸せでいいのでしょうか」

「良いのですわ。貴女には幸せになる権利が十分におありですもの」

「セシリア、ちょっといいか?」


 突然隣から兄に呼ばれた。


「何ですの?」

 紳士の兄は手招きはしなかったけれど、近くに来て欲しそうだったので私は兄の前に移動した。兄はささやくような小声で言った。

「あの器をもう一つもらえないか? エリザにも同じものを贈りたいんだ」

「……ええ、もちろん喜んで! 戻り次第さっそく用意いたしますわ」

「それとあの紙というのももっと欲しい。あれは可能性を感じる」


 考えることが同じね。この二人はやはりお似合いだ。

セ「結婚式素敵だったわー。聖女もエリザも幸せそうで……。うん、私も幸せになっていいはずよね? 悪役令嬢正機説を提唱するわ! 『聖女なおもて繁栄をとぐ、いわんや悪役令嬢をや』! 逆説的発想よ!」

ア「いや、悪人正機説というのはね……。ここで言う悪人とは仏教的悪、つまり殺生を重ねなければ生きていけない漁師のような、要するに下層民のことなんだ。善人というのは下層民に暮らしを支えられて自分の手を汚さなくても生きていける上流階級のこと。親鸞の師の法然の教えでは、そういう働かなくても生きていける身分の人が念仏三昧で暮らせば極楽往生できることになる。でも殺生の罪を重ねながら生きる下層民はそれじゃ極楽に行けないよね? 彼らには毎日念仏だけ唱えて生きるなんて無理だし。配流先で下層民に混ざって暮らした親鸞は、そういう人たちこそ本来阿弥陀如来の救済の対象なのだから、彼らが一度でも阿弥陀如来に救いを求めたのなら必ず極楽往生するのだ、と考えたんだ。だから『恵まれた境遇の人ですら願えば阿弥陀如来に救われる。まして恵まれない立場の人であれば言うまでもない。』ということになる。それは逆説でもなんでもない、親鸞にとっては自然の発想だよ。……でも今のなろうってむしろ悪役令嬢の方が聖女に支えられてない? その、悪役令嬢やドアマットヒロインが主で聖女やヒドインが従というか」

セ「貴方、たまには私に都合のいいことも言いなさいよ!」

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