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バウムクーヘン

「ご主人、起きるべや」


 ゆさゆさ。ゆさゆさ。体が揺れる。ゆっさゆっさと揺すられて枕の下で体が揺れる。

 暗闇の底から私は揺り起こされた。目を閉じたまま私は答えた。


「……なーにー」

「朝だべ」


 ぼんやり薄目を開けると雨戸が押し上げられていて外の光が見えた。

 もう冬も間近で朝は遅くなっているにもかかわらず、すっかり明るい。寝坊してしまったようだ。久しぶりの実家で気が緩みまくっているわ……。


「メーグー……、おはよー……」

「お遅うだべ。すっかりたるんどるな」

「お風呂はー?」

「沸かしといたべ」

「連れてってー」

「しゃーねーべな」


 両手を広げてアピールしたらメグは私をベッドから引っこ抜いた。私はメグの首に両腕を回した。お姫様抱っこだ。腹話術の人形とも言う。

 メグは私を抱え上げてもびくともしない。さすが、農家の女は腰の安定感が抜群だ。


 そのまま浴室まで運んでもらっていたらちょうど途中のドアが開いた。弟の部屋だ。

 弟と、アレクと、エド王子がよたよたと這い出てきた。みんな死にそうな顔をしていた。


「あらみんな、おはよう」


 三人はメグに抱きかかえられた私を見て一瞬ピタリと動きを止め、それからエド王子は床を叩き、アレクは頭を抱えた。


「クソッ!」

「何て時代だ!」


 何だかわからないけど、仲が良さそうで何よりだわ。




 あー、さっぱりした。お風呂に入ったら目が覚めたわ。

 食堂に行ったらアレクたちが無言でテーブルに向かっていたので、私も自分でイスを引いて席に着いた。遅い朝食だ。男たちは真っ白な顔色で俯いて、全然食が進んでいなかったけど。


 アレクはひたすら白湯(さゆ)を飲み続けているしエド王子はパンを口にしたまま動かなくなってしまったし、弟はスープだけ飲もうとして一口だけ匙をつけて、そのまままた俯いてしまった。

 そして全員お酒の臭いをプンプン漂わせている。


「なあに、みんなでお酒でも飲んだの? 元気があっていいわね」

「……」

 軽くからかったんだけど三人とも返事をしなかった。

「食欲がないみたいね。だったらお風呂に入って来なさいな。お湯に浸かったらお酒が抜けるかもよ?」

「……」

 三人は無言で立ち上がろうとしてよろめいて、ずりずりと床の上を這うように浴室へと向かった。服で掃除でもしているのかしら。


「あー、結局思いつかなかった!」

「……何のこと?」

 お風呂から上がってきたアレクはまだ青い顔をしていたけど、一応受け答えはできる程度に回復していた。

「エリザへのプレゼント。どうしよう……」

「……彼女の好きなものとかないの?」

「真っ先に検討したけど、あの子ってあまり女の子らしい趣味がなくてね……」

「……うん、まあ。うん。そんな感じだね……」


 やっぱり病人みたいな顔色でエド王子が言った。

「……ご婦人への贈り物か? 菓子はどうだ……? 甘いものが嫌いなご婦人は、うっ……。見たことが、ないが……」

「そうねー。それも考えたんだけど……」

「……何て言ったっけ、食べるものってあまり良くないんじゃなかったっけ」

「消え物ね。食べたら消えてなくなってしまうものは結婚祝いには……あ!」

「……どうしたの?」

「思い出したわ。許されるものがあったじゃない」


 私は使用人を呼んで庭にレンガを積ませて簡単なグリルを三つ作らせた。長方形の箱型で、下に空気穴があって上がぽっかり開いている、本当に簡単なものを。網を乗せたらそのままバーベキューの台になりそうだ。

 また紙に亜麻仁油を塗って油紙にして、太さ3センチくらいの長い棒にぺたーっと巻き付けた。

 それから生地を用意した。これはホットケーキと同じでいい。材料は単純だからこの世界でも手に入る。砂糖が馬鹿みたいに高いけどね。その砂糖をマシマシで甘ーくした。この世界の住人は砂糖が多いほど喜ぶから。


 グリルに炭をおこして、それでは焼いていきましょう──バウムクーヘンを!


「それじゃこの棒にね、こうやって生地を垂らして……」

「……ほう」

「……なるほど」

「……」


 口が広くて底が浅い水がめの中にたっぷりと生地が入っている。その上に棒の油紙のところを差し渡して、おたまで生地をすくって掛けてやる。生地が垂れてしまわないように回しながら。

 それである程度馴染んだらグリルの上に持って行って、棒を回しながら焼く。焼けたらまた生地を掛ける。この繰り返しだ。

 これをひたすら繰り返していたら直径が十センチくらいになった。このくらいでいいかな?

 仕上げにシロップを掛けて焼き固めて真っ白にコーティングした。見た目や味だけの話じゃなくて、乾燥と腐敗の防止を期待している。今は前世で言えば十一月、そんなすぐには腐らないとは思うけど、エリザの結婚式は三日後だからね。


 火から下ろしてお皿の上に乗せる。棒をククッと慎重にひねって……よし、外れた。ゆっくりと棒を引き抜いて──バウムクーヘンの出来上がり! 中に残った油紙は直前に引っ張り出そう。

 前世のキャンプで焼いたことがあるのを思い出して焼いてみた。確かバウムクーヘンには二人で年輪を重ねて、みたいな意味があったはず。食べ物だけどこれならあり! 引出物の定番よね?


「どう、作り方はわかった? 簡単でしょ?」

「……それは理解したよ。で、何のために教えてくれたの?」

「それはもちろん、エリザへのプレゼントにするためよ。……あー、ちょっと違うか。エリザからお客様へのプレゼントね。披露宴の最後にデザートとしてこれを出したらいいんじゃないかと思って」

「……微妙に答えになってないような」

「うん。お客様が大勢来るでしょ? 全員に行き渡る分だけ作らないといけないの。というわけで貴方たち、焼きなさい」

「……ええっ?」

「私が生地を掛けるから、貴方たちはどんどん焼いて。はい、棒。はい、油紙を巻いて」

「……うう」

「……本当にやるのか?」

「……」


 男たちは始める前から精魂尽き果てたような顔をして棒を受け取った。


「──うんアレク、上手上手、その調子。プリンスは辛かったら座っててもいいから手は休めないで。ほらセディ、棒はもっと手際よく回して、生地が垂れないように! あ、三人とも、火が熱いから水分はこまめに取ってね」

「うう、死ぬ……」

「これが蟹工船か……」

「……」


 私は二日酔いの三人を鞭打って働かせた。

 アレクは比較的飲んでいなかったのかな? 顔色は悪いけど手際は良かった。エド王子はあの巨体なのに棒が重そうだった。

 弟は自分の内側の気持ち悪さと戦うことで精一杯みたいで、朝から晩まで一言もしゃべらなかった。




 夕食後、母は長椅子の端で冬支度の編み物をしていた。私はその隣に寝そべって猫みたいに毛糸玉と戯れていた。

 編み物の目を数えながら母が言った。

「いくつになっても甘えん坊ね」

「たまにはいいじゃない」

「たまにじゃなくて毎日でもいいのよ? ねえ、戻ってきなさいな」


 私は直接には答えないで、横になったままずりずりと這い寄って母の太ももに頭を乗せた。

 ……戻ってすぐの頃は少し心が揺れたけど、ここってどこに行っても使用人がいて気が抜けないじゃない? 調理師には悪いけど料理もおいしくないし。清潔感も違うし、トイレだって……ね。お風呂も入れることは入れるけど、ただの沸かしたお湯だし。私の温泉とは全然違う。私はあの田舎村の小さな家が恋しくなっていた。

 ここにあってあそこにないものなんて母だけよ。あー、お母様も一緒に来ればいいのに。


「お母様こそ私の家にいらしてよ。この家なんてエリザに任せてしまえばいいじゃない」

「馬鹿おっしゃい」

「じゃあセディに結婚させて、お嫁さんに任せちゃえば?」

「お相手が見つかればね」

「んー……」

「貴女が結婚してくれたら貴女に任せられるんだけど」

「やだお母様、どうせいずれはエリザが管理することになるのよ? そんなところに小姑がいたら迷惑じゃない」

「ならセドリックでも駄目じゃない」

「まあねー……」


 あ、そういえばそうだった。エリザで思い出したわ。私は母の膝から頭を起こした。


「そうだ、お母様」

「何?」

「ちょっとお願いがあるんだけど」

「あら、珍しいわね。何が欲しいのかしら?」

「あのね──」


 私は家の現状と整理について相談した。

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