悪役令嬢の家系
私はすぐに「替え馬をお願いしたいのでお会いしたい」旨の手紙を書いてアレクに隣村まで持って行ってもらって、アポイントを取った。
そして翌日さっそくカルカン村の領主、タナー男爵と面会した。
男爵の邸宅は、邸宅と言うには少し小さな古い家だった。その入り口で男爵は私を待ち受けていた。
男爵という人は思ったより若かった。多分三十代半ばくらいだろう。男爵は深々と紳士の礼を取った。
「これはお初にお目にかかります、侯爵令嬢。噂以上に麗しい方で驚きました。貴女のような方がこんな僻地にいらっしゃるとは、山の中にも花は咲くものですな」
なかなかにダンディな田舎男爵は誰かさんと違って社交辞令もお上手だった。
「お褒めに預かり光栄ですわ、男爵様」
さてそこからが長い。何故って貴族同士の話はいきなり本題に入るなんてぶしつけな真似はしないから。
私たちは領地の話から入って家系について語った。実のところ私の実家とタナー男爵家とは遠い親戚なので、その確認だ。
「──まあ、男爵様のおじい様はアガサ伯爵家から分家なされた方でしたのね。わたくしの高祖母も伯爵家からお嫁入りされましたのよ」
「それは奇遇ですな」
なんて、お互い知っていた話を初めて聞いたようにして。
「ところで男爵様、今日は折り入ってお願いがあって参りましたの」
「ええ、これも親族の誼です。何なりとおっしゃってください」
そこで私は替え馬使用の許可を、ということはつまりここだけでなくこの先の領主への替え馬依頼の割り札の貸与と、後で馬車を組み立てるために村の大工を借りたいということを伝えた。
「そのようなことでしたらたやすいことです。是非ご利用ください」
男爵はこころよく許可をくれた。
「それではわたくしはこれで失礼いたしますわ。後のことはわたくしの騎士に。今日はありがとうございました」
「ではお見送りいたしましょう」
男爵はさっと手を差し出したので気持ちに甘えて手を預けた。嫌だわ、誰かさんに見習ってほしいわ。
男爵は玄関へと私を送りながらにこやかに言った。
「あいにく今は不在なのですが、実は私にも貴女と年の近い息子が一人おりましてな。これも何かのご縁です。是非お会いいただきたい」
「ええ。またご紹介くださいませ」
私は手紙を四通書いた。
兄には「迎えはいらない」という手紙を。
エリザと聖女には「式の前にお祝いしたい」という手紙を。
それとおまけでエレアノールさんに「一度お会いしたい」という手紙を。
翌日アレクは手紙を携えて騎士の旅装で旅立った──。
──三日目の夕方にアレクは帰ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさい。予定より遅かったけど、何かあったの? 心配していたんだから」
「ああ、それは申し訳ないね。道中は順調だったんだけど、君の兄上になかなか会えなくてね。それと返事を待つのに一日かかってしまった」
そう言いながらアレクは手紙を三通渡してきた。
中を見ると一つは聖女からだった。結婚式の五日前なら時間が取れるとのことで「是非お会いしたい」と書いてあった。
もう一つはエリザからで、直前でなければどの日でもいいとのこと。
最後の一つは兄からだった。斜めに読んだら「迎えがいらないとはどういうことだ馬車はどうするつもりだ宿泊施設の手配は大丈夫か風邪でも引いてないか──」などと何だか長かったので後で読むことにした。
エレアノールさんからの返事は間に合わなかったそうだ。
「ということは六日前までに着いていればいいってことね」
片道四日のつもりが二日半になったから、余裕を見ても十日前に出発すれば大丈夫だ。まず聖女と会って、次の日にエリザと会って、式までちょっと開くけど、そこは我慢だ。最悪の場合は町でお風呂と厨房付きの家を借りよう。……あれば。
「そうだね。……ところでこれ、何の臭い?」
アレクは鼻をひくつかせた。厨房からダイニングいっぱいに特有の臭気が漂っている。悪臭と言ってしまってもいいかもしれない。換気はしているんだけど、濡れた犬のような臭いがまだ残っている。
「ああ、これね。貴方、昨日戻るものと思っていたのに遅いから、手持ちぶさたで。今日は朝からちょっと凝ったものに挑戦していたの」
私はアレクをテーブルにつかせた。呼んでいたメグの兄はもちろん、メグも勝手に座っていた。
「メグ、貴女は手伝って」
「しゃーねーべ」
こんなものを作ろうと思い立ったのは、海に行ったときにアレクが『炭酸ナトリウム』というものを作ったからだ。海藻の灰から取れるのだそうだ。
あの時浜辺で海藻を燃やしているアレクに聞いたものだ。
「何をしているの?」
「せっけんの材料を作っているんだ。炭酸ナトリウム──えーっと、君にもなじみのある言葉で言うと、"kan-sui"だよ」
「kan-sui……かん水って、ラーメンに入ってるやつ?」
「そう」
私はそれを少し分けてもらって、小麦粉の麺に溶かし込んだ。うっすら黄色味がかかった生地を、練って、練って、延ばして切った。
それから魚醤でタレを作った。魚醤をベースに水とお酒と煮干し、貝柱、干したポルチーニ茸、隠し味に砂糖。乾物を一晩掛けて戻して、小一時間煮詰める。
タレを割るためのスープは猪の骨と鶏ガラで取ったダブルスープだ。骨を玉ねぎ、にんにく、香味野菜と一緒に煮込む。丹念にアクを取りながらひたすら煮込む。厨房の臭いはこのスープのせいだ。
トッピングは猪のバラ肉のチャーシュー……っぽい煮込みと、煮玉子。
味変用にトンカチで砕いてすり鉢で丹念にすり潰して作った煮干しの粉。
ネギの代わりにエシャロットのみじん切り。
スープを温め直して、麺を茹でている間に丼にタレを入れて、スープで割る。
チャッチャッと麺を湯切りして、スープに入れて、具をのせて、仕上げに鶏油を浮かべたらできあがり!
「──さあ召し上がれ、この世界風鶏とんこつ魚醤ラーメンよ!」
「……信じられない。君は天才だったか」
「フッフッフ、褒めるのは食べてからにしていただきましょうか」
「では、いただきます」
そして三人は箸を取った。
レンゲ代わりのスプーンでスープの味を確かめ、麺を一口味わったアレクは感動の面持ちで動きを止めていた。
「どう?」
「……君の料理は本当に最高だ!」
「料理以外は?」
「人柄も素敵だよ」
この前からどうしちゃったの、この人。
「は、箸が止まらねえべ」
器用に箸を使うようになったメグもふーふーと麺を吹きながら、それでも顔を真っ赤にして食べ続けている。
「胸の奥にマグマのようなエネルギーを感じるべ。これが怒りなのか喜びなのか、もはやおらにはわからねえべ……」
「貴女、本当に何を言っているの?」
メグの兄は海旅行の慰労のために呼んだ。メグとは逆に魚介が舌に合わなかったみたいで、海ではあまり食が進んでいなかったものね。ラーメンがお気に召すといいんだけど。
彼は箸が上手く使えなくて握り箸だ。今度教えてあげよう。
無口な彼はやはり無言で、一心不乱に麺をすすっていた。……それにしても鬼気迫る表情ね。それっておいしくてそうなってるの逆なの、どうなの?
そして何やら暗い情熱すら感じさせる勢いで麺を食べ尽くし、スープを飲み干したメグの兄は突然私の前に跪いて従者の礼を取った。
「我が主よ」
「……はい?」
「生涯の忠誠を。貴女こそ我が主。我が命、貴女にこそ捧げます」
……え、何が起きたの? ラーメンで買える忠誠なんて、ちょっと聞いたことがないんだけど。
何だか言葉遣いまで流暢になっているし……。ラーメンにそんな効果があったかしら?
ま、いいか。彼は使えそうだし、頂けるものならありがたく頂いておこう。
「ええ、貴方の忠誠、確かに受け取りました。私のために働くことを許します」
そしてメグの兄は深々と首を垂れた。
「光栄の至り」




