今度は旧友が来た
兄はついでに手紙を届けてくれた。差出人はいつもと同じメンバー、両親と聖女、エリザ、そしてエマだ。
その手紙の一通を見て私は困ってしまっていた。
「どうしたの?」
「うん……」
声を掛けられて私はチラッとアレクを見た。うん、アレクにもまんざら無関係でもない。
「……貴方、令嬢たちの名前はご存知?」
「さっぱりだよ」
アレクは肩をすくめた。
「そう。ほら、私って悪役令嬢だったじゃない?」
「君が何故自分を悪役と見なしているのか理解できないんだけど」
「まあ悪役令嬢らしく取り巻きが大勢いたわけよ。それでね……」
これ、言っちゃってもいいのかな? ま、いっか。
「隠さずに言うと、嫌な子ばかりでねー。他人への尊敬とか愛情とかないのよ。口を開けば自分のことばかりで。家柄とか、持ち物とか、恋人や婚約者とか……そういうものが自分を飾るアイテムでしかないの。ブランドバッグを見せびらかす感じ。誰が誰の上か下か、どうやったら上になれるのか、他人を蹴落とせるのか、そういうことばかり考えているの」
「男も女性も変わらないね……」
「それでまあ、私は上か下かでしか関係を築けない取り巻きたちに悩まされていたわけなんだけど、少しは『嫌な子』じゃない子もいたのよ。特に、今でも親交がある二人はね。そのうちの一人が兄の婚約者のエリザ。で、もう一人がアデリー子爵家の令嬢、エマ。身分に多少差はあったけれど、心から友達と言えたのは彼女一人だったわね」
今でも友人として手紙のやり取りをしている貴族の女性は彼女一人だ(エリザは兄嫁で、腹心の補佐で、純粋に友達かどうかは微妙なところだ)。
聖女? 文通はしているけど、彼女は貴族以上だしねぇ。
「それで、そのミス・エマがどうしたのかな?」
「うん、エマがね……ここに来るって言うのよ。私に会うために」
「……ええ? こんな田舎に?」
「そう。こんな世界の果てに」
私はエマからの手紙を見せた。以前プレゼントした紙には『近々お伺いしたい』旨が書かれていた。
友あり、遠方より来たるって言うしね。私だって嬉しくないわけじゃない。でもね──
「友達なんだけどね? 友達だからこそこんなところに来てほしくないのよ。ここは淑女が来るようなところじゃないのに……」
「君は?」
「私はいいの。止めたかったんだけど、読んだのは兄が帰ったあとだったでしょう? 返事が間に合わなくて……。もうどうあっても来るわね」
「ちゃんと来られるかな? 道中が心配だね」
「そうなのよ! こっちに近づくほど田舎だから、宿だってどんどんひどくなるし。淑女が泊まるようなホテルじゃないのよ。街道って言ってもこっちの方は酷い田舎道だし……。この前みたいに盗賊でも出たら大変だわ!」
「男と違っていざとなったら野宿ってわけにもいかないしね」
「そうなのよ……。それに途中だけじゃないわ。兄は忙しいから日帰りで帰ったけど、女性じゃ強行軍ってわけにはいかないでしょう? 泊まっていくことになると思うの」
「……ああ、僕の部屋に?」
「貴方の部屋に。それで悪いんだけど、その日だけ部屋を開けてくれないかしら」
「そういうことなら仕方ないね」
おかしいわ……。ゲストルームなんて一度も使ったことがなかったのに、アレクが引っ越した途端に予定ができるなんて。
それから三日して先触れの使者が来た。貴族の訪問なんだから当然だ。兄は何故かしなかったけど。
使者が言うには翌日到着するとのことだった。
エマにだらけた姿を見せるわけにもいかない。私は久しぶりに貴族の服を引っ張り出した。
……においを嗅いでみたら若干カビ臭かったので洗って干した。
せっかくお引越ししたアレクだったけどまた避難してもらうことになった。
荷物をメイド部屋に押し込んで、本人にはどこかに隠れていてもらう。
「もしエマに裏があるようならもう信じられる貴族はいないわ。でも万が一ということがあるといけないから、今度こそちゃんと隠れていてね」
「わかってるよ」
「本当によ? あの子ぼーっとしているようで異様に鋭いところがあるから、油断できないのよ」
エマは何というかほんわかというかふんわりというか、とにかくぼんやりした雰囲気に包まれている。そのせいで彼女の前では誰だってつい気を抜いてしまう瞬間がある。その瞬間にあれこれを見透かされてしまうのだ。
計算でやっているならこちらもそのつもりで臨むだけだけど、彼女はそれを天然でやっているから防ぎようがない。
「それで、どこに隠れているつもり? ベンの家?」
「新婚の二人を邪魔するつもりはないよ」
「ならメグの家は?」
「それはさすがに許してくれないだろうか……」
かなり揉めたけど、結局私の部屋に隠れていてもらうことになった。
「どこも触らないでね! クローゼットとか絶対に開けちゃ駄目だから!」
「そんなことはしないよ」
「──来た!」
朝からジリジリしながら待っていたら、お昼過ぎにようやく馬車の姿が見えた。時間的に、きっと私たちも泊まったあの町を朝早くに出発したのだろう。
ドアノッカーが鳴った。私はメグにドアを開けさせてエマを迎えた。メグはブツクサ言っていた。
「自分で開ければええのに……」
「貴族は形が重要なの」
そして、そこに私の友達がいた。
「エマさん、遠いところをようこそいらっしゃいましたわね。歓迎いたしますわ」
「セシリア様、お久しぶりでございますわ。本当に……」
エマの柔らかな微笑を見た瞬間、懐かしさと嬉しさが溢れてきて、思わず私も笑顔になって彼女の手を取った。メグは酸っぱい果実でも口にしたような顔で覗き込んできた。感動に水を差すんじゃないの。
「ここにおいでになるまでも大変でしたでしょう? 道も悪いですし、淑女が泊まれるようなところも少なくて」
「ええ。でも、こんなに遠くまでやってきたのは初めてのことで……。何だか心が浮き立ちました」
エマの手を取って自ら応接室に案内する間も言葉が止まらない。
緑茶と、とっておきの砂糖をふんだんに使って焼いたクッキーをお茶うけに、私たちは十カ月ぶりのおしゃべりに興じた。
エマは青磁のティーセットに興味しんしんだったのでおみやげに一セット包んであげた。後でトイレに案内したらカルチャーギャップに面食らった様子だった。
久しぶりに気心の知れた相手だ。話すことがいくらでもあって、忙しい!
エマはここは都からあまりにも遠いし途中がずっと山の中で驚いたとか、かつての取り巻きの令嬢たちがどうしているか(相変わらずいさかいばかり起こしているらしい。エリザも大変だ)とか、聖女の結婚式が早まって都は大忙しだというような話をした。
私は日々の生活のことを──この村でどのように生活しているのかを、またこの村で行われた様々な技術革新について話した。
いえアレクのことは伏せていたけどね?
時間を忘れておしゃべりしていたら、いつの間にやら太陽はすっかり傾いて窓の外はもう赤かった。
「──ああ、もうこんな時間! ねえ、エマさん、暗くなる前にお体をお清めになってくださいませ。貴女、洗って差し上げて」
「は、はい」
「こっちだべ」
メグにエマのメイドを案内させて、お風呂とせっけんの使い方を教えさせた。
遠慮するエマを脱衣場に押し込んでおいて──今のうちだわ! 私は厨房に走った。夕食を作らなきゃ。
貴族の服の上から割烹着を羽織って、メグを助手に調理開始だ。作り置きしておいた猪肉のワイン煮込みをスライスして、鶏のシチューを温め直して、サラダを作って、仕込んでおいたジャガイモをフライにして、ニンジンをソテーして、デザートに季節のぶどうを盛り付けて──せっかく遠くから来てくれたんだから腕によりをかけなくちゃ。
「あら……」
「あ」
ところが、エマたちは私の想定の半分の時間でお風呂を切り上げてきた。え、普通もっと長湯するでしょ? こ、これだからこの世界の人は……。
おかげで淑女にあるまじき姿を見られてしまった。エマは曖昧にほほ笑んでいたし、メイドは目を白黒させていた。
少し恥ずかしいところを見せてしまったけど、まあ夕食自体は好評だった。この世界の貴族の美味って『珍しいもの、高価なもの』が基準だけど、贅沢にワインを使ったジビエは高価で珍しいものね。その上ちゃんとおいしいし。
食後にまたおしゃべりして、すっかり暗くなってしまったので寝室に案内した。
エマは応接室の奥のゲストルームだ。メイドと護衛は……うわー、しまった! メイド部屋が埋まっちゃってる! 警備室も荷物の山だし!
仕方ないのでメイドは応接室で休んでもらうことにした。簡易ベッドなんてものはないので、椅子を並べてその上に布団を敷いてベッドの代わりにした。
護衛はダイニングだ。こちらは長椅子で横になってもらった。
やれやれだわ……。久しぶりに長時間淑女っぽくしゃべったら、疲れた。わざわざ遠くから訪ねて来てくれて嬉しかった半面、一人になれてほっとしてしまったのも確かだ。
部屋に戻るとアレクがいた。
ランプの明かりの下で何やら書き物(何かの設計図?)をしていたアレクが顔を上げた。
「やあ。お帰り」
……忘れていた。
「……今夜はどうするの?」
「君はここに隠れていて欲しいって言ったじゃないか」
「いや、そういうつもりじゃ……。他に泊まるところってないの?」
「ないね」
「野宿とか──」
「申し訳ないが許してもらえないだろうか……。部屋の隅でいいから、今夜だけ置いてくれないかな?」
…………。
「……。……し、仕方ないわ。今夜だけよ? なるべく離れて──その床板の線からこっちに来たら駄目だから!」
「つま先も踏み入れないと誓うよ」




