星空のダンス
翌日は朝から荷物を片付けた。
今さらだけど私の家の間取りを説明すると、まず門に向かって左つまり南を見ると山、右を見ると川。
門をくぐると左手に小さな宿舎がある。元警備室にしてアレクの住居だ。宿舎と本宅の間にパン焼き窯と燻製窯、それとバーベキューの台がある。右側の方が広くて庭と小さな畑がついている。
「あ」
庭の燻製窯を見て私は足を止めた。
牡蠣のオイル漬けじゃなくて燻製の作り方を教えてあげればよかった……。
まあ過ぎたことを言っても仕方ないわ。さて、庭を通り過ぎて玄関に入ると、家の中を十文字に貫くように廊下が走っている。家の中が四つの区画に分けられているような形ね。
左側手前のブロックが厨房とダイニングだ。左の奥が土間で、山側の壁にかまどと水道がある。
右側には応接室がある。普段は使わない無駄な空間だ。応接室の右奥にはゲストルームもついている。小なりと言えど一応貴族の邸宅なのだからと、父が作らせた。私はいらないって言ったのに。
中央の廊下の左奥、山の側にトイレがある。
厨房から廊下を挟んで左側の奥にあるのが物置と、メイド用の部屋だ。本来ならメイドが五人ついてくるはずだったからね。丁重にお断りしたけど。
私についてくることになっていたメイドたちはこんな山奥の村は嫌だったのだろう。ほっとした顔をしていた。ここの方が暮らしやすいのに。
メグは家から通っているのでこの部屋は居室としては使っていなくて、今は物置部屋になっている。仕送りでお金の代わりに送られてくる布とか、小麦粉とか、港で買い込んだ塩とか煮干しその他とか、主に食材がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
客間から廊下を挟んで右側の奥にあるのが私の部屋だ。寝室とドレッサーがついている。ちなみに私の家は割と川岸いっぱいまで使って建てられている。だから私の部屋の窓を開けると下の方に川が見える。
真ん中の廊下の突き当りから渡り廊下を挟んで向こうにあるのが浴室だ。お湯の湧出口が少し低い位置にあるせいで一段低く設けられている。
元々独り暮らしの予定だったしそんなに大きな建物ではない。それでもここが私のお城だ。
そのお城に住人が一人増えた。アレクがゲストルームに引っ越してきた。
警備室が手狭になり過ぎた。荷物を片付けたというか警備室に押し込んだ結果、これまでに作った道具とか実験器具とか、あるいはにがりや牡蠣殻などで埋もれて、とても住めなくなってしまった。
「申し訳ないね。よろしくお願いするよ」
「まあ今までお客様なんて来ることはなかったし、今後も予定はないからいいんだけど」
部屋を使うのは別にいい。ただ、これまで引いていた別棟というラインをとうとう越えてしまった。ますます人には言えないわ……。
片付けが落ち着いたら近所におみやげを配って歩いた。と言っても海の塩だけど。おまんじゅうとかないし。かと言って煮干しや貝柱をあげても使いこなせる気がしない。
まあこの辺りだと塩は貴重であればあるだけ嬉しいので、みんな喜んでくれた。
そしてアレクはコンクリートの研究に取り掛かった。持ち帰った牡蠣殻を砕いて、焼いて……。
を、するために。アレクはまず効率的に牡蠣殻を焼くための炉を作った。また並行して牡蠣殻を砕く装置も作った。水車と連動した杵と臼でゴットンゴットン搗くの。
そうやって作った石灰の粉を土とにがりと混ぜて、どうやったら固まるのか実験した。
装置の製造、それから混ぜる土の種類と最適の配合を導くのに十日間かかった。
「モルタルができたよ」
「モルタルって、何?」
「セメントと砂と水を混ぜたもの。この場合は石灰と土とにがりだけど。モルタルに骨材……砂利が入るとコンクリート。今回は砂利の代わりに焼き損ねた陶器を砕いたものを使ったよ」
「へー」
アレクは実演してくれた。
型枠の中に材料を入れて棒で練ると湯気が上がって、だんだんねっとり重くなる。
一晩経つとすっかり石みたいになっていた。
手伝いに呼んだベンや大工兄弟、それから石工のビルも驚愕していた。
まあそうよね、彼らにしてみたら『混ぜると石になる魔法の粉と水』だもの。
「お、おめさは神の使いだべか?」
「はは、まさか。聖女じゃないんだから。ただ知っているだけさ」
「へ、へへえー……!」
「恐れ入りますただ……」
元々そう考えていた大工の兄弟はもちろん、ベンもビルもアレクの前にひれ伏していた。大げさな人たちね。
特にビルのアレクを尊敬することといったらほとんど崇拝の域に達していて、その後もアレクを見るとそれが畑でも道端でもその場で伏し拝むものだから、アレクはずいぶんと閉口させられていた。
ところでビルはこの新型コンクリートの技術を充分に身に着けたので、その後私は建設会社を作って彼に任せた。
彼は全国の橋梁や護岸、港湾設備の工事を請け負う(そして出資者の私は大変に潤う)ことになるのだけど、それはまた別の話。
アレクとお手伝いたちは私の家の改築を始めた。
まずは上水道の再改造だ。水の湧出口の周りをコンクリートで囲って蓋をした。これで雨水も葉っぱもカエルも入らない。
水道管のつなぎ目の目止めもモルタルに変えた。これまでは配管の隙間からチョロチョロ水漏れしていたんだけど、それがなくなった。
それから便器を設置した。便座と一体型で、なんと青磁製だ。
キッチンと手洗いからの排水がトイレに流れ込むようになっていて、ずっと水が流れ続けている。
「ここは水が豊富だから、タンクに溜めるんじゃなくていっそ流しっぱなしにしてしまったよ。この方が衛生的だ」
それから廊下の床板を剥いで下水管を設置した。トイレから川へ向かって真っすぐに。これは総コンクリート製で、凹型の水路にやっぱりコンクリートの蓋を乗せている。
排水はそのまま川に流れ込んでいる。アレクは「スペース的に難しかったから今回は見送ったけど、そのうち浄化設備も作りたいね」と言っていた。
──この世界で初めての水洗トイレが完成した!
私は落成式を開いた。いえ式ってほどじゃないんだけど、今回お世話になった人たちを招いてお礼にごちそうした。
門の前にまたテーブルを出して、作った料理をどんどん並べる。大工に石工に焼き物屋、鍛冶屋、それからメグの一家も大喜びで食べている。まあ全然関係ない村人たちもやってきたんだけど。何かのお祭りと勘違いしたようだ。
別にいいわ、今日の私はご機嫌だから! 私は海で手に入れた食材をふんだんに使って大盤振る舞いした。
月が谷間を白く染めていた。電気のない夜は月がなかったら本当に真っ暗だ。月の光がこんなに明るいなんて、転生するまで知らなかった。
村人たちはその光を頼りに帰って行った。残されたのは私とアレクだけだ。
「──さようなら悪臭、こんにちは未来! これでまた一歩文明に近づいたわ!」
とっても気分がいいわ! 月と天の川の見守る下、私はアレクの手を引っ張ってダンスに誘った。
「踊りましょう! さあ、ラッタッタッタ」
「お手柔らかに」
月がライトで芝生がホール、淑女の礼からワン、ツー、スリーでレッツダンス! 中世的ダンスだし私の基準ではそんなに優雅でもないけどね。
それでもメロディを口ずさんで、クルクル回ったら、アハハ、楽しい!
私たちは私のリードで踊った。私は軽やかに。アレクの足取りはおぼつかなかった。どうやらステップを覚えていないようだ。
「もう、下手なんだから」
「仕方ないさ、まさか女の子と踊る機会があるとは思っていなかったからね。真面目にやってなかったんだ」
「仮にも公爵家のご子息が……」
見た目だけなら相手をしてくれる女の子はいくらでもいたでしょうに。中身を知られていたらノーチャンスだろうけど。
「まあいいわ。踊れなくたって貴方は貴方だし」
「え?」
「貴方のいいところはダンスじゃなくて、他にあるもの。ありがとう、本当に」
「君のためなら喜んで。……こちらこそありがとう」
「何が?」
「僕のことを少しでも理解してくれたのは君だけだ」
「そうよ、貴方の真価を理解しているのはこの世で私だけよ。これからもどんどん使ってあげるから、よろしくね」
「是非頼ってくれたまえ。こちらからもお願いするよ」
その夜私たちはすっかり疲れてしまうまで二人で踊った。最後にはアレクもちゃんと踊れるようになっていた。本気でやれば器用なんだから。




