貴族の料理人
朝市がやっていると言うので私たちも朝食がてら食材の買い出しに出かけてみた。
うわー、屋台がたくさん並んでる! 種類が豊富で目移りしちゃう!
こんな小さな村なのに、朝市の規模は途中で泊まった町と同じくらい大きかった。ただし食材店ばかりで、すぐに食事できるものを売っているお店はほとんどない。
明らかにここの漁師とは違う、商売人らしき男たちが鋭い視線で魚を目利きしている。どうも近隣の町から買い付けに来ているようだ。
そういえば最初に泊った町でも魚料理はあったわね。きっとここから運ばれていたんだろう。
私も真似をして食材を買い漁った。
昆布はなさそうね……。カツオ節も探してみたけど、やっぱりなかった。
でも、代わりに煮干しを手に入れた。それと干し貝柱! 海塩! アンチョビ! そして何と、魚醤!
こ、これは料理が捗るわ……。
それと、すごいものを見つけた。
「──これ、お米!」
屋台の一つでお米がどさっと量り売りされていた。
以前アレクにちらりと聞いたことはあったけど、本当にあるなんて! 聞いていた通り粒が細長い品種だ。これでリゾットでも炒飯でも作れるわ!
あとはまあ、普通に魚介と野菜ね。
あ、卵が一個だけ手に入った。高かった。
ついでに海綿を買った。細かい穴がいっぱい開いていて、触るとふよふよ弾力があって……。
「スポンジみたい」
「海綿は英語で言うとスポンジだよ」
「え、もしかして、スポンジって海綿に似ているからスポンジなの?」
「似てるというか似せて作られたんだよ」
「へぇー。食器洗いに良さそうね」
「体を洗ったりもね。海綿は使い道が多いよね。そうだ、昔は生理用品に使っていたそうだよ。タンポンみたいにして。君も買っていったらどうかな」
「……デリカシー!」
「え?」
「デリカシー!」
「え?」
それは大切なことではあるけれど……この人やっぱりノンデリカシー!
「はい、それでは朝食を作ります」
昨日の浜辺にやってきた私は昨日のかまどに火を入れた。
みじん切りにしたニンニクとオリーブオイルを鍋に入れて、弱火でじっくり炒める。
ニンニクに火が通ったらエビを投入。桜エビみたいな小さなエビが売っていたので買ってきた。これをどさっと、殻ごと炒める。
さらに水煮にして皮をむいたトマトを加えて、潰しながら煮詰める。トマトは煮詰めれば煮詰めるほどおいしいからね。
ここに水、パプリカ、マッシュルーム、そして大量の牡蠣のむき身を加えて蓋をして煮る。沸騰したら塩で味を調えて生米を投入。隠し味に買ったばかりの魚醤を少々。
時間にして十五分くらいかな? お米が茹で汁を吸って、余分な水分が飛んだらしばらく蒸らしてパセリを散らして、出来上がり!
「牡蠣と小エビのパエリアよ! さあ、鍋ごと召し上がれ!」
「もう字面だけで美味しそうだね」
「絵面も相当そそるべや。ではいたたくべぇ……うっ」
メグは言葉を詰まらせた。
「どうしたの?」
「んめぇべ……」
「そうでしょう、そうでしょう。スープの旨味をお米が全部吸っているの」
「海の幸と山の幸が口の中でお手々つないでダンスして、世界平和の実現だべ……」
「だから何を言っているの?」
アレクもおいしそうにパクパク食べている。
「どう、おいしい?」
「……君の料理は本当に最高だ!」
「料理以外は?」
「え、笑顔も素敵だよ」
子供みたいに微笑むアレクこそ本当に素敵だった。顔だけは。
くっ、その顔で顔を褒められても素直に喜べないわ……。
「はいはい、お褒めに預かり光栄です。これはおまけね」
私は一個だけの卵をオムレツにしてアレクのパエリアに乗せた。そして昨日から作っていたソースを掛けた。
トマトを煮詰めて、炒めた玉ねぎとワイン、砂糖、手持ちのスパイスと炒め合わせたものだ。さらにさっき魚醤で味を調えている。
自家製簡単ケチャップだ。私はこの国の言葉で『アレク』と書いた。
アレクは感動していた。
「信じられない……。この世界でオムライスを食べられるなんて……!」
メグはじーっと指をくわえて物欲しそうな顔で見ていた。
「あ、それ、おらも食いてぇべや」
「残念、卵が売り切れよ」
「ぎぃーっ!」
「帰ったら作ってあげるから」
「約束だべ!」
なおメグの兄は残念なことにお米が苦手みたいで、食が進まなかった。なんだか目をつぶって、難しそうな顔をして食べていた。
乾麺が手に入ったのでお昼にはパスタを茹でた。
まずパスタは唐辛子と薄切りにしたにんにくでペペロンチーノ風にする。
お皿に盛りつけて、出来立てのちりめんじゃこをたっぷりと。その上からバター、刻み葱の代わりにエシャロットのみじん切りを乗せて、大葉の代わりに刻んだバジルを周りに掛ける(海苔は手に入らなかった、残念!)。
レモンを搾って掛け回して、ちりめんじゃこのパスタのできあがり!
「さあどうぞ、召し上がれ」
アレクはニコニコしていた。
「君は何でも美味しくしてしまうんだね」
「めっ、めっ、めっ」
メグはガツガツ食べて皿まで舐めた。それにしてもこの子、海に来てから働いたことがあるんだろうか。食べているシーンしか見ていない気がする。
メグの兄は「魚はのけてけろ」というのでじゃこ抜きにしてあげたら、本当に美味しそうに、アレクの倍も食べていた。メインのところがないんだけど、いいの?
時計がないから正確なところはわからないんだけど、多分午後四時くらいからまた昨日と同じように海鮮バーベキューと揚げ物を作り続けて振舞った。
焼き牡蠣に焼き魚、カキフライにアジフライにエビフライ!
「ねーちゃん、こいつも焼いてけろ!」
漁師がカツオを掲げてやってきた。──こ、これは、あれをやれってこと?
「藁を持ってきて、藁!」
私はカツオの身を柵におろして、長い串を打って、塩を振った。
そして積み上げた麦藁に火をつけて、串を扇形に広げて持って支えて、カツオの表面を一気に焼き上げた!
──よし、いい感じ。カツオを厚めに切って、お皿に並べて、エシャロットのみじん切りと生ニンニクの薄切りをたっぷり乗せて、岩塩をガリガリッと削って掛け回してできあがり!
「カツオのタタキよ、召し上がれ!」
「うおおお!」
漁師たちは先を争ってタタキを食べた。手づかみで。
私はニンニクを避けて箸で取って、レモンを搾って食べた。うん、おいしい。この世界でもカツオの味は変わらないわ。大葉や生姜が欲しかったところだけど、仕方ないか。
アレクも隣でやっぱりニンニクを避けて食べていた。
「うん、すごい。本当に鰹の叩きだ。それも本場じゃないと食べられない味だ。それにしてもこの料理、叩いてないのに何で叩きって言うんだろうね?」
「ああ、それはね。どこかで料理が変わったの。江戸時代初期の料理書に載っている『鰹の叩き』はカツオの身を包丁で叩いてミンチにして、かまぼこみたいな形で板に盛り付けて、湯霜するって料理だったの。当時は本当に叩いていたのね」
「……へぇー! ところで湯霜って何?」
「魚の表面に布をかぶせてから熱湯をかけて熱を通す調理法よ。それがいつの間にか叩かれなくなって、火の通し方も湯霜じゃなくて焼霜になって……。同じ料理が変化したのか、それとも似た料理に置き換わったのか、それはわからないけど。とにかく名前だけが受け継がれて今に伝わったからそう呼ばれているのよ」
「そうだったのか、知らなかったよ! 面白いことを知ってるんだね。それにしても君、料理の話となると早口で長くなるよね」
「え、何? 自己紹介?」
私はついでに同じカツオのタタキを薄切りにした。そしてお皿に綺麗に並べて、玉ねぎの薄切りと揚げたニンニクチップを乗せて、バジルを散らして、オリーブオイルと岩塩を掛けてレモンを搾って、カルパッチョ風にした。
これはメグが独占しようとして、横からお兄さんにつままれていた。
どんどん作るわ。私、何だか絶好調だわ。貴族なんかやめて料理人になろうかしら。
──とか考えていたら漁師たちに「姉ちゃん、プロだっぺや?」「お貴族様の料理人だっぺ?」なんて聞かれたのでこの際料理人を名乗ることにした。
「ええ、貴族の料理人よ」
「ちょっと意味が違うんじゃないかな?」
「お貴族様ってのはいっつもこんないいもん食ってんのすけ?」
「いや……」
アレクは暗い顔をした。沈痛な面持ちと言ってもいい。貴族の食事ってお金がかかっているだけでちっともおいしくないもんねぇ。
少なくとも私たちの舌には合わないし、多分庶民の舌にも合わない。
「貴族で食べているのは彼くらいね」
と言うとその漁師は私とアレクの顔を見比べた。
「何よ」
「なるほど、お貴族様のお付きの料理人だっぺ。アッチの世話もしとるっちゃ──あ痛てっ!」
横からメグが漁師の足を蹴った。あっちって何よ。変な人たちね。




