盗賊がやってきたんです!
※人が死にます。ご注意ください。
「朝メシは出してねえべ」
翌朝、起き出してきた私たちに宿屋の主人はそう言った。え……、嘘でしょ? 朝食どうしよう……。
困っていたら、すぐにその主人は「みんな外に食べに行くんだべ」と続けた。
何でも近くの朝市に屋台が出ているらしくて、商売人だけじゃなくて近所の人とか宿屋の宿泊客はそこを目当てに出かけるのだとか。
「行ってみましょうか」
こういうのも旅行の醍醐味よね。
ここはこの辺りでは一番大きな町──と言ってもこの国の中で言ったら全然そんなことはない、普通の田舎町だ。
そんな町にしてはそれなりに多くの人たちが集まっていた。
朝市には屋根と柱と台だけのシンプルなお店が軒を連ねていた。
商品はいろいろで、野菜やイモや、あるいは食べるものを売っている。お好み焼きみたいな粉ものとか、棒に巻き付けた肉を炙ったものとか。
そういうお店にやってきてご飯を食べているのは商売人だけではない。お爺さんから家庭の主婦みたいな人まで様々だ。普通の町の人もいるし、出勤途中の勤め人みたいな人もいる。
中には昨日の酒場の客たちもいて、アレクを見ると頭を下げたり手を振ったりしていた。
「みんな、好きなものを食べなさい」
お金を多めに渡すと三人はそれぞれ別の屋台に向かった。
宿泊費から食費からなにから、今回旅費は全部私持ちだ。というかこの三人は現金を持っていないので、私がおごってあげないと旅先では何もできない。
まあ普段ほとんど使わないし、たまにはいいでしょう?
メグの兄妹は肉を中心に、アレクは塩サバを焼いたもののサンドイッチを食べていた。……何もここで食べなくても、今夜には港よ?
私は悩んだ末に茹でたジャガイモにバターを乗せただけのものを食べた。これならさすがに当たらないだろう。
宿屋をチェックアウトして、さあ出発よ!
私たちは港への最短ルートを進んだ。昨日までの道程より馬車の往来が多いようで、道に轍ができている。
私の知識が確かなら、このペースなら今日中には港に着けそうだ。まずは宿を確保して、牡蠣殻の調達は次の日ね。
休憩を挟みつつ私たちは旅を続けた。お昼には朝市で調達したお弁当を食べた。
出発したときには他の荷馬車や徒歩の行商人もいたんだけど、いつの間にかみんな違う道に行ってしまって前後には誰もいない。のどかな景色を独り占めだわ。
その時馬に乗っているのはアレクで、私は馬車のふにょんふにょんする荷台に揺られていた。メグは床の上にゴロンと横になって昼寝していた。この振動でよく眠れるわね……。
キーッと車輪が軋んだ。突然メグの兄が馬車を止めた。見たらアレクも馬の足を止めさせている。
「どうしたの?」
と聞いた直後に気づいた。二人の風体の悪い男が、道路の先に剣を構えて立ちはだかっていた。
アレクも腰の剣を抜いた。メグの兄は「アレクさ、前」と言いながら自分は槍を抱えて馬車から飛び降り、後ろに走った。……えっ、何故?
そちらを見ると二人の盗賊が迫っていた。えっ、いつの間に!
そして物も言わずに近づいたメグの兄の手元が消えるように動いたと思ったら、槍の先が左右の盗賊の胸に吸い込まれるように突き立っていた。
……えっ?
二人の盗賊が転げた、次の瞬間にはメグの兄は反転してもう馬車の前にいた。アレクも、アレクが立ち向かおうとしていた盗賊たちもびっくりして動きを止めた。
「オオオオオオオ!」
「ひっ……」
雄たけびを上げながらすごい速さで駆け寄るメグの兄に盗賊たちは体をすくませた。
怖気づいて逃げようとした一人が後ろから串刺しにされて前のめりに転んだ。
「ひえぇぇぇぇっ!」
もう一人は悲鳴を上げながら逃げて行った。──直後に投げられた槍が背中に突き立っていた。
ドサッと音を立てて盗賊が倒れ伏す前にメグの兄は既に剣を抜いていた。そして少し警戒してから剣を納めて、アレクに声を掛けた。
「アレクさ、手伝ってけれ」
「あ、ああ」
二人は盗賊たちの武器を回収して、死体は道路の脇に避けていた。私は二人の様子をぼーっと見守っていた。
私には何の言いようもなかった。メグの兄は貴族の私に雇われて、貴族の私を守るために仕事をしただけだ。貴族としてそれを咎める筋合いはない。盗賊たちだって場合によってはこちらを殺すつもりで来ていたのだろうし。
ただ、目の前で生きた人がいきなりモノに変わる瞬間を目撃して、ちょっとびっくりしてしまった。私は目の前の現実から目を逸らした。
ようやく起き出してきたメグはあくびをしながら「兄さの馬車を襲うたあ、運のねえ奴らだべ」なんて憐れんでいた。
次の町で私たちは警ら隊の詰め所に寄った。警察署みたいなものだ。
旅客を襲う盗賊団なんて、とんでもない存在だ。まだ他にいるかもしれないし、一応報告しておいた方がいいだろうと考えたのだ。
アレクが騎士の振りをして、警ら隊の隊長へとせいぜい偉そうに話しかけた。
「我が主はマドリガル侯爵家の縁者である」
私はベールなんか被って顔を隠して、後ろの方で澄まして座っていた。心の中はまだ混乱が続いていたけど、ベールで隠れていれば見えないだろう。持ってきていて良かった。
アレクは侯爵家の印鑑とサイン入りの身分証明書を提示した。羊皮紙に刻印された正式な文書だ。持ってきていて良かった。
隊長は羊皮紙をつかんだまま凝視していた。隣の隊員は身分証明書と私たちとを代わる代わる見比べた。
「道中盗賊に襲われ、我が主の従者が討ち倒した」
そう言って合図すると、メグの兄は盗賊たちから没収した武器をテーブルの上にゴトッと並べた。
「この件についてこの度は正式の抗議まではしないが、そちらの領内で起こった不祥事である。おろそかに扱わぬよう、厳重に申し入れる」
なんていかにも高位貴族の従者みたいな態度でしかつめらしく言い渡すと、対応した隊長以下の役人たちはすっかり恐れ入ってしまっていた。
「は、はいっ」
無駄に足止めを食ってしまった。今日中に港まで行くつもりだったのに、今夜はここで泊まるしかなさそうだ。
隊長が「領主に連絡して館に招待することになる」というからアレクに全力でお断りさせた。
「嫌よ。お忍びだからと言って」
私たちはこの町で一番いい宿屋を紹介してもらって、一番いい部屋を取った。
ちょっとショックを受けていた私は体だけ拭いて、夕食を取らずにさっさと横になった。
寝てしまおう。朝になったら多分気分がリセットされていると思うから。
翌朝、目覚めた私は昨日のことは忘れたことにした。
ここも朝食は出していないというのでまたどこかに食べに行こうかと相談していたら宿屋の扉を叩くものがあった。
警ら隊だった。
「昨日の件についてもう一度ご説明を頂きたい。同行を願う」
装備に身を包んだ物々しい一団が、宿屋まで押しかけて来て……もう、しつこいったら!
私たちが何をしたって言うのよ、こっちは被害者なのに!
「アレク」
手招きして、昨日のものとは違う羊皮紙を渡した。
「これを見せてあげて」
アレクは内容を確認して眉をひそめた。
「……君、こんなものをどこで」
「後で説明するから」
アレクは居並ぶ警ら隊の隊員たちにもう一つの身分証明書を突きつけた。
「控えよ。我が主は王家の縁者にあらせられるぞ」
なんて言いながら。
今度のものは国王の御璽が押された身分証明書だ。だって私、未来の王妃様の義姉だもの。くれると言うから遠慮なくもらっておいたのだ。
「へっ、へへえーっ」
町のお役人たちは一斉に恐れ入ってひれ伏した。ほら何だっけ、ミト……ミト……時代劇の必殺技みたいなものね。
「そちらの領内で襲撃を受けた我らをさらに拘束しようと言うのであれば、こちらとしても正式の問題にせざるを得ない。領主以下王家への反逆を視野に入れた罪状を問われることとなるが……」
「め、滅相もございません!」
「お手間をお取りして申し訳ございませんでした!」
「ど、どうぞ、お出かけくださいませっ!」
これ以上時間を取られてはたまらない。お役人たちが土下座している間に私たちはさっさと町を立ち去った。
おかげで朝を食べそびれて、メグは機嫌が悪かった。




