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この辺りで一番大きな町に着いた。ここから北に三日向かえば都に着く。私もあの村に引っ越すときにこの町を通った。目的の港まではここから南東に一日だ。
今日はここで泊まることにした。日没まではまだ時間があるけど、予約なんてしていないもの。早めに宿を取らないと空室があるかどうかわからない。
私は町で一番いい宿屋の一番いい部屋を取った。お金ならあるのだ。
私はメグと同室で、アレクはメグの兄と同室だ。部屋に入ると同時にメグにお湯を取りに行かせて、タライにお湯を張って体を拭いた。せめてもの抵抗よ。
一番いい宿でもルームサービスなんてない。夕食は食堂で取ることになっている。
部屋から出てきたアレクは楽器を抱えていた。ギター……じゃなくてマンドリン? みたいな弦楽器だ。
騎士には剣が強い人と歌が上手い人とがいる。楽器は高いし、音楽は教養のうちだ。そして教養を身に着けるにもやはりお金がいる。だから音楽は貴族のものになっている(少なくとも弦楽器は。庶民の楽器は笛と太鼓だ)。
歌には人の心を動かす力があるものね。強さと同じくらい、いえそれ以上に。
アレクは楽器を撫でて、自信満々で言った。
「僕はこっちの方さ」
本当かしら?
食堂は宿泊者じゃなくても利用できるレストラン、というか酒場になっていてにぎわっていた。
客層は庶民から身なりのいい男まで様々だ。地元の人たちと、旅人たち。身分のありそうな人もいる。
この中世的世界では身分で習慣が違い、身振り手振りまで違ってくる。貴族階級の淑女がふわりふわりと歩くように。
だから所属する階級を隠していても、身なりや態度ですぐわかる。あのお供を連れた体格のいい男は多分旅の騎士だろう。
こういうお店って衛生観念皆無だし、お皿もちゃんと洗っているか怪しい。私は悩んで、一番火が通っていそうなものを頼んだ。
料理はこの世界の習慣に従って大皿で運ばれてきた。貴族の食卓であればホストがそれぞれの皿に取り分けて配る。周囲を見た感じ、庶民の食事はめいめい勝手に取って食べるようだ。
貴族社会にナプキンが導入されたのはようやく一世代前のことで、昔はテーブルクロスで拭いていたそうだ。フィンガーボウルは子供の頃の私が特にお願いして導入したもので、最近ようやくパーティー会場でも普通に目にするようになった。
当然庶民にはどちらも全然浸透していなくて、食べた指を服で拭いている。私は見なかったことにして目の前の料理に専念した。
アレクと、厳しく教えたメグはナイフとフォークを使って食べているけど、メグの兄はやっぱり手づかみだ。服で拭くのはやめてもらってハンカチを渡した。
ふぅ。ようやく人心地ついた。そうしたらアレクは椅子の横に降ろしていた楽器を手に取った。
「そろそろやろうかな」
「何を?」
「演奏を。僕がどうやって一年間も旅をしていたのか、教えてあげるよ」
そう言ってアレクはおもむろに立ち上がった。
「一曲弾かせてもらってもいいかな?」
アレクが上流階級丸出しの物腰で声を掛けると亭主は恐縮したように頭を下げた。
「へえっ! これは騎士様……ええ、是非お願いいたしますですべ、はい」
アレクは騎士叙勲は受けていないでしょうけど。ま、いいか。
酒場の隅に椅子を引いて陣取ったアレクは声高らかにお客たちへと呼び掛けた。
「さあ皆様ご清聴あれ。これは若き騎士の物語──」
娯楽の少ないこの世界では騎士道物語は人気コンテンツだ。黙っていれば騎士っぽく見えなくもないアレクが楽器をかき鳴らすと酒場中の視線が集まった。
そしてアレクは弾き語りを始めた。
あら……上手じゃない。言うだけのことはあるわね。
弾いているのはちょっとこの世界には新しすぎる曲だけど、歌はとても上手い。声もいい。
でも、お話の内容は……。
それは悪魔の軍勢と戦う騎士の物語だった。家族を悪魔に殺された主人公は、悪魔の恐怖から人々を解放するため戦いに身を投じたのだった……という前置きから物語は始まった。今日のお話はその戦いの一幕だ。
アレクの歌は絶好調だった。熱唱に合わせてまた、この世界には未知の音楽が聴衆の心をかき乱す。
みんな聞き逃さないように声も漏らさず聞き入っている。メグはうっとりしているし、その兄でさえじっと聞き入っている。
物語は佳境に差し掛かっていた。
やっとの思いで敵悪魔を倒したところに突然悪魔将軍が現れて、でも満身創痍の主人公はもう動けない。代わりに戦った先輩騎士は悪魔将軍を撃退するけど、致命傷を負ってしまう。
先輩騎士が主人公に後事を託して死ぬ場面では酒場中に絶叫のような悲鳴が響き渡った。
……いや駄目でしょ、これは。
アレクが歌い終えると酒場は一瞬静寂に包まれた。
最初に動いたのは騎士らしき男だった。じっと目頭を押さえていた彼は突然立ち上がり、ズカズカとアレクのところに行った。な、何?
「いいものを聞かせてもらった。ささやかだが収めてくれ」
そう言って騎士っぽい男は小さな包みを懐から取り出した。包みはアレクの横の小机の上でジャランと音を立てた。ああ、目が潤んじゃってるし……。
「い、いい歌だったべぇ!」
「ありがとうごぜえますただ!」
それを皮切りに酒場中の人々がおひねりを手に押し寄せた。アレクはそのおひねりをまとめて酒場の亭主に渡した。
「今日のこの場の全員の飲み代はこれでお願いできないだろうか」
「へ、へえっ!」
大歓声が湧きあがった。
「こうやって旅をしていたんだ」
戻ってきたアレクは得意げな顔をした。あのさぁ……。
「いやいや、これは駄目でしょ……」
「下手だったかな……」
アレクの顔は急に不安そうになった。私は首を横に振った。
「弾き語りの技術は凄いわ。そこは認める。でも、お話は盗作じゃない!」
「うっ」
アレクは痛いところを突かれたという顔をしていた。そう、さすがの私でもあのお話は知っている。
「何よ『騎士タンジェロ』って! 完全に盗作じゃない!」
「そ、それは……そう、翻案だよ、翻案」
「要するに盗作でしょ! 盗作で受けを取って申し訳ないと思わないの?」
「でもどこでやっても受けるんだよ」
「それはそうでしょうよ!」
「ああいう騎士みたいな人が隣町までの護衛を買って出てくれたりね。おかげで安全に旅をできた」
「四百億パワーは凄いわね。でも駄目でしょ! 曲も古典の音楽のつまみ食いだし!」
「バロック音楽も入ってるよ」
「知らないわよ!」
「でも本当に受けるんだ」
「そうでしょうね!」
物語に免疫のないこの世界の人間にいきなりあんなお話を聞かせるのは刺激が強いなんてものじゃない。劇物よ。
「俺もいずれは、あんな風に……」
例の騎士っぽい人なんて物語の世界にすっかり浸りきっている。お付きの人もさめざめと、他のお客たちもみんな泣いていた。
ところで流浪の騎士が奏でる英雄譚『騎士タンジェロの物語』は本当に人気で、のちに身バレしたアレクは要求を断り切れずに冒頭から結末まで一切を書き下ろす羽目になった。後世ではイナカン谷本と呼ばれることになる楽譜付きの原本は後々まであの田舎村に残っていたようだけど、それはまた別の話。
でもねえ……。そりゃこの世界まで著作権の効力は及ばないでしょうけど、駄目でしょ……。
「ちなみに他のレパートリーもあるんだけど、演奏してもいいかな?」
「……一応聞いてみるけど、何てタイトル?」
「『薬剤師のひとりごと』」
「アウトーッ!」
この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。




