夏のBBQフェスタ
メグの家の前の道の上で、二人の若者が棒を持って向かい合っていた。
一人はメグの弟だ。確か十四歳だったと思うけど、もうメグより背が高い。まあ、年齢相応にひょろっとしてるけど。
弟くんは長い棒を両手に持ってその先を相手に向けている。多分槍に見立てているんだと思う。
もう一人は旅の騎士だ。メグの家にずっと居候して兄や父親の指導を受けていた。
彼は多分長剣に見立てた棒を持って、変な構え方をしていた。右手は剣で言えば鍔元を握って頭の高さに。左手は顔の前で棒を支えて、棒の先を相手の槍先に向けていた。腰はやや落とし気味だ。
「変な持ち方してるわね」
「あれはハーフソードという剣術の、毒蛇と呼ばれる構えだよ」
ささやくとアレクが解説してくれた。
「刀身の真ん中あたりを持って剣を半分にして使うからハーフソード。鎧の隙間を突くのが得意な剣術なんだ」
「あれじゃ手が切れない?」
「実戦じゃ小手をつけているからね。それにあの構えの時の剣は剣先しか砥いでいないんだ」
「ふーん」
お昼休みの訓練がてらの勝負だ。照りつける太陽が地上を熱して、道のかなたに陽炎を立てている。
向かい合う二人をメグの兄が見守っていた。
「始め」
その兄が号令をかけると二人はじりじりと距離を詰めた。
弟くんの槍が突然ブレた。突いたみたいだ。騎士の剣の先がカンと音を立てて槍を弾いて、左足を送り出すようにして間合いを詰めて突く。同時に弟くんは後ろに退がってまた突いた。
弟くんが突く、騎士が弾く、騎士が距離を詰めて突いて、詰めた分を弟くんが飛び下がる。その繰り返しだ。多分。どちらも棒の動きが速すぎて全然見えない。
でも騎士の前進の方が速い。とうとう槍で突き切れないほど接近して騎士が突いた──と見えた。ところが弟くんは槍で剣を防ぎつつ、突然槍を捨てた。
それまで下がっていたのが急に前へとダッシュ、両手で騎士の太ももを抱えて押し倒して馬乗りになる。
受け身を取って倒れた騎士は自分も剣を手放して、弟くんの肩を引っ張りつつブリッジして跳ね飛ばして、ひっくり返した。
逆に馬乗りになられた弟くんは左手で相手の肩を押しつつ右手で腕を引っ張って足を回して体を起こして、またひっくり返した。
うわー、ぐるんぐるんと上下が目まぐるしく入れ替わってる。猫の子がじゃれあってるみたいだけど勢いはほとんど猛獣だ。
どちらが優勢なのかもわからなかったけど、最後に上になった騎士が腰に差していた短い棒を弟くんの喉元に押し当てて止めた。
「そこまで」
「くっ、負けたべや」
メグの兄が決着を宣言するのと弟くんが降参するのはほとんど同時だった。
「おー、何だかすごいわ」
「二人ともやるね」
私とアレクは二人の健闘に拍手を送った。
旅の騎士は毎日メグの家族に習って剣を振ったりレスリングをしたり(甲冑組み打ち術というらしい)、畑仕事の手伝いをしたりしていた。
メグの兄から一本取るところまではいかなかったけど、弟くんの方とはどうやら互角以上に戦えるようになった。
「いい勝負だった」
「悔しいべ……」
「私が言うのも何だが、その年でそこまでできるのは相当なものだよ」
騎士は弟くんを引っ張り起こしながら慰めていた。
「実際どうなの? この騎士って。強いの? 弱いの?」
まあ中学生くらいの子と互角では大したことはないのでしょうけど。でもアレクは両手を広げて感服を示しながら、言った。
「今の彼に勝てる騎士は僕の実家にも何人もいないだろうね」
えっ、そうなの?
騎士は旅を再開すると言った。
この国にも騎士は大勢いるけど、そのうちのいくらかは旅に出て、剣名を高めて士官先を探す。親が領地を持っていて自動的に跡を継げる長男とか、どこかにコネがあるならいいけど、そうでない騎士は自分の主を自分で探さないといけないからだ。
戦争が終わってずいぶん経って、どこの騎士団も規模を縮小気味だものね。就職活動も大変だ。
数か月もこの村にいたから私のことも隠遁生活を送る侯爵家の娘だと知っている。最初の頃はいちいち跪いて話しかけられたものだから閉口した。
いかにも貴族、というアレクとは各地の情勢について熱心に話し込んでいた。どちらも長い旅をしていたから、話が合うところがあるようだ。アレクにしては珍しく会話のできる相手だった。
それでも本当の身分は伏せていたけどね。騎士には「さる高貴なる家の令息。理由あって姿を隠していて、我が家で匿っている」という感じで紹介しておいた。
そういう感じですっかり親しくなっていたから、私たちはお別れ会を企画した。
私の庭にはパン焼き窯と燻製窯がある。それに最近追加でバーベキューの台も作った。
つまりそう、今日はバーベキューパーティーだ!
この村には牛なんていないし馬は食べないし、イノシシのお肉だけどね。名人に獲ってきてもらった。夏のイノシシで痩せていて、お味の方は期待できないけど。
私はメグを助手に朝から料理を仕込んでいた。
ロースは串に刺した。シンプルに塩を振って炙りましょう。
脂の乗っていないモモ肉その他は薄切りにして、前世風に焼肉にすることにした。たっぷりタレをつけてごまかしましょう。
またメグの母がイノシシ肉のトリミングしたところを叩いて、腸に詰めて、ソーセージを作ってくれた。あら、おいしそう。これも一緒に焼きましょう。
バラ肉はバーベキュー台の隅っこに鍋を置いて夏野菜と一緒にぐつぐつ煮込んだ。うん、いい匂いが立ち昇っている。メグは明かりの前の夏の虫みたいに引き寄せられて物欲しそうに覗き込んでいる。パーティーが始まるまで待ちなさい。
それから鶏も焼きましょう。大きなブロック肉を、炭火でじっくりと。一羽をまたメグの兄に精肉にしてもらった。夏は鶏が痩せるから食べていなかったんだけど、今日は特別ね。
あとは野菜もたっぷりと。騎士と顔見知りの村人たちが手土産に野菜やら野菜やら夏野菜やらを提げてやってきたので、使わせてもらった。
さて、バーベキューの方はこれでいいとして……。
私の目の前にトマトがある。バジルもある。モッツアレッラじゃないけど、チーズだってある。そして庭には窯がある。
これはもう、あれをやるしかないでしょう!
私は研究中のパン種でドゥを膨らませた。それを丸く延ばして、縁だけ残して内側を潰して台を作る。
そして生地の上にチーズをたっぷり並べて、煮込んだトマトソースをたっぷり掛けていく。バジルは後乗せだ。
これをパン窯の蓋を開けっぱなしにして焼いたら……ピッツァ・マルゲリータ(もどき)のできあがり! チーズのせいで何だか違うものができあがったけど、まあこれはこれでありってことで、許して?
さてさて私とアレク、メグの一家、それからたくさんの村人たち、そして主賓の騎士と従者の少年。出席者は大勢だ。
私の庭にはさすがに入りきらなかったので門前にテーブルを出して、できた料理を片っ端から並べて、そっちで食べてもらうことにした。
「えー、親愛なる領民の皆さん、ごきげんよう。本日はサー・ドレッドの送別会にご臨席賜り誠にありがとうございます。しばらくこの村に暮らしていた彼でしたが、いよいよ旅立つ時がやって参りました。彼の今後のご武勲とご活躍、そして無事士官先が見つかることを祈念して、開宴の挨拶とさせていただきます。それではここから先は無礼講で! さあ皆さんどうぞ、召し上がれ」
「頑張ってくだせえ、騎士様!」
「カンパーイ!」
「そんじゃいただくべぇ!」
私は最初のうちはひたすら肉を焼いていた。それを女たちが代わる代わるやってきてはテーブルに運んだ。汗だくだわ、お風呂に入りたい……。それにしても領主の令嬢に何をさせているんだろう、この領民たち。
ところが、途中からメグの父が代わってくれた。というか肉奉行と化したメグの父に追い払われて私は食べる側に回った。メグは怒鳴りつけられながら忙しく働いていた。
「おめは使用人だべがダラズ! ボサッと突っ立っとらんでセッセカ運べェ!」
「ひぃー!」
肉を運びながらパクパクつまみ食いしてたけど。
イノシシは意外なことに普通においしかった。脂が乗っていないだけで、お肉の味は変わらないのね。
「め」
「うめぇべ!」
村人たちは飢えたようにガツガツ食べた。騎士も従者も、アレクもね。このペースなら一頭分が簡単になくなりそうだ。
メグはピザを頬張りながら蕩けた顔をした。その目はどこか遠くを眺めているようだった。
「トマトとチーズって、んめえべなぁ……。またこのバジルが香りだけでねくて、赤と白の上に彩りを添えて……。そう、見た目もおしゃれで、都会的で……それでいて身近な味がして……。この田舎にぶてっくが店を広げたみてえな……あるいは街中に田園の風景が広がってるみてえだべ……」
何を言っているんだろう、この子。
ともかくパーティーは大いに盛り上がって、私たちは夕食がいらないくらいにたくさん食べた。
「サー・ドレッド、よろしければ私の実家に紹介いたしましょうか?」
今さらだけど彼の名前はドレッド・ボルカンだ。
これまで紙がなかったこの世界では紹介状というものもまた一般的ではないから、直接紹介する必要がある。仕送りの使者は先日来たばかりなので、また三か月待ってもらうことになるけど。
騎士はずいぶんと悩んだけれど、結局は頭を下げて断ってきた。
「いえ、ありがたきお言葉なれど──今は自分の未熟さを思い知ったところです。世の中は広く、上には上がいる。私にはまだ修業が足りません。今はまだ見聞を広め、研鑽を積む時です」
そして翌朝、馬と従者だけを道連れに流浪の騎士はまた旅立って行った。
「ああ、おらの毛布が行っちまっただ……。名残惜しいべ」
メグは残念そうな顔で騎士を見送った。
(閑話)働かないひとり
「ところで、私って一度も働いたことないの。みんな就職しないといけなくて大変よね」
そう言うとアレクは驚くべきものを、あるいは残念なものを見る目で私を見た。
「働こう」
「貴族は高等遊民よ。働いたら負けだと思っているわ。このまま働かない記録を伸ばしていくつもりよ」
そして私は高らかに歌い上げた。
「ニート、ニートニート♪ ニート、ニートニーイトー♪ ニート生活ー♪」
アレクは絶句していた。
「……何でそんな大昔のCMを知っているんだい?」
あ、そっち?
「不思議よね。見たことなんてあるわけがないのに何故か知っているの」
「これが存在しない記憶ってやつか……。それはともかく、前世では働いたことがなかったの?」
「うーん、友達とバイトしようかって話はしていたんだけど。面接に行く前に癌が見つかっちゃってねー。そこから闘病生活に入ったから、結局働かず仕舞いね」
「済まない、僕が悪かった」
「その友達がお見舞いに来てくれたときにバイトの話をしてくれたんだけど、私ったらうっかり『私もバイトしたかったな』って言っちゃってね? あの子すごく傷ついた顔をしていたのよ。あー、言わなきゃよかった。私そのまま死んじゃったから、きっと心の傷になっているわよね」
「本当に謝るからそろそろ許してくれないだろうか?」




