のちのト〇タグループである。
その後亜麻糸作りも見学した。
村人たちは亜麻の繊維を綺麗に梳った。金色とまでは言わないけど淡い麦藁色で、少し髪の毛と似ている。何だかかつらが作れそうね。
「君の髪のようだね」
アレクは私の髪を見ながら言った。いや私の頭は黒いでしょ。
束ねられた亜麻の繊維の端っこをキュッキュッと引っ張り出して、指先を濡らしながら撚りを掛けて棒に巻き付けていく。村人は引っ張り出した繊維が途切れないように上手につなげて、一本の長い糸にした。
こうして作られた亜麻糸を、この村は税として私の実家に納めている。
「それにしても時間がかかるわね……」
私も村人たちに混ざって糸を紡ぐのを体験させてもらったんだけど、チマチマチマチマ面倒くさい作業だわ……。
「手作業ではね。全体に機械化できそうだけど」
隣でアレクも繊維を伸ばしながらそう言った。アレクは妙なこだわりを見せて必要以上に細く糸を伸ばしていた。
「──よし、これで一束おしまい、っと。ねえ、できるのならやりましょうよ。機械化」
「そうだね。ちょっと研究してみようか」
「こんにちは。ゲンはいるかしら?」
私たちは大工のゲンの家に行った。まあ例によって大工ばかりでは食べていけないので農家もしているし、木工所もしている。
ゲンは畑に行っていて不在だったけど、ちょうど息子のロックとリーの兄弟がいてペコペコと応対してくれた。
「へえっ、これはおぜう様、こんな小汚ねえところへお越しくだすって、申し訳ねえですだ」
「これは旦那様もご一緒で」
「ああ、ちょうど良かった。貴方たちでいいわ。実はね──」
私はかくかくしかじかと二人に事情を説明した。
「──というわけでアレクの手伝いをして頂戴」
「へ、へえ」
「かしこまりまずだだ」
それから三日かけてアレクと兄弟は糸繰りの機械を作った。
目につくのは自転車の車輪みたいなスポークで支えられた輪だ。下に足踏み式のペダルがあって、踏むとクランク構造で回転力に変わって車輪が回る。
「──あ、これ糸車だ! 糸車でしょ?」
「そうだよ。知ってた?」
「うん。でも実物を見たのは初めてだわ」
私たちは糸車を亜麻糸紡ぎの作業場に持ち込んで、実際に亜麻をつないで回してみた。
手をたっぷり濡らして、亜麻の繊維を一本引っ張って、指先で撚って糸にする。それを輪っかに通して、車輪にくるりと回して、スピンドルに結び付ける。
ペダルを踏むと糸車はカラララと静かな音を立てて回り出した。わー、よく回るわ。
糸車が回る。糸を紡いで回る。
濡らした指先で繊維の量を調節しながら送り出すと、糸車の車輪が繊維を細く引き伸ばす。
車輪とスピンドルが直角に設置されているせいで繊維には自然に撚りが掛けられて、糸になっていく。
これまでとは比べ物にならないほど細くて長い糸が、人力の何倍もの速さでスピンドルに巻き付けられていく。
これまでなら一日がかりだった作業があっという間に終わってしまった。
村人たちは驚愕した。
「な、何だべか? これは……」
「信じられねえべ……」
「も、もしかして、おめさは神様のお使いだべか?」
「はは、まさか。聖女じゃないんだから。ただ知っているだけさ」
「へへぇー……」
村人たちとついでに大工の兄弟はひれ伏してアレクを拝んでいた。あの、そっちじゃなくて私が領主(の娘)なんだけど……。
ところで、その後私は大工の兄弟に勧めて糸車の製造販売をさせた。まあ糸車の機構なんて単純だから、これも紙と同じくすぐに真似されちゃうんだけど。
でもこちらにはアレクがいた。他の追随を許さないスピードで改良に改良が加えられて性能はどんどんアップ、大工兄弟の糸車は売れに売れた。
そしてそのうちアレクは糸車どころか、なんと水車動力を利用した自動織機まで作ってしまった。
これは売り出さずに自分たちで使うことにした。兄弟は侯爵領の綿の産地に拠点を移して糸と布を作る会社を作った。資本金は私がポンと出してあげたし、よそ者の彼らが会社を作れるように父に話も通してあげた。
やがて彼らのロック&リー兄弟社は綿布をどんどん作って販路をどんどん広げて、ついには世界最大の紡績製織企業となる(そして出資者の私は大いに潤う)のだけど、それはまた別の話。




