うちのメイドの家のこと
「頼もーう!」
隣の家、と言ってもちょっと距離があるけど、とにかくお隣さんのメグの家の前で大きな声がした。見ると体格のいい若い男性が剣の先を地に突いて立っていた。
本人は荷物と盾を担いで、お供の子は鎧櫃を背負っている。
あの出で立ちは旅の騎士かな?
メグの家には時々武者修行中の旅の騎士がやってくるらしい。
「はぁ、何でもおらのオヤジは昔有名な武芸者だったっちゅうことだべ」
ああ、そう言えば傭兵をやっていたって言っていたわね。
「ほんでああいう手合いがたまに挑戦しにくるんだなや。ところがまぁオヤジはめんど臭がってなぁ、オヤジの代わりに兄さが立ち会っとるんだぁ」
というわけで旅の騎士とメグの兄はお昼ご飯の休憩がてら決闘することになった。
私たちは、というか村人たちはこぞって広場に移動していた。村の真ん中あたりの開けたところで、お祭りなんかをやるところだ。
何しろ娯楽の少ない村なのでまさしくお祭り騒ぎだ。みんなジャガイモの煮たのとか豆の煮たのとか、お弁当を持ち寄ってイベントが始まるのを待っている。
私もベンチに腰かけてバスケットを開けた。ベーコンとレタス(っぽい葉物野菜)とチーズのサンドイッチをちょっと多めに作ってきた。食パンなんてないから原始的なベーグルパンで作ったけど。
「はい、よかったら食べて」
「あ、ありがとうごぜえますだっ!」
隣にかしこまって座っているメグの妹に分けてあげた。名前はベス。ベスは大げさなほどに頭を下げて、サンドイッチを恭しく受け取った。
彼女は貴族がよほど珍しいのかいつもキラキラした目を向けてくる。メグと違ってずいぶん素直で忠実で、まるで子犬みたいだ。私はこの子に鶏の世話を任せている。
反対側に座っているメグはサンドイッチを勝手に取って食べた。多めに作ってきて良かった。
「僕が立会人になろう」
「これはかたじけない」
いかにも高貴そうな物腰のアレクが申し出ると相手の騎士も姿勢を改めた。
騎士は片手剣に盾、鎧兜の重武装だ。対するメグの兄は両手剣……というか、木刀一本で服も野良着のままだ。
「あんな軽装で大丈夫なの? 怪我とかしない?」
「兄さが負けたところはまだ見たことねえなぁ」
メグは兄の決闘よりも両手に持ったサンドイッチに気を取られていた。
「それでは──始め!」
勝負はすぐに終わった。アレクが号令をかけるやいなや、慎重に構える騎士目掛けてメグの兄がツカツカ近寄ったかと思ったら、騎士の剣が宙に飛んでいた──と思ったら騎士が降参した。
「ま、参った!」
「そこまで!」
アレクはメグの兄側の腕を上げた。いつの間にか木刀の先端が相手の右の腋の下にピタリと突きつけられていた。
村人たちから一斉に歓声と拍手が沸き起こった。騎士はガクリと膝をついた。
……何が何だかさっぱりわからない!
スススとアレクに近寄って聞いてみた。
「何が起こったの?」
「うん。彼は真っ直ぐ相手に近寄って、間合いに入る直前に少し左に踏み込んだ。相手の剣の前に体を晒したんだ。騎士は打ち気を誘われて思わず切りかかった──狙い通りにね。で、彼はその剣を打った。両手で叩かれたら片手じゃ支えられないよね。そして剣を鎧の隙間の弱点に突き込んだんだ。寸止めだけど。……問題は最後の踏み込みだ。僕の目には見えなかった。いやあ、強いね、彼は」
「へぇー」
ただのイノシシ獲りの名人じゃなかったのね。
メグの兄は騎士を引き起こしながら、言った。
「おめさはええ鎧さつけとるで、盾はいらね。守りは鎧にまかせて長柄さ使え。重ぇ得物は振り遅れるべや、毒蛇に構えて先で突くべ」
何やらアドバイスらしきことをしたようだ。でも相手の騎士はきょとんとしている。頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えるようだ。
ひとつ咳払いしてアレクが翻訳した。
「えー、彼は『君はいい鎧を着ているのだから盾は不要。防御は鎧に任せて長槍のような武器を使う方がいい。重い武器は使い勝手が悪いから、剣を使うならハーフソードの技法を学べ』と言っている」
「なるほど! 忠告痛み入る」
その騎士は指導を受けたいと言い出して、しばらくメグの実家に逗留することになった。
決闘後、メグの兄にお願いして若鶏を一羽絞めてもらった。捌いて肉にしてくれたので丸ごと鍋に入れて一度に料理してしまった。
ジャガイモゴロゴロのローストチキン、ローズマリーを添えて。引っ越すときに作らせた愛用のダッチオーブンにかかれば、こういう料理はお手の物よ。
自分とアレクの分を取って残りは鍋ごとメグに渡した。
「一人──二人か。増えたから大変でしょ。持って行って」
「気ぃ使ってもらってすまねえなあ」
「どうせ食べきれないもの」
「鍋は明日返すべ」
翌朝メグはニコニコ笑顔で出勤してきた。何だかつやつやしているわね? チキンの栄養が回ったのかしら。
「今日はご機嫌ね。いいことでもあった?」
「いやあ、夕べは久しぶりにハッスルしてなあ。ほるもんが出とるんだべ」
「はっする?」
「あの騎士様とな。修業中の男なんざぁ女ひでりだでな。ベッドさ潜り込んだらイチコロだべ」
「は、はい」
言い終えるやいなや舌なめずりしたメグを前に、私は思わず直立不動で返事した。
メグはこれで案外、存外、意外なことにかなりモテる。
というのも、まず我が家で働くからには朝夕二回の入浴を義務付けている。もちろん歯磨きも。それにメイドとして見栄えが悪いので髪を結わせているし、眉も整えさせている(知らなかったので教えた)。服だってお仕着せじゃなくて仕立てたし。
そうしたら村人の基準では輝くような美少女になってしまって、村の若者たちから急にチヤホヤされるようになった。
え、胸が大きいからじゃないかって? それは言わない約束でしょ。
そういうわけでメグは村の男たちと幅広く交流を持っている。時には村の男じゃない修業者ともね。
……いいのかしら?
メグは朝と夜は自宅で食べているけど、お昼には一緒にご飯を食べている。
普通は主人とメイドが同じテーブルに着くなんてことはあり得ないけど、うちって使用人用の部屋なんてないし。よほどの庶民の家だと一緒に食事するらしいし。まあ私は隠居の身だし、そんなことを気にしてもしょうがない。
ただし、私と同席するからにはテーブルマナーはきちんと身に着けてもらわないと。
なのでメグにもナイフとフォークを使わせている。最初は戸惑っていたけど、指が熱くないのが良かったみたいで、今ではお気に入りだ。
「──コラ、ナイフに刺して食べるんじゃありません! ナイフは切るもの! 刺すのはフォーク!」
前言撤回。食べられればフォークじゃなくてもいいみたいだ。メグは口ごたえした。
「んだども、右手の方が使いやすいべ」
「口の中に物を入れたまましゃべってはいけません!」
「へえへえ」
生返事のメグはジャガイモをほおばりながら次のジャガイモに狙いを定める目をしていた。先は長そうだ。




