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(閑話)悪役令嬢の笑い方

 ある日、私はふと思った。

 私は悪役令嬢なのだから、悪役令嬢らしく笑ってみようと。


 こういうことは形から入るものよ。

 私は左手を腰に沿えた。右手はこう、口の前で指を反らせて構えて、足は開き気味に、膝を伸ばして。腰をクイッと軽く曲げて顔を傾けて、さん、はい!


「おっほっほ」


 ……何か違うわ。

 勢いが足りないのよ。もっと自信を持って、声高らかに!


「ホーッホッホッホッホ!」


 私の哄笑は谷間に響いた。


 完璧だわ……。この短期間で悪役令嬢笑いを会得してしまったわ。

 さすが私、何をさせても一流ね。自分の才能が怖い……。


 悦に入っていたらアレクが変な目で見ているのに気がついた。何よ、その珍獣を眺めるような目は。


「……何をしているのかな?」

「え? ほら、私って悪役令嬢じゃない? せっかくだから悪役令嬢っぽく笑ってみようと思って」

「意味がわからないよ……」

「それっぽく見えない?」

「薄目で見れば見えなくもないかな?」

「それにしても、この手は何なのかしら」


 私は反らせた指先をピコピコ動かしてみた。

 するとアレクは軽く頷いて、言った。


「ああ、それはね。元々笑う時に口元を見せるのははしたないとされていてね。本来は扇子で隠すんだけど、扇子がない時には手で隠したんだ。ところが時代が下ってお嬢様文化が消滅してその動作から意味が失われて、形だけがお嬢様を表す記号として残ったのがそれだ」

「……へぇー! 初めて知ったわ。貴方、相変わらず変なことを知っているのね」

「他にもね、男性向け創作にはしばしばおっとり系姉キャラというのが登場するんだけど、そういうキャラクターは『あらあら』なんて言いながら口元を手で隠すんだ。あれも元は同じだよ」

「へえええ!」


 これがアハ体験ってやつなのかしら。感心していたらまた海の底の珍妙な生き物を見るような目で指摘された。


「君もそうしてるよ。気づいてないの?」

「え、嘘!」

「ほら」


 言われて目をやると、「嘘!」と驚いた拍子に私は確かに指を揃えて口の前で立てていた。


「本当だ……。まったく無意識でやっていたわ」

「前世の君のことは知らないけど、今の君は身も心もお嬢様なんだよ」


 そうかしら……? お嬢様は聖女を生贄に捧げてトンズラこくなんてことはしないと思うけど。

 やはり私には悪役令嬢がお似合いのようね。オーッホッホッホ!

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