夏も近づく八十八夜
「ふぅ……」
朝の掃除を終えて私は一服していた。
この世界の都会(※当世界比)の住人たちはお酒でなければ大抵白湯を飲んでいる。貴族ならハーブティーが多いかな? 私の実家ではカモミールティーを飲んでいた。これもそう。
でも田舎の方に行くとその地方の伝統の薬草茶というものを飲んでいるらしい。ちょうどメグが「そろそろ収穫の時期だぁ」と言い出したところだ。
「何の?」
「茶ぁだべ」
ここの村人たちが薬草を煮出して飲んでいるのは知っていた。団子みたいに固めて乾かした葉っぱを必要な分だけトンカチで崩して、煎じて飲む。
暇だったのでついて行くことにした。
「これだべ」
私の家からちょっと山に入ったところにそれはもう生えていた。この辺りでは珍しいものでもないみたい。
それはツバキみたいな枝ぶりの背の高い木だった。去年の古い葉はやはりツバキそっくり。でも新しい葉っぱは細長くて、ふちがギザギザしていて、ボコボコと立体的だ。
メグがその新芽を摘んでいくとさわやかな香りが立ち昇った。
んー……?
何だか、どこかで見たことがあるような……。
……あれ、これ、もしかしてお茶の木じゃない? 比喩表現じゃなくて本当にお茶。Tea。
葉っぱを一枚ちぎってもう一度匂いを嗅いでみた。やっぱりお茶の香りがした。
──紅茶を作りましょう!
これは楽しみね。私は小さな籠にお茶の葉を摘んで持ち帰った。今日の仕事はこれね。
紅茶の作り方は……えーっと、確か蒸して、揉んで、乾燥させて……。
翌日のことだ。私の朝のルーチンの掃除の後の一服に、今日は変化が生まれていた。早速昨日のお茶を淹れてみたのだ。
いつものカモミールティー用のポットに茶葉を入れる。軽くお湯を入れて茶葉を蒸らして、高いところからお湯を注いでジャンピング。そしてしばらく待つ。
先日作った青磁の湯呑みにお茶を注ぐ。澄んだ黄緑色の液体が揺らいで、綺麗。
匂いを楽しむ。うん、この香り。
飲んでみる。うん、この味。
「これ緑茶だ!」
ちょっぴり苦くて旨味とカフェインがたっぷりの緑茶がこの世界に降誕していた。……何故?
「どうぞ」
「ありがとう」
アレクに飲ませたら年寄りのような所作でほっと息をついてから、言った。
「確か、紅茶は発酵茶の分類じゃなかったかな」
「え?」
「緑茶は不発酵茶。蒸して酵素の働きを止めることで発酵させないお茶だよ、僕の記憶が確かなら」
「じゃあ紅茶はどうやって作ったらいいの? 摘んで置いておいても腐るだけじゃない?」
「さあ。そこまでは知らない」
「つ、使えない……。肝心なところがわからない半端な知識……」
「半端な知識なのは否定しないけど、君、酷くない?」
「確かに言いすぎたわ。ごめんなさい」
「まあいいけどね。……別に緑茶でいいじゃないか。これなんてペットボトルの緑茶よりおいしいし。まさかこの世界で飲めるとは思わなかったよ」
「この西洋風の世界に緑茶は似合わないじゃない! これじゃ和風お嬢様にしかならないわ!」
仕方ない。私たちは和風の世界にチャレンジしてみることにした。
私はベンのところに行って井戸茶碗の写しものを作った。
枇杷色の釉薬に魚子貫入がびっしり入って、いい仕事してますねー。高台周りのかいらぎも見事。私、すごくない?
それから抹茶も作った。お茶の葉っぱを石臼で何回も挽いて粉にして……このくらい細かければ点てられるかな? 緑茶と抹茶って違うものだったような気もするけど、この際気にしないことにした。
床の上に布を敷いてアレクは正座で待っていた。
私は粉をふるって、お湯の温度は低めで。これを濃茶と言い張る勇気はなかったので軽く泡立てて──。
「粗茶でございますが」
そっとお茶を差し出すと彼はどこかの流派の作法で飲んで、顔をしかめた。
「毛が入ってるじゃないか!」
ブラシで点てたからだ。しょうがないじゃない、竹なんて生えてないんだから!
「これじゃ毛っこうなお点前ね」
「……日本語でダジャレを言うのはやめてくれないか。もう今の言葉の方がなじみがあるんだ」
彼は渋い顔で毛を除いて飲んだ。
やっぱり和風にならないわ……。
正座で茶碗を傾けていても、今のアレクの姿はどう頑張ったって日本人には見えない。髪もお肌も輝くように白い。ずっと旅をしていたはずなのに、何で日焼けしてないんだろう、この人。
ところで大きなお茶の木の周りに小さなお茶の木が三本生えているのを見つけたので庭に植え替えてみた。もし育ったら来年からはこの木でお茶が飲めると期待しながら。
次の年にはアレクのうろ覚えの知識でかぶせ茶とかいう栽培法にチャレンジしてみた。これが結構うまくできて、気を良くした私は村人たちにお茶の木の栽培を奨励した。
この緑茶、味も香りもよろしく、近隣の村々から始まってついには全国に広がっていった。最初は貴族階級から、後には庶民まで。やがて緑茶の製造販売はこの村のささやかな収入源となる(そして出資者の私はささやかに潤う)のだけど、それはまた別の話。




