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 エディールのそばにはいつも側近たちがいて、サロンでもそうだ。だから案外彼と二人きりで話せる機会はない。

 まあ、貴族は一人にならないものだし、王族ならなおさらだ。それに、側近がいなくとも侍従は必ずいる。手となり足となり、耳となる者が。

 エディールの誕生日パーティーの後、僕はエディールに二人きりで話す機会を作ってほしいと頼んでいた。そしてお出しされた回答がこれ。

「やあ、エルドル」

 王子殿下がベランダから僕の部屋に侵入してきた。

 ジョージもしれっとついてきてるけど、君たち、そんなに身体能力に優れていたんだね。まあ僕も人のことはいえないか。

「あー、ようこそ、殿下」

「おお、本当に顔の傷は治ったのだね。ダルクも戻ってきたか」

 自室では仮面を外している僕を見てエディールは喜んでいる。ダルクもサザルク嬢の治験に参加したからあの時の傷はもう完治した。ついでに蓄伝気装置の開発含めていろいろ監督してもらっていたんだけど、そちらも目処が立ったので戻ってきてもらっていた。

「それにしても、ここが君の部屋か。ふむ……」

 興味深げに見回されて、何か変なものがあっただろうかと思う。一応自分で片付けてはいるけど。

「よく考えれば、友人の部屋に来たのは初めてだ。感慨深い」

「ご用件は?」

「もう少し浸らせてくれたまえよ」

「ではそちらにお掛けください」

 寮とはいえ、貴族向けの空間だ。特に僕は侯爵家嫡男なので、部屋も広くて応接セットは揃っている。ソファにかけるように勧めて、お茶を淹れて出した。

「エルドル、茶を淹れられるのか」

「僕の周りではやってくれる人がいませんでね」

「それもそうか」

 お茶を淹れるのは侍女の仕事だけど、六歳になるまで世話をしてくれる人がダルクしかいなかった僕は大抵のことはできる。あと、婚約者もお茶を淹れてくれるが、セリリアはお察しの通りだからね。

 今はダルクに淹れてもらってもよかったけど、こればかりは年季が違う。それにエディールは僕が淹れた方が喜びそうだと思った。

 実際、エディールは何の疑いもなくお茶を飲むと「うまい!」と喜んでいる。

「エルドル、私のお茶淹れ係にならないか?」

「当主になれなかった際にはお願いします」

「それは残念」

 エディールがここまで言うのは、彼の婚約者である公女様がお茶を淹れるのだけは苦手だかららしい。まあ、婚約者のお茶を飲まないと角が立つからね。彼女もそれ以外はいい子なんだけど。


「それで、用件だったか。まずは爆発伝導器の件」

 お茶をひとしきり楽しみ、エディールは用件に入った。

 爆発伝導器については、流通経路は把握できたらしい。流通に関わっていたサザルク公爵家の寄子の貴族と秘密裡に接触し、サザルク公爵家が関わっているという証言も取れたとか。

「爆発物が出回っていることの注意喚起は私の名で出すつもりだ。国王陛下とも合意した」

「それがよろしいかと」

 国王陛下は暗愚ではないけど、サザルク公爵家をのさばらせたままだ。彼らがついに暗殺にまで手を染めてしまえば歯止めが利かない。ここで抑制する狙いだろう。いい流れだね。

 ついでにサザルク公爵家の悪事を暴けば、王妃の力は確実に弱まる。代わりに台頭できる者といえば――。

「そうすると母上が面倒だろう?」

 僕の考えを読んだかのように、エディールが口にした。

 その通り。王妃が押さえつけていた王太子妃が力を増す。だけど、エディールはそれを望んでいないように思える。

「まあ王妃陛下もサザルク公爵家も必死に足を掬いに行くから問題ないとは思うが」

「……エディール殿下、一ついいことを教えて差し上げます」

「うん?」

「どうやら僕はあなたの成人祝賀パーティーで婚約破棄をされるらしいですよ。あなたの母親の策略で」

 たぶん僕はかなりいい笑顔だっただろう。

 だって、知っているからね。エディールが、衆目の面前であの女を徹底的に潰す許可をくれることを。

 だからまあ、爆発伝導器の注意喚起は少し待とうか。



 エディールの成人祝賀パーティー当日、僕は一人で王宮に向かっていた。セリリア?まさか、僕がエスコートするわけがない。彼女にはドレスまで贈ったけど、あなたのエスコートはいらないという返事が来ただけだった。

 そんなわけで、一人で入場した僕はそれなりに目立つ。エディールに近しい次期侯爵が、いるはずの婚約者を連れていないことはあり得ないからね。

 それにこの仮面を見慣れている学生以外の視線が突き刺さる。不躾な者ばかりだ。傷を晒していようといまいと、実際は変わらないのかもしれない。

「エルドル!」

 一番に声をかけてきたのはベアリー侯爵だった。彼は仮面に傷ましそうに目を細めたが、以前もこの状態で会ったことがあるので突っ込んではこない。それよりも気になることがあるからね。

「ごきげんよう、叔父上」

「ああ、いや、セリリアはどうしたのだ」

 僕が連れているはずの婚約者。彼女はベアリー侯爵家があてがったのだから、慌てるのも当然だ。

 僕は首を傾げて答えてやった。

「それが……断られてしまいまして。体調でも悪いのでしょうか?」

「いや、そんなはず……」

「僕もそのよう話は聞いておりません。何があったのでしょうね?」

 仮面をつけてからベアリー侯爵と会ったのは、セリリアの件でだった。彼女に露骨に避けられていること、最近は別の男子学生と行動を共にしていることを告げたのだ。あの時は婚約白紙の布石のためだったけど、まさかこんなことになるとはね。

 ベアリー侯爵は忙しなく辺りを見回したけど、セリリアの姿はない。もしかすると、その時まで王太子妃が身を隠させているのかもしれない。派手な婚約破棄劇場を成功させるためには都合がいい。


 挙動不審なベアリー侯爵と別れを告げ、僕は学友たちや先輩方に声をかけに行った。エディールと繋がりがある研究者や、今は王宮に勤めている先輩方はほとんど揃っているからね。エディールの成人を祝う言葉を交わし、しばらく会っていない人には僕の成人も寿がれる。

 そうして歩いていると、ふと、サザルク嬢が一人で佇んでいるのに気がついた。それもそうか、マティアがいないんだから彼女をエスコートする人はいない。

 周りにサザルク公爵家の者もおらず、僕は彼女に声をかけた。

「ごきげんよう、サザルク嬢」

「ご、ごきげんよう。え、エナン卿」

 サザルク嬢は物思いに耽っているようだったけど、僕のパーティーで出会ったときのように暗さはなかった。

「何かご思案されていたのですか?」

「はい、あ、あの、研究のことを……」

「そうでしたか」

 彼女にとって婚約者にエスコートをすっぽかされるのも、家族に放っておかれるのも、別に大したことではないらしい。ついでにこの国の王子の成人も割とどうでも良さそうだ。

「邪魔をしてしまいましたか?」

「い、いえ。エナン卿には、ご、ご挨拶をしたいと思って、おりましたので。お声がけいただき、ありがとうございます」

「それはよかった。あなたが今一人なのは僕の家の者の不手際ですから」

「……?」

 意味がわかってなさそうに首を傾げられた。この子、本当に社交に興味がないんだね。クラスで一人きり孤立してたのも堪えてなかったんじゃないかという気になってくる。


 しばらく雑談していると、今日の主役ことエディールと王弟夫妻が入場してきた。あと国王陛下もいるけど、王妃陛下は不参加か。サザルク公爵家と王弟の禍根は根深い。

 皆の注目が集まり、まずは国王陛下の挨拶から。そしてエディールの挨拶。王族は成人すればより深く公務に関わることになるからね。これまで以上に精力的に働くだろう。

 しかし王弟の挨拶が飛ばされるとは。彼の表情は笑顔だけど能面のようで、一方で王太子妃はあふれんばかりの笑顔だった。相変わらずどこか不健康そうではあるけども。

 これではまるで、エディールが国王陛下の実の息子のようだ。実際、エディールは己の父親よりも国王陛下と組むことを選んだのだろう。これは王弟にとっては大きな誤算だったはず。

 挨拶が終わったエディールはにこやかに周りの挨拶と祝賀を受け始めたが、僕を見つけるとすぐにこちらに歩いてきた。えっ、ちょっと、今隣にサザルク嬢がいるんだけど。

「やあ、エルドル」

「ごきげん麗しゅう、エディール王子殿下。あなたの臣、エルドル・シャールより成人の寿ぎ申し上げます」

 臣下の礼を執り、横のサザルク嬢も同じように頭を下げた。

「よい、楽にせよ。デルカ・サザルク、そなたからの祝賀も受け取った」

「はっ、お、おめでとうございます、エディール殿下」

 エディールはニコニコ顔で、こいつ、僕とサザルク嬢が一緒にいるところを狙ったな。このあと何が起きるかわかってるからって、露骨だね。まあいいけど。

「パーティーの日にも二人でいるとは、仲が良いではないか」

「想定外のことが起こりましてね」

「はは、そうか。一体なんだろうな?」

「すぐにおわかりになります」

 僕たちの会話にサザルク嬢は疑問符を浮かべている。ちょっとこれ、本格的に巻き込んでしまうかもしれない。

 でもエディールはそのつもりみたいだし、どうしようか。

「まだまだ話し足りないが、後程な」

「はい、お待ちしております」

 エディールは案外すぐに引いていった。挨拶する相手がたくさんいるから、僕たちだけに構ってはいられないしね。


 で、このあとはダンスのお時間なわけだけど。残念ながら今回はそうはならなかった。

「エルドル・シャール!」

 元気で無礼なお嬢さんが僕の名前を高らかに叫んだからね。

 ただ、年若い娘が酔っているだけど言えなくはないから、周りが静まり返るということはない。少し注目を集めてはいるけども。

 僕は近くで王太子妃がニヤつきながら見ていることを確認し、無礼者に向き直った。

「セリリア。君も来ていたのか」

「わっ、わたくしがいてはいけないとでもいうの?!」

「エスコートを断られたからね。体調が悪いのかと思ったんだよ。元気そうで何より」

「嫌味しか言えない男ね!」

 憤慨するセリリアとは逆に、隣のマティアはかなり逃げたそうな顔をしている。今回、セリリアが何を言い出しても黙って隣にいるようにと厳命しているから逆らわないけど。

「いいこと!あなたが次期シャール侯爵なのも今日までよ。わたくしはあなたとの婚約を破棄して、このマティアと婚約するわ!」

 そういえばセリリアって、なんで自分と結婚する相手がシャール侯爵になると思っているんだろう?確かに僕の後ろ盾となるためにこの婚約は結ばれたわけだけど、マティアと婚約したらそれがスライドするわけじゃないってこと、わかっていないことってある?

 まあ、王太子妃が良きように吹き込んだんだろうけどね。僕はため息をついてあたりを見回した。

「ベアリー侯爵!これは一体どういうことです」

 話が通じない相手とおしゃべりするつもりはない。僕の声はよく通り、多分セリリアよりも注目を集めただろう。全く、腹から声も出せないお嬢さんがキンキン叫んでも迫力もないよね。


 ベアリー侯爵はすぐに人ごみから転がり出てきて、さらにはその後ろにセリリアの両親、ヴィルテ伯爵夫妻がいた。

「セリリア!これは一体どういうことだ!」

 僕と全く同じこと言ってるよ。あと僕より声がでかい。

「言った通りですわ。わたくし、傷物と婚約するつもりはありませんの」

「なっ……!お、お前に何の権限があると思って……!」

「エディーラ様がわたくしとマティアを応援してくださいましたの。何か問題がありまして?」

 問題しかない。

 ベアリー侯爵はばっと顔を上げて、姉である王太子妃を射抜くように睨んだ。王太子妃は優雅に顎を引いてそれを受け止める。


 まさか王太子妃まで出てくる話になるとは思ってなかっただろう。ここまでくると固唾を飲んで見守る者しかいない。ただの若者の痴話喧嘩で終わればよかったのにね。終わらせる気などないけど。

「そうよ。わたくしがセリリアとマティア・シャールの後見となり、マティア・シャールをシャール家の次期当主と定めます」

 びっくりするくらい越権行為だ。王太子妃がなんでもできるとか、せめて王妃になってから言ったほうがいいよ。

 僕はやれやれと首を横に振った。

「私と結婚したくない理由が顔の美醜だけとは。私の婚約者がこうも愚かであるとは、驚きだ」

「エルドル……!」

「下がってください、ベアリー侯爵」

 お前に用はない。僕は王太子妃に向き直った。

「王太子妃殿下がセリリアに吹き込んだのですか?顔に傷がある人間に価値はないとでも」

「あはは!そんなの、吹き込むまでもないわ。みな思っていることよ」

「そうですか。では」

 僕はゆっくりと仮面に手をかけた。仮面を外す僕を、誰もが見つめている。

「――私のどこに、瑕疵があると?」

 エディーラを睨み、微笑む。

 私には、傷の一つも残っていないのだから。


「……お、おねえさま……?」

 王太子妃は一瞬怯えた顔をした。それは、僕が母によく似ているからだろう。

 生き写しのようだと、ダルクには言われた。性別が違うはずなのに、よく似ていると。――まるで本人が蘇ったようだと。

「そっ、そんなはずはないわ、そんなはず……!」

「王太子妃殿下。あなたにシャール侯爵家の未来を決める権限はありません。ただ、まあ、マティアとセリリアの結婚は認めてもよろしい」

「な……っ!お姉様風情が、わたくしに生意気な口を聞かないで!嫌!近寄らないで!」

 ダルクを従え王太子妃の元へ歩いて行く僕を妨げる者はいない。近衛すらも出てこなくて、どうなってるんだ警備は。エディールが手を回してるのかな?都合はいいけど。

 正直、僕の顔に動揺くらいはすると思ったものの、王太子妃がここまで無様に怯えるとは思ってはいなかった。ああでも、そういえば。この女がカン高い声でまくし立てるときは、自分を鼓舞しているとも言えた。

 それに、わざわざセリリアを使って僕を貶めようとしたのは、自分の視界から僕の母に連なる存在を消したかったのかもしれないね。そういうことなら、もっと早く言ってくれればよかったのに。

 とうとう座り込んでしまった王太子妃に、僕は囁いてあげる。

「エディーラ。――化けて出るほど私に恨まれている自覚があるようで、嬉しいわ」

「いやああっ!」

 身を屈めて耳元で囁くと、王太子妃は悲鳴をあげて僕の頬を叩いた。痕も残らないだろう、か弱い一撃だったけれど、彼女はさらに身を縮め込ませる。

「ご乱心のようですね」

 僕は肩をすくめ、ようやくこちらにやってきたエディールと王弟殿下を見つめた。彼女を引っ立てるにしても、騎士だとあまりに絵面が悪い。

「エディーラ、こちらに」

「っ!」

 王弟が無理やり王太子妃を立たせる。エディールは僕を見て肩を竦めた。あとウィンクも寄越すから、成果としては上々だろう。

「ベアリー侯爵、その娘を連れて別室へ」

「はっ、ははっ!」

 エディールに言われて、ベアリー侯爵は我に返ったように居住まいを正し、セリリアの腕を掴んだ。ヴィルテ伯爵夫妻も連れて逃げるように会場を後にする。やれやれ。

「エディール殿下、騒がしくしてしまい申し訳ありません」

「君のせいではないだろう」

「ですが、私の家門の問題です。本日は御前失礼いたします」

 マティアの肩を掴み、僕たちもホールを出た。外の警備兵が別室まで案内してくれる。

「兄上……」

「悪いようにはしないよ、マティア」

 不安そうなマティアにはそう囁いておく。そう、ちゃんと将来のことも考えてあげるとも。僕は優しいからね。

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